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真・菊地探偵事務所 二章 6

6 それぞれの覚醒

 真は幽霊屋敷から外に出て、目を疑った。
「こ、これは……」
「酷い……」
 雪歩も口を覆い、惨状に言葉を継げない様だった。
 外は一帯、焼け野原になっていた。
 丘を覆っていた林は、ほとんど燃え尽きており、倒れた木や草は、ほとんど炭になっている。土も黒く焦げ、辺りは白煙の立ち上る爆心地の様だった。
 つい先程までオアシスと呼べるような綺麗な場所であったのに、今や見る影もない。
「いったい、いつの間に……」
「この家全体に結界が張ってあるわね」
 真の頭に乗っかっていたイオリが言う。
「外との情報を遮断して、この家の状況を把握できなくしてる。逆に、家の中からは外の様子も見れないみたい」
「それでボク達が気付かない内にこんな……」
「は、春香ちゃんはどうなったの? ミキちゃんは……?」
「そうだ、二人を探さないと!」
 砂のような地面を蹴り、真は前に向かって走り出した。

*****

「なんなの……あのジャックフロスト……」
 カードを構え、正面にミキを置いた千早は、そんな事を呟いた。
 千早の唱えた魔法、広域に渡って爆発を起こすメギドラを受けてなお、その場に立っているミキを見て、自分の認識を新たにしていた。
 流石に無傷と言うわけではないが、普通は下位の妖精ぐらい、吹き飛ばせる程度の威力は持っている。それなのに……。
「ハルカ! 大丈夫!?」
「うっ……いたた……」
 ミキの背後で倒れていた春香が上半身を起こす。
「なんとか生きてるみたいね。……あんな大爆発の近くで生きてるなんて、奇跡かしら」
「ミキの実力なの!」
「へぇ、そりゃすごいわね」
 春香はしっかりとその足で立ちあがり、千早を見た。
 見る限り、相当傷は負っている様だが、まだ動けなくなるほどではないらしい。
 千早は手加減などしたつもりはない。だが、二人とも倒せなかったのは、あのミキの所為だ。
「……一瞬感じたプレッシャー。その内に防御力を強化する魔法の四重掛け。ただのジャックフロストじゃ考えられないスペックだわ」
 メギドラを唱え終わる直前、イルルヤンカシュの尻尾に弾き飛ばされたミキは、千早と目を合わせたのだ。
 その瞬間、千早は強烈な威圧感を受け、詠唱を中断、ミキに魔法を唱える隙を与えてしまったのである。
「くっ、見くびっていた。でも、二発目はどうかしら!?」
「させないの!!」
 千早がカードを構えた所に、ミキが突進をしかける。
 だが、千早はイルルヤンカシュを操ってそれを受け止めた。
「くっ! 邪魔をしないで!」
「そうはいかないの!」
 詠唱に集中したい所を、ミキのお蔭でイルルヤンカシュの操作にも気を割かなければいけない。これではまともに魔法が使えない。
「千早ちゃん、もうやめてよ! こんな事に意味なんかない!」
「意味は私が見出すわ! 貴女に言われる筋合いなんかない!」
「頑固者!」
「それで結構よ!」
 春香の言葉にも全く聞く耳を持たない。
 ミキの力は千早も認めるほどだが、イルルヤンカシュの防御を突破するには至っていない。
 やはり、打倒千早には決定力が欠けている。
「貴女達こそ諦めたらどうなの? 私を止めるなんて無理も良い所よ。命を落とす前に消えなさい!」
「そんな選択肢があるなら、とっくに逃げてるよ!」
「……どうしても邪魔すると言うのなら、私にも考えがあるわ」
 千早がカードを胸に当てて念じると、今までミキと睨み合っていたイルルヤンカシュが消え去った。
 チャンスだと思ったミキは魔法を繰る。
「今なの! ブフーラ!!」
「甘い!」
 ミキの手から飛び出した鋭い氷柱はどこからともなく伸びてきた棒に打たれ、粉々に砕け散った。
 棒の元を見ると、雲に乗った猿がそこにいた。
「セイテンタイセイ。貴女達に止められるかしら?」
「千早ちゃん……」
 一向に止まらない千早に、春香は覚悟を決めて背中に手を伸ばした。
 服に隠れていたが、腰に巻いたベルトにホルスターがついてあったのだ。その中に入っているのは当然拳銃。
 先程、律子が情報収集をしている間に調達した物だ。安くはなかったが、この時の為に用意していたモノ。
 それを構え、銃口を千早に向けた。
「そんなオモチャでどうするつもり? 私に向けて、撃つのかしら?」
「お願い、千早ちゃん。もうやめて」
「撃ってみれば良いわ。それぐらいの覚悟がないとね。言ったはずよ。私を止めたければ、殺すつもりで来なさいってね。そうすれば私も吹っ切れる」
「……っ! そうか、千早ちゃん、まだ望みはあるよね」
「望み? そんな物があると思ってるの? 甘い考えは捨てなさい、春香」
「良かった……また名前で呼んでくれた」
「……っ!」
 驚いて口を塞ぐ。
 さっきメギドラを撃った時、千早は覚悟を決めたつもりだった。春香との決別、友達殺し、そして自分の真人間としての死。それらの覚悟を込めて春香を『天海さん』と呼んだつもりだった。
 だが、まだ覚悟が甘かった。
 口を突いて出たのは、やはり『春香』と言う名前。
 千早は、絶対的に春香を捨てられない。捨てられるわけがない。
 この世でたった一人の大事な友達。家族同様、愛を注げる人。
「でも、そんな春香でも! 弟の敵討ちの邪魔をするなら――っ!!」
 カードを構え、セイテンタイセイを操る体勢に入った千早。
 それを見てミキも構えるが、春香だけは違った。
 穏やかな表情で、しかし確固たる決意の元、その手に持った銃を構える。
「……っ!?」
「は、ハルカ!?」
「千早ちゃん、これが私の答えだよ」
 銃口は己の側頭部を捉えていた。
 わかりやすい、自害の形。
「は、春香、ダメ!!」
「じゃあね、千早ちゃん」
 引き金が引かれ、乾いた音が木霊する。

