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真・菊地探偵事務所 一章 2

2 決別

 小鳥がいなくなって数ヶ月の時が過ぎた。
 彼女の身体は出来得る限り、最高の設備のもとで保持に努められている。
 あの男のセリフでは、そんな事をしても数年で崩れ落ちる様だが、何もせずにいられないのだ。
 あの男はアレから姿を見せない。話が終わった後にすぐに煙の様に消えてしまっていたのだ。行方をつかもうにも、どこを探していいか判らないような状態である。
 高木と男性は、この数ヶ月の間、小鳥の研究を引き継ぎ、悪魔と魔界の研究をしていた。
「少し良いかね」
 研究室に高木が顔を出す。
 乱雑に物が散らかるこの部屋に、やはり研究員は一人だった。
 プロデューサー、と名乗ることにした男性は高木に振りかえる。
「なんですか?」
「君に嬉しい報せだ。……入ってきなさい」
 高木の招きに応じて姿を見せたのは、若い女性だった。
 ペコリとお辞儀をし、プロデューサーに向かって笑顔を見せる。
 その美しさに、プロデューサーは多少見惚れた。
「三浦あずさと申します。今日付けでこの研究所の研究員として働く事になりました。よろしくお願いします」
 そして彼女、あずさの言葉に目を丸くした。
「え? えっと……あの」
 言葉を選んでいるプロデューサーに、高木はそっと耳打ちした。
「彼女には全て話してある。その上で、彼女はこの研究に興味を持ち、手伝ってくれる事になったのだ」
「良いんですか? って言うか、大丈夫なんですか?」
 色々と、とは言わなかった。
 どう考えたって、傍から見れば酔狂な研究だ。故に高木の呼びかけに誰も応えず、今までプロデューサー一人で研究を続けていたのだから。
「歳は若いが、情熱も技術や知識も申し分ない。必ず研究の助けになってくれるはずだ」
「……社長がそこまで言うなら……えっと、三浦さんでしたっけ? 俺は……」
 そこまで言って、プロデューサーは名乗るべき名前がない事に気付いた。名前はあの時にあの男に取られたままになっているのだ。
「大丈夫ですよ。一応事情は一通り伺ってます」
 そう言ってあずさは笑顔を見せた。
「それと、私の事は『あずさ』と呼んでください。二人だけですし、堅苦しいのも嫌ですから」
「そ、それはどう言う……?」
「……? 『どう言う』とは、どう言う……?」
 質問で返され、プロデューサーは返答に困る。
 あまり深い意味ではない事はわかったが、あずさの扱いに多少困っていた。
「あぁ、言い忘れていたが、彼女は多少、天然だ」
 去り際にもう一言、高木はプロデューサーに耳打ちした。

*****

 社長が太鼓判を押したのも頷けた。
 あずさが参入してから数週で、研究は大幅に進展する。
 目に見える大きな進展で言えば、悪魔召喚プログラムのテストバージョンの完成だった。大きなパソコンに大量の機器を繋ぎ、魔法陣とリンクさせてなんとか動く、かなりかさばる代物だった。プロデューサーはこのプログラムを内蔵したパソコンやその他機械を総称して『ターミナル』と呼んだ。
 召喚実験もとりあえず成功する程度の結果は得られた。
 だが、マグネタイトの量が足りず、悪魔はスライムとして現界に顕現した。この結果も一つの進展だった。
 スライムには言葉が通じず、なんの情報も得られないが、マグネタイトは一端に持っている。緑色にテカる、液体と固体の間のような生物を燃やすと、灰色の宝石が手に入った。不活性マグネタイトと言うヤツだろう。
 そのマグネタイトもしばらくすると空気に溶けるようになくなってしまうらしく、マグネタイトをためておける装置を開発する事になった。
 マグネタイト・バッテリーと名付けられたそれを作り、再びスライムを呼び出してマグネタイトを収集する。
 ある程度マグネタイトが溜まる頃には、二年ほど経っていた。

*****

 数人の研究員を連れて、プロデューサーは興奮を抑えていた。
 スライムを呼び出す事に成功してから、研究員の数は激増した。やはり目に見える物とは偉大だ。
 研究員の数に比例して、作業効率も格段にアップする。この人数がいなければ、この実験に至るまで、まだ随分時間がかかっていただろう。
「所長、始めます」
「ああ、頼む」
 所長と呼ばれるようになったプロデューサー。
 今回、ここに立っているのは、この研究の最初の一歩を踏み出す為だ。
 悪魔の召喚。それが小鳥の始めた研究の一つ終着点であり、始めの第一歩である。
 研究員の中には、特殊な武装をしている者もいる。
 悪魔が突然暴れ出しても対応できる様に、ある筋から銀の銃弾と拳銃をもらっているのだ。そしてその銃を持っているのは発砲訓練を行った特殊な研究員たちだ。
 ここに居るのはそういった戦闘訓練を受けた者と、ある程度体力に自信がある者。危険を考慮してあずさをはじめとする女性研究員は別の研究や開発にまわしてある。準備は万全だ。
「悪魔召喚プログラム、起動。マグネタイト・バッテリーとリンクします」
 パソコンを操る研究員の言葉と共に、壁に描かれている魔法陣が輝き始める。
 軽く稲光が走るが、これは人体に影響はない。
 まばゆい閃光が辺りを埋め、それが収まった時……魔法陣の前に、手に乗るほどの小さな少女が座っていた。
「あれ? ここどこ?」
 その背中からは虫の羽のような物が生え、それをプルプルと振るわせて宙を舞った。
「ちょっとアンタ」
 その少女はプロデューサーを指差し、不遜な態度で尋ねる。
「このアタシを呼び出したのはアンタね?」
「え? あ、ああ。そうだ」
「じゃあアンタがサマナーか……しけた面してるわね、ふんっ」
 思いきり嫌そうな顔をしてプロデューサーを見る少女。
 その辛辣な態度に、プロデューサーは顔をしかめた。
 あの男を除けば、初めての悪魔とのコミュニケーション。それがこんな苦い始まり方だとは……。
「一応自己紹介しておくわ。私はピクシー。アンタは?」
「俺は……あー、プロデューサーだ」
 やはり名乗る名前を持ち合わせないプロデューサーは苦笑して答えた。
 だがピクシーはその態度に感心した様に頷いた。
「なるほど、警戒して本名は教えないか……。まぁ、そうよね」
 言霊思想に『名前はそのモノの本質を現す』という考え方がある。そして本名を握られると支配下に置かれたも同然だ、と言うのがその思想である。
 ピクシーはプロデューサーの態度を、そう言う事を警戒しての行動だと思ったらしい。
「で、そのプロデューサー様がアタシになんの用なわけ?」
 見下した態度をやめないピクシーは、長い髪をパサリと払って尋ねた。
 ……と、この辺りで他の研究員から歓喜の声が沸く。
「うおおお! やったぞ!」
「成功だ! あれ、悪魔だろ!?」
「よっしゃあああ!」
「な、なんなの!?」
 その大声に驚いたピクシーは眉をひそめた。
 だが研究員はお構いなしに喜びを体現する。
 初めてのまともな悪魔召喚の成功。それは狂喜乱舞するのに、十分な理由だった。
「あー、アンタたちアレね? 妙な宗教団体ね?」
「違う、と言わせてくれ」
 この光景を見れば、多少否定し難い様に思えて、プロデューサーは言葉を濁しながら否定した。

