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真・菊地探偵事務所 二章 7

7 変わるもの、変わらないもの

「悪魔を魔界へ戻すには、ターミナルを使って、召喚とは逆の手順を踏みます。それを広域に設定すれば、恐らく可能だと思います」
 幽霊屋敷の客間らしき場所で、プティーブン、改めあずさはそう言った。
 あずさは真達に信用を置き、初めに改めて自己紹介したのだった。
「恐らく可能……って、確証はないの?」
「ええ、ですが成功率はかなり高いでしょう。GUMPも同じような原理を使用して召喚と送還を行っています。とすれば、その規模を大きくした所で差異はないはずです」
「……でも、もし万が一にも失敗したら?」
「その時には、別の策を用意しています」
 あずさは一枚の写真を真達に見せた。
 そこには白い壁に妙な紋様が書かれた不思議な風景が切り取られていた。
「これは?」
「バンナムの地下にある研究施設です。そこの一室に、この魔法陣があります。これが存在する事によって、現界は魔界と同位に近くなり、悪魔が顕現するのに必要なマグネタイト量を著しく低下させています」
 小鳥の拓いた魔界との道。それがこの魔法陣である。
 それは色々な偶然と、小鳥の類稀な才能によって作られたもので、この先もそうそう拓かれる事はないだろう。
「これを破壊する事が出来れば、魔界とのリンクが途切れ、現界に現れている悪魔は急激にマグネタイトを消費し、スライム化するでしょう」
「悪魔がスライム化……。それじゃあ、イオリ達は……?」
「彼女達も悪魔です。例には漏れないでしょう」
「そんなっ! それには賛成できない!」
「わかっています。ですから、これは最終手段。ターミナルを制圧し、悪魔の送還が出来るのならばこの手は使いません」
 だが、それでも逆を言えば、それが出来なければ悪魔のスライム化を実行すると言う事。真はそれに納得が出来なかった。
 短い時間とは言え、濃い付き合いをしてきたイオリやミキ、そして今や春香も悪魔と化している。その三人全てをも犠牲にして悪魔を討滅する。
 そんな事をするぐらいなら、他の悪魔を一匹ずつ倒して行った方がマシだ。
「菊地真さん、サマナーが使役する悪魔に情を移すのは珍しくない事ですが、それでも事の大小を見極めてください。人と悪魔とは共存できない。お互いに相容れない存在なのです」
「……そんな事」
 言いかけて、真は言葉を切った。
 確かに、悪魔はマグネタイトを求めて人間を殺し、人間はそれがイヤだから悪魔を倒す。
 だが、本当にそんな単純な関係なのだろうか?
「あの千早という娘が社長を倒してくれたのなら、今バンナムはもぬけの殻のはず。侵入も容易いでしょう。早く動いた方が良いと思います」
「そうだね……。とにかく、バンナムに行ってみよう」
 心にしこりを残したまま、一行はバンナムへ向けて出発した。

*****

 千早によって焼け野原にされた林。
 元々林道があった場所を歩き、丘を下っていると、向こうから人影が見えた。
「あれは……律子?」
「あ、真! アンタ、無事なの!?」

