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真・菊地探偵事務所 余章 1

余章 if...

1 手

「ねぇ、千早ちゃん、ペン貸してくれる?」
「ちょっと、やめなよ」
 教室の隅に座っている千早に、とあるクラスメイトが話しかけてきた。
 千早は無表情のまま見返す。
「シャープペン忘れちゃって、貸してくれる?」
「春香ってば! シャーペンなら私が貸すから!」
 春香と呼ばれた女生徒は、友人であるらしい傍らにいた生徒に止められ、そのまま引きずられていった。
 千早はそれを、詰まらなそうな目で見るばかりだった。

 あの春香という女子は、よくよく千早に話しかけてくる。
 千早はあまり、人付き合いが良い方ではなかった。
 家族からも常々、もう少し愛想良くした方が良い、と言われていたのだが、千早にそれを直すような素振りは無かった。
 故にあまり友達も出来ず、交友関係は狭いどころか、まともに喋る人間はこの学校に一人としていない。
 それが何故、春香に気に入られたのか。
(……失態だったわ)
 それはとある昼休みの事だった。

*****

 千早は歌が好きだった。
 弟にも良く聞かせていたし、よく褒められもした。
『姉さんならプロになれるんじゃない?』と冗談めかして言われたが、その時は凄く気分が良かった。
 歌を歌っている時は、煩雑な世の中から解放される気がした。

 その日は風が冷たく、屋上には誰もいなかったから、千早は貯水タンクの傍まで登り、風を感じながら鼻歌を歌っていた。
 確かに寒くはあったが、それが逆に心を凛とさせ、気が引き締まる思いだった。
 ぐっと腹に力をこめ、少し声を乗せる。
 声だけなのに美しい旋律が、誰をも魅了するようだった。
 惜しむらくは、聴衆が一人も居ない事か。だが、千早はそれを惜しいとは微塵も思わなかった。
「よっと」
 ガコン、と鉄製のドアが鳴く。屋上に誰かが来た。
「あっれ、歌が聞こえたから誰かいると思ったんだけど……。おーい、誰かー?」
 屋上に来たのは女子。年恰好は千早と同じぐらいだった。
 キョロキョロと見まわしているその女子は、見覚えがある。
 確か、同じクラスの女子だ。
「あっ」
「……あ」
 目が合ってしまった。
「千早ちゃんじゃない! 今歌ってたのって、千早ちゃん?」
 返答に困り、口をつぐんでいると、女子は梯子を上ってきた。
 彼女はこの学校で唯一、千早の事を『千早ちゃん』と呼ぶ。
 それほど親しくしたわけではないのに、何故だか懐かれてしまっていた。
「ね、もっと聴かせてくれないかな?」
「どうして貴女なんかに」
 冷たく言い放つ。
 人間関係は面倒臭くて嫌いだ。それに、意味もなくベタベタくっついてくるこの女子は好きになれなかった。
「だって、すっごく綺麗な声なんだもん! 聞き惚れちゃったよ!」
「……それはどうも。でも私は人に聴かせるのって嫌いなの」
 千早はピョンと高台から飛び降り、スカートを舞わせて着地する。
 運動神経が悪いわけでも無い。二メートル半ぐらいの高さから飛び降りても、足を挫かないぐらいの自信はある。
 ただ、どうみてもおしとやかな女性には見られないだろうが。
「それじゃあね、天海さん」
「あ、待ってよ、千早ちゃん!」
 女子、天海春香は慌てて千早の後を追ってきた。
 チャイムが鳴ったのはそのすぐ後だった。

*****

 考えてみればアレからだろうか。
 春香が千早の周りを、今まで以上にうろうろし始めたのは。
 他の生徒は『如月さんってなんだか怖いよね』とか言って、千早には近づいて来ようともしない。先程春香の隣にいた女子が良い例だ。
 だが、千早はそれで良いと思っていた。
 いっそ春香を捕まえて、自分の傍に寄せないで欲しかった。
『姉さんはもっと愛想を良くした方が良いよ。美人なんだから、男女問わず人気者になれるんじゃない?』
 そんな事を言った弟のセリフが、一瞬よぎった。
(……なんでこんな時に)
 謎に思ったが、チャイムが鳴ったのでどうでも良い事だ、と片付けた。