*****

「なるほどねー、つまり、アンタたちはその悪魔召喚プログラムって言うので悪魔を召喚使役して、地位と名声を手に入れようとしてるわけだ」
 研究員たちが落ち着いた所で、プロデューサーはピクシーにこれまでの経緯を話していた。
「地位と名声……とはまた違う気がするが、まぁ大体そんな所だな」
「あたしを呼び出したのは、その第一歩ってわけ?」
「ああ、そうだ。だから色々と協力してくれると嬉しいんだが……」
 プロデューサーの様子に、ピクシーは呆れた様にため息をついた。
 古来より、サマナーと悪魔の関係は対等だった。
 サマナーは悪魔に『命令』し、その力を借りて望みをかなえる。悪魔はサマナーから『対価』を得て、サマナーに力を与える。
 ギブアンドテイクの関係に、上も下もないのだ。
 それなのに、このプロデューサーは、なんとなく悪魔に対してへりくだっている様に見える。これでは『対等』ではない。
 他の悪魔ならばそこに付け入って上手く騙し、サマナーを良いように操ってしまうだろう。
「アンタ、もっとしっかりしなさいよ。一応サマナーなんでしょ?」
「え? あ、そうだが……」
「言う事聞いてあげないでもないから、サマナーらしくビシっとしてなさい。そうでないといつか痛い目みるわよ」
「あ、ああ。わかった」
 ピクシーの言う事にも、疑問すら持たずにうなずいてしまった。
 前途多難だな、と言葉には出さず、ピクシーはうな垂れた。

*****

 それから、研究はまた飛躍的な進展を見せる。
 ピクシーの身体をくまなく調べ、身体がどうなっているのかを徹底的に調べる。
 だが、そもそも人間とは作りの違う『悪魔』だ。調べた所で『何もわからない』と言う結論が待っているのは明白だった。
 だが、そんな期待を裏切り、多少ながらわかった事もある。
 まず、悪魔にも血が流れている事。その血の中にマグネタイトが含まれている事。
 血液は人間のそれとは成分が全く異なっており、血液と呼んで良いかどうかもわからないが、ピクシーの内部に流れる赤い液体がある事がわかり、それを便箋上血液と呼ぶことにしたのだ。そしてその血液を赤くしているのがマグネタイトである。
 本来、マグネタイトは灰色の宝石などではなく、気体や液体、固体の枠に捕らわれない赤い物体なのだ。いや、物体と言うのも多少語弊があるが、それもこの際不問とする。
 その赤いマグネタイトを多く有する悪魔の血液は、その色を人の血液のような赤にしたのだろう。
 そして、この事が研究をもう一歩進めるきっかけとなる。

*****

「葛葉一族からもらった資料に、こんな文があった」
 会議室で、プロデューサーとあずさ、その他に数人の研究員が顔を合わせていた。
「マグネタイトを多く有する人間は、稀に超能力者になる、と」
「超能力者……ですか」
 神妙な顔をして、研究員の一人が鸚鵡返しした。
 今更超能力者の存在を疑う人間は、この場にはいない。
 スプーン曲げなんかよりもっとすごい物を目の当たりにしているのだ。当然の反応である。
 ピクシーを召喚した後、プロデューサーたちは色々な悪魔を召喚する事に成功した。
 中には大変危険な悪魔もおり、死傷者が出る事もあった。
「悪魔の血を人間に移し、人工的に超能力者を作り出す、と言う提案を受けた」
 そんな過去があって、今回の提案が成されたのだ。
 提案者はあずさ。
 彼女はプロデューサーの代わりにその場に立って説明をする。
「これまでの研究で、痛ましい出来事がたくさんありました。でも私たちは研究をやめるわけにはいきません。ならば、悪魔に対抗し得る力を得ることが必要なのです。そのための一手段として、この人工超能力者を作り出す研究を提案します」
「……ですが、それは人体実験と言う事ですよね?」
「流石にそれはマズイのでは……?」
 周りの研究員から批判の声が飛ぶ。
 確かに人体実験は倫理的に危ない。だが、それをやらずして人体への影響が確認できないのもしかり。それに今回の場合、人体実験をする必要性は限りなく薄い。
 悪魔へ対抗するなら武装による強化でも十分じゃないか、と言う思惑は誰の胸中にもあった。
「悪魔の中には物理的な攻撃を受けつけない者もいます。その場合、私たちはあまりに無力です。ですから、そう言う事態に備えて、私たちも悪魔の力を身につける必要があります」
「悪魔の力……?」
「魔法です」
 あずさの言葉に、聞いていた研究員は動揺を隠せなかった。
 恐怖や不安ではなく、期待と好奇心に満ちた動揺だったが。
 ただ一人、この場で物憂げに沈んでいるのはプロデューサーだった。

