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真・菊地探偵事務所 一章 3

3 薄幸少女

 高槻やよいは、いつでも元気な女の子だった。
 特殊な家庭事情故に、決して裕福ではなく、むしろ貧乏の域に達する生活水準だとしても、その明るさは奪われず、毎日を楽しく生きていた。
「やよいちゃん、今日はサービスしといたから、持っていきな」
「うっうー! ありがとうございます」
 いつもの様に、中学校の帰りに商店街により、買い物を済ませて家路を急ぐ。
 台所事情はいつでも火の車、というのをよく知っている商店街連中も、彼女の明るさに心を癒され、そのお返しのつもりで、彼女に優しく接する。
 気持ちの良い関係であった。
 これからもずっと、こんな生活も悪くないかな、と思っていた。
 貧乏ながら、幸せだった。

*****

 嫌な、匂いがした。
 貧乏暮らしの所為か、やよいの鼻は良く利く。
 その嗅覚が捉えたのは、今まで嗅いだ事のない匂い。
 気持ちが悪い。臭い。ここにいたくない。
 だが、匂いの元は、彼女の家の方角なのだ。
 進まなければ、家に辿り着けない。
 空いた手で鼻を抑えながらも、やよいは一歩一歩と進んでいった。
 しかし、進むたびに嫌な匂いと予感は増すばかり。
 ……まさか、この匂いは自分の家から?
 家族の多いやよいの家は、幼い子供もいる。
 その子達が何かイタズラで変な事をしでかしたのではないか。
 ……その程度の予感ならば良かった。
 やよいはその程度で収まって欲しかったのだ。
 だが本能は告げている。
 これはイタズラなんかで出せる匂いではない。
 身体の一番奥底が嫌がる匂い。本能が絶対に避けたがる匂い。
 それを具体的に『何』とは言えないものの、これはヤバイ、と、どこかで理解していた。
 しかしそれでも家に帰らなければ。家族が待っているのだ。
 今日の食事当番はやよいだ。夕飯の支度をしなくてはならない。
 きっと家族はみな、おなかを空かせて待っているだろう。
 早く、帰らないといけない。
 なのに……
「うっ……」
 やよいの足が止まった。
 これ以上進めない。進みたくない。
 玄関を前にして、嫌な匂いは強烈さを更に増し、ドアを開けるのを身体が拒んでいる。
「うっうー……」
 勢いを付けようと、いつもの口癖を声に出してみても、踏ん切りがつかない。
 このドアを開けてしまうと、何かが変わってしまう様な気がした。
「た、ただいまー」
 外から呼びかけてみる。
 だが、返事はない。
「……た、ただいま」
 ドアノブを握る手に、力をこめる。
 そして、やよいはドアを開けた。

 その途端、強烈な匂いがやよいを出迎えた。
 否定する事の出来ない、強烈な死の匂い。
 そして目に入ってきた光景は、玄関に横たわり、腸を晒し、至るところから血を噴き出している弟の姿。
 更にその奥には妹が、同じような姿で廊下に転がっていた。
「うっ……」
 凄絶な光景と、先ほどから我慢していた嫌な匂いに負けて、やよいはその場に嘔吐した。
「ゲホっ、ゲホっ……や、やぁ……」
 現実を受け入れきれない。
 帰り道を間違えたのではないか? 家を間違えたのではないか? これは夢なのではないか? 色んな事が頭を巡るが、またも襲い掛かってきた吐き気に全て押し流される。
 そして、彼女の耳に一つ、音が聞こえる。
 パキッ、ムシャ、ムシャ、ドチャ……。
 およそ、普通の生活では聞けないような、でも出来れば聞きたくない音。
 家の奥からそれが、聞こえてくる。
 やよいはそれに誘われる様に、家の奥にある台所に向かった。