*****

 事件が起きたのはそれから間もなくだった。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ」
「……じゃあ、一言言わせてもらうわ」
 とある休み時間、いきなり女子生徒数名が千早に言い寄って来たのだ。
 お前がやったんだろう、と。
「私がどうして、その娘の上履きを隠さなきゃならないの?」
「だって、貴女しか考えられないじゃない! 他にやりそうな人なんていないし!」
 子供っぽいいたずらだった。
 一人の女子の上履きがなくなり、何故だかその犯人にさせられているようだ。被害に遭った女子は、千早に言い寄ってきている威勢の良い女子の背後ですすり泣いている。更に彼女の脇に二名、寄り添っていたが、千早にはその全員の名前が思い出せなかった。
 更に、この状況が馬鹿馬鹿しすぎて実感が沸かない。
「どこをどう見て、私しか考えられないのか、説明してくれると助かるんだけど。……私に恨まれるような事でもしてたの?」
「……っるさいわね!」
 威勢の良い女子が、右手を突き出す。
 千早の肩が押され、グラリと体がゆれた。
「……説明も出来ないの? 勝手に喚いて、勝手に泣いて、勝手に人を犯人に決めつけるなんて、あまり頭の良い行動とは言えないわね」
「なっ、なによ!」
 掴みかかってくる威勢の良い女子。
 千早も多少構えるが、その間に一人、文字通り滑りこんでくる女子がいた。
「ちょーっと待ったぁ、あ、ああああああ!!」
 盛大にずっこけながら登場したのは、春香だった。
「な……何?」
「いてて……ちょっと待った。タイムタイム」
 気を取りなおして威勢の良い女子に向き直った春香は、どうやら仲裁に入ったようだった。
「犯人は千早ちゃんじゃないよ!」
「な、なんでそう言いきれるのよ」
「私にはわかるもん。千早ちゃんはそんな人じゃない」
 違った。千早の加勢に来たのだ。
「ちょっと、余計な事をしないで」
「余計で結構。私は勝手に千早ちゃんの味方をするの。こうやって無理矢理恩を売りつけてやるんだから!」
「……別に恩なんか感じないわよ」
「そう言いつつ、負い目を感じちゃうのが人間って者だよ、千早ちゃん」
 そう言ってニッコリ笑う春香に、千早はもう何も言う気が起きなかった。
「さて、話の続きだけど、千早ちゃんが犯人じゃない理由その二!」
 どうやらその一は『千早ちゃんはそんな人じゃない』と言う事らしい。
 言い寄ってる側に大した根拠が無いので、それも良いと言えば良いのか……。
「さっき小耳に挟んだんだけど、C組の田中さんって娘に面識無い?」
「田中……って、もしかして」
「男を取られた仕返し、とか言ってたみたいだけど、どうやら心当たりがあるみたいね?」
「……そ、それは」
「早く行って、上履きの在り処を聞いてきたら?」
 春香にそう言われ、女子たちはバツの悪そうな顔をしながら、千早に謝りもせずに教室から出て行った。
「ふー、一件落着」
 それを見て、やりきった顔の春香は千早に向き直る。
「これで貸し一ね」
「だから、別に恩には感じないって」
 無理矢理の論法に、千早は呆れたような目で春香を見た。

 だが、春香の言う通り、本当に負い目と言うもの感じてしまったのか、千早はそれ以来、春香を邪険に扱わなくなった。
 口数も増え、昼休みには机をくっつけ、一緒に下校し、弟も紹介した。
「姉さんが変わったのは、春香さんのお蔭かもな」
 なんて言われて、なんとなくくすぐったかった。
 変わったのは千早だけではなかった。
 結局、上履きを隠していたのは本当に田中という女子だったようで、千早に言い寄ってきた女子達は、千早に素直に謝った。彼女達も同じように負い目と言うものを感じていたのかもしれない。
 それからと言うもの、千早はクラスに馴染み、今までが嘘だった様に明るい女の子になった。
 全てが上手く行っていた。トコトン幸せだった。
 このまま時を重ねられれば良い、そう思っていた。