『この瞬間、貴様は唯一神に反逆したのだ。称えよう、その覚悟と行動を。そして送ろう、新たな命と力を』
 倒れ逝く春香の視界に、最後に映ったのは、間抜けな首かけポーチの姿だった。

*****

「こ、これは……」
 真が現場に着いた時、その光景に絶句するしかなかった。
 中心には呆然と立っている千早。その周りでセイテンタイセイとミキが戦っている。そして、やや真側の地面に横たわっている春香。
「どうなってるんだ……は、春香!」
 春香の異常に気がつき、真たちは彼女に駆け寄る。
 だが春香に反応はなく、ただただ頭から血を流すのみ。
「春香! 春香っ!!」
「い、いや……春香ちゃん……」
「……死んでるわね。殺ったのは多分……」
 イオリが千早を見た時、ミキが如意棒に弾かれて真の傍まで転がってきた。
「いたた、なの。あ、ま、真くん……」
「ミキ、下がってろ」
 ユラリと立ちあがり、真はその手に持っていた剣を抜き放つ。
 千早もまた、真たちに気付き、眉間に力を込めた。
「春香を、殺したな……っ!」
「春香に……春香に……っ!」
 空気が重くなる。
 その上、肌がピリピリと痛む。
 喉が詰まり、筋肉が強張る。
 恐らく、真と千早以外の全員はそんな空気を感じていた。
 身動きが全く取れなかった。
「許さないぞ、千早ぁああああ!!」
「春香に触れるなぁぁああああ!!」
 咆哮と共に、二人が動き出す。
 砂埃を高く舞い上げ、全力で踏み出し、瞬速で間合いを詰める。
 大上段から振り下ろされる真の剣を、なんと千早は素手で刃を受け止め、空いた手で真の腹部を強か殴りつける。
 その衝撃たるや、想像を絶し、何物にも例え難い痛みと圧力が真を襲う。
 ほぼクリーンヒットで受けたその拳。真の身体は嘘の様に吹き飛ばされ、地面を滑りながらなお、朽木を弾き飛ばしながら数十メートルと言う距離を進む。
 その途中で地面に手をつき、素早く置きあがるが、既に千早の追撃は始まっている。
 一跳びで真の目の前までやって来た千早は、後ろ溜めに溜めた拳を一閃、抜き放つ。
 常人では目に止まるような早さではない。その流麗な軌道を描く線にすら見えなかっただろう。だが、真はそれを見て、躱して、なお千早に体当たりを浴びせる。
 反撃のショルダーチャージを受けた千早は多少よろけて退くも、倒れるような事はない。真の狙いも相手にダメージを与える事ではなく、距離の確保だった。
 拳の間合いと剣の間合いは違う。
 体当たりによって出来た間合い。それを活かして、真は次の攻撃に移っていた。
 身体を回転させ、遠心力も味方につけた横薙ぎの一撃。
 空気すら切断しそうなその一閃は、千早の右腕を捉える。
 だが、大木に木刀で挑んだかのような手応えを覚える。実際、千早の腕は斬り飛ばされる事はなかった。
 だがそれでも細身の千早をふっとばす程度の威力は持っていた。
 宙に浮いた千早の体。だが、彼女が手の届かぬ場所に行く前に、真は千早の直上に跳びあがっていた。
 そして襲いかかる一撃。剣の先端が千早の胴を捉えようかと言う所だった。
 千早も座してそれを待つわけもなく、腕を交差してその切っ先を受け止める。
 だが勢いは衰えず、千早は地面に背中を打ち付け、真がマウントを取る体勢になった。
「なぜ、春香を殺した!? 知り合いだったんだろうっ!?」
「お前等が、春香に触るな! 悪魔使いが! 人殺しが!!」
「お前だって、人殺しの仲間だろう!!」
「――っ!?」
 真の言葉を聞いて、千早の目から、一粒涙が零れる。
「うあああああああああ!!」
 大きな泣き声とも取れる叫び。それと同時に、千早は交差していた腕を弾き上げた。
 それによって真の剣は弾かれ、胴に大きな隙が出来る。
 それを見逃さず、どこからともなく赤い棒が高速で伸びてきた。
「……ぐっ!」
 如意棒に突かれ、千早の上から弾き飛ばされた真。
 彼女が起き上がる前に、セイテンタイセイが現れ、如意棒を打ち下ろしてくる。
 それを間一髪で回避し、真は地面を転がって起きあがる。
 追撃を仕掛けて来るセイテンタイセイの如意棒を受け止め、喉を鳴らした。
 これでは二対一。かなり劣勢だ。
「お前に、春香を想う気持ちはないのか! 罪悪感ってモノはないのか!?」
「私は……私は……っ!」
「それで人として生きてるって言うのか!? 心まで悪魔に染まってるんじゃないのかっ!?」
「……っ!」
 その瞬間、千早の中にベルベットルームで聞いた言葉がよみがえる。
 ペルソナは心を移す鏡。幾つもある自分自身の仮面。
 それは時に悪魔であり、神である。
 ペルソナは自分自身であり、ペルソナは悪魔であり、神である。
「私が……悪魔……」
 風に消えてしまうような、千早の呟き。
 彼女の目の色が変わった。