 律子と合流した一行。あずさと律子の面通しも終わり、また一息つく。
「どうしたのさ、律子?」
「色々教えておこうと思った事があってね。携帯使おうと思ったら、この辺圏外なのね。アンテナが一本も立ってないわ。……いや、でもその前に」
 律子は周りをグルリと見回した後、真に向き直る。
「アンタ、まさか剣を解放したんじゃ?」
「剣? 解放? 律子にもらった剣の事?」
 真は持っていた剣を彼女に見せる。
 律子は刀身を検め、一つ安心した様にため息をついた。
「どうやらまだ大丈夫なようね……。だったらこれはどう言う事なの? それに、春香の姿が見えないんだけど……」
「……うん、それには色々あって」
 真は要点を掻い摘んで話した。
 律子は静かにその話を聞き終えると、『なるほど』と呟いて苦笑した。
「カオスの先手か……。いや、でもあの娘ならなんとかなるでしょ」
「なに? どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ。それよりも……」
 適当に誤魔化した後、律子は丘から見える町の端っこを指差した。
「やっと自衛隊が動き始めたみたいなの。見える?」
「うん、なんとか」
 ボンヤリとだが、町の境に黒々とした車両が見える。
 自分の視力がこんなに良いとは驚きだったが、今はそんな事はどうでも良い。
「じゃあ、町も一応安全になるかな?」
「それが、そうも行かないみたいなのよ」
「どう言う事?」
「自衛隊が出動してきた理由は主に二つ。この町の完全封鎖と悪魔の使役実験よ。私自身がこの目で見てきた事だけど、自衛隊の中には管使いがチラホラ見えたの」
 管使いとは、古式ゆかしいデビルサマナーだ。
 管の中に悪魔を入れ、それらを召喚使役して色々な事をやってのける。
 葛葉と呼ばれる退魔集団も管使いを多く有している。
「町の人を保護に来たんじゃないのか!?」
「どうやら違うみたいよ。保護どころか、助けを求めた無事な人間すら悪魔の変化を疑って拉致したり、酷い時にはその場で殺したりしてるみたいね。情報操作は後でどうとでも出来るだろうし、今の所アイツらに必要なのは戦力として転用出来そうな悪魔だけなんでしょう。……このままじゃ東京黙示録の再現になるわ」
「黙示録?」
「あー……掻い摘んで言うと、この町が悪魔と人間の戦争真っ只中になるって事よ。そんな事になる前にどうにかできないかと思って、ここまで来たんだけど……」
「それなら多分、大丈夫だと思う」
 自衛隊の目的が使役できる悪魔の確保、だと言うのならば、その目的である悪魔をなくしてしまえば一応はその騒ぎも収まるだろう。
 だが、その後の事を考えると、あまり気分の良い話ではないが。
「悪魔はどうにか出来ると思うよ。でも、ボクらが行く前に自衛隊がバンナムを制圧すると厄介だな」
「何か手伝える事があるなら協力するわよ?」
「では、やよいちゃんを預かってくださいませんか?」
 あずさが前に出て、彼女の影に隠れていた子供、やよいの背中を押す。
「この子は戦う力を持っていませんし、バンナムに連れていくのは少し心配で」
「うっうー!」
 そう言うあずさとは対照的に、やよいはあずさにしがみついて離れようとしなかった。
「……嫌われたみたいね」
「す、すみません。やよいちゃん、良い子だから言う事聞いて?」
「うっうー! うっうー!!」
 やよいは首を横に振りながら、あずさから手を離さなかった。
 困っているあずさを前に、律子は苦笑して言う。
「連れていってあげたらどうですか? 私の傍よりはいくらか安全だと思いますよ。私だって戦う力はありませんし、自衛隊や悪魔に囲まれたって、守る術はありませんよ」
「……そうですか。では、そうします」
 あずさはやよいの頭をなで、困ったように笑いながら彼女に視線を落としていた。
 それを見て律子が真に近寄って耳打ちする。
「あの二人って親子?」
「……さぁ。関係は聞いてないけど」
「あの子供の方、妙な感じがするわね……」
「喋れないのは理由があるみたいだよ」
「そうじゃなくて……いや、まぁいいわ」
 律子は真から離れ、予感を杞憂として蹴飛ばした。
「じゃあ、私は町に戻ってるわ。どこにいたって危険に変わらないなら、人が多い方が肉眼は誤魔化せるでしょ。それに情報を制しておけば、何かと便利だしね」
「あ、じゃあ千早って娘の事、何かわかったら知らせてくれないかな?」
「わかったわ。その代わり、携帯の通じる所にいなさいよ?」
「うん、了解」
 駆け出す律子を見送って、真達もバンナムへ向かう事にした。