*****

 結果から言えば、その研究は実行に移され、ある程度の成果を残す。
 人工的な超能力者……俗っぽい言葉で言えば『魔法使い』は作り出され、研究所は悪魔に対しての抵抗力を増した。
 しかし、失敗例もある。
 悪魔の力と融合しすぎ、自分の身体を悪魔に変え、その食欲を抑えられなくなってしまった者が出たのだ。
 食欲とは即ち『マグネタイトを得るための衝動』。他の悪魔や人間を食らう事で、マグネタイトを摂取しようと言う、極悪魔に近い存在になってしまう者が出たのだ。
 人と悪魔の力を持ったそのイレギュラーはとても強大で、この失敗は多くの犠牲と損害を出した。魔法使いを作る計画の失敗の一面、アバタール・チューナーを作り出してしまった最初の一例であった。
 しかし、失敗は成功の母。この失敗にめげている様では、こんな研究など出来はしない。研究員は更に熱を上げて研究と開発に勤しみ、小鳥の始めた研究はついに最終段階までこぎつける事になった。

*****

 深夜、バンナム社内特別医療室。大層な名前ではあるが、簡単に言えば小鳥の為のスイートルームである。
 部屋の中央に小鳥の抜け殻があり、ベッドに横たえられている。
 体から伸びる何本ものチューブ。それらによって、小鳥の身体はなんとか生を保っているのだ。
 そんな部屋に、高木がやって来た。
「音無くん、もう少しだ。もう少しで君を目覚めさせる事が出来る。あとちょっとの辛抱だ。……待っていてくれ」
 父が子を想う様に、高木は小鳥を想っていた。
 今は亡き親友の遺児。だが、血は繋がらなくとも、本当の父娘の様に思っていた。
 娘を助けたい、と思うのに、何か特別な理由が必要だろうか?
 高木は極当然の様に小鳥を助けたかったのだ。それこそが、今自分が生きている意味、とまで思えるように。
 ……だが。
「ば、バカな」
 そっと触れた手が、ポロリと崩れた。
 まるで乾いた粘土のように。
「そ、そんな……っ! 待ってくれ! もう少しなんだ!」
 小鳥の身体が崩れていく。
 魂の無くなった人間で考えてみれば、随分持った方だ。
 だがしかし、小鳥の身体は今、崩壊を迎えていた。
「もうすぐ魔界へ行く準備が整うんだ! そうすればすぐに君の魂を見つける! だから、それまで……っ」
 高木の懇願虚しく、小鳥は見る見るその輪郭を無くし、土塊に還ってしまった。
 まるで元々、そこには粘土の人形しかなかったかのように、ベッドの上には乾いた土だけが残っている。
 高木はそれをすくい上げ、声を殺して泣いた。