*****

「ど、どうしよう……どうにかしないと……」
 春香の死体を前に、雪歩はいつも通りオドオドビクビクしていた。
 真は千早に吹っ飛ばされ、セイテンタイセイもそれについて行った。
 今の所、この場に脅威はない……が、それは即ち、真が危険と言う事だ。
「どうしたら良いの……わ、私に何が出来るんですかぁ……」
 涙ぐみながら、やはり狼狽するしかない。
 今の雪歩に状況を打開するような術はない。
 春香もどうしようもないし、真を助ける事も出来ない。
「落ち着きなさい! その女はもうどうしようもないわ。それに真の方に行ったとしても、私やアンタじゃ足手まといよ。今は、ここでジッとしてるしかないわ」
「そんな……」
 イオリはミキに回復魔法を掛けつつ、雪歩にも的確な事を言ってくる。
 ピクシーながら有能な悪魔だった。
「それにしても、どうしちゃったの、真のヤツ……。いきなりあんな悪魔みたいな力をつけて……」
「あ、悪魔!? 真ちゃん、悪魔になっちゃったんですか!?」
「そんなわけないでしょ! でも、何かトリックはあるはずよ……。そうでないと普通の人間がアレだけ動けるわけがない」
 明らかな異常。それが真の身に起きていたのは間違いない。
 だが、それが何によって引き起こされたのかは定かでない。
 春香を殺された怒りによって、と言うそれだけでは説明がつかない事の方が多いのだが、判断材料が少なすぎて予測を立てる事も出来なかった。
「……考えるのは後ね。今はミキを治さないと」
「ミキは大丈夫なの。真くんを助けて欲しいの」
「さっきも言ったでしょ。私達が行っても足手まといになるのが関の山よ。悔しいけど、戦力にもなりやしないわ」
 見たのはたった一撃。
 千早に踏み込む真と、それを迎撃する千早。
 だが、それだけで充分なのだ。アレだけでレベルの差を見せ付けられた。
 今、ここを動く事は真の不利になれ、有利には絶対に働かないだろう。
「どうしたら良いんですかぁ……」
 涙を零しそうになる雪歩。
 ……そこに人影が現れる。
「これは、どう言う事なんですか……?」
「あ、貴女は……」
 一行の後ろに現れたのは、プティーブンとその連れの子供だった。
 どうやら家の中でポーチを探そうとしていた所、何故か外まで歩いて来てしまったらしい。
「うっ……」
「その娘……もしかして」
 二人は春香を見つけた様だ。子供はプティーブンの後ろに隠れ、プティーブンは神妙な顔をしていた。
「プティーブンさん、どうにか出来ませんか!? 私に出来る事は……」
「どうにか、と言われても……私には人を生き返すような高位の魔法は使えませんし……」
「人を生き返す魔法……? 悪魔はそんな事も出来るんですか!?」
 ダメ元で訊いたみたのだが、思わぬ答えが返ってきた。
 その魔法を使える悪魔を連れて来たら、春香は助かるかもしれない。
「助かるかもしれない、って言ったって、そんな悪魔が都合よくこの辺をうろついてるとも限らないし、悪魔を使役できる真は今の所、戦闘の真っ最中。こっちに気を使ってる暇なんかないでしょ」
「そ、そうでした……」
 イオリに痛い所を突かれて、雪歩はしょんぼりうな垂れる。
 だがその心は折れていない。
 どうにか出来るなら、したい。自分にも出来る事があるなら、したい。
『ならば手を取れ』
 その時、雪歩の中に声が聞こえてきた。
「……えっ?」
「なによ?」
「い、いえ……」
 どうやら誰かに声を掛けられたわけではないらしい。
 だが、確かに声が聞こえた。
『そなたの身に眠る我が力、解放するが良い』
「……んっ」
 雪歩の体が、突然熱くなった。
 体が火照り、急に全身に力がみなぎる。
 フワフワする高揚感。ザワザワする全能感。
 自分の両手が温かい光を灯し始めた。
「雪歩、アンタ……それって……」
「出来る、気がします……私に」
 その手を春香に向け、静かに念じる。
「私にも何か……出来る事がある」
 囁く様に言い聞かせ、両手に神経を集中させる。
 左の二の腕辺りが少し、痛いぐらいに熱かったが、雪歩は確かな手応えを感じている。
 出来る。このままなら、春香を生き返せる!
「いきます! リカーム!!」
 一際まばゆい光が走り、辺り一面を埋める。
 その光が収まった時……。
「……ぐぅ」
 痛みにもがくような春香の声が聞こえた。
「生き……返った」
「はぁっ……はぁっ……で、出来ました」
「雪歩! アンタ、やれば出来るじゃない! 後は私に任せなさい。傷を回復させるわ!」
 春香の生命活動と致命傷は回復した物の、体中の傷までは治らなかったらしい。
 イオリがその場を引き継ぎ、春香の回復に当たった。
「よ、良かった……。私にも……助けられる。出来る事が、あるんだ……!」
 穏やかな笑みの横で、雪歩は軽く握り拳を固めた。

