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真・菊地探偵事務所 三章 10

10 橋守

『まさか、私と初めて会うのが貴女だとは……』
 雷を纏わせた女神、イザナミの眼前に現れたのは黒の外套を羽織ったサマナー、葛葉シジョウ。
 オベリスクの最上階付近での邂逅だった。
「貴女も創世を目指す一柱ですか。面妖な……」
『退きなさい。人の身で守護も下ろさず、明確なコトワリを持たない者にこの場は相応しくない』
「……コトワリなら持ち合わせております」
 シジョウはゆっくりと刀を抜く。
 確かめるように何度か振った後、切っ先をイザナミに向けた。
「私の唯一の理、この日本に我ら葛葉がいる限り、平和を脅かさせなどしません」
『よく言う。この受胎自体、葛葉が裏で糸を引いていたというに』
 受胎が起きた発端はそもそも、音無小鳥の父親に葛葉が情報を与えた事。
 それが無ければ悪魔は今も日陰に潜み、受胎など起きるはずもなかった。
 しかし、それも葛葉とヤタガラスの目論見の一つ。
「そこまで見通しているのならば、葛葉の真意も知っているのでしょう?」
『受胎、創世の後、世界の再生……。廃れた前世を見限り、葛葉とヤタガラスにとって扱いやすい世界を作り出す事、それが真意だったのならば、貴女方こそ真の悪と言えましょう』
「誰かにとって悪であったとしても、それが我らの信じる正義。何を賭してでも、私たちは正義を成さねばならないのです」
『綺麗事を。所詮、貴女達にとってはこの世界は実験台でしかないのでしょう? 複数ある世界の一つ、隣り合っても歩み渡れない彼方から出しゃばりすぎましたね』
 シジョウが誰にも話さなかったことの一つ、彼女はこの世界の人間ではない。
 ヤタガラスや葛葉上層によって、他の並行する世界から送り込まれた、別世界の人間、それが葛葉シジョウである。
 彼女がこの世界に混ざりこんでから、色々なイレギュラーが起こっていたのだ。
 カグツチの件もその一端でしかない。
『混ざりこんだ偽神『アラディア』め、死になさい、葛葉シジョウ』
 イザナミは言葉と共に雷を飛ばす。
 その閃光は外套を撃つも、その本体を捉えられなかった。
 イザナミが動く一瞬前、シジョウは外套を脱ぎ捨て、管を操っていた。
 その管から飛び出たのはネコマタ。ヒビキだ。
「タカネ、大丈夫か?」
「貴女に心配されるほどではありません。カグツチの加護が無くとも、私は葛葉のデビルサマナー。障害を排除します。行きますよ、ヒビキ!」
「おっけーさー!!」
 二人は揃って、イザナミへと駆け出した。

*****

 
 カグツチ塔、下層にて。
 これはあるべくしてあった出会い、対峙。
『……静寂を妨げるのが、まさか貴様だとはな』
 巨大なる悪の神、アーリマンの目の前に立っているのは、小さな影。
 白いバサバサの髪、華奢な身体。それは神とは言い難い形をしていたが、ハッキリとわかる。彼女は荒神だと。
「長い年月、この時を待っていた。我が手で貴様の首を捻じ切る所を夢見ていた。今正に、それが叶う瞬間よ」
 千早、ゴズテンノウだった。
 幾つものボルテクスの中で、巨大な勢力となり相対していたマントラ軍とニヒロ機構、その大将が二柱、ここに出会ったのだった。
「我は全ての兵を失くし、力を失くし、されどこの燃え滾る憤怒、憎悪を忘れた事など一度も無かった。今ここで我と我が同胞の無念、そして『力こそが全て』だと、貴様に思い知らせてくれる。このゴズテンノウの力でッ!!」
『ふっ、小さいな。矮小よ、ゴズテンノウ。その様な小さき形に小さき魂、小さき力を収め、犬のように泣き喚いても、我が耳には届かんぞ。我が大命の前に、貴様の復讐など小事。路傍の石ほども気にも留められん』
 アーリマンは巨大な石のように座り込みながら、グラグラと笑った。
 しかし、それを受けてもゴズテンノウも口元を上げる。
「貴様は我が敗因を知っていような。貴様の力を過小とみなし、強力強大な力を以ってすれば容易く捻じ曲げられる、と、そう思い、我は貴様を打倒せんと挙兵した。しかし結果は目前の小さな勝利に浮かれ、足元をすくわれ、本陣を強襲されるという無様。それは『慢心』から来た物よ、アーリマン」
『我もその『慢心』に囚われていると? それこそ貴様の慢心よ、ゴズテンノウ。我が心境はコトワリに示すように静寂そのもの。波紋など一つも浮きはしない。故に平静、故に常勝、遊戯に興じる余裕すらあるわ』
「……言葉遊びは無意味な様だな。行くぞ、アーリマン。我らの長き因縁に終止符を打たん!」
『望むところよ、ゴズテンノウ! 貴様が如何に小さき存在か、知れッ!!』
 二柱が同時に構え、神の戦いが始まろうとしたその瞬間、その部屋に轟音と共に土煙が。
 どうやら外部からの衝撃によって、壁に穴が開いたようだ。
『……何だ』
「我らの決闘に水を差すのは、何奴だ」
 土煙が晴れたその場にいたのは、一羽の鳥、
「こらぁ、スパルナ! もっと丁寧に飛びなさいよ!」
「申し訳ない、少しスクカジャをかけすぎたようですな」
 そして大男が一人、
「おめぇら、もう少し静かに、恰好良く登場できねぇのかよ?」
「台無しにしたのはこの鳥よ!」
 そして、一人の少女。
「……春香」
 ゴズテンノウが、いや千早が彼女の姿を見て呟く。
 それを聞いて、現れた少女、春香はニコリと笑った。
「お待たせ、千早ちゃん。助けに来たよ」
 予期せぬ三つ巴がこの場に成った。

*****

「聞こえた。上の方で音が」
 オベリスクの入り口で、真が顔を上げた。
「もう始まってるのか……創世をかけた戦いが」
「急ごう、真ちゃん。このままじゃ世界が……」
「誰かの良いように作り変えられちゃたまんないわ!」
 真は雪歩とイオリの言葉に頷いて答える。
 どうやら真一行が最後尾の様だ。
 オベリスクの中には既に悪魔がゴマンとおり、彼らは彼らで戦っている。
 ニヒロの悪魔、マントラの悪魔、そしてアマラ経絡から這い出てきた精霊たち。
 その全てが自陣の大将を助ける為に、命を賭して戦い、そして死んで行く。
 太陽の塔は全ての亡骸からマガツヒを吸い取り、それをカグツチへと押し上げる。
 その赤い光は小さな太陽のように輝き、そのまま大砲のような勢いで上空へと飛んでいった。
「この先に、カグツチがある」
 真は自分の刀を握り締め、一歩踏み出す。
「行くよ、みんな! ボクたちの最後の戦いだ!」

*****

 雷が剣に弾かれる。
 いや、どちらかといえば、弾かれたのは剣の方か。
「くっ……」
 勢いに吹き飛ばされ、シジョウはイザナミから距離を取った。
 劣勢は目に見えている。
『驕りが過ぎましたね。いくら悪魔召喚士といえど、所詮は人間。私たち神に弓引こうなど、その器にあまりある行為なのです』
 汗のにじむシジョウに対し、イザナミは涼しい顔をしている。
 流石は神と言ったところか。力の差は歴然としている。
「しかし、私とて葛葉の一人。神を従えずして、何がデビルサマナーでしょうか!」
『心意気やよし。しかし、木っ端のサマナーに膝を折るほど、我が神性は落ちぶれてはおりませんよ!』
「人の身を借りて顕現している化けの皮が、よく言う!」
 シジョウの言葉とほぼ同時、イザナミの腕から雷が走る。
 閃光は瞬く間にシジョウの体に伸びる……が、
『グルゥ、コノ程度カ、サマナー』
「いいえ、ここからが反撃です」
 その雷を阻んだのは、頭がサル、身体がトラ、尻尾が蛇の混合獣。雷電属、ヌエだった。
『ダッタラ見セテミロ。デナケレバオ前カラマルカジリダ!」
「それは恐ろしい。……では見せて差し上げましょう」
 シジョウが構えているのはヌエの管。……そしてもう一本。
「葛葉でも『これ』を成しえたサマナーは指折り……ですが、この窮地において脱する手段も乏しいのならば、身命を賭して成しえましょう! この葛葉シジョウ、一世一代の大技です!」
『何を企んでいるのか知りませんが、見せてみなさい。それで私を倒し得るなら、それも見てみたいものです』
「ではとくとご覧あれ!」
 シジョウはヌエを管へと戻し、更にもう一本、ホルダーから管を抜く。
 彼女の手にあるのは二本の管。その管の中に入っているのは当然、別の悪魔である。
「同時二体召喚!」
 シジョウの声の後、管の蓋はひとりでに開き、中から閃光が走ったかと思うと、そこに現れたのは牛頭と馬頭の鬼。
 シジョウの身の丈を悠々と越すその獄卒は、イザナミを見て咆える。
『ようよう、黄泉の妃様よぉ! 神道だか何だか知らねぇが、仏道に比べりゃ大した事ねぇやな!』
『堕ちたる神性にも、御仏は救いの手を差し伸べるでしょう。さぁ、貴女も仏門に下りなさい』
「頼みますよ、ゴズキ、メズキ」
『おうよ!』『お任せあれ』
 召喚に成功したシジョウは口元を上げる。しかし、その表情に余裕は無い。
 管使いのデビルサマナーが二体の悪魔を同時に召喚するのは、かなりの高等技術の上、消費するマグネタイトの量も一体の時とは比べ物にならない。
 シジョウにかかる負担は想像以上にでかいのだ。
 長引けば不利。ならば短期決戦を挑むべき。
『ふふふ、身を削っての戦法ですか。いいでしょう、その覚悟に免じて、せめて苦しまぬ様に黄泉へと送ってあげましょう!』
「易々とは死にませんよ! せめて、貴女と刺し違えてでもッ!!」
 シジョウは震える身体に鞭打って、剣を力強く握り締め、そして二人の鬼と共に駆け出す。

