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真・菊地探偵事務所 三章 11

11 the path is open

 三つ巴の戦場。
 アーリマン、ゴズテンノウとその傍らに白い熾天使が二体、そして春香とモムノフとスパルナ。
 その勢力が真っ向から睨み合ってるこの場で、一人だけ俯瞰している存在があった。
 未だゴズテンノウの中で鳴りを潜めている千早だ。
「どうして、こうなったのだろう?」
 今まで勢いのままに走ってきた千早にとって、ゴズテンノウと同化した後は、こうして考える時間ができていた。
 ただがむしゃらに強さを求め、出口を求めていた千早にとって、久々の休息と言えよう。
 そしてそんな時間は、彼女に疑問を一つ落としていた。
「私は何がしたかったのだろう?」
 最初は弟の敵を討つ為に、高木の首を捜し求めた。
 それがいつしか、春香の裏切りによる怒りに突き動かされ、そして今は自分の求める世界を作るためにカグツチを目指している。
 ……本当だろうか?
 それは、本当に千早自身が望んだ事だろうか?
「わからない……」
 意識の深淵で一人うずくまり、千早は苦しみに奥歯をかんだ。

*****

 状況を見て、春香は唸る。
「ふぅん、ゴズテンノウとアーリマンね……」
「間違いない。ゴズテンノウのマガツヒの匂いは元マントラ悪魔である俺がよくわかってるし、あの気味の悪いデカブツにも見覚えがある」
「マントラとニヒロのトップが激突、というわけですな」
 締めをスパルナに持っていかれたが、この状況はつまりそういうことである。
 二柱の神はどちらも創世にたる器。それだけの力を有している。
 この戦況、どちらが勝ってもおかしくない。
 だがしかし、そこに春香と言うイレギュラーが混ざりこんでから話がおかしいのだ。
 彼女がどう動くのか、それによって力量差は著しく変わってくるだろう。
 何せ音に聞こえた人修羅。その力を持っている春香は一番のダークホースになり得る。
 だがそんな番狂わせは
「よし、ゴズテンノウに加勢しましょう」
 今夜の献立でも決めるように、そう言い放った。
「お、おい待てよ! この状況でそんな簡単に判断して良いのか?」
「アンタ、わかってないわね? 私の行動の指標を、ここまで来てまだ理解してないの?」
 春香の行動指標とは即ち、千早を助ける事。
 とすれば、その身体を借り受けているゴズテンノウを補佐するのは当然だろうか。
「いや待て。でもアイツはゴズテンノウであって、チハヤじゃねぇぞ?」
「いいえ、千早ちゃんは千早ちゃんだよ。今はゴズテンノウに身体を奪われているけど、それは変わらない。私にはわかる」
 ゴズテンノウの中に、弱いながらも胎動する別の魂がある。
 春香はそれが千早だと信じて疑わないのだ。
「くそっ、敵わねぇな、おめぇらにはよ」
「何?」
「何でもねぇよ。リーダーがそう決めたんなら、俺らはついていくだけだ。なぁ、鳥?」
「私にはスパルナという名前がございます。ですが、私もその意見については同意いたしましょう」
「じゃあ決まりね」
 しかし、そんな春香の出鼻をくじくように、ゴズテンノウが口を開く。
「手出しは無用。我らの宿命に終止符を打たんとするこの場に、貴様のような邪魔者が入る余地は無し。早々に消えろ」
 その言葉の後、音もなく熾天使が春香たちに立ちふさがった。
「何よ。折角助けてやるって言ってるのに、無下にするどころか攻撃までするわけ?」
「要らんと言っているだろう。そもそもその天使どもも、我らの戦いに邪魔が入らぬように召喚したまで。その役目を今、正に全うしているだけだ」
「なるほど、じゃあこいつらをぶちのめせば、私も混ざっていいわけね?」
「出来るものならやってみろ。その天使、他の悪魔とは格が違うぞ」
 それだけ言うと、ゴズテンノウはアーリマンに向き直った。
「というわけで、やるわよ、モムノフ、スパルナ!」
「合点!」「了解いたしました!」