 だが、プティーブンはその様子に驚愕を覚えていた。
「この娘も魔法使い……。悪魔の血を取りこんだ人間……」
 奥歯を噛み締め、後悔の念を抱かずにはいられなかった。
「うっうー」
 そんなプティーブンの影から、子供が顔を出す。
 辺りの雰囲気が一変したのに気付き、キョロキョロと首を回していた。
 そして、その内に、不自然にポツンと置いてあるポーチを発見した。
「うっうー!」
 子供はそのポーチに飛び付き、嬉しそうに首にかける。
 ……するとその下に何か光る物をみつけた。
 首を傾げながらそれを手にとって見ると、いつかプティーブンが真に渡したマガタマだった。どうやら、さっきの千早の初撃を受けた際、ポケットから零れ落ちたらしい。
 子供がそれを手に取った瞬間、辺りの時が止まった。

「……ん、あれ?」
 春香が目を覚ます。
 死んだはずだった自分が生きている事にも驚きだが、周りにいる人間がみんな、動きを止めているのにも驚いた。
 雪歩、イオリ、ミキ、そして見た事のない女性がいたが、みんな微動だにしない。
「なに、これ……? ここが天国?」
「いや、煉獄だよ」
 春香の独り言に答える声。
 驚いてそちらを振り返ると、小さな子供がいた。
「誰!?」
「敵ではないさ。さっき言っただろう? お前に新たな命と力を授けよう」
「命と、力……?」
「止めたいのだろう? あの娘を」
 言われて弾かれた様に周りを見回す。
 千早の姿がない。
「千早ちゃんは!?」
「あの娘を止めるには、お前はいささか非力だろう。その為の力を、私がくれてやる」
 何を言っているかわからなかった。
 春香が判断しかねていると、子供は急に春香の目の前にやって来た。
「なに、恐れる事はない。痛いのは最初だけだ」
「何を言って……ぐっ」
 強引に顎を掴まれ、口を開けさせられる。
 そして、子供はその手に持っていたマガタマを春香の口の中に押しこめた。
「うっ……」
「これで君は、悪魔になるんだ」