*****

 バンナムへ向かう道すがら、敵対する悪魔は全て切り倒し、マグネタイトを出来るだけ溜めながらここまでやって来た。
 目の前に見えるのは、バンナムの入り口。
「まだ自衛隊の人たちは来てないみたいですね」
 周りを確認して雪歩が言う。
 ここまで来るのに、真と雪歩が主戦力だった。
 マグネタイトを温存する為に仲魔の召喚は極力避けてきたのだ。
「早い所、地下の研究施設とやらに行こう。グズグズしてる暇はないよ」
「そうですね。ここからは私が案内します」
 真の言葉にあずさが頷いて、先頭に出る。
 今まであずさが戦闘に参加していなかったのは、真と雪歩の申し出によるものだった。
 二人はまだ『覚醒』したばかりなのだ。力に慣れるために、今まで悪魔を試し斬りしていたのだ。
「この中はまだ多くの悪魔はいると思います。準備は良いですか?」
「うん。……あ、ちょっと待って」
 真はGUMPのマグネタイトバッテリーの残量を確認してから、イオリ、ミキ、春香を召喚した。
「ここからは出し惜しみしてもしょうがない。全力で行くよ、みんな!」
「大分様になってきたじゃない、にひひ、それでこそ私のサマナーよ」
「わかってるの! ミキ、頑張るよ!」
「……う、はいはい、適当にね……」
 威勢の良いイオリとミキとは対照的に、春香は顔色が悪かった。
「……どうしたの、春香? まだ気分が悪い?」
「いいえ、多分マグネタイトってヤツの関係じゃないと思うわ。なんて言うか……機械の中に入るなんてそうそう出来ない経験して、酔ってるみたい」
「GUMPと現界を転送するのに酔ったみたいね。召喚酔いってヤツ?」
 面白がって頭を突つくイオリを、春香はうるさそうに払っていたが、その挙動にもあまり覇気がない。酔っ払い方もハンパないのだろう。
「気分が悪いなら、GUMPに戻そうか?」
「冗談やめてくれる? その行き来が原因で今こうなってるのよ?」
「あ、そうか」
「大丈夫よ。良い空気を吸えば、すぐに良くなるわ」
 春香は背筋を伸ばし、一つ深呼吸した。
 そして、パッチリ目を開ける。
 ほぼ同時に、真の携帯電話に着信が届いた。
『あ、繋がった。真、聞こえる?』
「律子! どうしたの?」
『例の千早って娘の事についてわかったわ。目撃情報によると、今、バンナムに向かって飛んでるみたいよ』
「バンナムに向かって……」
「来たわよ」
 春香が呟くように言った次の瞬間、空から人影が降ってきた。
 それは土煙を巻き上げて着地すると、ゆっくりと立ちあがる。
「……やっぱり来たのね」
「千早ちゃんこそ」
 その人影とは、言わずもがな千早だった。
 姿を確認して、真達も各々構えるが、春香がそれを片手で制した。
「ここは私に任せて。貴女達は先に行きなさい」
「でも春香……ッ!」
「良いから。早くしないと、邪魔な虫も入ってくるんでしょ? だったら急ぎなさい」
 確かに、グズグズしていては自衛隊連中が来て、また状況が面倒臭い事になってしまう。
 折角誰よりも先に着いたのだ。それを活かさない手はない。
 だが、さっきは春香を置いていった事で失敗を犯した。その二の舞になってしまうのではないか、と言う懸念もある。
「心配するような事じゃない。もう、私はさっきまでの私じゃないわ」
「それでも、千早だって強くなってる可能性もある」
「大事なのは私が千早ちゃんに勝つ事じゃない。私が貴女達のために時間稼ぎ出来るかどうか、って事でしょ? 真がしっかりやる事やってくれれば、私も千早ちゃんも、ついでに貴女達も死なずに済むって話じゃない」
 町を異界化させているターミナル、悪魔、その他の要素を全て排除すれば、争いの元も消えるだろう。そうすれば、みんな生きて帰る事は出来るはず。だが、悪魔となっている春香は恐らく、魔界に行ってしまうだろう。それをここで話しておくべきか、否か。
 やはり多少の迷いは生まれる。
「真ちゃん……」
「……わかった。春香、絶対死ぬなよ。きっとまた会おうね!」
「わかってるわよ。私はこれっぽっちも死ぬ気はないよ。恥ずかしい事言ってないで、さっさと行きなさい」
 覚悟を決めた真は、あずさの先導でバンナムへと入っていった。
「……さて、静聴ありがとうね、千早ちゃん」
「……」
 区切りがついた所で、春香は千早に向き直った。
 千早はただ、静かにそこに佇んでいるだけだった。
「余裕を見せつけてくれたのは良いけれど、それで対応は変わらないよ?」
「……別に、構わないわ」
 静かにその手に持っていたカードを掲げる。
 それを見て、春香は両手を広げ、柔和な笑みを浮かべた。
「一応言っておくけど……私は別に、千早ちゃんと戦う気はないよ」
「私も出来れば、春香とは戦いたくなかった。……でも、もうダメなの。私はもう、ヒトじゃいられない。外側がヒトであっても意味がない。私の心は既に、悪魔に食い殺されてしまった」
「……そんな事ないよ」
「春香に何がわかるって言うの? このカード、この力、これは全部、私の心の発露。それが悪魔の形をしているなら、私は……」
「千早ちゃん、知ってる? 悪魔は嘘をつかないんだよ」
「……戯言を!」
 千早の持っているカードが淡く輝き、彼女の背に青い肌の男が現れる。
 三叉の戟をその手に、虎の衣を纏ったその姿は、とある破壊神の姿だった。
「悪魔はヒトを惑わし、ヒトを騙し、ヒトを殺す存在! 嘘をつかないわけがない!」
「それは言葉遊びが上手なだけ。悪魔の巧みな話術に惑わされ、人は騙されたと思い、最後には身を滅ぼす。千早ちゃんだってわかってるんでしょ?」
「例えそれが事実だったとしても、私が悪魔を恨み、憎み、殺したいと思う気持ちに変わりはない! 私の心に嘘はない!」
「……だったら、どっちにしろ矛盾してるよ」
「くっ、うるさい!」
 破壊神、シヴァはその手に持つ戟を振り回し、春香に向けて突き出してくる。
 春香はそれを両手で受け止める。だが、地面はひび割れ、せり立ち、その衝撃の大きさをまざまざと見せつけた。
「言葉遊びがなんだって言うの!? 私はそんな言葉に騙されない!」
「脆い足場にしがみついてないで、もっと周りを見ようよ。弟さんの事は辛かっただろうけど、人は辛い思い出を乗り越えていける! そんなに弱くなんかないでしょ!?」
「私はもう……戻れないのよッ!」
 戟が振り上げられ、それと一緒に春香も宙に放られる。
 足場もなく、身動きが取れない春香に向けて、千早の魔法が繰り出された。
「ザンダイン!!」
「このっ、わからずや!!」
 千早の手から巻き起こる竜巻が春香に向かって飛ぶ。
 だが、強力な魔法が春香の一喝で全て掻き消された。
「なっ!?」
「その頑固頭、一回ぶち壊さないとダメみたいね。良いよ、わかった。じゃあ全力でやろう。手加減なんかしないよ、千早ちゃん」
 ゾワリと何かが地を走る。
 春香の足元から発生した黒い波紋が千早の足を濡らしたようだった。
 空気の質が明らかに変貌する。喉が詰まりそうだった。
「手に入れた悪魔の力、本気で使うのは初めてだけど……まぁ、なんとかなるよね」
「……くっ、油断、出来ない……」
 一歩踏み出した春香に対し、千早がカードを掲げた。