「おや、崩れてしまったか」
 背後から声が聞こえ、高木は驚いて振りかえる。
「だ、誰だ! 鍵はかけてあったはず!」
「鍵、ね。そんな人の道理が私に通用するとでも思ったか、高木順一郎」
 声の主は金髪碧眼の男。いつか見た、最初の悪魔だった。
「お、お前は……」
「久しぶり、と言った方が良いのか。人の身体には長い時間が経っただろう?」
「な、何をしに来た」
 高木は身構えてみるも、どうしてもこの男に『危機感』と言う物を持てない。
 今まで悪魔の姿は幾度か見てきたが、この男も悪魔だとは、何故だか思えなかったのだ。
「お前に朗報を持ってきてやったんだよ」
 男は本を片手に、高木に近付く。
「その女性、音無小鳥の魂はまだ滅んではいない」
「な……なに」
「その女の魂の所有権は私にある。彼女の魂を支配している私が言うのだ。疑う余地はあるまい?」
「……信じられん。お前は悪魔なのだろう」
「ああ、確かに。だが悪魔は嘘をつかない。ただ、交渉を有利に持っていくために話術は巧みだがね」
 くつくつと笑いながら、高木の肩に手を置いた。
 長身な高木だが、男はそれを更に超える高さから高木の顔を覗き込む。
「取引をしよう、高木順一郎」
「……なんだと」
「その女を助けたいのだろう? 私がそれに助力してやる」
「何が望みだ……っ」
「お前はただ、私の言う方法で彼女を助けるだけでいい。そうすれば契約は成立だ」
 美味しい提案ではあるが、それではどうにも、高木に利がありすぎる気がする。
 悪魔がそんな不利な交渉を持ちかけるだろうか?
 奥が見えないこの男、信用して良いものか?
「疑っている様だが……そうだ。先に私がその女を救う方法を提示しよう。それでどうだ?」
「……それで、お前に何の利がある? 悪魔はずる賢いのだろう」
「彼女を救う『方法』と言うのに、私にとって大きな利があるのだよ。恐らく、お前には理解しがたいだろうがね。……ついでに彼女の魂も解放してやる。それで音無小鳥は自由だ。篭の外へ飛び立つ鳥、まさしくね」
 信用して良いのだろうか? 測りかねる。
 大企業の社長として審美眼は持っていると自負していた高木だが、この男はどうしても見透かせない。何か……とてつもない裏がありそうな気はするのだが……。
「方法とは幾つか手順を踏む必要がある。大きな目的はこの世界を一度殺す事だ」
「世界を……殺す!?」
 空恐ろしい語感に、高木は一歩引いてしまった。
 だが、男の手は高木の肩から離れない。
「まぁ、聞くが良い。まずはこの世に悪魔を大量に呼び、半ば異界とする。そうだな、下位の悪魔でも、この町の人口の半数くらいは欲しい」
「そんなに呼び出してしまっては、町が混乱するぞ」
「最後には元通りになるさ」
 一人で意味深長に笑う男を見て、高木は幾分冷静さを取り戻す。
 なんだろう、この言い知れぬ安堵感と、それに反比例するような不安。
 入り混じった精神が、高木の頭を混乱させている様だった。
「この町を異界化させたら本格的に世界を殺す。受胎と言う方法を使ってな」
「受胎……?」
「そうだ。この世界を生まれ変わらせる為に、世界をもう一度、生まれる前の姿にするんだ。そうして受胎後、ボルテクス界と呼ばれる世界で、創世を目指す。新たな世界を産むための儀式を、お前がやるんだ」
「私に……出来るのか?」
「ああ、出来るとも。これがあればな」
 男が差し出したのは、持っていた一冊の本。
 赤黒いハードカバーの、不気味な本だった。
「ミロク経典。この世界ではカルト集団と呼ばれているガイア教の聖典だよ」
「ガイア教……? そんな物、信用できるのか?」
「ああ、信用に足るとも。私のお墨付きだ」
 言葉とは裏腹に、高木はその本を簡単に受け取っていた。
 そして中をパラパラめくり、一つ、挿絵に辿り着く。
「この円筒型のオブジェ……」
「アマラ輪転鼓と言う物だ。お前たちの持っているターミナルと同じような作用を持っている。……そうだな。これも受胎には必要な道具だ。私が用意してやろう」
「……そこまでして、本当に公平な取引なんだろうな?」
「ああ、もちろん。それだけ、私にとって受胎とは大きなイベントなのだよ」
 どこまでも深い碧眼に魅入られ、高木は唾を飲みこむ。
 異界、受胎、創世。
 どれも、自分に出来ない事ではないのでは……?
 そう考え始めた彼に、駄目押しの一言が加えられる。
「お前にはどうする事も出来まい? 黙って娘の死を受け入れるのか?」
「……わかった」
 長考した結果、高木は首を縦に振った。
 彼にはどうしても、小鳥を諦める事が出来なかったのだ。
「くく……契約成立だ。貴様はどんな業を背負ってでも、この儀式を完遂させる」
「ああ、音無くんの為なら、やってみよう」
「親の愛とは偉大な物だな……。ではもう一つ、私からお前にプレゼントを渡そう」
 そう言って男が両手を広げると、彼の両脇に子供が二人。
 似た顔立ちをしたその子供達は、どうやら双子の様だった。
「アミ、マミ、挨拶しなさい」
「はーい。おっちゃん、おっつー、アミだよー」
「同じく、マミなのだー」
「……この娘達は……」
 場違いなほど軽薄な双子の様子に、高木は正直戸惑っていた。
 今までの重厚な雰囲気が一気に吹っ飛んでしまった。
「この二人は私の下僕だ。お前の手足となって動くだろう。有効に使うと良い」
「有効に使うといわれても……」
「あー、おっちゃん、アミ達の実力を疑ってるな?」
「マミ達、これでもすっごいんだからね!」
 そうは見えないが、どうやらこの二人『すっごい』らしい。
 高木は俄かに信用できず、どうしたら良いものかと悩んでいた。
「気にせず、傍においておくだけでも良い。どう使うかはお前次第だ」
「……わかった、ありがたく受け取っておこう」
 どうして良いやらわからなかったが、何故だか昔の小鳥とダブって見えて、高木には二人を見放すような事はできなかった。

*****

「始めたか……明けの明星。我等の予想を遥かに越える早さだ」
 とあるビルの屋上で、老人と女性が煌く夜の町を見下ろしていた。
「向こうは大将が自ら動いてるんですから、仕方ないんじゃありません?」
「とは言え、結果的には我等の後手。それにロウの連中も完全に遅れを取っている。メシアは未だ成らず、だが混沌の種は蒔かれた。……恐らく、ロウに反撃の術はあるまい」
「じゃあ、どうするんです?」
 眼鏡をクイ、と上げ、女性が老人に対して試す様に尋ねた。
「救世の魔人の目処はついてある。だが、その力はまだ乏しい」
「私はもう、現役を退いて久しいですし、あんまり力にはなれませんよ?」
「わかっておる。お前には当分、様子見に徹してもらう。正体を明かさず、魔人の手伝いをしろ」
「……命令口調、って気に食わないですけど、まぁ、仕方ないですね」
 ため息をついた後、女性は老人に背を向けた。
「じゃあ、私は人間としての仕事がありますから」
「……待て。これを渡しておこう」
 老人は女性に、一振りの刀を渡した。
「これは……。こんな物が必要になるんですか?」
「事を甘く見るなよ、律子。カオス連中は本気で受胎をしようとしておる。均衡を保つ為には、これ以上ヤツらを増強させるわけにはいかん」
「わかりましたよ、タイジョウロウクン。私はニュートラルの為に働きますとも」
 軽口を吐きながら、律子と呼ばれた女性はその場を後にした。