*****

 息苦しかったのかもしれない。
 だから、千早は顔を上げたのかもしれない。
 意識の深淵に潜んだ彼女は、ふと周りを窺う。
 そこはもう、殺意の緊張に張り詰められた修羅の巷。
 正直に、怖いと思う。これは日常ではありえなかった世界。
「ここに……私の居場所はない」
 身体はもう、ゴズテンノウに渡した。後は千早の願いをヤツが叶えてくれるはず。
 だったらもう、千早は要らない。自分を手放す。
 これで良かったのだ。後はフルオートで自分の願いが叶う。
 敵も討てるし、騙した憎き友人も討てる。
 ……本当に?
 またも、その言葉が泡の様に浮き上がる。
 意識の深淵に現れた泡は、千早の身体にぶつかるぐらいでは砕けてくれなかった。
「私は本当にそれでいいの?」
 気が付くと、そこには人影があった。
 目を眇めてみると、その輪郭が見覚えのあるものだと気付く。
「……誰?」
「わからないの?」
「……わからない」
 意識は考える事を放棄し始めている。
 自分が要らないなら、考える必要もない。
 だったら、目の前の人物も、関係ない。
「どこか行って。私はもう、独りでいたいの」
「それが本当に貴女の願いなの?」
「そうよ。これが私の願い。だからもう構わないで」
 人影が千早に近づいてきた。
「来ないでって言ってるでしょ。どこかへ行ってよ……」
「どうしてそんなに独りでいようとするの?」
「成り行きよ。私は私なりに走ってきた。その結果、今の状況になってるだけ」
「じゃあ、独りになるのはイヤ?」
「……ぅ」
 答えられなかった。
 泡がまた浮く。
 千早の身体にぶつかる。
 お腹が押し上げられる。
 それがイヤだったので、千早は無理に答える。
「私は独りを望んだわ。だから、今もこうしている」
「独りでいたいのなら、何故関係を持とうとするの?」
 人影が手を差し出すと、そこにはカードが浮いていた。
 絵柄は見覚えのある少年。千早の弟だった。
「それは……」
「貴女の最初の行動動機は『弟の仇討ち』だった。それは他人、弟との関係に執着したから起きた気持ち」
 カードが一回転する。
 すると絵柄は春香になった。
「次は春香に裏切られた事の怒り。それも春香を大事に思うからこそ、彼女に裏切られた事がとても許せる事ではなかったから。これも他人との繋がり」
「だったらなんだって言うの? それが私の独りでいたい事の否定になるの?」
「……そうね」
 人影はカードを上下逆にひっくり返す。
「貴女は弟の仇討ちも独りでやろうとしたし、春香への報復も独りでやろうとした。それでいいかしら?」
「そうよ。私は独りでやる。何でも独りでやる」
「貴女が独りで全てをやってきたのは認めるわ。でもね」
 人影がカードを差し出すと、カードは千早の目の前にやってきた。
 それを見ると、絵柄は千早を映し出す。
 瞳の黄色に輝く、自分の姿を。
「貴女は独りで走ってきたけれど、それは独りでいる事ではない」
「意味がわからないわ」
「貴女の走った道を振り返りなさい」
 言われて、千早は振り返る。
 今までの自分の軌跡を。
 それは独りでいた学生時代、春香と一緒に友人として過ごした時、春香と離れても友人や弟や家族と一緒にいた時、そして町が変貌し、高木を討つと決意し、春香に裏切られ、ボルテクス界へやってくる。
「……振り返っても結果は変わらないわ。私は結果的に独りになっている」
「いいえ、今も貴女は独りじゃない」
 千早に向かって泡が浮く。
 また、身体が浮き上がりそうなほど、身体が突き上げられる。
 千早は焦って大声をあげる。浮くのはイヤだ。
「そんな事ないわ! 私は今も独りでしょ! 他に誰がいるって言うのよ!?」
「貴女が気付いていないだけよ。確かに、学生時代に春香に会うまでは孤立する事が多かったかもしれない。でもあの娘に会ってからは? 不幸な出来事があって、離れ離れにはなったけれど、あの娘はいつも手紙をくれた。あの娘のお陰で、私は友人を得たし、あの娘のお陰で変われた」
「……春香が私の転機になった事は認める。でも、あの娘は私を裏切った!」
「本当にそう思ってるの?」
 また浮いてきた大量の泡に押し上げられ、千早はたまらず起き上がる。
「だってそうじゃない! あの娘はあんな悪趣味な悪戯で私の気持ちを裏切ったのよ!?」
「真意を聞いたの?」
「聞かなくたってわかるわ! だってあの娘は……ッ!」
「私の親友だものね」
 今までぼやけていた人影が、今度はちゃんとはっきりと見える。
 それは千早だった。
 柔和に微笑む彼女は、今の千早とは酷く対照的である。
「あ、貴女は……」
「私は貴女、貴女は私、私は貴女の心の海より出でし者、とでも言いましょうか。ふふ、まさか私がこの言葉を言うなんてね」
「何物なの!?」
「言ったでしょう? 私は貴女。私は如月千早よ」
「そんなの……ッ!」
「信じられないかしらね。でも、こういう事もあるのよ」
 妙に落ち着いた声に、千早は何も言えなくなってしまった。
 でも、だとしたらあの千早は、どうして自分の目の前に現れたのだろう?
「混乱するのも無理はないわ。でもね、」
 千早が指をさすと、カードがまた上下逆になる。
 そこに映し出されたのは、今戦っている春香。
「春香の言葉を良く聞いて。今の私はあの娘の言葉を拒絶してばかり。何も聞かず、何も見ず、それでは何もわかりはしないわ」
「わかりあう必要なんか……」
「もう一度良く思い出してみて。貴女は本当に独りで走ってきたの? 本当はそれ、カラ元気なんじゃないの?」
 再び思い起こす。
 走ってきた道程に、誰かがいた気がする。
 それは弟であったり、友人であったり、春香であったり。
 過去からの想いが、倒れそうになる千早を必死に支えていた。
 だからこそ、ここまで走ってこれた。
「人は一人じゃ生きていけないわ。でも私が今まで生きてこれたのは、傍らに春香と言う太陽があったからなのよ。それを忘れないで」
「私は……」
「必死に突っ張ったって、いつか無理が来るわ。でもね、そんな時は誰かに頼ってもいいの。それが貴女のコミュ。それが貴女のアルカナ。太陽と寄り添う、月」
「私は……月?」
「そう、太陽へ至る道。それが貴女なのよ」