*****

 地下へ向かう真達の前に、当然の如く、悪魔が立ち塞がる。
 一行はそれらを出来るだけ倒し、マグネタイトを掻き集めながら先へと進む。
「あの女、マグネタイトの消費量がハンパないじゃない! なんなの、燃費悪いわね!」
「仕方ないよ。強力な悪魔になっちゃったみたいだし……。それよりも早く研究施設に行かないと……あずささん、ターミナルはまだなのか?」
 先頭から多少中列まで下がったあずさは、首を横に振る。
「悪魔の所為で思うように進めていません。まだもう少しかかると思います。それに、社内に電気が通っていないみたいですから、エレベーターは使えないでしょう。非常階段は一応あるんですが、かなり遠回りになります」
「……そこしか道がないなら仕方ないか。みんな、もう少しスピード上げるよ!」
 真の号令で、一行は悪魔を蹴散らしながら、どんどんと廊下を進んでいった。

 もう少しで階段に辿り着こうかと言う頃。
 急にやよいが立ち止まった。
「うっうー」
「どうしたの、やよいちゃん?」
 今の所、周りに悪魔は見当たらないので、一行は足を止める。
 やよいは悪魔に対して鼻が利くらしいのだ。バンナムに来る途中、町を歩いている時にも彼女が危険を知らせてくれた事で難を逃れた事が幾度かあった。
「また悪魔か……?」
「私は気がつかなかったけど……」
「でもやよいは鳴いてるの」
「動物みたいに言うんじゃないわよ」
 どうやらイオリとミキにはそんな気配は感じられないらしい。
 だとしたら、何故やよいは立ち止まったのだろう?
「とにかく、慎重に進もう。何があるかわからないからね」
「うっうー!!」
 真が一歩進んだ瞬間だった。
 フッと、目の前から真の姿が消える。
「ま、真ちゃん!?」
 雪歩が驚いて駆け寄ろうとするが、その服の裾をやよいが掴んだ。
「うっうー!」
「は、放して下さい!」
「待ってください、萩原さん。……アレは罠みたいですね」
 あずさが廊下の天井を指差す。
 そこには見なれない機械が取り付けられてあった。
「アレは転送装置。菊地さんは今、どこか別の場所にいるはずです」
「別の場所? 罠ってどう言う事ですか?」
「私達の侵入を予測して、それを阻止しようとした人間がいる、と言う事でしょう」
「んっふっふー、大当たりだよ!」
 声と共に現れたのは、社長の傍にいたあの双子。
「あ、貴女達は……っ!」
「油断大敵アメアラレ! マミ達忘れちゃおしおきよ!」
「あのサマナーは今、社長さんとご対面中。邪魔はさせないよ!」
「社長……!? 生きているんですか!?」
「モチのロン! そう簡単に死んでもらっちゃ困るんだよねぃ」
 双子はセリフの合間に、どんどんと悪魔を召喚する。
 その内に、廊下を埋めるほどになっていた。
 だが、戦力的には真の抜け落ちた一行でも勝てないようなレベルではない。
 全力を尽くせば、この場は凌げそうだ。
「さぁ、ねーちゃん達はアミ達と遊んでもらうよ! 死なない程度にゆっくりしていってね!」