*****

 翌日、バンナムの研修室入り口は、騒然としていた。
 朝、いつもの様に出社してきたプロデューサーは、騒ぎを見て驚いた。
「あ、プロデューサーさん!」
「あずささん、おはようございます。どうしたんですか、この騒ぎ?」
 手近なところにあずさを見つけ、二人は挨拶を交わした。
「研究室が全面封鎖されたんです!」
「封鎖? 何かあったんですか?」
「わかりませんけど、なんでも社長命令とかで……。でも変なんです。中で機械は動いてるみたいなんですよ」
「わかるんですか?」
「はい。悪魔がどんどん召喚されて……このままじゃ危険な事になるんじゃないかって」
 『魔法使い』を作り出す為の研究で、第一の被験者であったあずさは、悪魔の血が混ぜられ、マグネタイトにも敏感になっている。
 召喚されてくる悪魔のマグネタイトや、顕現によって消費されるマグネタイトを感じ取り、研究室内の様子を探っている様だった。
「どうしましょう、プロデューサーさん」
「……社長の所に行ってきます。あずささんはみんなを連れて、避難しておいて下さい。悪魔がいつ出てくるかわかりませんから」
「は、はい」
 あずさに指示を出し、プロデューサーは社長室へと駆け出した。

*****

 社長室。
「これは、どういうことですか!?」
 プロデューサーは高木に詰め寄り、問いかけていた。
「これも音無くんを助けるためだ」
「悪魔を大量に召喚するのが!? 何をしようとしてるんですか、社長!?」
「君には教えておいた方が良いかもな。……これを見たまえ」
 そう言って高木が机の引き出しから取り出したのは一冊の本。あの男に貰ったミロク経典という本だった。
「これは……」
「その中に受胎と言う儀式のことが書かれてある。世界を思うように作り変えるための儀式だそうだ」
「世界を思うままに……? いや、だからってそんな大層な事をしなくても、もうすぐ魔界の調査に乗り出せるんです。悪魔を召喚し続ければ、少なからず町にも影響が……」
「もう遅いのだよ……」
 一種の諦念を含んだ高木の言葉。
 それだけでプロデューサーは理解した。
 小鳥の身体が、崩れたのだ。
「そんな……」
「だが、受胎を行えば身体を失った音無くんも生き返すことが出来るはずなのだ。手伝ってくれるね?」
 プロデューサーはここに来て尻込みしていた。
 いや、実を言うと少し前から後悔を始めている。
 あずさを魔法使いにしてしまったあたりから、この研究は道を外し始めているのでは、と思っていたのだ。
 それでも、ここでやめれば今まで犠牲になってきた人たちが無駄になる、と自分を勇気付け、研究を正当化し、何とか誤魔化し誤魔化しやってきたのだ。
 だが、このまま悪魔召喚を続ければ、次に犠牲になるのは全く無関係の人間かもしれない。
「社長……」
「なにかね?」
「もう無理です。小鳥さんは……諦めましょう」
 プロデューサーの出した結論は、それだった。
「……私の聞き間違いか?」
「いいえ。これは俺の本心です。社長……今すぐ悪魔召喚をやめてください」
「プロデューサーくん、考え直したまえ」
「考え直すのは貴方の方だ! 民間人を巻き込んでまで、それを成す意義はあるのか!?」
「あるとも! 受胎が成功すれば、全ては元通りだ! 何の問題がある!?」
「その受胎とやら、絶対に成功出来ると言えるほど、リスクが少ないんですか!?」
「ああ、勝算は十分にある。その経典を読んでみると良い。悪魔が跋扈する世界に放り出されはするが、アミくんとマミくんがいれば、その問題も解決できる」
「アミとマミ……?」
 知らない名前だったが、社長から溢れる自信に気圧され、プロデューサーは一歩退く。
「あの娘たちは、悪魔を使役する力を持っている。アレがあれば悪魔召喚プログラムが無くても、悪魔を従え、創世を行うことも可能だ! プロデューサーくん、さっきの言葉は聞かなかったことにしておく。協力してくれるね?」
 本当にそうなのだろうか?
 高木の持っている絶対の自信は、過信だと言えないだろうか?
 もっと受胎と言う儀式についてよく調べた方が、いや、そもそもこの情報はどこから得たのか、信用に足るものなのか?
 プロデューサーには疑問しか浮かばない。
 本来の高木ならば、プロデューサーに疑問を抱かせるような話し方はしなかっただろう。
 社長である彼は話術も巧みだ。しかし今、彼はその技術を思うように扱えていないように思える。
「社長、俺は……」
「……そうか。協力できないか……。ならば君はもう、これ以上必要ない。辞表は必要ない。すぐに出て行くと良い」
「お世話に、なりました」
 プロデューサーは一つ頭を下げ、社長室を後にした。

*****

「ダメだ。こんなの間違ってる」
 廊下を歩きながら、プロデューサーが呟く。
「悪魔の研究なんか続けるんじゃなかった。全部がおかしくなっていく。俺も社長も、あずささんも小鳥さんも。みんながおかしくなっていく」
 誰を恨むわけでもないが、胸の中にドロドロとした熱い感情が膨れ上がってきていた。
「受胎なんか、させちゃいけない。今日で終わりにするんだ」

*****

 地下のフロアは既に、悪魔でひしめく修羅の巷になっていた。
 下位の悪魔しかいないものの、数は確かな脅威である。
 プロデューサーは通気口を通って地下に進入していた。
「こんなに悪魔が……。俺一人じゃどうしようも出来ないか」
 元々戦う力には乏しいプロデューサー。一応、自衛用に拳銃とマガジンを数本持ってきているが、これもどこまで通用するかはわからない。
「出来るだけ、見つからないようにしないと」
 狭い通気口の中をほふく前進し、目指すは第一研究室。
 GUMPと言う特別な携帯型ターミナルがある場所だ。