*****

 巨体がその本当の姿を現す。
『そろそろ遊戯をおしまいにしようか、ゴズテンノウ』
 アーリマンは胡坐をかいた状態から、四肢を伸ばし、四つん這いになってゴズテンノウを睥睨する。
『静寂の世界の前に、良い座興であった。しかし、最早これまで』
「痺れを切らしたか、アーリマンよ」
 ゴズテンノウは本性を現したアーリマンの前でも毅然としていた。
 両者の力量は互角。互いに一歩も譲らず、互いに消耗し合い、このままでは戦いが長引くと、アーリマンは踏んだのだろう。
 ゴズテンノウを相手に手間取っていては、他の創世の器に先を越される事を危惧したのだ。
「ならば良かろう。そちらが本気になるのならば、こちらも相応の手札を切らせてもらうまでよ」
『虚勢はよせ。貴様にこれ以上、どんな力があるというのだ?』
 アーリマンはゴズテンノウを見くびっていた。
 いや、ゴズテンノウというよりは、今ゴズテンノウが操っている身体を侮っていたのだ。
『そのこけおどし共々、粉砕してくれる!』
「出来るものならやってみろ!」
 ゴズテンノウはその手を前にかざすと、その掌にカードが浮いた。
 絵柄は破壊神。千早が持つ、最強のペルソナ。
 それを見ても、アーリマンは微塵も怯まず、己の最強の技を以って、ゴズテンノウを打ち倒さんと襲い掛かる。
『行くぞ、ゴズテンノウッ!』
「これで最後だ、アーリマンッ!」
 アーリマンがその身に生える羽で浮き上がり、それに呼応するかのように、ゴズテンノウの背後に青い肌の破壊神が現れる。
『末世破!』
「メギドラオン!!」
 二つの強大な力がぶつかり合い、部屋の中に轟音と強い衝撃が走った。