*****

「うっぷ、気持ち悪い……」
 真がやって来たのは、どこか見知らぬ、とても広い部屋だった。
 長方形に区切られた部屋は、天井が霞むほどに高く、更に幅、奥行きもそれに見合うだけに広かった。
 今、真の気分が悪いのは、恐らく転送装置で酔ったのだろう。春香の言っていた事を身をもって思い知るとは予想しなかった。
「なんだ、ここは……」
「ようこそ、菊地真くん」
「その声……ッ!?」
 部屋の中が唐突にライトアップされる。
 明るくなった部屋の中心には、バンナム社長である高木順一郎の姿があった。
「そんなっ、死んだはずじゃ!?」
「死体も確かめない内に決めつけるのは良くないね。それに、少しはこう言う事態も予測していたのではないか? 私が生きているのではないか、とね」
 確かに、あの状況で悪魔を盾にすれば落ち延びる事は可能だったかもしれない。
 真を転送させた装置も使えば、一瞬にして千早の前から姿を消す事も可能だ。爆発の煙が晴れぬ前に転送し、誰もいなくなった部屋を見れば、千早も彼を粉微塵に吹き飛ばしたと思ってもおかしくはない。
「さて、君をここに連れて来たのは他でもない、渡して欲しい物があるのだよ」
「GUMPは貴方には渡さない!」
「……何故かね? 三浦くんにほだされたからか? 騙されてはいかんよ、あの女性は君を利用しているに過ぎない」
「……利用?」
「彼女はこう言ったのではないか? ターミナルを使って、悪魔を全て魔界へ押し戻す、と。そうすれば事は丸く収まる、と」
「何故それを……!?」
「ふふふ、やはりな。……君はそれで良いと思っているのかね?」
 高木は指を鳴らす。
 部屋の中に響いた音は、何かの合図だったようで、高木の背後の壁が左右に開き、その奥にあった物を見せつける。
 巨大な円柱形のオブジェだった。
「これは君達が目指していたターミナルと呼ばれる物だ。これを使えば、君達のやろうとしていた事も簡単に叶うだろう」
 だがそれを見せられても、真に動く気配はなかった。
 ここに来て量りかねているのだ。あずさの言っている事に乗っかっていても良いのか。
 元々、彼女の話には全面的に賛成、と言うわけではない。
「話を聞いてくれるかね?」
「……ええ。判断はその後します」
「では、話を続けよう。……三浦くんが魔法を使える理由は知っているかな? アレは、悪魔の血を体内に混ぜているからだ」
「悪魔の血を……? でも、そうすると死んでしまうんじゃ?」
「そう言う例もあるが、しっかりとした対応をする事が出来れば、人間は魔法使いになれるのだよ。……だが、それも不完全でね。あまり魔法を使いすぎると、その存在を悪魔側に引き寄せすぎてしまう。簡単に言えば、人間ではなく、悪魔になってしまうのだよ」
「そんな! じゃあ、悪魔を魔界に帰そうとすると……」
「その人間も当然、魔界へと連れて行かれるだろうね。……だが、それも頻度の問題。魔法を使いすぎなければ、悪魔の血だけを切り離して魔界へと帰す事が出来る。当分は貧血に悩むだろうが、比べてみればそちらの方が随分幸せだろう」
 だとすれば、あずさを犠牲にする事はないだろうか。
 真が見ている限り、彼女はあまり魔法を使っているようでもない。
 ……だがしかし、その時ふとイヤな予感が過る。
「さて、もう一度質問だ。君の傍にいる萩原雪歩くん。彼女はどうして魔法を使えるのかな? そして、今までどんな魔法を、どれだけ使った?」
「……まさか!」
「気がついたかね。彼女も既に、悪魔の血を宿しているのだよ。もしかしたら既に、彼女は悪魔になっているかもしれないな」
「でも、いつの間に……!」
「さて、いつだろうな?」
 ずっと雪歩の傍にいたつもりだが、真の目にそんなシーンは映らなかった。
 悪魔と傍にいる事もあったが、血を体内に含むような場面は一度もない。
 しかし、ふと思い出す。一度だけ、雪歩と離れた事があった。
 双子に雪歩を連れ去られた時だ。
「そうか、あの時……ッ!」
「そうだ。私達が彼女に悪魔の血を混ぜた」
「貴様ッ……!!」
 真が剣を構え、高木に駆け出そうとするが、しかし、真の目の前に巨大な悪魔が現れる。
「くそっ!」
「落ち着きたまえ。私は今、君と闘り合おうと言うのではない。君に解決案を提示しようとしたのだよ」
「信じられない!」
「信じるかどうかは君に任せよう。ただ、悪くない提案だと思うがね」
 高木がもう一度指を鳴らすと、ターミナルが回転を始め、悪魔の召喚を連続して行った。
 高木の周りには強力な悪魔が陣取り、易々とは近付けそうになくなった。
「それとも、彼らを打ち倒して私を斬るかね?」
「……っ!」
 覚醒した力にまだ慣れきっていない真。強力な悪魔を前にどれだけ戦えるか、多少疑問ではあった。
「まずは私の話を聞いて、それからどうするか決めると良い。……簡単な話だ。世界をもう一度創り変えようではないか」
「創り変える……?」
「そうとも。私は娘を一人、悪魔によって亡くし、魂すら悪魔に掌握されている状況にある。私は彼女を取り戻す為に、受胎という儀式を行うつもりだ」
 それはあずさに聞いた話、そのままだった。
 娘を生き返す為に受胎と言う儀式をする。その為に悪魔を召喚し、町中を混乱に陥れた。
「たった一人の為に町中を危険に晒した。それは重々承知しているつもりだ。だが、受胎が成れば町も元通りになる。辛い記憶もなくなり、全て丸く収まるのだ」
「でもそれは、人道的ではない」
「ならば君は人道を通して、萩原くんを見捨てるのかね?」
 言葉に詰まる。
 今までずっと一緒にいた雪歩。真にとっては特別な存在だった。
 彼女を手放すのか? と問われると、簡単には返答し辛い。
「私に協力してくれるのならば、受胎を成功させ、全て元通りにして見せる。そう約束しよう。だから、GUMPを預けてはくれないか?」
「……」
 真の中に、迷いが渦巻く。