*****

「あら、春香、着替えはまだなの?」
「う、うん。先行っててよ。すぐに追いつくから」
 ある体育の時間、千早はいつも気にかけていた事を尋ねてみた。
 春香はジャージに着替えるのが、いつも遅い。
 今まで誰も触れなかったし、改めて聞くような事でもないので千早も何も言わなかったが、今日は何故かその疑問が口を突いて出てしまったのだ。
「き、如月さん、春香は良いのよ。先に行ってよ?」
「え、ええ」
 他の女子に手を引かれ、更衣室に春香だけを残して千早達は外へ出た。

 廊下で女子に怒られる。
「ダメだって如月さん。知ってるでしょ、春香のアザの事」
「……アザ?」
 初耳だった。
 聞く所によると、春香の体の服に隠れた場所には、いたる所にアザがあるのだという。
 本人はそれを隠したがっていて、それを知っているクラスメイトはみんなその事に触れない。
 だが、千早はなんとなく、むっとした。
「それ、どう言う事なの? そのアザ、どうやってついたの?」
「し、知らないよ。春香が言わないんだもん……」
「……先に行ってて」
 女子が止めるのも聞かず、千早は踵を返した。

 勢い良く、ドアを開ける。
「ち、千早ちゃん!?」
「本当だったんだ……」
 ジャージに着替えている途中の春香。素肌が見えていた。
 確かに、背中や腹などに黒くアザが残っている。
「それ、どうやってつけたの?」
「……か、関係無いじゃない」
「関係無い……?」
 またムッとして、千早は春香に近付いた。
「そんな言葉で片付けられちゃうの? そんな言葉で遠ざけられるんだ?」
「ち、千早ちゃん……」
「何か辛い事があるんじゃないの? 転んだ怪我じゃないんでしょ? それを心配するのがいけない? 友達と思ってたのは、私だけだったの?」
「そんな事無いよ……でも……」
「春香は、笑顔に隠して何を抱いてるの? 不安なら、辛い事なら、私にも分けて。少しぐらいなら助けてあげられるわ」
「……千早ちゃん……」
 春香の顔が少し歪み、目尻に水滴が浮く。
 千早が黙って両手を広げると、春香はその胸に収まった。

 母親と二人暮しらしい。
 春香は母子家庭で、父親は随分前に蒸発したのだとか。
 父親がいなくなってからは、母親は随分と荒れ、色んなものに縋ろうとしているらしい。それがなんなのかはボンヤリとぼかしていたが、今は宗教なのだと言う。
 ガイア教と呼ばれるカルト集団に混じり、夜な夜な妙な呪文を唱えたり、儀式だといって春香を殴る事も偶にあるそうなのだ。
 いつでも明るい春香からは考えられないほどの、暗い、辛い境遇。
 それを知らずに、ただバカの様に『幸せ』なんて思っていた自分が、どれほど愚かか、千早は噛み締めた。
「辛かったわね……。でも、もう大丈夫よ。これからはなんでも私に相談して。何か力になるわ。……お母さんの事も、何か考えてみましょう。きっと解決する事だって出来る」
「うん……うん、ありがと、千早ちゃん」
 結局体育をサボり、更衣室で涙を零す春香を、きつく抱きしめていた。

*****

「え~、悲しい報せがある」
 突然の報だった。
「天海が突然転校する事になってな。別れの挨拶も出来ないが、今日は学校に来られず、すぐに引っ越しもするらしい」
 意味がわからなかった。
 理解するのに、事実を飲み下すのに、かなり時間がかかった。