 まず飛び出たのはゴズキ。
 手に持つ棍を振り回し、高く高く飛び上がる。
 イザナミはそれに向けて、雷を走らせる。
 それは文字の如く、瞬く間。光とは常に、人の認識速度の上を行く。
 しかしゴズキはそれを受けてなお、力強く咆える。
『効ぃかねぇぞおおおおおおおおッ!!』
 皮膚を黒く焦がす電流にも怯まず、豪気な獄卒はそのままイザナミへと襲い掛かった。
 鋼鉄で出来た棍が、イザナミの頭へと振り下ろされる。
『どぉおおおらぁあああああ!!』
『流石は地獄の鬼、といったところですか』
 しかし、全力の振り下ろしは、イザナミの片手で止められてしまった。
『なにぃ!?』
『その金剛すら打ち壊さんとする力、賞賛に値します』
『舐めやがってぇ!!』
 ゴズキが攻撃している間、メズキが地を走り、イザナミとの距離をつめる。
『油断しましたねッ!』
『――ですが』
 メズキの棍がイザナミの胴体を薙ぐように振られる。
 しかし、やはり片手で止められてしまった。
『なんとっ!』
『力ばかりの戦術など、私には通じませんよ』
『力ばかりとは、侮られたか!』
 悠々と攻撃を防御されてもなお、メズキは揺るぎはしない。
 何故なら、詰めの一手が残されているからだ。
「これでっ!」
『ほぅ』
 止めの一撃はシジョウ。
 その手に持つ剣で、イザナミの隙に切り込む。
 イザナミに防御するための腕は既に無く、がら空きな脇腹目掛けて、白刃が滑り込んだ。
 刃はイザナミの身体に届き、シジョウも手応えを得る。
 しかし、それは致命傷とはいかない。
『単純な策ながら、見事。私の身体に傷をつけるとは……』
「そんな……刃が、立たないとは……ッ!」
 シジョウの振った剣はそれ以上、押すも引くも叶わず、死に体となる。
 こうなると防御の出来ない隙を作られたのはシジョウの方だった。
『そろそろ休みなさい。黄泉にて貴女を待ちましょう』
「しまっ――」
 身構える隙も無く、あたりに強烈な雷が走った。

*****

「そ、そんな」
 真たちがそこへ辿り着いたのは、直後だった。
 そこにいたのは、雷を走らせた美女と、空になった管が二つ、そして倒れ伏すシジョウだった。
「シジョウ!」
「今すぐ回復を!」
 真とミキがシジョウとイザナミの間に立ち、雪歩とイオリがシジョウにつきそう。
「あの女の人、見た事あるの」
「ああ、雪歩がチューニングした姿とソックリだ」
 八つの雷を身体に這わせる美女。それは確かに、雪歩がチューニングした姿と瓜二つ。
『それはそのはず、そこの少女……雪歩ちゃんは私の姿を真似た化身なのですから』
 イザナミの声に、その場にいた者はハッとする。
 聞き覚えのある声。あの女性の優しげな声。
「その声……あずささんか!?」
『その通りよ、真ちゃん。私は今、守護と同化してイザナミとなっているわ』
「どうしてそんな!?」
『愚問ね、私も創世を目指すからよ』
 優しげな声は一転、怒りに満ち満ちる。
『貴女を信じて、プロデューサーさんの望む世界を守ってくれると思っていたのに、出来上がったのはボルテクス界。結局、貴女も私を裏切って、受胎を起こしてしまった』
「それは……」
『いいえ、何も言わなくていいわ。悪いのは全て私だもの』
 あずさ、イザナミの声は何かを達観しているようで、諦めているようで、他を寄せ付けないようだった。
『誰かを信じるから裏切られる。こんな事なら、最初から私一人でやれば良かったのよ! だから私はもう、誰も信じない! 裏切られるくらいなら、私は一人で生きる!』
「それじゃあ、貴女の目指す世界はなんなんだ!?」
『私の作る世界はプロデューサーさんの望む世界! 彼が欲した世界を私の手で作る!』
「……あずささん、それじゃあ矛盾している!」
 一人で生きると言った彼女は、誰かに縋って今も生きている。
 明らかな矛盾を抱えながら、しかしイザナミは止まらない。
『邪魔をするなら、貴女たちにも死んでもらうわ!』
「あずささん……ボクは貴女も取り戻してみせる!」
 イザナミが発した雷を、真のカグツチがかき消した。
 真の本質は既に人から外れている。
 彼女は既に『魔人』。人であって人でなく、悪魔であって悪魔でない。
 その反応速度は常識を逸する。
「ミキ! 後ろを頼む!」
「わかったの!」
 後衛を完全にミキに任せ、真は一人で突進する。

 幾本と走る雷を完全に見切り、真はイザナミとの距離を縮める。
『口惜しや、我が子よ! それほどまでに我が身を焼くと乞うか!』
「何を言ってるかわからないけど、ボクは貴女を殺すつもりはない!」
 真の手に持つカグツチが火を噴き、イザナミの肌を掠める。
 イザナミが初めて退いたのだった。
『……無意識にあの炎を嫌っている……私が? イザナミが?』
「炎に弱いのか? だったら!」
 真は強気に攻め込み、カグツチを振るって相手を追い詰める。
『くっ! お前なんかいなければ、私はあの人と一緒にいられたのに!!』
 イザナミが苦し紛れに繰り出す雷もなんのその、真はついにイザナミを追い詰めた。
『どうして……どうして、貴女はいつも奪うの!?』
「以前まではどうだったか知らない。でも、今度は!」
 大上段に構えたカグツチが、袈裟懸けに切り下ろされる。
 その刃はイザナミの身体を通り、そのまま抜ける。
「……今度は全てを取り戻す戦いだ!」
 カグツチによって斬られたイザナミは姿を消し、そこに残ったのは気を失ったあずさだけだった。
 あずさはその場にどっさりと倒れた。
「……息はあるな」
 真はあずさの無事を確かめ、後ろを振り返る。
「シジョウさんのリカームは成功したよ!」
「回復の方も問題ないわ。すぐに気付くはずよ」
 どうやら、シジョウの方も間に合ったらしい。
 全てを終え、真は安堵のため息をついた。

*****

 目を覚ましたシジョウは、辺りを見回す。
「これは……」
「目が覚めましたか、シジョウさん!」
「貴女は……雪歩」
「はい。ちゃんと目が覚めてよかったですぅ」
 雪歩は涙を零しながらシジョウの手を握った。
 その手のぬくもりに、シジョウは笑みを零す。
「真……真はいますか?」
「いるよ」
 辺りを警戒していた真はシジョウに呼ばれて近寄る。
「貴女にこれを託したいのです」
「これは……管?」
「ええ、私の相棒、大切な仲魔です」
 シジョウの召喚に応え、管から出てきたのはヒビキだった。
「タカネ! 大丈夫か!」
「ええ、ヒビキ。大事ありません。それよりもヒビキ。良く聞きなさい。貴女はこれから、真と共にカグツチを目指すのです」
「ど、どうしてだ!? タカネの傍にいちゃダメか!?」
「いいえ、貴女には私の使命を託したい。その目で全てを見届け、創世を完遂させるのです」
「タカネ……」
 ヒビキの目にも涙が浮く。
 しかし、シジョウはその涙を指で払った。
「これが今生の別れではありません。真が創世を成せば、新たな世界でめぐり合えましょう」
「絶対だぞ! 約束だからな!」
「ええ、この葛葉シジョウ、いいえ、この四条貴音、その約束は何があっても違えません」
 二人は指切りをかわし、その約束を固く契る。
 そうした後、シジョウはまた真を見た。
「ヒビキを連れて行ってください。役に立つはずです」
「でも……いいのか?」
「私の守りならば他にもいます。私自身、もうすぐ動けるようにもなるはずです。あの女性……あずさといいましたか。彼女の守りも私に任せて下さい」
「それは心強いけど……いや、わかった。ヒビキはありがたく受け取る」
「では行きなさい。カグツチが貴女を待っています」
 シジョウに背中を押され、真一行はそのまま上へと登っていった。

*****

 残されたシジョウは天を見上げながらつぶやく。
「一度、真に尋ねられた事がありましたね。ヒビキはパートナーではないのか、と」
 あの時は二人とも本心から『違う』と答えた。
 だが、長い時間共に過ごした今なら、その答えはどうだろうか?
「悪魔使役は業の深いものですね……」

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真・菊地探偵事務所 三章 9

9 太陽の塔

「それでは、始めようか」
 邪教の館の主は二つの剣を受け取り、それを台座へと移す。
 そしてしばらくすると部屋全体を稲光が包み、その閃光が消え去ると、そこには一振りになった剣、ヒノカグツチがその刀身の炎を猛らせていた。
「これが真のヒノカグツチ、持って行くがいい」
 鞘に収められたヒノカグツチを受け取ると、鞘が既に熱を帯びているように温かかった。
「……本当のヒノカグツチ、これがボクの守護であり、ボクの剣」
「真ちゃん! やったね!」
「うん……なんだかすごく手になじむ。懐かしい感じがする」
 自分の内にある何かが鳴動するのを感じた。
 殻にヒビが入るような感覚。だが、それが全てさらけ出されるのはまだ後。
 と、その時、ボルテクス界全体を揺らすような地震が起きた。
 地下にあるこの邪教の館も相当揺れたが、それでも部屋の中には一切影響がなかった。
「なんだ……地震?」
「どうやらオベリスクが現れたようだな」
 館の主は天井を見上げながら呟く。
「オベリスクが……?」
「二つあった剣、ヒノカグツチが一つになった事で、オベリスクが向かう先を見定めたのだ」
「つまり、空にあるカグツチを太陽だと認めた、って事?」
「然り。行け、魔人よ。お前の向かう場所はそこにあるのだろう?」
 主に背中を押され、真たちは邪教の館を出た。

*****

 地上に出ると、オフィス街の真ん中辺りから黒く高い塔が現れたのにすぐ気付いた。
 先ほどまでなかった巨大な塔。あれがオベリスク。
「雪歩、イオリ、ミキ、ホルス。みんな、準備はいいね?」
「うん」「とーぜん」「大丈夫なの」「問題ありません!」
 全員の答えと力強い頷きを受け、真たちはオベリスクへと歩き出す。