*****

 エントランスホールの窓ガラスを突き破り、大きな音を立てて転がりこむ。
「くっ! ザンマ!!」
「甘い!!」
 千早手から魔法が繰り出される前に、春香のニープレスが飛んでくる。
 掃除もされていない床の埃が高く舞い、更に床まで凹ませ、ヒビ割り、近くにあった柱の外装をガタピシ言わせる。
「がぁ……ッ!!」
「まだまだぁ!!」
 春香は千早に食らわせたニープレスの反動でまたも飛びあがり、魔法を繰る。
 悪魔の力を手にした春香にとって、それぐらいは造作もない事だった。
「アギダイン!!」
「くっ、シヴァ!!」
 乱れ飛んでくる火の玉を、千早のペルソナであるシヴァが全て打ち落とす。
 弾かれた火球がぶち当たった床や壁は大きく抉れ、その威力の凄まじさを物語った。
「なんて強さなの……アレが、春香……っ」
「全て捌いた……やっぱりやるね、千早ちゃん」
 この二人の攻防は一進一退、いや、若干春香が圧している。
 悪魔として転生したばかりの春香は、驚くほど柔軟に悪魔の力を行使している。一応、特殊能力の経験についてはアドバンテージを得ている千早を圧すほどだ。その潜在能力は凡百と比べ一線を隔していた。
「だからと言って負けられない……私にはやる事がある!」
「それは何を排してもやるべき事なの? 私にはそうは思えないよ」
「春香に理解してもらうのは諦めたわ」
 冷たく突き放すような千早の言葉に、春香は苦笑しながら、ゆっくり両腕を開く。
「……もっとしっかり自分を見て、千早ちゃん。その道はまっすぐなの? 貴女の信じた物は、本当に迷いがない?」
「迷いなんかあるわけがない。私が決め、私が信じ、私が往く道だもの」
「冷静になって、周りを見てみてよ。これが千早ちゃんの望んだ世界なの?」
「問答には意味がない。それは充分わかってる事のはず」
 カードを構えると、それに呼応してシヴァが三叉戟を構える。
 それを見てなお、春香は動こうとはしなかった。
「お願いだから、もう一度良く考えて、千早ちゃん」
「私は全ての悪魔を殺し、その命を以って弟に償わせる為だけに生きてる。それが成るまで死ねない」
「それが歪んだ道だって言ってるんだよ。……わかってもらえないなら、少し頭を冷やす時間を上げないとダメかな」
「言ってくれるわね。出来るのかしら、春香に?」
「今の私に、出来ない事なんかないよ」
 言いながら春香は自分の目の前で腕を交差させる。
 ただそうしただけなのに、千早が感じるプレッシャーや危機感がグンと増す。
 何かしないと、ヤバイ。
「シヴァ!」
 先手を仕掛けるべく、シヴァを先行させる。
 三叉戟を振り回し、春香に襲いかかるシヴァ。だが、次の瞬間、彼の胴体を一筋の光が貫く。
 グラリと揺れるシヴァの体。そして千早の体中が痛み始める。
「ぐ……なに、これ……」
 さっきの光線はどうやらペルソナを掻き消すのに充分な殺傷力を持っていた様だ。
 恐らく、春香から放たれた物だろう。
「どうやらペルソナを攻撃すると、本体にもダメージが行くみたいね? これはちょっと誤算だったかも」
 シヴァの姿がだんだんと薄くなるに連れて、千早の視界もボヤけ始めた。
 意識を繋ぎとめておく事が出来ない。
 千早は膝から崩れ落ち、そのまま気を失った。