「わっ」
 突然、春香が目を開けて、イオリが驚いて飛び退いた。
「大丈夫、春香ちゃん!?」
 雪歩が駆け寄るが、春香はまっすぐ空を見るばかり。
「春香ちゃん? 春香ちゃん!」
「これは……」
 一歩引いて見ていたプティーブンが声を上げる。
 春香の体に異変が起きていたのだ。
 開けられた目の回りから、指先、足先に至るまで、びっしりと刺青が刻まれていく。
「ど、どう言う事なんですか!?」
「私にもわかりません……」
 雪歩に尋ねられても、プティーブンには明確な答えが無かった。
 困惑している周りを置いて、春香は事も無げに起き上がる。
「は……春香ちゃん?」
「……これが」
 春香は自分の手を見て、薄笑いを浮かべる。
 その心中は喜びなのか、それとも別の感情なのか。
「これが、悪魔の力」
「はい?」
「ううん、大丈夫よ、雪歩。心配しないで」
 春香はそう言いながら立ちあがり、軽い屈伸をして見せる。
 その後も軽く飛び跳ねる春香を見て、雪歩も安心した様だった。
「だ、大丈夫なんだね、良かった……」
「ありがと。雪歩のお蔭なんでしょ?」
「う、うん。私だけの力じゃないけど……」
「このイオリちゃんにも感謝しなさいよね? 私のディアがなきゃ、アンタ今頃死んでるんだから」
「羽虫に下げる頭は持ってないわ」
「なんですって、この……っ!!」
「い、イオリちゃん、抑えて!」
 雪歩に捕まえられながら、イオリは両腕をバタバタつかせていた。
 とりあえず、春香も生き返って、めでたしめでたし、と言った雰囲気の中、それをぶち壊すかのように轟音が響く。
 弾丸か何かの如くに飛んできたのは、真だった。
「ぐっ……」
「ま、真ちゃん!?」
「雪歩……危ないから、下がってて!」
 真の言葉が終わるや否や、セイテンタイセイが飛んで来て如意棒を打ち下ろす。
 真はそれを回避し、その場に立ちあがる。
「これほど力が増すなんて……千早に何があったって言うんだ」
「千早ちゃんがどうしたの?」
「……は、春香!?」
 真のすぐ横に立っていた春香の姿を見て、真は目を疑った。
 確かにさっきまで死んでいた春香が、ピンピンしてそこに立っているのだから、無理もない話ではある。
「マハラギオン!!」
 どこからか声が聞こえ、それと共に幾つもの火球がこちらに向かって飛んで来ていた。
 真はそれを斬り飛ばし、雪歩達は雪歩とプティーブンが防御魔法を唱えて凌ぎ、春香はそれを握り潰していた。
「今の声……千早ちゃんだね」
「……は、春香!?」
 遅れてやってきた千早も目を疑う。
 驚きを隠しきれない千早に、春香は笑みを向けた。
「どうやら私の読みは外れたようね。こんな事になるなんて……」
「春香、どう言う事なの?」
「出来れば千早ちゃんを止めたかったんだけど……。でも今度はちゃんとやるよ」
「嘘……だったの?」
 両手を広げる春香を見て、千早は構えていたカードを下げる。
 それを見て真も気を抜き、剣の切っ先を地面に落とした。正直、疲労困憊だったのだ。
「……お芝居だったんだ?」
「うん……そう言うつもりじゃなかったんだけど、結果的にはそうなっちゃった」
「……そう。なんだ……春香は……」
 千早の拳が握られる。
 雰囲気が一変して、ザワリ、と背筋が凍る様だった。
「春香は騙したんだ。私を弄んだのね。あんなに心配したのに。あんなに辛かったのに。それなのに嘘でした? ふざけるのもいい加減にして」
「千早……ちゃん?」
「もう良い。もう信じない! 私の前から、影も残さず消してやるっ!!」