 千早が授業を抜け出して春香の家に来ると、引っ越し業者の代わりに警察がパトカーを停めていた。マスコミや野次馬なんかも大量にごった返している。
 ドラマで見るような現場検証、事情聴取などをしているようで、春香の家の周りは慌しかった。
「な、何があったんですか?」
 野次馬に来ていた人に尋ねると、その人は饒舌に語ってくれた。
「なんでも、殺人事件らしいわよ。怖いわよねぇ。あのお宅の奥さんはなんだかって言う宗教にはまってたって言うし、いつか何かやるんじゃないかと思ってたけど、まさか人殺しとはねぇ。……あ、でも死んだのはその奥さんの方で、殺したのは娘さんだって話よ? 怖いわよねぇ」
「……なっ!?」
 殺したのは、娘さん?
 春香が、母親を殺したのか?
 千早には信じられなかった。そこまで思いつめていたなら、何故自分に話してくれなかったのか。
 何でも相談してくれって言ったはずなのに。
 頭に血が上るのを感じる。自分が冷静でないのを自覚しながら、千早は人波を割って、最前列まで辿り着く。
 すると、丁度春香が家の中から出てきた所だった。
「春香ッ!!」
「……千早ちゃん」
 警官に制止されながらも、千早は手を伸ばし、必死に春香を呼ぶ。
「春香! 何があったの!? 貴女が……春香が殺したなんて嘘なんでしょ!?」
「……ゴメン、千早ちゃん。多分、もう会えないけど……手紙、書くから」
 そう言って、春香はパトカーに乗り、そのまま何処かへ行ってしまった。

 その後、マスコミに何かマイクを向けられたような気がしたが、返答する気になれなかったので、無視して家に帰った。
 何もかも信じられなかった。
 一体、どうしてこんな事になったのか、全くわからなかった。

*****

 その日の夕方には、そのニュースが流れていた。
 母殺しの娘、正当防衛か。
 精神が不安定だった母親が、突然娘に襲いかかり、娘は咄嗟に近くにあった包丁を構え、母親は足を縺れさせ、倒れ込むように娘に覆い被さる。
 その時に包丁が刺さり、母親は亡くなった様だ。
 そんな風にニュースでは報道されていたが、千早はなにも聞く気になれなかった。
 春香自身から聞くまでは、どうしても納得できなかった。
 だが、それから千早が春香と出会う事は、悪魔の事件の渦中になるまでなかった。

 ただ、手紙のやり取りは続いた。
 始めは春香から送られてきたもので、事件の事と『ごめんなさい』と言う言葉。
 その手紙で、ニュースが本当なのだと言われてしまった。アレは全て事実で、自分は人殺しなのだと。
 だが、千早は春香を元気付けようと、努めて明るい調子で返事を出した。
 二年ほど手紙のやり取りがあり、感情は大分丸くなり、角が磨耗して激情はそうとは呼べないほどになっていた。
 きっと千早と同じように、春香も落ち着いてきてる。千早はそう思った。
 母親を殺してしまった事、それ以前に虐待を受けていた事、いろんな事を乗り越えて、いつもの元気な笑顔を取り戻している。そう楽観した。
 千早はこんな手紙をしたためた。
『今度、引っ越しする事になりました。住所は今、春香が住んでいる場所の近くみたいです。また、会えると良いね』
 返事は、なかった。

*****

「また千早って娘から手紙?」
「え? ……そうよ」
 秋月情報局のポストに、一通の手紙が入っていた。
 春香はその内容に目を落として、いつもとは違う、切なげな目をしていた。
「どうしたのよ? いつもはあんなに嬉しそうなのに」
「嬉しいわよ。……でも」
 今の自分が彼女に会っても良いのだろうか?
 春香は自分の手が汚れているのを知ってる。
 あの日から、別の人生を歩む決意もした。
 律子に拾われ、情報屋として生きるために、いろんな知識と経験を積んだ。
 どう考えても、今と昔の自分は違う。
 そんな春香が千早と会っても良いのだろうか? 彼女を驚かせまいか? 幻滅させまいか? 不安だらけで、どう返事をして良いか、迷ったのだった。
「へぇ、デートのお誘いみたいじゃない。行ってきたら?」
「人の手紙、勝手に見ないでよ。……それに会うつもりはないわ」
「どうして?」
「……関係ないでしょ」
 春香は手紙を大切にしまい、仕事に戻った。
 その様子を見て、律子は苦笑して、自分で入れたコーヒーをすすった。

*****

 もしあの時、事件のすぐ後。
 あの手が繋がれていたら。
 もしあの時、会わないか? との手紙が来た時。
 喜んで会いに行っていたら。
 もしまだ、触れ合える手を持っていたなら。
 もっと穏やかな道を、二人で歩けたのだろうか?
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