「あ、千早ちゃん!?」
 春香は驚いて駆け寄り、千早の体を抱きとめる。
 どうやら息もしているようだし、外傷も特には見当たらない。
 命に別状はなさそうだ。
「良かった、気を失っただけみたいね……。これで、私のやる事は終わり、か」
 これから真達の許へ向かい、助太刀する事も可能だが、そうなると千早はどうするのか。それを自問した時、春香が出した答えは彼女の傍にいる事だった。
 真の方には既に、充分戦力がある。それならば春香が行く必要もないだろう、と考えたのだ。
 それに……
「これが最後なら、一緒にいたいんだよ」
 なんとなく自分の最期を予期していたのだ。
 真とあずさの話を聞いたわけではないが、悪魔になってしまった自分の末路は、なんとなく予想出来た。

 だがしかし、その予想は――

*****

 地下へ向かう階段に続く廊下。
 そこではまだ、雪歩達が悪魔と戦闘を繰り広げていた。
「ど、どうして戦っちゃダメなんですか!? このままじゃ、イオリちゃんたちが……!」
「どうしてもです」
 追い詰められながらも、今までまともに戦っているのはイオリとミキだけだった。
 あずさと雪歩はその力を持ちながら、それを腐らせているばかり。
 と言うのも、あずさが必死に制しているからだった。
「良く聞いてください、萩原さん。貴女も恐らく、私と同じ方法で魔法が使えるようになっているのでしょう。ですがその場合、魔法を使いすぎると取り返しのつかない事になります」
「取り返しのつかない事……?」
 真摯な視線のあずさに気圧され、雪歩は多少ビビりながらもその話を聞く。
「魔法を行使する度に、体が悪魔になっていくんです。完全に悪魔に染まると、今私達がやろうとしている『悪魔を魔界に帰す』と言う事を始めた場合、貴女も魔界へと送られる事になりますよ!」
「そんな……」
 魔界との扉はそうそう開かれない、と言う事は前に聞いた事がある。
 だとしたら、一度魔界へと追いやられてしまったら、それは現界との別離と言う事にならないだろうか? それは即ち、真と離れ離れになるという事。
 真が雪歩を想う様に、雪歩も真を想っている。
 ならば、その二人が離れ離れになる事は、とても辛い事だろう。
「ですから、ここは魔法の使用を極力控え、どうにかこの場を離脱すべきです」
「どうにかって、逃げ道なんてないじゃないですかぁ」
 廊下の前後を悪魔に阻まれ、息もし辛い状況だ。
 そんな廊下の真ん中で強行突破も出来ずにどうやって活路を見出せと言うのか。
「床か天井に穴を……いえ、それだけ強力な魔法を使うと一気に悪魔に近付く……。全員分のトラフーリ……でも私は後何度魔法が使えるかわからないし……」
 あずさが策を練っている間にも、悪魔達はジワリと詰め寄ってくる。
 前線にいるのは所詮ピクシーとジャックフロスト。大量の悪魔を抑えていられるほど強くはないのだ。
「も、もう我慢できません!」
「は、萩原さん!」
「私は……私は悪魔になったって構いません!」
 雪歩は悪魔に立ち向かい、その集団の真ん中に炎弾を放り込んだ。
 爆発と共に大量の悪魔を葬るが、それでも見た目の量はあまり変わってない様に見える。
「ここでイオリちゃんとミキちゃんに任せて、二人に怪我でもさせたら真ちゃんに怒られます。私は真ちゃんと離れ離れになるより、嫌われる方がずっと辛い。だったら、悪魔になるのを恐れて何もしないで待っているのは、イヤです!!」
 もう一撃、火球を飛ばし、悪魔を爆散させる。
 弾け飛んだ悪魔達はかなりの量で、廊下を埋めている壁のような悪魔達の一端が崩れた。
「今です、みなさん、走って!」
 その一角にもう一度魔法を放ち、道をこじ開けた後、一行はそのまま廊下を駆け出す。
 そちらは地下への階段側。転送装置は悪魔との戦闘のドサクサで破壊され、奥へと進む事が叶った。
「この先に階段があるんですよね?」
「え、ええ」
「だったら、進みましょう。止まってなんかいられません!」
 雪歩を殿にして、一行は階段目指して走りつづけた。
 雪歩の左の二の腕に、うっすらとアザが浮き上がってきているのにも気付かず。