*****

 ほぼ時を同じく。
「驚いた……あんなものが地面から現れるなんて、非常識だわ」
「現状だってニンゲンからしたら、十分非常識って奴だろ」
「まぁ、それも確かに」
 オベリスクが現れるのを別の地域から見ていた春香とモムノフ。
 黒き塔は地面から現れ、見る見るうちに高みへと昇っていった。
 そして、それに呼応するように、カグツチからも塔が現れ、オベリスクの先端と直結している。
「それで、あれがカグツチ塔って奴ね。確かに、こりゃ一見にしかず、ね」
「だろ? 言葉で言ったとしても信じないだろ?」
「とにかく、目指す場所が見えたなら即行動。行くわよ、モムノフ」
「おうよ」
 二人もオベリスクへと歩を進める。

*****

 そしてアマラ神殿付近。
「ようやく顔を出しましたか」
「タカネはどうするんさー?」
 様子を窺っていたシジョウとヒビキ。
 シジョウは少し思案した後、外套をはためかせた。
「決まっています。私たちは葛葉のサマナー。創世を見届ける義務があります」
「そうこなくっちゃ!」
 向かう先はオベリスク。その胸中は、真意はどこにあるのか、未だに隠しつつ。

*****

 アマラ経絡の奥の奥から出でた神。
 ボルテクス界の端で成りを潜めていたそれは、やっと動き出す。
『ようやっと、カグツチへと至る道が現れたか』
 雷を八本、身体に這わせた姿は、雪歩がチューニングした姿と良く似ていた。
『私は殺す、全てを殺して、あの人の世界を作る。私にしか……出来ない』
 そう呟いたそれは、念じると周りに幾万の死人の兵士を作り出し、その軍勢を率いてオベリスクを目指す。
 それの名は『イザナミ』、元々はあずさだった存在である。
 このボルテクス界に二柱目、降り立った守護であり、神である。

*****

「見えたな」
 バサバサの白い髪をはためかせ、オフィス街のビルの上で、千早がオベリスク、カグツチ塔を見上げる。
『他のコトワリも既に動いているか。しかし、最後に勝つのはこの我らのコトワリ、ヨスガよ』
 他の連中の動向もすぐに感知し、それでも不適に笑う千早、いやゴズテンノウ。
 なんと言っても、ゴズテンノウにはその本来の力以外にペルソナの力もある。
 千早と言う器を見つけたのは、ゴズテンノウにとっては嬉しい誤算だったのだろう。
「熾天使たちよ、我に続け。我らの世、力の統べる世は目前だぞ」
「御意」
 ゴズテンノウの傍らに、二体の熾天使が降り立つ。
 豹頭の天使、オセ・ハレルとフラロウス・ハレルである。
 その天使を引きつれ、ゴズテンノウはオベリスクへと向かう。

*****

「さぁ、君はどう見る?」
 その様子を高みから眺める一つの影、やよい。
 カエルのポーチを首からぶら下げ、楽しそうに眺めている。
『さぁね、俺には見当もつかないよ』
 その傍らには一人の思念体がいた。
 姿かたちはぼやけているが、声は明らかにプロデューサーのモノである。
『ってかお前、そんな女の子に憑依するなんて、趣味悪いぞ』
「くくっ、愛らしいだろう?」
 確かに愛らしくはあるが、それでも中にいるのがあの悪魔だとわかれば、プロデューサーも軽々しく肯定出来ないだろう。
 今、やよいの中にいるのは事の発端とも言えよう悪魔、ルイ・サイファーと名乗ったあの男である。
 べろちょろからやよいを操っているのだ。
「私は楽しくて仕方がないよ。思い通りに事が進んでいるのだからね」
『本当にそう上手くいくのかよ?』
「いくさ。今回は一度も私の掌の上から出る事はない。そしてこれからもね」
『何故そう言い切れる?』
「この世界では、私が神だからさ」
 思い切り顔をゆがめて笑うやよいは、愛らしいとは言いがたかった。

*****

 こうしてボルテクス界は終わりへと進む。新たなる始まりを目指して。

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真・菊地探偵事務所 三章 8

8 守護

 ボルテクス界の外れ、誰も立ち寄らないような辺境、そんな場所にアマラ神殿と呼ばれる建物があった。
 三つのピラミッドと、それらに囲まれるようにして逆立ちしたピラミッドが突き刺さっているという、謎の造形が目立つ場所だが、そんな見かけによらず、ここはボルテクス界においてとても重要な役割を持った場所だった。
「ここが、アマラ神殿か」
 エントランスの鏡の間を抜け、真たちはピラミッドが立ち並ぶ場所までやってきた。
 先鋭的なデザインの広場に立って、真はかなり気圧されていた。
「なんだか個性的な場所だね」
「ねぇ、ホルス。ここで本当に真くんの守護が降ろせるの?」
「わ、私に聞かれましても……」
 ミキに尋ねられて、ホルスは答えに窮していた。
「ホルスがここに来るように言ったんだろ? 何か知ってるんじゃないのか?」
「私が知ってるのは、もしかしたらここで情報が得られるかも? って感じの事だけですよ。ぶっちゃけ、ここで何があるのかまではちょっと……」
「微妙に役に立たないわね! 仕方ない、真、ちょっとこの辺歩き回ってみましょう」
「そうだね、みんな、何が出てくるかわからないから慎重に行こう」
 そんなわけで、一行はピラミッドの中を探検してみる事にした。

****

――のだが、周りにある三つのピラミッドの中にいたのは野良の悪魔だけで、これと言って収穫はなかった。
「あれだけこれ見よがしに並んでるピラミッドの中に何もないなんて……」
「じゃあ、残るは真ん中の逆立ちピラミッドだけなの」
「あの中に何もなかったら、ホルス、どうなるかわかってるんでしょうね?」
「ひぃ!? わ、私の所為ですか!?」
「い、イオリちゃん、ホルスさんだって悪気があったわけじゃないんだし……」
「悪気があったなら即刻氷漬けにしてやるわよ。……さ、真、真ん中のピラミッドに入ってみましょう」
「う、うん」
 イオリが『目覚めて』からこっち、一行の結束が強まったような気がしていた。
 ふんわりとではあるが、どこか懐かしい感じがする。まるで一度一緒に旅をしたような、そんなデジャビュに似た気さえするのだ。
 イオリだけでなく、ホルスやミキも気にかかる事を言っていたし、もしかしてこの既視感がその謎の鍵を握ってるのではなかろうか。
「真ちゃん、早く行こう?」
「雪歩は……」
「うん?」
「雪歩は何か、既視感のようなものを感じない? 前に僕らが旅をしたような……」
「うーん、よくわからないけど、私はこの世界自体が……なんていうかな、『違う』気がするの」
「……違う?」
「上手く言えないんだけどね。なんていうか、世界って神様が作ったものでしょう? でもこの世界は別の意思によって作られてる、って言うか」
「そりゃ、ボルテクス界は純粋に神の意思で作られた世界じゃないだろうけどさ」
 この世界が出来上がったのは、少なからず真の意思も混じっている。
 それは純粋に神に相当する存在が作り上げた世界とは言えないだろう。
「そうじゃなくて、このボルテクス界が出来上がる前から、私は違和感を感じてたの。私たちの住みなれた町、歩きなれた道、あの事務所の中でさえ」
「違和感……」
 雪歩が感じた既視感ではない違和感。
 真にはそれがなんなのか、わからないままだった。

 真ん中のピラミッドの中は薄暗い部屋が一つあるだけだった。
 床の下には水槽のようなものがあるようで、そこに大量のマガツヒがたまっている。
「これは……マガツヒを集める装置みたいですね」
 ホルスが周りを見回して、そう言う。
「オベリスクに良く似ているけど……核になるモノがない」
「どういうこと?」
「オベリスクと呼ばれる場所で構成されていたマガツヒを集める装置は、巫女と呼ばれる存在を核にしてマガツヒを集めていました。でもこの場所にはそれがない。そうじゃなければこんな大量のマガツヒなんか集められないと思うんですけど、うーん」
 ホルスはパタつきながら周りを飛び回って物色しているが、その疑問が解ける事はなかった。
 一方、そんな難しい事を考えるのが得意ではない真は、目に見えるものを判断する。
 床下にたまっているマガツヒ、そしてそこから延びる台座。
 台座にはそのてっぺんに何か乗せるような場所がある。
 そして、それは地下でアミとマミに貰った『ヤヒロノなんちゃら』がピッタリ収まるようである。
「ここにヤヒロノなんちゃらを乗っければいいのかな?」
「真、あんまり不用意な事をして厄介事を起こさないでよ?」
「僕がいつ、厄介事を起こしたんだよ?」
「まず、GUMPを手にした事がそもそもよね」
「うっ……」
 言われてみれば、見るからに怪しい小包を勝手に開けて、中身を物色するなんて、完全に不用意から来た厄介事だった。
 ガンプをすぐに処分していれば、今回の件は起こらなかったかもしれない。
 それはそれで、また別の事件が起こっていた可能性もあるが。
「でも真さん、そこにヤヒロノヒモロギを乗せる事は正解ですよ」
 辺りを飛び回っていたホルスが口を挟んだ。
「それをしないと、カグツチへと辿り着く事が出来ませんから」
「ここにヤヒロノなんちゃらをセットすれば、ワープできる、とか?」
「そんな簡単だったら良いんですけどね。実際は八割がた徒歩ですよ」
「え!? あんな高いところまで徒歩で!?」
「塔が伸びるんですよ。カグツチからね」
 ホルスが言うには、ヤヒロノヒモロギをセットすると、それが鍵になってカグツチから『カグツチ塔』と呼ばれる塔が伸びてきて、それを登る事でカグツチに辿り着く事ができるという。
「でもそのカグツチ塔が連結されるためのオベリスクが、このボルテクスにない事が気がかりですよねぇ」
「オベリスクってなんなのさ? さっきも言ってたけど」
「ニヒロがナイトメアシステムを使うため、ひいてはマガツヒを大量に集めるための重要な場所ですよ。アレがない事には、ニヒロとマントラ軍は全面戦争してたでしょうね」
 ホルスが喋る事の中にわからない単語が出始めてきたので、真は理解する事を諦めた。
「とりあえず、そのオベリスクとカグツチ塔がないと、僕らは創世を行えないって事だろ? どうしたらいいんだろう?」
 真が首を傾げた時、入り口から声がした。
「オベリスクは太陽の塔。この地にオベリスクの穂先を向けるべき太陽を示すのです」
 驚いてそちらを見ると、黒い外套を羽織った人物、葛葉シジョウがいた。
「シジョウ!」
「菊地真。貴女ならばその『太陽』を示す事が出来るはずです」
 そう言って、シジョウは一振りの剣を取り出した。
「これは貴女の持つ剣、ヒノカグツチとほぼ同じの剣。刀身は猛る炎に包まれ、銘をヒノカグツチといいます」
「僕の剣と同じ?」
「ええ、ですが少し違う。私の剣と貴女の剣、元々一つだったものが何かの要因で二つに分かれた物のようです」
 シジョウはもう一つ、外套の中から一枚の紙切れを取り出した。
 そこに書かれていたのはHRインフォメーションという社名と、秋月律子という名前。
「律子に会ったのか!?」
「ここに来る前……正確に言えば、あの人修羅、天海春香に出会う前です」
「春香にも会ったの!?」
「その話はまた後ほど。今は秋月律子から聞いた話を、貴女に聞かせるのが先です」