 見なければ良かった。
「あ……ああ……あああああああああ!!」
 両親が、食われていた。
 腹がぽってり膨れた、それでも四肢や頭はガリッガリの、なんとも言えない化け物に、両親が今まさに、食われている最中だった。
 化け物は一心不乱に肉を貪り、骨をしゃぶり、髪を引き千切り、目玉を転がしていた。
 その化け物が、見る限り三体。やよいの目の前で食事をしていた。
「いや、やだ……やめてよ……」
 さっき聞こえた音は全て、この音だったのだ。
 骨を折る音、肉を咀嚼する音、大量の血が床に落ちる音。
 やよいはその場にへたり込み、顎を振るわせ、蒼い顔をその光景から背けた。
 耳を抑え、うずくまり、恐怖に心を押し流されていた。
「う、うう……うっうー、うっうー……」
 元気付ける時、楽しい時、いつも口にしていた口癖。
 それを呟いてみるも、何の励みにもならない。
 家族を全て食い殺された、現実離れしたこの状況で、自分をどう励ませと言うのか?
 いっそこのまま、自分も食われれば、楽になれるだろうか……?
「うっうー……」
 涙をポロポロ零しながら、もう一度台所を見ると、化け物とバッチリ目があった。
「ウルィィ?」
「ニン……ゲン……ウルィ」
 化け物はやよいを見るなり、食べ散らかした両親を捨て、やよいに飛びかかってきた。
「う……うううう!!」
 身を強張らせ、痛みに耐えようとするやよい。
 だが――
「ジオンガ!!」
「ウルィイイ!!」
 閃光が走り、先頭の化け物を撃ち、黒焦げにした。
 轟音が壁と言う壁に反響し、耳がおかしくなりそうだった。
 だが、その閃光で周りの化け物達は怯え、その場から蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。
「う……うっうー」
 やよいが目を開けると、凄惨な光景、一家の惨殺現場が残されているだけだった。
 シンと鎮まりかえった家の中。耳はさっきの轟音で耳鳴りがしているが、それがなくても静かだっただろう。
 現実はただ、整然とそこにある。
「う……うう……ううう……っ」
 やよいは声を殺して泣いた。

*****

 家の外から、その様子を見ていたのはあずさだった。
「間一髪、って事でもないみたいね……」
 玄関と廊下に一つずつ、どうやら奥にも死体があるらしい事を確認すると、歯噛みした。
 もう少し早ければ助けられたかもしれない。
 偶然通りかかっただけだが、道に迷わなければ、みんな助けられたかもしれない……。
 自分の無力さを噛み締めていた。
 だが……一人は助けられた。
 あずさはやよいに近付き、その背中を抱いた。
「大丈夫よ、もう化け物はいないわ」
「う……うっうー」
「中学生、かしら。あなた、名前は?」
「う……うぅ……うっうー」
「どうしたの? ……何か喋れる?」
「うっうー」
 やよいは、言葉をなくしていた。

*****

「もうここには居られないでしょう。私と一緒に来ない? あなた一人ぐらいなら、守れるつもりよ」
 そう言われて、やよいはあずさと共に生きる事を選んだ。
 だが、何の為に?
 もはや家族はいない。やよいは何の為に生きて良いのか、わからなかった。
 敵討ちなんてする気も起きなかったし、どうせなら死んでも良かったのだが、生き物の本能として、生を選んでしまった。
 血で汚れた制服を着替える為に、自分の部屋に向かった。
 そして着慣れたトレーナーを着て、パッチを当てたスカートを穿く。
 母からのお下がりである化粧台の鏡に映る自分の顔は、蒼白と言う言葉がピッタリ合った。
『辛かったな?』
 声が聞こえ、肩を跳ねさせながらも振りかえる。
 そこには肩掛けのポーチが置かれてあった。
 やよいの持っていた物で、お気に入りのポーチだった。
「う、うっうー」
 誰もいないところから声が聞こえた事に疑問を持ち、やよいは首を傾げる。
『案ずるな。私はお前に危害を加えようと言うのではない』
 声はただ優しく、やよいに言い聞かせる様に降ってきた。
『少しの間、行動を共にさせてくれ、高槻やよい。なに、悪い様にはしないさ。この私、ルイ・サイファーの名に賭けてな』
「う……うっうー」
 吸い込まれる様に手を伸ばし、やよいはそのポーチを首から下げた。

*****

「準備は出来たかしら?」
「うっうー!」
 家から出てきたやよいはあずさに近寄り、その手を握った。
 こちらの意思を尋ねるようなやよいの力加減に、あずさは愛おしさすら覚え、やよいの手を強く握り返した。
「大丈夫よ。あなたは私が守ってあげるわ」
「うっうー」
 あずさの言葉にやよいは強く頷き、二人は並んで歩いていった。
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テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

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