 千早がカードを掲げると、セイテンタイセイが春香に向かって飛ぶ。
 如意棒を突き出し、そのまま猛スピードで伸ばしてくる。が、春香は片手でそれを抑えた。
「あぁ、もう。なんでこうなるのよ!」
「春香!」
「真! 貴女はこの猿をどうにかしなさい! 私は千早ちゃんの相手をするわ」
「え、え!?」
 春香は握った如意棒を振りまわし、セイテンタイセイごと真に放って渡してきた。
 千早はその状況に喉を鳴らし、セイテンタイセイを操りつつ春香に飛びかかる。
「春香ぁ!!」
「千早ちゃん、冷静に私の話を聞いて!」
「うるさい!」
 千早の拳を受け流しつつ、春香は必死に訴える。
 望んだ事は、こんな展開ではない。
 結局真と千早は戦いを始めてしまったし、千早は今もその凶行を止めようとしない。
 春香の言葉には耳も貸さず、さっきよりも状態は悪化している様にも見える。
 それに……
「目の色が……違う」
 千早の目の色が変わっていた。
 その色からは人の温もりは感じられず、ただ殺意と狂気ばかりしか発していない。
 春香は千早の突き出した腕の手首を掴み、更にもう片方の拳も受け止め、握る。
「ぐっ……!」
「どうしちゃったの、千早ちゃん! 何があったって言うの!?」
「うるさい! 話す事なんかないわ!」
「落ち着いて、まず深呼吸しよ?」
「……ふざ――」
 手首を握られている方の手の平が、春香の顔に向けられる。
「――けるなぁ!!」
 次の瞬間、その手から爆炎が吹きあがり、春香の頭に直撃した。
 その隙に千早は春香の手から逃げ出し、距離を取る。
 放った魔法は直撃した。これなら仕留められたはず……千早はそう思っていた。
 だが……。
「ちち……油断したなぁ」
「っ!? なんなのよ……っ!?」
 仕留めるどころか、春香はピンピンしていた。
 頬に多少汚れが見えるぐらいで、髪の毛の一本も焦げていない様に見えた。
「春香、貴女一体……!?」
「え? ああ、うん。なんか、悪魔の力を手に入れちゃったみたい。望んだわけじゃないけど、これなら千早ちゃんを止めるのも楽になるかなって」
「悪魔の……力?」
「ええ、どこの誰にだかは覚えてないけど、貰った物は有意義に使わせてもらうわ」
 悪魔の力を受け取った時の記憶は驚くべきスピードで劣化していた。
 他の記憶は今も普通に思い出せるのに、誰にこの力をもらったのか、ほとんど思い出せないでいる。だが、言葉だけは鮮明に覚えているのだ。『新たな命と力』。それがこの悪魔の力。
「春香が……悪魔に……?」
「もう一度言うよ、千早ちゃん。敵討ちなんか止めよう? そんな事に意味なんかないよ」
「どうして、春香はそこまでして……」
「決まってるじゃない。千早ちゃんが友達だからだよ。大事な友達だから、止めたいの」
「友……達……」
 千早の目の色が、一瞬揺らぐ。
 いつものクールだけれど、その奥に暖かい光と強い信念を灯した、千早の目に。
 だがそれも一瞬。千早は首を振って考えを紛らわす。
「違う! 私はもう信じない! ……友達だった春香は、死んだわ。そして貴女の友達であった如月千早も死んだ! ここにいるのは私と言う悪魔と、春香の姿をした悪魔だけ!」
「そんな事ない! 私も千早ちゃんも、ちゃんとここに生きてる!」
「それは偶像よ、実体ではない。……春香、この場は見逃すわ。でも、次にあったらその時は……」
「千早ちゃん!」
 千早はセイテンタイセイを呼びつけると、その背に乗り、そのまま何処かへ飛び去ってしまった。
「……私は、諦めないよ」
 空を眺めながら、春香はそんな事を呟いた。