*****

「それはおかしいわね」
 HRインフォメーション内で律子は唸った。
 シジョウの話を聞いて、目に見えた違和感を感じ取ったのだ。
「そもそもこの件の発端は葛葉がバンナムの研究員に悪魔召喚の資料を渡した事よ。だとすれば、貴女がこの件に介入し、鎮圧を目的にしている意味がわからないわ」
「葛葉は既に、前世界を放棄していました。故に受胎が始まる直前までサマナーを一人たりと動かさなかったのです」
「……葛葉が前世界を見限った理由って何?」
「色々あります。それこそ環境問題、戦争、エネルギー危機、それら全てを危惧し、一度『まともだった時代』にまで逆行させるのが一番の手段だ、と」
「その為に、受胎を起こさせて、世界を葛葉のいい様に作り変える、って事ね。反吐が出るわ」
「ならば秋月律子、貴女ならば滅び行く世界を、ただ静観し、死んでいくのを甘受するというのですか?」
 どうしようもなかった世界の状況。それを思えば、受胎という危険を冒してまでも世界のリセットは必要だったかもしれない。だが、それには大きなリスクを伴う。
 今現在、ボルテクスに生きているコトワリは複数ある。そしてそれのほとんどが葛葉の理想とは遠いもの。葛葉としてはそれらのコトワリが創世を行うことにいい顔はしないだろう。
 逆を言ってみれば、そんな危険を冒す事でしか世界は救いようがなかったのかもしれない。
「……起きた事を今更どうこう言っても仕方ないわ。それより、建設的な話をしましょう」
「賛成です。まずは私、葛葉シジョウの意見を述べましょう。私は菊地真に創世を行わせる事を推します」
「ええ、それが一番でしょうね。あの娘なら上手くやってくれるはず。私もそう信じられるわ」
 人でも悪魔でもない、魔人として覚醒しつつある真。だが、その心は人のままだと信じられる。しかし、彼女には翼はない。創世のためにカグツチへ向かおうにも、その道がない。
「そこで秋月律子、貴女ならと思い、尋ねました」
「カグツチへ至る道、オベリスクとカグツチ塔ね」
 徒歩でカグツチへ至るには、その二つの塔が必要不可欠。
 何せカグツチはボルテクスの中心、遥か頭上にあるのだ。高い高い塔でもなければ近づく事さえできないだろう。
「一応、調べはついているけど、難ありね。それでも聴く?」
「是非」
 シジョウが首肯するのに答え、律子はメモを開く。
「カグツチ塔が顕現するには、ボルテクスのどこかにあるアマラ神殿にヤヒロノヒモロギを奉納するしかないわ。でもカグツチ塔はオベリスク目指して伸びてくる。今のボルテクスにオベリスクはない」
「本当に存在しないのですか? 隠れているだけ、と言う事はありませんか?」
「さすが葛葉、鋭いわね。そう、今のオベリスクは向かうべき先を見失っていて、姿を隠しているだけ。オベリスクの向かう先を示してやれば、自然とその姿を現すわ」
「どういうことです?」
「オベリスクってのは『太陽の塔』って意味よ。太陽に伸びる塔。つまりオベリスクの向かう先は太陽なの」
「……ボルテクス界の太陽といえば、カグツチしかありません」
 現状、地上を照らしてくれている存在といえばカグツチ。
 あれが太陽でないというならば、どこに伸びるべきなのだろうか?
「カグツチは確かに、オベリスクの向かう先。でもオベリスクをカグツチに向けるためには、もう一つこなすべきプロセスがあるの」
「……見当もつきませんね」
「そうかしら? 貴女の背負っている剣、それに覚えはない?」
 シジョウが外套の下に隠している剣、ヒノカグツチ。
 奇しくも天に輝くカグツチと同じ名前を関している剣である。
「何故貴女がその事を? 私がこの剣を持っているのは極秘であるはず」
「情報屋なめんじゃないわよ。……って言いたいところだけど、裏技を使わせてもらったわ」
「タイジョウロウクン……ですね?」
「話が早くて助かるわ。そして、貴女のカグツチと真の持っているカグツチ、その二つが分かれたのは恐らく、この夢が始まった瞬間。それまでは貴女の剣は刀身を有してなかったでしょうね」
「……夢? 理解しかねます」
「でしょうね。この事を知っているのは目覚めた数人のみ。貴女がわからなくてもしょうがないわ」
 律子の話す言葉に首をかしげながらも、シジョウはどうしてか疑う事ができなかった。
 それは単に、情報元がタイジョウロウクンというこの上なく信じられる人物である事。
 そしてもう一つ、どこか身体の内の内、本能とも呼べる場所が納得してしまっているのだ。
 彼女の言っている事は本当である、と。
「なるほど、貴女が情報集めに秀でている事はわかりましたし、その信憑性も確認できました。では貴女に問いましょう、オベリスクを顕現させる方法を」
「それは……」

*****

「秋月律子に聞いた方法とは、私の持つヒノカグツチと、菊地真、貴女の持つヒノカグツチを融合させる事」
「融合……? そんな事が出来るの?」
「古来、剣と悪魔、剣と剣の合体の方法を伝えている場所があります。それが、邪教の館」
「邪教の館って……私も行った事あるわ。確かオフィス街の地下にあったはず」
 イオリがピクシーからティターニアになれたのも、邪教の館に伝わる秘術のお陰。
 邪教の館の秘術とは強大で、サマナーにとってとても役に立つものなのである。
「じゃあ、早速その邪教の館に……」
「いいえ、まだです」
 そう言って、シジョウは剣を抜く。燃え立つ剣、カグツチを。
「先ほど、人修羅天海春香とは剣を交えてきました。彼女は強く、激しく、創世の器たり得ると確信いたしました。では、貴女はどうですか、菊地真?」
「ボクと戦うって言うのか?」
「その通りです。もしも貴女が創生の器たり得ないのであれば、私がその剣を預かり、貴女の代わりに創世を行いましょう。心配なのであれば、貴女の仲魔も助勢して構いませんよ?」
「キミはどうするのさ?」
「私はこの身一つで戦いましょう。無理を言っているのは私の方です」
「だったらボクも一人でいい」
 真も静かに剣を抜く。同じ様に燃え盛る剣、カグツチを。
 二振りのカグツチ。それらが見えただけで、この場が一気に明るくなった。
「ま、真ちゃん……」
「大丈夫、雪歩はそこで見ていて。ボクは負けない」
「大した自信ですね、菊地真。いいでしょう、見極めさせていただきます」
 シジョウはカグツチを構え、静かに踏み出す。


 音もない踏み込みから一閃、横薙ぎの水平斬りを、真は剣で受け止める。
 刀身が炎同士のカグツチでも、どうやら弾き返す事は出来た様で、防御は叶った。
 シジョウはさらに加えて、返しの刃で袈裟懸けに斬りつける。
 しかし、真は引きざまに剣を払い、シジョウの剣を弾く。
 隙が出来たシジョウ。攻守が逆転する。
 すかさず、真は低く構え、脇腹に向けて突きを放つ。
 シジョウはカグツチを打ち降ろし、真の突きを叩き落す。
 さらにふわりと前方に跳び上がり、身体を反転させつつ真の背中を斬りつけにかかる。
 真は地面を転がり、それを回避した。
 間合いが空く。
 先に間合いを詰めたのは真。
 深く踏み込んでカグツチを両手脇に構え、逆袈裟斬り。
 跳びはねての攻撃、と言う大振りを繰り出したシジョウはすぐさま反応できず、後方にバランスを崩しながらも何とか回避する。
 しかし、これは致命的な体勢の崩れ。
 真はすぐに上段に構え、剣を振り下ろす。
 シジョウはバランスを崩したまま、流れに身を任せつつ後ろに転がり、その斬撃を避ける。
 起き上がり際に剣を振りつつ牽制し、体勢を立て直した頃には、またも二人の間に間合いが空いた。

「ふぅ……」
 息を抜いたのは真。
 張り詰めた表情で見つめるのはシジョウ。
 正直、シジョウは真がこれほど出来るとは思っていなかった。
 何せ無名のサマナー、無名の探偵が、これほどの戦闘能力を持っているとは誰も思うまい。
 天賦の才。そう呼ばざるを得ないだろう。
 真の『可能性』は十二分にある。
 だが、それだけでは弱い。
「菊地真、殺す気で、死ぬ気で来なさい。私も殺すつもりで、死ぬつもりで参ります」
「……いいよ。キミがそれで認めてくれるのなら」
 ピリリと空気が張り詰める。
 雪歩は思わず、半歩にじり出てしまったぐらいだ。
 しかし、真は大丈夫だと言った。それを信じるしかない。