 幸いかな、誰にも見つかることなく、第一研究室の真上まで到達した。
 だが、そこで行き詰まる。
「悪魔召喚が行われているのだとしたら、ここしかないじゃないか……どうして気付かなかった!」
 自分の浅はかさに歯噛みする。
 いつも悪魔召喚の実験を行うのは、ターミナルのあるこの部屋。
 ならば、この部屋で悪魔召喚が行われるのは道理だった。
 部屋の中には二人の子供がいて、淡々と悪魔召喚を行っていた。
「アレが、社長の言っていたアミとマミか……? まだ子供じゃないか」
 背格好は小学生ぐらいだろうか。あんな子供まで巻き込まれているとは、正直考えていなかった。
「小鳥さんのためとは言え、社長……なに考えてるんだ」
 それはともかく、今はGUMPを手に入れなければならない。
 あれはターミナルとリンクしている唯一の端末。他の携帯型ターミナル、通称『COMP』は独自の擬似ターミナルを積んでいるだけで、魔界からの悪魔召喚は行えない。
 この世でたった二つ、GUMPとターミナルが、魔界と繋がっている玄関なのだ。
 そして、GUMPを手に入れれば、ターミナルを操ることも出来る。ターミナルには入力装置がない代わり、GUMPというリモコン代わりの機械があるのだ。
「でもどうする……あの二人が社長の言うとおり、悪魔を使役できるのだとしたら、俺に抗う術は……」
 一斉に襲い掛かられると、下位の悪魔でも太刀打ちできない。
 なにせ、プロデューサーの持っている武力は拳銃のみなのだ。
 これだけで悪魔たちに対抗するには荷が重い。
 プロデューサーが獲物を前にして攻めあぐねていると、突然轟音と振動が襲ってきた。
 バレたか、と思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「なんだなんだー!?」
「アミ! 入り口が突破されたっぽいよ!」
「えー、もうちょっとだってのにー。仕方ない、マミ、やっちゃおうか」
「そーだね! たんちょーさぎょーで飽き飽きしてたし、ストレス発散には持って来いだね!」
 なんともない、ただの子供の会話だったはずなのに、プロデューサーはその言葉の端々から壮絶な殺気が感じ取られた。
 あの二人に見つかっていたら、プロデューサーは間違いなく殺されていた。
 そう思えるほどに、今のあの子供たちは危ない。
 息を詰まらせながら、プロデューサーは二人が部屋を後にするのを見送った。
「な、なんなんだ、一体……」
 謎ではあるが、これはチャンスだ。
 プロデューサーは通気口から這い出し、研究室に降り立った。

 部屋の中には、今まで置いてあったパソコン型ターミナルの代わりに、妙な円筒形のオブジェがある。
 あの子供がこれを使って悪魔召喚を行っていたようなので、これもターミナルの代わりになるような装置なのだろう。
「とてもそうは見えないけど……中身はどうなってるんだ……?」
「アンタ、なにやってんのよ」
 プロデューサーが妙な装置に目を奪われていると、突然背後から声をかけられた。
 銃を抜きつつ振りかえると、そこには見慣れたピクシーがいた。
「なんだ、ピクシーか……脅かすなよ」
「勝手に驚いたのはそっちでしょうが。……それより、この騒ぎは何なの?」
「それは俺が知りたいね」
 プロデューサーは銃を収め、GUMPを手に取る。
「それ、どうするの?」
「ここから持ち出すのさ。これ以上、むやみやたらに悪魔を召喚してたら、何が起こるかわからないしね」
「でしょうね。今まで召喚された悪魔は結構過激よ。私みたいにしとやかさを持ち合わせてないわ」
「……しとやか、ね」
 苦笑しつつ、GUMPを起動させ、ターミナルに簡単なロックをかけた。
「これで良し。しばらくは召喚を行えないはずだ」
「時間稼ぎってところかしら? もっと根本的な解決は出来ないわけ?」
「社長は話が出来る状態じゃなさそうだし、俺に悪魔を一掃するのは無理だよ。とにかく、GUMPが俺の手元にあれば、いや、社長の手にさえ渡らなければ、なんとかなる。これを使ってターミナルのプログラムを邪魔する事も出来るし、そもそもターミナルだけじゃ、充分な活動が出来ないはずだ。幸い、元のターミナルと同じように、この太鼓みたいなヤツともリンクしているみたいだしな」
「よくわかんないけど……じゃあ、それを持ってトンズラって事ね」
「止めるかい?」
「冗談。私のマスターはそのGUMPを持ってる人間よ。アンタがそうするって言うなら、私に止める権利は無いわ」
「じゃあ、ついて来てくれるか?」
「ええ、良いわよ。今後ともよろしくってところかしら。にひひ」
 ピクシーはプロデューサーの肩に座り、屈託無く笑った。
 プロデューサーもその笑顔に心を和ませる。
「じゃあとりあえず、マグネタイトを温存する為に、今の所はGUMPの中に戻ってくれ。次に出て来る時は、お待ちかねの研究室の外だぞ」
 ピクシーは兼ねがね、研究室の外に出たがっていた。
 飾りっ気のない研究室に、不本意にも缶詰にされて、心底飽きていたのだろう。
 好奇心旺盛な妖精には、こんな退屈な部屋はこりごりだったはずだ。
「外……やっと出られるのね。こんなダサい部屋から早く出たいわ」
「それから……君に一つプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「そう。君は俺にとって特別なピクシーだ。その事を示す為に、君に名前を送りたいんだ。イオリって名前なんだけど、どうかな?」
「イオリ……。あ、アンタにしてはまともなんじゃない? 使ってあげなくもないわ!」
「良かった。じゃあこれからは君の事をイオリって呼ぶよ」
「わかったから、そろそろGUMPに戻してくれる? マグネタイトがなくなってスライム化なんて笑えないんだからね」
「わかった」
 多少顔が赤い様に見えたピクシー、イオリをGUMPに戻し、プロデューサーは一息ついた。
 プロデューサーにとってイオリは初めて、まともに召喚できた悪魔。そして一番長い時間を共に過ごした悪魔だ。思い入れは格別である。
 娘の様に愛しく思っていた。それを思うと、高木が小鳥に執着するのも少し理解できそうだ。
 だが、無関係の人を巻き込んでまで、罪もない人を危険に晒してまで、強行して良い事はない。今は高木の行動を止めなくては。
 プロデューサーは再び気合いを入れる。
「これで後は戻るだけ……って、あ」
 部屋の天井にある通気口。だが、プロデューサーに、そこに戻る術はない。入れ直した気合いが抜けていく様だった。
「な、なんとかここにあるものを積み上げて……いや、あまり物音を立てると悪魔にバレるか……。ど、どうする……!?」
 またも絶体絶命のピンチ。
 だが、そこに現れたのは幸運の女神だった。
「プロデューサーさん!」
「あ、あずささん!?」
 プロデューサーがぶち破った通気口の穴から、あずさが顔を出していた。
「ロープ、持って来ましたよ」
「あ、ありがたい……って言うか、どうしてここに!?」
「お話は後です。とりあえず上ってきてください」