*****

「春香ー!」
 一人で佇む春香の許に、真たちが駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「ええ、この力、思った以上に強力みたい。これじゃ流石に人間とは呼べないわよ……ね……」
 フラリ、と視界が揺れる。
 気が付いたら足から力が抜け、春香は倒れこんでしまっていた。
「は、春香!?」
「……これは」
 後ろで様子を窺っていたプティーブンが声を上げる。
「何かわかるんですか?」
「……その娘のマグネタイト量が減少しています。悪魔と同じように、この現界に姿を維持するのにマグネタイトを消費しているんでしょう。すぐにどこからか供給しないと、スライム化してしまいますよ!」
「そんなっ! でも供給って言ったって……」
「アンタがこの女のサマナーになれば良いじゃない」
 真の周りを飛んでいたイオリがそんな事を言う。
 確かに契約を結べば、その悪魔はサマナーからマグネタイトを得る事が出来る。
「……今は手段を選んでる暇はないか……春香、それで良い?」
「う……気分が悪い……。何とかしてくれるなら、それで良いわ……」
「じゃあ、契約するよ」
 真はGUMPを起動して、悪魔との契約プログラムを起動する。
 春香との契約はつつがなく終わり、ここに契約は成立した。
「よし、じゃあ一度、みんなGUMPの中に戻って」
 そう言って真はイオリ、ミキ、そして春香もGUMPの中に送還した。
 これでなんとかマグネタイトの消費は抑えられるはずだ。
「バッテリーの中のマグネタイト量にはまだ余裕があるな……」
「ですが、あの娘は強力な悪魔になったみたいですし、油断は禁物です。強い悪魔ほどマグネタイトの消費量は多くなりますから」
「そうなのか……。わかった、気をつけるよ」
 プティーブンに忠告され、真は素直に頷いていた。
 真はプティーブンにも既に一定の信頼を置いているのかもしれない。
「これで一応落ち着いたのかな……。プティーブン、悪魔を押し戻す方法って言うのを聞かせてもらって良いかな?」
「え? ……ですが……いえ、わかりました。教えましょう。ここではなんですから、もう一度屋敷に戻りましょう。そこでお話します」
 そう言うプティーブンに連れられ、一行は再び幽霊屋敷へ戻っていった。
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