 殺気が立ち込める中、先に剣先を揺らしたのは真。
 中段に構えていた剣を大きく振り回し、両手脇に構え、前に出る。
 その動きに反応し、シジョウは剣を握る手に力を込める。
 見極める。魔人の攻撃と言うものを、見切ってみせる。
 そんな心積もりだったのだが、しかし
「本気で行くよ」
 そう呟いた声が聞こえた瞬間、真の姿を見失う。
 残ったのは眩いカグツチの残像。その閃きが瞬く間にシジョウの脇腹をすり抜け、
「とった」
 ゾワリと悪寒のするほど、至近距離から発された言葉。
 しかも、背後から。
 驚いて振り向くと、剣を収めた真がいた。
「……っ!」
 反応できなかった。
 防御なんて間に合うはずもない。
 あの『とった』とは『殺った』と言う意味なのだろう。
 間違いなく、シジョウは二度、斬られた。
 脇腹を払い抜けられ、さらに背後からも一撃食らっている。
 これが、魔人である真の実力。
 驚くべき成長幅。
「……参りました。認めざるを得ませんね、貴女の力を」
 そう言ってシジョウはカグツチを収め、真に渡す。
「ありがとう。でもいいの? これはキミの剣なんだろ?」
「私にはもう一振りの剣があります。流石にヒノカグツチほどの力はありませんが、仲魔と力を合わせれば、切り抜けられるでしょう」
「そうか……。じゃあ遠慮なく預かっておく」
 真は笑顔で頷き、シジョウから渡されたカグツチを受け取った。

「さて、後は守護って奴だけど」
 本来、ここに来た目的は守護を下ろす事。
 だが、見回す限り、手がかりになりそうなものはない。
「菊地真、気付いていないのですか?」
「……何が?」
 シジョウに言われて首を傾げる。
「今の貴女は、既に守護を携えている……いいえ、このボルテクス界で誰よりも早く守護を得ていたのは貴女なのですよ?」
「ボクが? いつ? どこで?」
「貴女がボルテクスに辿り着く前から、貴女はその剣として守護を得ていたのです」
 そう言って指差されたのはヒノカグツチ。
「この剣がボクの守護?」
「そう。ヒノカグツチとは天に輝くあのカグツチであり、その剣でもある。今のボルテクス界で最も強く、最も高みにある神性、それがヒノカグツチです」
「でも、ホルスは確か、この剣とカグツチは別物だって……」
「そう思えたのは私の剣が貴女の剣と分かたれていたからでしょう。どちらか片方だけでは、他の守護に易々と挫かれてしまうほどの神性しか持ち合わせません」
「そ、そうですピヨ」
 やたら目を泳がせているホルス。
 どうやらガチで別物だと思い込んでいたらしい。
 しかし、それに気付かず、真は自分の剣をしげしげと眺めた。
「そうだったのか……全然気付かなかった」
 確かに守護の名の通り、この剣には何度となく助けられた。
 この剣が真の守護だと言われれば、確かにそうである。
「これで貴女は創世に手をかけた最後の一人となったのです。他の敵を蹴落とし、創世へと至りなさい。私は貴女を信じています。きっと貴女が良い世界を築くと」
「……うん、ありがとう。期待に応えられる様に頑張るよ」
 真とシジョウはガッチリと握手を交わし、そしてそれぞれの行く道へと別れていった。

*****

「シジョウさん、一人で大丈夫かな?」
 アマラ神殿を後にした真一行。
 神殿を振り返りながら、雪歩がそんな事を零した。
「アイツだって今までボルテクス界を渡り歩いてきただけの力量はあるのよ? 私たちが心配するのが失礼ってモンだわ」
「そうですね。彼女は一流のデビルサマナーらしいですから、心配する事もないでしょう」
「ひょっこりカグツチ塔にも来ちゃうかもなの!」
 別れ際にはちゃんと『カグツチ塔でまた会いましょう』と言っていたシジョウ。彼女を心配する必要などないだろう。
「でも確かに、一緒に来てくれたら心強かったな」
「うん……もう戦う事はないよね、真ちゃん?」
「多分ね。きっとシジョウも味方してくれるはず」
 真の答えに雪歩も頷き、一行は再びオフィス街を目指すのだった。

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真・菊地探偵事務所 三章 7

7 魔丞

 フラフラと歩いた先には、とても高いビルがあった。
 バンナムほどではないだろうが、それでも見上げ続けると首が痛くなる。
「……なにかしら、ここは」
 そのビルの入り口に、千早が立っていた。
 マダを退けた後、どこへ行くともなく歩いていたのだが、気がつけばこんな場所に辿り着いてしまっていた。
 ここがどこだか、千早自身にはわからないが、バンナムのビルもあったビル街である。
「私は、どうしてこんなところへ……」
『力が欲しくないか』
 胸の中に沸いてくる声。
 千早は自分の胸を押さえ、ビルの屋上を見上げる。
『力が欲しくはないか』
 もう一度聞こえた。恐らく、この上から声を送っているのだろう。
 なんとなくそれを理解し、千早は意を決してビルへと足を踏み入れた。

 面白い事に、ビルの中には精霊も妖精も、悪魔も天使もいなかった。
 もぬけの殻だったのである。
 電気も通っていないようで、エレベーターは動いておらず、千早は階段を上って屋上を目指した。
 途中、窓から外を見やると、そこは見知らぬ世界、ボルテクス界。
 自分はどこまで流され、歩いてきたのか。何故だか笑みが零れた。
「力が欲しいわ」
『ならばくれてやろう。しかし、我が力の代償は安くはない』
「……どうでも、いいわ」
 屋上の前に辿り着き、錆び付いたドアを開ける。

 そこには大仏のような物が建てられてあった。
 ビルの下からは見えなかった、赤黒い石を彫って作られたようなそれは、気味悪くも頭だけ床に落ちている。
 ゴロリと転がる首は、千早を見据えているようだった。
『ニヒロの奴ばらにしてやられてどれくらい経ったものやら、時を数えるのも忘れていた。お前が我が力を受け継ごうとする者か』
「そうよ。私は力が欲しい」
『何のために力を振るう? 創世か?』
「創世? 何の事、それは」
 千早はこの世界にあって、唯一人創世という目的を持たない者だった。
 それもそのはず、世界なんか蘇らないと思っているのだ。創世を目的にするはずもない。
「私が力を欲しがるのは全て、復讐のため。弟を殺した悪魔を殺し、それを操っていた高木を殺し、私を欺いた春香を殺すわ!」
『復讐、か。それも良かろう』
「あなたに言われるまでもないわ」
 声にその目標を認められようとも、千早の心には何の波紋も浮かない。
『お前は持てる物を奪われた。それはお前が弱かったからに過ぎぬ。弱き者は奪われ、殺される。それは当然の道理よ』
「なんなの、それ? だったら、弱者は泣き寝入りしか出来ないっていうの?」
『そうではない。本当の弱者ならば寝入る前に食い殺される。だが力を得るべき者ならば、然る時に力を得、奪う側に回る。それが自然であり定めである』
「だから私は力を得て、あいつらに復讐を……ッ!」
『そうさな。力を得たのならば奪わなければならん』
 床に転がる頭がゴロリと動き、その目を光らせ、千早を見る。
『弱肉強食を体現せよ。力こそ全て、力こそ正義、力こそ真理。力を以って力を征し、それを上回る力を以って淘汰されよ。奪った者を打ち倒し、全てを奪い、そして行く行くは貴様も奪われるがいい。その力の輪廻こそコトワリとなる』
「……力が力を支配する世界、それが貴方の望む世界なの?」
『そうだ。それこそヨスガの世界。この荒廃したボルテクス界の行く先よ』
「面白いわ。そんな殺伐とした世界も悪くないかもしれない」
 千早はペルソナのカードを取り出す。
 最高位の神が描かれたタロットだが、それでも春香には敵わなかった。
 それは心が弱かったからだ。千早が今以上の強さを得るには、自分が強くならなければならない。
「一つだけ言っておくわ」
『……なんだ』
「私は貴方の言う世界にはこれっぽちも興味を持てない。だから、貴方の力を得る代わりに私は貴方の器になる。私の望みが叶えられれば、あとは貴方の好きになさい」
『自我を放棄するというのか?』
「私の望みは復讐だけ。それが終わればこんな世界、どんなになっても構わない。そこに私という個があろうとあるまいと、私には関係ないわ。私の望みさえ果たされれば良い」
『それではお前は、我がマガツヒを得たところで変わらぬだろう。弱きままだ』
 それは過去に囚われたままということ。ペルソナの力は変わらない。
「でも貴方なら存分に、純粋なままで力を使う事が出来るでしょう? 過去にも囚われず、本当の意味での心の強さを行使できる。だから、これだけ約束して。高木と春香を殺せば良い。それだけ守られれば、私は貴方の中で鳴りを潜める。私の身体、好きに使いなさい」
『……異な決断、しかしその願い聞き入れた』
 首の目が一際光り、その瞬間、どこからか稲光が落ちる。