*****

「大丈夫か、お前ら」
 衝撃が去った後、煙のもうもうと立ち込める中、モムノフの声がした。
「私は大丈夫よ」
 春香が立ち上がって手を上げる。しかし、傍らにスパルナがいない。
「スパルナは?」
「……飛ばされたみたいね」
 凄まじい衝撃であった。これで春香とモムノフが生きているのが、半ば奇跡のようなもの。
 煙の中で目を凝らすと、先程まで春香たちの前に立ちふさがっていた、二人の熾天使の姿も無い。
「あいつら、敵味方もお構いなしかよ」
「これが神様同士の戦いってヤツ? ゾッとしないわね」
 次にあの衝撃が襲い掛かってきたら、幾ら二人でも平気ではいられないだろう。
 それまでに何か手を打たなければ、そう考えている内に煙がだんだんと晴れていく。
 煙の奥にいたのは、巨大な神の姿。
『くくく……やはり、この程度』
 その声はアーリマンだった。
『ゴズテンノウ、マントラ軍、どちらも我が道の障害にはならない。これは最早、世界が我を求めているという暗示か』
「アンタ……千早ちゃんはどうしたの!?」
『ん? まだそこに居たのか、人修羅よ。貴様の友人とやらは、大方、我が末世破を受けて消し飛んだだろうよ。所詮は人の身。神の力に耐えうるはずも無い』
 小さく笑った後、アーリマンはまた羽ばたいて浮き上がる。
 しかし、今度は攻撃ではなく、先へ進むためのもの。
『去ね、人修羅よ。貴様がここに居る理由も、最早あるまい。これ以上、我が創世の妨げとなるのならば、路傍の石とて捨て置かんぞ』
 アーリマンはそう言い残し、上階へと姿を消した。
 春香が追いかける隙も無かった。