 あずさの先導で、プロデューサーは地上を目指していた。
 目の前にあるあずさの身体に、ちょっと目のやり場に困ったのは余談。
「研究員の中に、プロデューサーさんが地下に潜入したのを見てた人がいたんです。それで何かあったんじゃないかと、有志が強行突破したんですよ。その騒ぎに乗じて、私はプロデューサーさんを追ってきたんです」
「そうだったんですか……。ありがとうございます、助かりました」
「いいえ、お礼を言うのはここから逃げてからですよ。……道すがら、何があったのか、聞いても良いですか?」
「……はい。お話しますよ」
 社長の凶行はとめなければならない。それにはプロデューサー一人では無理だとわかった。だったら、不本意ではあるが、誰かを巻き込まなければならない。
「すみません、あずささん。貴女を巻き込んでしまうなんて……」
「良いんですよ。気にしないでください」
 顔は見えないが、きっと彼女は微笑んでくれているだろう。

*****

 通気口のそこかしこに反響して、地下で起こっている騒ぎの様子が聞こえてくる。
「あ、あずささん?」
「おかしいですねー」
 二人は狭いダクトの中を行ったり来たり、かれこれ一時間ほど迷っていた。
「たしかこっちだと思ったんですが……」
 この人に先頭を任せたのが間違いだったと気付くのにも遅すぎた。
 今となっては、プロデューサーもここがどこだかわからず、二人して完全に迷っているのだ。
「じゃあこっちに行ってみようかしら」
「勘でモノを言わないでください! 一度下に出ましょう。現在地を確認しないと」
 そう言ってプロデューサーは、通気口から出て、廊下に降り立った。
「ここは……意外と出口に近いですよ。このまま廊下をまっすぐ行けば、エレベーターに出られる」
「あらあら、私の勘も結構頼れますね」
 あずさを先頭にしなければ、もっと早く外に出られた、とは言うまい。
 廊下は戦闘が行われた後のようで、電灯は割られ、辺りは薄暗い。
 床に程近い所の緊急灯が灯っているだけで、手を伸ばせば指先がかすむほどだ。
 辺りにはあまり良い匂いとは言えない香りが漂っている。
 しかし死体の一つも見当たらないとなると、戦場は奥に移っているのか?
「じゃあ私も降りて大丈夫ですか?」
「いえ……待ってください。妙だ」
 静か過ぎる。
 さっきまで喧騒が聞こえていたのに、今になってみると全く聞こえていない。
 これは……制圧できたのか? それとも……。
「どうしたんですか? 降りちゃダメなんですか? ここって狭くて……」
「我慢してください。……何か来る」
 プロデューサーが目に集中すると、奥のほうに何かが見えた。
 悪魔から与えられた力で、良く見えるようになっているプロデューサーの目。
 その目が捉えたのは……
「うっ……」
 悪魔に食われる、研究員だった。
「あっれー、まだ誰かいるね?」
 子供の声が響いてくる。
「生き残りかー。可哀想だね」
「だいじょうぶだよ。アミ達ちょー優しいから、すぐに一緒にしてあげるもん」
「そうだね。みんな仲良く、あの世逝きってね!」
 悪魔がプロデューサーを見た。
「……っ!!」
 敵が動くより早く、プロデューサーが銃を抜く。
 照準をつけ、引き金を引く。
 訓練は受けていないものの、間近でよく見ていた発砲。
 それは思ったよりも衝撃が強く、肩が外れるほどに痛かった。
 そんな無様な射撃は、万が一にも当たるはずもなく、壁に跳弾し、悪魔から大きく外れる。
「いっけー、グール! あの男も食べちゃうのだー」
「お残しはゆるしまへんでー」
 軽い調子の命令口調が、廊下の奥から聞こえた。
 グールと呼ばれた悪魔は、ゆっくりとプロデューサーに近づいてきている。
「プロデューサーさん! はやく、こっちに!」
「……いえ、あずささんだけ逃げてください」
「で、できません!」
 プロデューサーは死期を悟る。
 このまま二人で逃げれば二人とも死ぬ。今は目の前にグールしかいないが、廊下の奥にはまだ多くの悪魔がいるのだ。
 ……恐らく、研究員は全員、やられているだろう。
 召喚された悪魔の中に足の速いヤツがいれば、すぐに追いつかれて食い殺されてしまう。
 なら、ここで少しでも足止めをしなければ。あずさだけでも逃がさなければ。
「あずささん、これを」
「え、え?」
 プロデューサーはGUMPをあずさに放って渡した。
「それを、町の中で探偵をやってる菊地と言う人に届けてください。菊地探偵事務所という事務所を構えているはずですから」
「菊地さん……ですか?」
「ええ、きっとその人なら、頼れる」
 とは言え、プロデューサーと菊地と言う人物の間に、何のつながりもない。
 これはプロデューサーの賭けだった。
 町の中で偶然見つけたその人。プロデューサーの目はその人物に異常なまでの『何か』を感じていた。
 可能性、希望、発展性、その他もろもろ、言葉には出来ないような、それでも信頼に足る『何か』を感じていたのだ。
 全く無関係な人間を巻き込んでしまう。その事は確かにプロデューサーの心を苛んだが、背に腹は変えられない。
「プロデューサーさんはどうするんですか!?」
「あとで落ち合いますよ。……そうですね、町の外れにそこそこ大きな家があるんですけど、そこで待っていてください。必ず、迎えにいきますから」
 プロデューサーの言葉を信用できるか否か、あずさは計りかねていた。
 彼はいたって普通の人間。あずさのように魔法が使えるわけでもない。
 このまま独りにしては、彼は死んでしまうのではないか、そう思った。
 だが、プロデューサーを助ける為にこの場に残っても、根本的な解決には至らない。社長の凶行を止めるには力が足りないのだ。
 アレだけいた研究員も既に全滅。たった二人ではどうしようも出来ない。
「町外れの家、ですね。わかりました」
「頼みます」
 後ろ髪を引かれながらも、あずさは通気口を進んでいった。
「あずささん……俺は貴女が好きでした」
 呟くような言葉が聞こえた気がしたが、あずさはそれを無視した。
 足を止めては全てが無駄になる。
 振りかえってはならない。
 自分に言い聞かせる度、胸が痛くなった。