*****

「な、なんだぁ?」
 突然の轟音に、モムノフが空を見上げる。
「あれ……」
 春香も気付き、ある一点を指差す。
 その先には背の高いビル、そしてその屋上に突き刺さる稲妻を見た。
「なんだろう、嫌な予感がする。……モムノフ、急ぐわよ!」
「お、おぅ」
 春香とモムノフが駆け出そうとした瞬間、足元に銃弾が放たれる。
「……っ!? 邪魔者、だけど、ここは黙って通るわけには行かないわね」
 地面を穿った銃弾は小口径。拳銃のモノだろう。
 悪魔が拳銃を使うわけがないし、知っている人間で銃を使っていたのは一人しかいない。
「デビルサマナー、葛葉シジョウって言ったかしら?」
「覚えていてくれたとは、光栄ですね、人修羅」
 ビルの陰から現れたのは黒い外套をまとった女性、葛葉シジョウとその連れであるヒビキ。
 既に刀も抜かれ、臨戦態勢であることは間違いない。
 春香もモムノフも意識を切り替える。
「アンタには会いに行こうと思ってたところよ。手に入れたこの力、そこの猫にも通用するか試してみたかったし、何より負けっぱなしは癪なのよね」
「それは丁度良かった。こちらにも時間がありません。既に二柱の顕現が成り、三柱目も準備が出来た様子。我らが葛葉の四天王もいない今、私が貴方を止めるしかありません」
「私を止める、ね。出来るのかしら? 今の私はちょっとすごいわよ」
 春香は握り拳を掲げる。
 その拳を見てシジョウは並々ならぬプレッシャーを感じた。
「なるほど、何をどうしたのか見当もつきませんが、人修羅の力を開花させつつあるようですね。これはこちらも本気で行かなければなりません」
 そう言ってシジョウが取り出したのは二振り目の刀。鍔に札が貼られており、どうやら封印されているようでもある。
 その札を親指で弾いて破き、シジョウはゆっくりと鞘から刀を抜く。
「ある時は世界の終末を見届け、ある時は世界を作り変える力となり、ある時は産んだ母を焼き殺す。猛る炎、神殺しの火、カグツチ」
 シジョウが抜いたその刀は、真の持っていた炎の剣と瓜二つ。
 刀身に赤い炎を纏い、轟々と猛る姿は春香も見覚えがある。
 バンナムの地下で真が持っていた剣だ。
「何故、アンタがそれを……っ!?」
「安心なさい、あのサマナーから奪ったわけではありません。これは葛葉に秘剣として封じられていた一振り。此度、私がこの事件に介入するに当たって、葛葉宗家から賜った品です。あの剣とはまた別物」
「にしたって、そんな物騒な刀が二つもあるわけ……」
「そうでしょうね。そう考えるでしょう。私もこの剣は一振りしかないと聞かされていました。カグツチが二振りもあるのは、何か理由があるのでしょう。ですが、今はそれを問うてる暇はありません」
 シジョウがカグツチを構え、春香を見据える。
「今はただ、貴女を全力で討つ。それが私に課せられた使命ですから」
「ふぅん、なるほど。『現実あるものはある』って事か。まぁ疑問に思っても仕方ないわね。考えるのは後で良い」
 春香も呼応するように構え、隣でモムノフも槍を構えた。
「アンタがそれを持った事で、確かに脅威になったし、それを認識できただけで十分」
「その通りです。……決着をつけましょう、人修羅」
 シジョウが刀を中段に構えたまま、春香に向けて突進する。

 そのスピードは以前とは比較にならないものだった。
 地下での一戦が本気でなかったのか、と疑うほどの突進力。
 だが、春香とてあの時とは違う。
 突き出されたカグツチを握り、その突きを防ぐ。
「熱っ……でも、我慢できないわけじゃない!」
「ヒビキ!」
 カウンターの拳が掲げられた瞬間、シジョウの背後からヒビキが飛び出し、魔法を唱える。
 彼女の腕に集まっているのは風。衝撃の魔法、ザンマである。
「させるか!」
 しかし、ヒビキの横合いからモムノフが飛び出し、槍を振りかぶってヒビキを打ち落とす。
 その打撃は得体の知れない壁のようなものに阻まれてダメージを通すことは出来なかったが、ヒビキの気を逸らす事は出来た。
 春香はその隙にカグツチを放してカウンターを断念、シジョウを手前に引っ張って、自身は彼女の脇を抜け、背後に回る。
 瞬く間にシジョウと春香の位置が逆転する。ヒビキもそれを瞬時に悟って魔法を中断した。あのまま放てばシジョウに直撃していたところだ。
「やっぱりこの猫が厄介ね! モムノフ、シジョウを頼むわ!」
「あんまアテにすんなよ? 女相手は慣れねぇんだからな!」
 モムノフはヒビキの発生させる謎の壁を蹴り飛ばし、シジョウに対して突進する。
 それを察知したシジョウは、振り返りざまにカグツチを振り、モムノフの槍をいなして彼から間合いを取る。
 さらにその傍らで春香はヒビキに腕を伸ばす。
「無駄さぁ! 自分に物理的な干渉は……」
「さて、どうかしらねっ!!」
 自分の能力に胡坐をかいていたヒビキ。しかし、それは間違いだった。
 シジョウは冷静に春香の力を分析していたが、ヒビキはそれを怠っていたのだ。
 いつも通り、ヒビキの周りには謎の壁が発生されるが、春香の腕はそれを突破する。
「なっ!?」
「捕まえたぁ!」
 春香はヒビキの腕を掴み、そのまま力任せに振り回してブン投げる。
 まるで戦車の主砲から発射された弾のように、ヒビキは殺人的なスピードを以って投げ飛ばされ、ビルの壁に激突する。
 その衝撃は凄まじく、一瞬にしてビルの一階部分を薙ぎ倒し、支えを失ったビルは崩れ落ちる。
 濛々と土煙が立ち上り、辺りの視界を奪う。
「バカヤロウ! ちょっとは状況考えて攻撃しやがれ!」
「仕方ないでしょ、私だってこの力を手に入れて日も浅いんだから、加減がわからないのよ!」
 土煙の中で背中合わせに立った春香とモムノフの叫び声が響く。
 恐らく、声で位置情報は捉えられたはず。シジョウが煙に乗じて不意打ちをしてくる事を睨んで、二人はカウンターを狙っている。
 しかし、煙が晴れてもシジョウは来なかった。
「……どういうこと?」
「俺が知るか」
 辺りを窺うと、近くにシジョウの姿が見当たらず、彼女はヒビキの回復を優先していた。
 宝玉をかざし、ヒビキの傷を癒していた。
「ふん、やっぱりその猫が攻撃の起点になってるみたいね。でも、もうその壁は役に立たないわよ」
 春香の言葉を聞いてか聞かずか、シジョウはヒビキの回復を終えて立ち上がる。
「……ヒビキ、まだやれますか?」
「もちろんさぁ。でも確かにあの人修羅の力は厄介だね。自分の『物理吸収』が通用しなくなっちゃったよ」
「それでもまだチャンスはあります。慎重に攻めましょう」
 シジョウが剣を構え、ヒビキも慎重に立ち位置を取る。
 戦闘が仕切りなおされようとした――その時。
 何の前触れもなく、四人の丁度中間に少女が降り立つ。
「……なっ!?」
 驚いて退いたのはシジョウ。
「ち、千早ちゃん!?」
 駆け寄ったのは春香だったが、その手をモムノフに掴まれて止まる。
「何するの!?」
「待て、千早の様子がおかしい」
 言われて見れば、確かに様子はおかしい。
 まっすぐ、綺麗だった黒髪はバサバサの白髪に変化しており、それより何より、その左腕が奇形に変形していた。
 およそ人とは思えないその姿に、一同は息を呑む。
「……そこの女」
 千早は春香をチラッと窺って言葉を発する。
「貴様がハルカ、というのか?」
「な、何を言ってるの、千早ちゃん?」
「訊いているのは我だ。答えよ」
 とてつもないプレッシャーが春香を襲う。
 だが、それはペルソナの力ではない。何か別の……。
「そうよ。……貴女は、誰?」
 春香は身構えて尋ね返す。
 問いに軽く笑った千早は、天上を指差す。
「女、今は貴様を殺す事はせん。我には先に屠るべき宿敵がいる。よって、貴様の死地はカグツチへ至る塔の中だ。我の手にかかるまで、死ぬなよ?」
「ち、千早ちゃん?」
「我はチハヤなる少女であり、マントラ軍の大将、ゴズテンノウなり。覚えておけ、貴様は我が殺してやる」
 千早はそう言った後、現れた時と同じ様に、音もなく消えた。
「千早ちゃん!」
 春香の声も虚しく響くだけで、千早の影にも届かなかった。
「くそっ、なんだって言うの!?」
 突然の出来事過ぎて、思考が追いつかなかった。
 だが理解できた事は一つ。千早は何か別の力に乗っ取られている。
 だとすれば、まずはその力から解放させなければ話どころではない。
「アンタ、葛葉シジョウって言ったかしら? アンタとの勝負はまた今度よ」
「……先程の少女を追うのですか?」
 気付くと、シジョウは剣を収めており、ヒビキの方も毛繕いを始めていた。
 完全に戦意を失っている。
「だったらどうしたのよ?」
「……人修羅、貴女に問います。先程の少女、千早と言いましたか? 彼女は貴女にとって、この世界を変えてまでも助けたい相手ですか?」
 突然の質問に、春香は多少面を食らったが、それでもすぐに答える。
「世界なんか関係ないわ。こんな常識ハズレの世界だろうとも、私は千早ちゃんの友達であり続ける。千早ちゃんがああなっちゃったのは私の責任でもあるし、友達ならあんな千早ちゃんを放ってはおけないもの」
「……なるほど。思考は柔軟にせねばなりませんね」
 シジョウはそう言うと、懐から石を取り出して春香とモムノフに放った。
「魔石です。回復に使うと良いでしょう」
「……どういうつもり? さっきまでは私たちを殺すつもりで戦ってたんでしょう?」
「私の敵は世界を脅かすモノたち。……どうやら貴女はそれに当てはまらないらしい」
「これだけやって、魔石の譲渡だけで話をつけようってのは、ちょっと虫が良すぎるんじゃない?」
 ともすれば死ぬような目にあったのは事実。だがそれはお互い様だが。
 しかし、今の戦闘では春香の方が優勢だった。劣勢だったシジョウが魔石程度で、今までの事を水に流して欲しい、なんて釣り合わない。
「私はこれ以上の消耗を望みません。貴女がなんとしても私を除く、と言うのならば、今度こそ全力を持ってお相手します」
「まだ全力じゃなかったっての? 嘘くさいわね。単に虚勢を張ってるだけじゃないの?」
「……私の仲魔はヒビキだけではありません。管は十二本。その内、貴女の連れ以上の力を持つ仲魔がいないと思いますか?」
 そう言われてみると、シジョウの外套の下には管を補完しておくための肩吊りが巻かれている。そこには確かに管が十二本。一つがヒビキの管だったとしても、あと十一本は余力があると見て良いだろう。
 その中にモムノフを押さえつけるだけの力を持っていた悪魔がいたとしたら?
 サシでシジョウと立ち合って、勝率は如何ほどだろうか?
 彼女の持つ炎の剣は真の持っているモノと同じ。あの剣の威力は、律子が言うにはまだ片鱗だけらしい。だとすれば、勝率は五分と言った所だろうか。
「ブラフ臭いけど……まぁ別にいいわ。これ以上アンタと小競り合いをして、千早ちゃんを見失ったりしたら意味ないし」
「恩に着ます、人修羅……いえ、春香でしたか」
 シジョウに初めて名前を呼ばれ、春香はクスリと笑う。
 やっとこれで人扱いしてもらえるだろうか。
「別に良いわよ。……それで、アンタはこれからどうするの?」
「あのサマナー……菊地真の助力へと参ります。貴女とも縁があれば再会するやも知れませんね」
「真が今どこにいるか知ってるの?」
「ええ、ボルテクス界の僻地、アマラ神殿へと向かっている、と情報を手に入れました。かの地にて彼女も守護を降ろすつもりのようです」
「……なんだかよくわかんないけど、会ったらよろしく伝えておいて。私はまだやる事があるしね」
「そうですか。では、次に会うのはカグツチへと至る塔にて、でしょうか?」
「その何とかの塔ってのもわかんないんだけど……」
 今まで何度か話の端っこに出てきている『カグツチへと至る塔』。
 カグツチと言うのは天に浮いている太陽のようなアレ、だというのはわかる。
 だが、そこへ至る塔、と言うのは何のことだろうか? 今のところ、そんな高い建物なんて見当たらない。
「時が来れば知れましょう。そして、その時ももうすぐ」
 外套をはためかせ、シジョウは春香たちに背を向けた。
 その姿が見えなくなるまで見送った後、春香はモムノフに向き直る。
「アンタは知ってる? カグツチに至る塔」
「知ってるよ。……だがまぁ、百聞は一見にしかずってな。言葉で言うより実際見る方が早いと思うぜ」
「じゃあその時までお預けってわけ? 仲魔の癖に生意気な」
 とは言った春香だが、無理に問い詰めるわけでもなく、そのままそこから消えた。
 この地に『カグツチ塔』が現れるのは、もうすぐ。