*****

 アーリマンの羽ばたいた風で、煙は一瞬で消し飛ぶ。
 そこには倒れ伏す千早の姿があった。
「千早ちゃん!」
 慌てて、春香が駆け寄る。
 しかし、手が届く寸前に、千早が起き上がって距離を取った。
「ええい、近寄るな! ぐっ……深手を負ったか……」
「アンタ、ゴズテンノウ!? まだ、千早ちゃんの中にいるの!?」
「我はこの娘と契約を結んだのだ。約束を違えては我が名に傷がつくのでな」
 しぶといながら、ゴズテンノウはまだ生きていた。
 あの衝撃の中、何とか一命を取り留めていたのだ。
「しかし、二度もニヒロ機構にしてやられるとは……これほどの屈辱は味わった事がないッ! 憎きアーリマンめ……ッ!」
 ゴズテンノウは上階を睨み、憎々しげに言葉を吐く。
 しかし、ゴズテンノウと千早のペルソナを以ってしても、アーリマンを倒す事は敵わなかった。アレはゴズテンノウにとって紛れも無い全力。それで負けたのならば、既にゴズテンノウに勝ち目はなくなっていた。
「既に我が道は閉ざされたか……已む無し。せめて、器となった娘の願いだけでも聞き届けよう。人修羅よ、恨みはないが死んでもらおう」
「そんなボロボロの身体で、私と戦おうっての?」
「それは貴様も同じ事。余波を受けて満身創痍と見える。ならば我が傷など枷にはなりようもない」
 そう言って、ゴズテンノウはカードを取り出す。
 既に戦闘態勢というわけだ。彼女の後ろに破壊神が再び浮かび上がる。
「行け、シヴァよ!」
 三叉の戟が春香に向けて突き出される。
 だが、
「よぉ、俺の事を忘れてるんじゃねぇのか?」
 それを受け止めたのはモムノフの槍だった。
「貴様、木っ端の悪魔風情がしゃしゃり出てくるなど……」
「木っ端だろうと、その女に死なれちゃ困るんだから、アンタの邪魔するに理由は足る」
「ならば貴様も人修羅と共に死ぬがいい」
「出来るのかよ、今のアンタに?」
 俄かに空気が張り詰める。
 だがそこへ、どこからともなく声が聞こえる。
『もういいわ、ゴズテンノウ。ありがとう、そしてごめんなさい』
「千早ちゃん!?」
 響いてくる声は、千早の身体の内側から聞こえてくる様だった。
『私も貴方の力にはなれなかった。結局、アーリマンを倒す事は出来なかったものね』
「……それは我が力も及ばなかったという事。我が道、ヨスガのコトワリに則るのならば、ヤツが正しかったという事。最早、我が道は閉ざされた。貴様が気に病む必要はない」
『ありがとう。でも、だったら私との約束も守る必要はないわ。……ううん、そうでなくとも、私はもう、春香を恨んでなんかいない』
 千早の声はすごく穏やかで、余裕に満ちているようだった。
 何かを得たような、今までの不安定な彼女が嘘だったような、そんな声音。
 心なしか、微笑んでいる千早が幻視できるほどだった。
「貴様がそういうのならば、我は語る言葉も持ち合わせん。世話になったな、チハヤ」
『こちらこそ、ありがとう、ゴズテンノウ』
 挨拶が終わると同時、千早の身体から赤黒いマガツヒが溢れ出し、それはカグツチ塔の最上階へ向かう太陽の中に飲み込まれて消えていった。
「ち、千早ちゃん?」
「……春香」
 春香の目の前で、やっと千早が真っ向から相対する。
 千早は決めたのだ。春香の言葉を聞く、と。
「答えて、春香。貴女が何の為にあんな事をしたのか」
「……そう、だね」
 至極真剣な眼差しを向ける千早に、春香も覚悟を決めて腕を広げる。
「私は何でも答えるよ。千早ちゃんが聞いてくれるなら」
「聞くわ。その為に、私は戻ってきたの」
「じゃあ、どこから話そうか」
「……どうして、自分から死ぬような事をしたの?」
 それはあずさの家の前での事。春香が人修羅になる前に起きた事件についてだ。
「アレは人を殺す事の無意味さを教えたかったんだよ」
「無意味さ?」
「そう。人を殺したって何も変わらない。過去が清算されるわけでもないし、未来が明るくなるわけでもない。現状だって何も変わりはしない。意味なんかないんだよ」
「私にとって、高木への復讐は何よりも優先してなすべき事だった。それなのに?」
「千早ちゃんが優先すべき事は復讐なんかじゃなかったんだよ。弟さんの事は残念だったと思うけど、それでも独りで何でもやる事なんかなかったじゃない」
「復讐なんて、誰かに頼れるわけないじゃない」
「……じゃあ、例えば高木への復讐が叶ったとして、それで千早ちゃんは救われるの? 弟さんは喜ぶの? 何か変わる?」
 春香に言われて、千早は口篭る。
 想像してみて、すぐに答えが出たのだ。
 復讐が達成された時は、成し遂げた事自体に喜びこそすれ、しかしその他は何も変わらない。
 その時になれば千早の傍には誰もいないだろうし、弟だって生き返るわけでもない。
 それは酷く空しい事だ。
「でも……私にその事を教えようとしたんだって、何も死ぬ事なんて……それに、どうして今も生きているの? 私は本気で……」
「私も、今生きているのはちょっと驚いてるんだよ。あれは偶然。私は生き返るつもりなんてなかった。だから、今までずっとすれ違ってきちゃったんだと思う」
「生き返ったのが偶然……?」
「良くわかんないけど、『人修羅』なんて呼ばれて生き返ったのは、私の本意じゃない。誰かが勝手にやった事だよ。……それに、あの時の千早ちゃんは私の言葉に聞く耳なんて持ってくれてなかったよね」
「……それは、確かに」
 あの時点で既に、千早の耳は閉じられていた。
 心を閉じた千早に、どんな言葉を投げたところで弾かれる。ならば強引な手段だろうと理解させる必要があったのだ。
「私はね、千早ちゃん。出来れば千早ちゃんには普通の幸せを手に入れて欲しかった。私は母親があんなになっちゃったから、そんな事も叶わなかったけど、せめて親友の貴女には、幸せになってほしかったんだよ」
「……春香は今も、私を友達と呼んでくれるの?」
「千早ちゃんがどう思おうと、私は千早ちゃんの事が好きだよ。他の誰よりも」
「春香……」
 今までのわだかまりが、陽光に照らされた雪のように消えていく。
 なんだ、簡単だったじゃないか。
 話をすれば、こんなに簡単に、何もかも解決してしまう。
「千早ちゃん、お帰り」
「春香……ただいま」
 いつも春香が両手を広げて千早と対している意味がわかった。
 アレはいつでも受け入れるジェスチャーだったのだ。
 千早はやっと、その中に駆け込んだ。
 優しい、太陽の匂いがした。

 道は、開けた。
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テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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