*****

 グールから逃げながら、プロデューサーはマガジンを入れかえる。
「これで最後か……こんな事なら、射撃訓練にも顔を出しておくんだったな」
 動きの遅いグールに、今まで一発も当たっていない。
 素人が実銃を扱うのは難しいのだ。それもインドア派のプロデューサーになると更にハードルが高い。
「どうする……逃げる余裕もそろそろないぞ……」
 こちらも考えて移動してきたつもりだが、逃げようと思う方向には既に悪魔が配置されており、行く手を塞いでいるのだ。
 あの双子の先手か、それとも社長の計略か。
 どっちにしろ、プロデューサーが逃げ場のない方に誘導されている現実は変わらない。
「どうする……どうしたら良い……っ!?」
 今度こそ詰みかと思ったその時。
「苦戦している様だな?」
「……っ!?」
 肩を掴まれ、心臓が飛び跳ねる。
 振りかえると、そこには金髪碧眼の悪魔がいた。
「お、お前……っ!」
「久しぶりだな」
「な、何しに来たんだ!? 俺を、殺すのか……!」
「ふふ、そんな事はしないさ。ただ殺しても、私には何の得にもならない」
 余裕を見せる笑みに、プロデューサーはどんどん切羽詰ってくる。
 前方にも後方にも悪魔。これは完全にゲームオーバーだ。
 だがしかし、金髪の男はプロデューサーに提案する。
「どうだ? お前が望むなら、助けてやっても良いぞ?」
「助ける? お前がか?」
「そうだ。お前だって死にたくはないだろう? 私と契約するなら、助けてやろう。代わりにお前の魂を頂くがね」
「……い、イヤだ」
 死の淵に立ってなお、プロデューサーは意地を張れた。
 自分の命以上に守るべき物があるから、その為になら自分の命を捨てる覚悟だったのだ。
「俺を助けるより、あずささんを助けてくれ」
「……今のお前に、他人を慮る余裕があるとは思えないが?」
「俺にも色々あるんだよ! それより、あずささんを助けてくれるなら、俺は魂でもなんでも差し出してやる。どうだ、契約するのか、しないのか!」
 金髪の男は興味深げにプロデューサーを見る。
 泣いて助けを請うかと思いきや、他人を助けろ、と言ってきた。
 その上、口調だけは一丁前に男と対等位置だ。身体は震えているのに、心根は折れていない。
「良いだろう。あずさとか言う人間は私が責任を持って助けよう。だが、後悔するなよ。魂を悪魔に売る、と言うのは、言うほど簡単な事ではないぞ」
「構わないさ。さっさとしてくれ」
「では、契約成立だ」
 言葉だけを残し、金髪の男は消え去った。
 プロデューサーが安堵するのも束の間。
「みぃつけた」
 ヒヤリと冷たい手が、プロデューサーの頭を鷲掴みにした。

*****

 プロデューサーが目を覚ますと、社長室だった。
 情けない事に、頭を鷲掴みにされた瞬間に気を失ってしまったらしい。
 だが、どうやら今でも生きている様だ。
「お目覚めかね」
「しゃ、社長……」
 目の前には高木。そして彼の両脇にはアミとマミがいる。
 プロデューサーは拘束され、両脇には屈強そうな悪魔が構えている。
「抵抗はしない方が身の為だぞ」
 プロデューサーは無言で高木を見詰める。
 彼の顔は逆光になって良く見えないが、その纏っている雰囲気に、やはり狂人のそれを感じる。既に、プロデューサーの言葉が届く場所にはいないのだろう。
「GUMPをどこへやったね?」
「教えられません」
「……私は君を傷つけたくはないのだよ」
「俺は、俺が殺される事になったとしても、GUMPの在り処は教えませんよ」
「強情な……。命あっての物種というだろう」
「命を賭してやるべき事もあるんです」
 平行線を辿る二人の言葉に、高木はため息をついた。
 そして片手を上げると、プロデューサーの脇にいた悪魔が、槍を突き出した。
 穂先はプロデューサーの背中を貫き、身体の中ほどで止まる。
「うっ……」
「痛みは感じないだろう? 今、君の魂を掴んだ。……もう一度尋ねる。答えなければ、君の魂は魔界をさまよう事になるだろう。GUMPはどこだね?」
「答え……られません」
「そうか……残念だよ」
 社長の手が振り下ろされると共に、プロデューサーの視界は暗転した。
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