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真・菊地探偵事務所 三章 6

6 For you

「まさか、壁を掘り進むなんてね……流石は雪歩って感じかな」
 雪歩が開けた穴を歩きつつ、真はそんな事を呟く。
 ニヒロ機構最下部はそれほど横に広がってはいないようで、壁をぶち破った後はすぐに地面の中になっているはずだったが、穴はどんどん奥へと続いている。
 驚くべき事だが、真にとっては見慣れた穴だ。
「どこまで続いてるのよ、これ……全然先が見えないわ」
「私、光りましょうか?」
「アンタ、便利ねぇ」
「デコちゃんだって……」
「それ以上言うと、私の絶対零度が黙ってないわよ」
 妙に会話も弾む。警戒する必要はないはずだ。
 穴の入り口はほぼ全滅のニヒロ機構のアジト。進む先は現在、雪歩が掘りつつある。悪魔が襲ってくる心配は今のところないだろう。
 緊張感の欠片もない一行は、穴の先を目指す。


 しばらく歩くと、開けた場所に出る。
「おや、出口かな?」
「それにしてはユキホが見当たらないわよ?」
「ここは……地下鉄のトンネルだ」
 足元を見ると、地下鉄のレールが左右に走っていた。
 どうやら受胎を生き残ったトンネルらしい。恐らく、地下街のように他の地域へ繋がっている道になっているのだろう。
 チラホラと悪魔の気配も感じる。
「雪歩はどっちに行ったんだろう?」
「ちょっと悪魔の気配が多すぎてわかりませんねぇ」
「ミキはこっちだと思うな」
「根拠を言いなさいよ」
「勘なの」
 適当に指差すミキ。それを睨みつけるイオリ。
 ホルスはパタパタと羽ばたきながらキョロキョロしている。
 真も周りを窺ってみるが、足跡は見当たらないし、手がかりになりそうなものはないようだ。
 雪歩の向かった先は、やはり勘に頼るしかないだろうか。
「真さん、愛の力で何とかなりませんか?」
「愛の力って……」
 ホルスの言葉に苦笑しつつ、真はミキの指差した方に向かって歩き始めた。
「歩きがてら、飢えを抑える方法って言うのを聞かせてくれないか?」
「ええ、良いですよ」

*****

 ニヒロ機構から遠く離れた市民会館。
 今は次元を捻じ曲げられ、元の姿を失っているが、外観は確かにそれである。
 その中、捻くれた次元の道の最奥、そこにある棺にはマガツヒが唸るほど溜まっていた。
「そろそろか」
 棺の前に黒い影が一つ。
 バンナムの社長、高木順一郎である。
 彼が棺に触れると、その蓋はするするとすべり、音を立てて床に落ちた。
 溜まっていたマガツヒは開放され、フラフラと宙を漂う。
「さぁ、顕現したまえ、我が守護、絶対悪よ」
 マガツヒが浮いている空間に、幾本か稲妻が走る。
 その本数は瞬く間に本数を増やし、一際明るい閃光が辺りを埋める。
 視界が白から黒へ、どうやら光が収まったらしい事を瞼の奥から確認した高木は、ゆっくりと目を開ける。
『おお、おお……』
 漏れた声は歓喜による物か。
 視点が異常なまでに高い。先程まで自分の胸ぐらいの高さにあった棺が、遥か眼下に見える。
 そして自分の中に溢れる力を感じる。
 よくよく自分の身体を見てみると、もはやその姿は人とは言えない姿となっていた。
『これが神の力、神の姿。私は守護と同一化し、今この世で最もカグツチに近い存在……』
 高木は自ら降臨させた守護の神、アーリマンと同一化し、その力を実感している。
 この力があれば、最早誰にも負ける気がしない。
 だがしかし、次の瞬間、足元……というより、自分の内側の根幹から違和感を感じる。
 マガツヒの流れに多少、乱れが生じているのを感じた。
 これは、アマラ経絡で何かあっただろうか。
『そうか……もう一柱、降ろされたか』
 その原因を本能で悟る。
 今、ボルテクス界に強力な神がもう一柱降ろされた。
 それはアマラ経絡から飛び出し、ボルテクス界へと現れ出でる。
『ふふふ、こうも容易く追いつかれるとは。いや、しかしそれでも構わん。どの道我が力には及ぶまい。まだまだ遊戯を続けるとしよう』
 高木は背中から扇状の翼を展開し、それを大きくはためかせて飛び立つ。
 その衝撃に市民会館は耐えられるはずもなく、木っ端微塵に粉砕された。

 傍からはどう見えたのだろう。
 市民会館の数倍はある悪魔が、その中から出てきたのだ。
 異様という他ない。
 しかし、ここは既に現実世界からはかけ離れた場所。それもまた、ありえるのならある。
 実際、アーリマンが飛び立った後、その地上からは歓声しか聞こえてこなかった。
 ニヒロ機構はこうして、カグツチへと一歩近付いたのだ。

*****

 身体が熱い。喉が渇く。腹ペコだ。
 地下鉄のトンネルを歩きながら、雪歩は口をぬぐった。
 今まで歩いてきた中で、堪えられずに食べてしまった悪魔が数匹いたが、それでも飢えは渇きは癒せない。
「食べたい……食べたくない……食べたい……食べたい」
 ポソポソと呟きながら、それでも雪歩は歩いていく。
 出来るだけ真から遠く離れた場所へと。

 しばらくした後、そこを真たちが通りかかる。
 ミキの勘に頼った行き先だったが、その勘はどうやら当たっていたらしい。
「ここにも悪魔の残骸が……やっぱり雪歩はこっちに来てるのか」
「でも、さっきから転がってるのが妖精ばっかりってのが気になるわね。あの娘、選り好みしてるのかしら?」
「それは違うの。ここは妖精しかいないの」
 ミキがフラフラ指差す先、物陰には確かに妖精ばかりが目に付く。
 どうやら雪歩の行動に怯えて、真たちに襲い掛かる事もできないらしい。
 しかし、そんな一行の前に現れる影が二つ。
「そのと→り、ここには妖精しかいないよん。何故ならここは妖精郷だから!」
「ここで会ったが百年目って感じだね、まこちん」
「あ、お前ら……」
 現れたのはアミとマミ。
 現世で真たちを追い掛け回した悪魔使いだ。
「どうしてここに……!?」
「あー、身構えなくていーよ。アミたち、別にまこちんと敵対するつもりないし」
「そーそー、もうお役ごめんってね。だから今は、こんな暗いところで隠居せーかつってわけ」
「話が見えない……」
 アミとマミが嘘をついているようにも見えないが、そういう隙を狙っている可能性がないでもない。
 警戒を解かず、慎重に様子を窺っていると、アミとマミはため息をついた。
「アミたちしんよーないねぇ」
「そりゃそーだよ。あれだけ追い掛け回したんだもん」
「そーかもしんないけどさ……とりあえず、その事はジャジャーッと水に流して、アミたちの話聞いてくんない?」
 そう言ってアミが持っていた石を差し出す。背の低い四角錘の、掌に収まりそうな石だった。
「これはええと……ヤヒロノなんちゃかって石なんだけど」
「どーやら、これがないとそーせー出来ないらしいんだよね」
「どうしてお前たちがこれを……?」
「これも『キミの記憶』が原因してるっていう……ってまこちんに言ってもわからないのか」
「じゃー、都合よく持ってたって解釈でじゅーぶんだよ」
 真には良くわからない言葉の群れだったが、隣にいたミキとホルスは得心いったらしい。うなずいていた。
「この二人は嘘をついてないと思いますよ」
「ミキもそう思うの」
「イオリはどう? 信じていいと思う?」
「……正直、胡散臭いわね。そもそもこんなところが妖精郷だなんて笑っちゃうわ。妖精郷はもっと明るい場所で、妙なウザい王様がいて……ってあら?」
 記憶を手繰るイオリに変化が見える。
 一人志向の海に潜るように押し黙り、頭を抑えて俯く。
「い、イオリ? どうしたの、大丈夫?」
「静かにして。今、ちょっと……そうか。この世界は一度死んで……いや、でもなら何故またこんな事に……真!」
「え? な、なに?」
「アンタ、何か覚えてないの? 前の世界の事、アンタが全部直してからそれから」
「前の世界? ボクが全部直す? 何を言ってるのさ?」
 全く要領を得ないような真。完全に話が食い違ってしまっている。
 そこでイオリは初めて、ミキとホルスの事を思い出す。
「そうか、だからアンタたちも色々知ってる風だったのね? 前の世界での記憶を引き継いでるから」
「お察しの通りです。ですが、意外ですね、イオリちゃんは独力で覚醒したんですか?」
「アンタたちは誰かに入れ知恵されたって事?」
「そうなの。ミキは嫌だったけど、この世界で目が覚めてすぐだったから、どうしようもなかったの」
「んで、アンタたちはその誰かさんに口止めされてるって事でいいのね?」
「その通り、私たちはこの件に関して、真さんの手助けをする事は出来ません」
 首を振るホルスを見て、イオリはまた思案する。
 全然話の流れがわからない真は、完全に蚊帳の外だ。
「な、なにがどうしたのさ? ボクにもわかるように説明してくれ」
「すみません、真さん、私たちにはどうする事も……」
「デコちゃんは別に言っても良いんだよ? ミキたちみたいに、あの人に教えられたわけじゃないから」
「それよ。その口止めした奴ってのが誰だかわからないけど、真に教えないようにしたのはどうして? 何か意図があるの?」
「それに関しても、私たちは聞かされてません。真さんが独力で思い出す事に意味があるんだとか……」
 ホルスの返答を聞き、イオリもため息をつく。
 彼女が『思い出した』事について、話す事はいつでも出来る。
 だとすれば、『あの人』とやらが危惧している事態に陥らないために、イオリも口を噤むべきだろうか。
「悪いわね、真。私からも何も言えないわ。色々思い出しても、わからない事がたくさんある」
「なんだよ、それ」
「アンタも自分で思い出しなさいってことよ。私もちょっとしたきっかけで思い出せたんだから、アンタも意外とすんなり思い出せるかもしれないわよ」
「……よくわからないけど、今はみんなを信じるよ」
 モヤモヤしたままだったが、無理に教えてもらおうとしても口を開いてはくれないだろう。
 サマナーとは何ぞや、と自問したくなったが、それもあえて忘れる事にする。
「話終わった? じゃあ、アミたちの続きだけど」
 黙って待っていてくれたアミとマミが口を開く。
「このヤヒロノなんちゃかって石をあげる代わりに、あのゆきぴょん引き取ってくれる?」
「ゆきぴょんがいると、妖精たちも怖がるし、マミたちも安心して寝れないんだよね」
「アミとマミでどうにかできないのか? 一応、悪魔使いなんだろ?」
「割に合わないんだよねー。妖精が束になっても抑えられないんだもん。だったら、こんな石ころ一つで解決できる方を選ぶよ」
 なるほど、合理的な判断だ。
 それを聞いて、真はヤヒロノなんちゃかを受け取る。
「じゃあ、これで契約成立だ」
「うん、あんがと」
「それと、これ以降、別にマミたちはまこちんに構う事はないと思うんで、そこんとこよろろん」
「……ホントに、ここで隠居するつもりなのか?」
「そーだよ。アミたちの役目は終わったかんね。後は余生をここで過ごすのじゃ」
「余生って……まぁ、なんていうか……元気でね」
 今まで敵だった二人にこんな言葉をかけるのもどうかとは思うが、屈託なく笑う二人を見てると、どうにも毒気が抜かれてしまったのだ。