「あっ、逃がしちゃったよ!?」
「だいじょーぶだよ、アミ。きっともうすぐ始まっちゃうし、てきとーに悪魔に追わせて、マミ達はちょっと休憩しよ」
 悪魔を使役する力を持っているアミとマミは、今まで雪歩達を包囲していた悪魔の半数ほどを追っ手に回し、残りはそのまま待機させた。
 余裕の二人。それにもやはり理由がある。
 勝算があるのだ。恐らく、真は社長の誘いを断らないだろう。否、断れないだろう。
 ここまで町が荒れた現状、修正を図る為に受胎を甘受する勢力があるはずなのだ。
「全てはあのにーちゃんの思う通りって事だね」
「にーちゃんって呼んで良いのか、ちょっとわかんないけどね。年齢不詳だし」

*****

「ここですか」
「そうみたいだなー」
 バンナムの裏口に人影が二つ。
 黒い外套を羽織り、豊かな銀髪をなびかせる女性。
 黒いポニーテールを活発に揺らし、薄い生地の動き易そうな服を纏う悪魔。
「事は既に終盤のようですね。急ぎますよ、ヒビキ」
「わかってるよ、貴音! でも、本当に『受胎』なんて起きるのか?」
「起こさねばなりません。それがカオスに与する事になったとしても、受胎を生き残ればやりなおしは利きます。そしてそれがヤタガラスの命ならば、私達がやり遂げてみせます」
「そうだな! じゃあ、さくっと終わらせよう!!」
 二つの人影は、そのままバンナム社内に入っていった。

「葛葉の介入を確認、っと」
 それを遠くのビルの屋上から双眼鏡で覗いていた律子。どうやら先程バンナムに入った二人には気付かれなかったようだ。
「これもタイジョウロウクンの読み通りか。でも結果がどう転がるかまではわからないでしょうね、あの人にも」
 律子はその手に一振りの剣を持っていた。
 真に渡した物とはまた別の、力を宿した剣である。
「元はサブウェポンだったんだけど……今の所はなんとかなる。でもこれがどこまで通用するかよねぇ。受胎後が心配だわ」
 ため息をついて、ビルから飛び降りた。
「元魔人も楽じゃないわよ、ったく」

*****

 最後の時が訪れ様としていた。
「ボクは……」
 真は剣を収め、GUMPを取り出した。
 それを見て、高木は口元を緩める。
「ボクは貴方の思い通りにはならない」
「……どう言う意味かね?」
「貴方に協力するつもりは無い。でも……受胎は起こす」
 真はGUMPを構え、ターミナルに向けた。
 何故だか受胎を起こす方法が頭の中に浮かんできたのだ。
 どこかで教えてもらったわけでもないのに、不思議には思ったが、それでも真はGUMPを降ろさなかった。
「ボクはボクの意思で受胎を起こし、それを乗りきる。世界を創りなおす……いや、全部を取り戻すのはボクがやり遂げる」
「ほぅ……では、受胎後は君を潰す事になるが、それでも構わないかね?」
「やむを得ないなら、ボクも戦います。でもボクは何も諦めない」
 引き金を引く指に力がこもる。
 高木はそれを見て指を鳴らし、悪魔達を消した。
 GUMPとターミナルの間には、障害物が無くなった。
「覚悟があるならやるが良い。幾万の屍を積み上げて、太陽へ至る塔への足場にするが良い。菊地真くん、私はどうやら、少し君を見くびっていた様だよ」
「過小評価されていた方がやり易いんですけどね」
 軽口を叩き、引き金を引く。

*****

 光が満ち、全てが真っ白になる。
 包みこまれるような心地よさ。閉塞するような息苦しさ。
 無限の可能性を詰めた希望。全てを刈り取るような殺意。
「これは……」
 簡単に言えばデジャヴュ。
 前に一度、どこかでこんな事が起きた気がする……どこかで……。
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テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

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