 アミとマミの二人と別れ、一行は更に奥へと進む。
 双子の話だと、この奥は行き止まりになっているらしい。
 このトンネル自体、受胎を生き残った部分は少ないのだそうな。その少ないトンネルの中に妖精郷を作り、安穏と暮らしているらしい。
 何を思ってここに妖精郷を作ったのかは知らないが、行き止まりになっているのは好都合だ。
「もうすぐ雪歩に追いつけそうだな」
 地面に転がっている残骸が、比較的新しい。傷口からマガツヒが多少漏れている。
 雪歩がすぐ近くにいるという事だ。
「覚悟はいいですか、真さん」
「ボク? 覚悟なんてとっくに」
 正直、雪歩が悪魔を食べているという事実は衝撃的なものだったが、ここまで来てかなり耐性はできた。実際、食べているところを見ると反応もまた変わるだろうが、それでも真は信じている。
 雪歩は雪歩であると。
「行こう、みんな」
 真の言葉に仲間はみなうなずき、そのまま雪歩のいる場所へと進む。
 緩やかなカーブを抜けたところ、槌の壁が立ちはだかる場所で、雪歩はうずくまっていた。
 その姿は女神の姿のまま。身体に幾本もの雷をまとわせ、容貌も雪歩とはかけ離れているが、それでも真は彼女を見てすぐ雪歩だとわかる。
「雪歩!」
「……まことちゃん……」
 声をかけられた雪歩は、真を見て力なく呟く。
「助けに来た。もう苦しまなくていいよ」
「……来ないで。来ないで……」
 歩み寄る真に、しかし雪歩は拒絶する。
 欲望に抑えが効かないのだ。
「私は食べたくない……真ちゃんを食べたくないのに……食べたくて食べたくて仕方ないの」
「うん、話は聞いたよ。アバタール・チューナーっていうのはそういうものらしい」
「だから、逃げて。私の手の届かない場所まで。じゃないと、私は……」
「でもボクは雪歩の傍を離れない」
 雪歩の言葉を撥ね退け、真は更に雪歩に近付く。
 足音に、雪歩の身体がピクリとはねる。
「ボクは全部取り戻すためにボルテクス界を作ったんだ。それなのに、雪歩を置いていくなんて出来ないよ」
「やめて、来ないで……」
「雪歩がボクの事を嫌いになったのなら無理は言わない。でもそうでないなら、雪歩も何も諦めないで欲しい」
「嫌いになるわけない……好きだから、好きだからこそ……来ないで」
「だったらボクの事を信じてくれ、雪歩」
 どうやら、その一歩が境界線だったらしい。
 真が踏み出した瞬間、矢弓の様に飛ぶ雪歩。目掛けるは言わずもがな、真。
 しかし真は抵抗するでもなく、雪歩の突進を受ける。
 勢いのまま突っ込み、二人は壁に激突した。
「ま、真!」「真くん!」
 イオリとミキが声を上げるが、土煙が去った後、そこには無事な二人の姿があった。
 大口を開ける雪歩だが、まだ真には噛み付いていない。
「ま……まこと……ちゃん……」
「雪歩、大丈夫だから、心を落ち着けて」
「食べたい、食べたくない、食べたくない……食べたい、食べたい、食べたい!!」
 雪歩の中の葛藤が、その情勢を変えつつある。
 ようやっと抑えていた食欲が、暴発しそうになっている。
「真さん! 早く!」
「うん、わかってる」
 ホルスに言われ、真は一度深呼吸する。
 そして、その口にメロディを乗せた。
「始まってゆく、果てなく続く、一つの道を」
「……ッ!?」
「駆け出してゆく、まっさらな名も無い、希望を抱いて」
 真が紡いだのは、歌。
 現世でよく聞いていた歌。
「どんな行き先でも、喜びと悲しみは巡る」
「……あ、ああ……」
「辛くても、進んでゆけるのは、大切な夢があるから!」
 歌を聴いた途端、雪歩の内側から焼け付くような感情が抜けていく。
 彼女の足元から幾本もの光の筋が現れ、次第に雪歩の身体を覆う。
 光が収まった後、そこには倒れ伏した雪歩がいた。
「ゆ、雪歩!」
「大丈夫です。今は眠っているだけですよ」
 ホルスが近寄り、真に声をかけた。
 確かに、寝息を立てて寝ている。その表情は安らかだった。
「このところ、ずっと寝てないみたいだったしね」
「そ、そうなのか?」
「ええ、今回の件を考えると、多分、自分の食欲と戦って、不安で眠れなかったんでしょう」
 もしかしたら、寝ている間に食欲が勝り、真を食べてしまうかもしれない。
 そう思うと、恐怖で寝る事すら出来なかっただろう。
「知らなかった。ボクはそんな事も知らずに……」
「雪歩もアンタにだけは知られたくなかったみたいだしね。……でも裏を返せばアンタの事を良くわかってるって事じゃない?」
「真くんがどこを見ているのか全部わかってないと、隠し通すのは難しいって思うな。……ミキにはちょっと無理なの」
 二人の言葉を聞いて、真は雪歩の寝顔を撫でた後、優しく微笑んだ。
「これからは、ボクが子守唄を歌おう。そうすれば雪歩も、何の心配もなく眠れる」
「そうしてあげたらいいと思います、ピヨ」
「……ピヨ?」
「なんでもないです!」
 こうして、この件は幕を閉じた。

*****

 アバタール・チューナーは人間とは違い、自分でマグネタイトを生成する事が出来ない。食欲はそれを補うために、他から直接マグネタイトを吸収する術だという。
 雪歩の場合、そもそも現世にいる時点からチューナーとしての覚醒が始まっていたのに、マグネタイトが供給されていなかった事が原因で、ボルテクス界に来てから食欲が爆発したのだろう、という事。
 そして、解決策としての歌は、どういう原理でチューナーの食欲を抑えているのか判明はしていないが、ホルスの推論では『人間としての性質を取り戻し、自身によるマグネタイト生成が一時的に行われるからだろう』という事らしい。本当かどうかはわからない。
 でも、真にとっては歌が雪歩を救う術だという事がわかれば、それでいいのだ。


「さて、これからどうするか、だけど」
 一息つけたところで、真が切り出す。
 ニヒロ機構で大量のマガツヒは手に入れる事ができた。
 どうやらミキの言っていた最後の鍵であるヤヒロノなんちゃかも手に入れた。
 創世に至るための鍵は揃っている。
「ボクはどうやってコトワリってのを啓けばいいんだ?」
「簡単ですよ。生まれてくる世界をどうしたいか、それを明確にすればいいんです」
「明確に……ボクは全部を取り戻したい」
「じゃあ、それでいいんです。それが真さんのコトワリになります」
「そんな簡単でいいのか……?」
「あとはその思いを貫けるかどうかにかかっています。その思いが弱ければ、他のコトワリに飲み込まれるか、へし折られるか、どちらにしろ創世には至りません」
 要は意地の張り合いだ。
 自分のコトワリを通すために、相手のコトワリを打ち倒す。
 それがボルテクス界のルール。
「だったら守護は? それはどうやって降ろせばいい?」
「それを知るために、近くにある神殿を目指しましょう。そこに行けば、恐らく守護の降ろし方もわかるはずです」
 というわけで、雪歩が目覚めてから、真たちは神殿を目指す事にした。

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