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真・菊地探偵事務所 エピローグ

エピローグ

 声が聞こえる。
 誰かが呼んでいる。
 これは……。


「真ちゃん!」
 真が目を覚ますと、目の前に涙目になった雪歩がいた。
「雪歩?」
「真……ちゃん……」
 雪歩は溜めていた涙をポロポロ零し始めてしまった。
 彼女の背後にはちょっとオドオドしている美希も見える。
 何があったのか、と真は頭をめぐらせた。

 ここは菊地探偵事務所のオフィス。なんて事はない、ただのしなびれた雑居ビルの一室だ。
 何も変わらない、いつも通りの部屋、いつも通りの顔ぶれ。
 ただちょっと違ったのは、雪歩が涙目だったことだけ。
「どうしたの? 雪歩、何かあった?」
 真が尋ねるのに、しかし雪歩は笑って首を振る。
「ううん……おかえり、真ちゃん」
 どこにも行っていないのに『おかえり』と言われるとは思っていなかったので、真は少し面を食らってしまったが、次の瞬間には自然と言葉が口を突いていた。
「うん、ただいま、雪歩」
 そうして、二人は通じ合ったように笑った。

 そこにいた誰も気付かなかったが、オフィスのドアが開いてあった。
 その隙間から、手が伸びる。
 綺麗な白い手は、入り口の傍にあった棚においてあるお香の鉄器を持ち去り、そのまま消えていった。
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テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 三章 13

13 明星

 カグツチ塔の最上階ももうすぐ、と言うところで、急に雪歩が足を止める。
「ま、真ちゃん」
「どうしたの、雪歩? あ、もしかして、またチューナーの力が!?」
「ううん、違うの……」
 雪歩には見覚えがあったのだ。
 この場所、この踊場で、二体の悪魔と戦った事を。
 一人は雷神、もう一人は豹頭の堕天使。
「これって……私は……ううん、真ちゃんは覚えてないの?」
「覚えてるって……何を?」
「前にここで……」
「だ、ダメなの、ユキホ!」
 そこで慌ててミキが止めにかかった。
「それはマコトくんが思い出さなきゃダメな事なの!」
「でも……このままじゃ真ちゃんはまた……」
「でもダメなの! そうじゃないと意味がないの!」
 困惑する雪歩だが、しかしこのままではまた真が死んでしまう。
 そう思ったなら、最早口に戸は立てられなかった。
「真ちゃん、このままじゃ――」
「そこでストップ」
 しかし、またも邪魔が入る。
 今度はミキではなく、前方に立っていた人影から。
 その声の主はどうやら少女。見覚えのあるかえるのポーチをぶら下げた、ツインテールの女の子だった。
「君は……やよい?」
「うっうー、お久しぶりです、真さん!」
 やよいは片手を上げて元気良く挨拶する。
 だがしかし、それは妙だ。
 あずさの話では、やよいはトラウマによって言葉を失くしたはず。
「喋れるようになったのか?」
「そうですよー! お陰さまで、私も心の傷を克服する事が出来たんです!」
 何があっても驚かない自信はあるが、しかしだからと言って全てを受け入れられるわけではない。誰かに何かしらの変化があれば、動揺はせずとも警戒してしまう。
 何故ならば、やよいがたった一人で、このカグツチ塔最上階付近にいる事が、まず何よりも怪しいのだから。
「君は一体何物なんだ?」
「……察しがいいですね。流石は真さん。でも、その割には未だに気付いていないのは貴女だけですよ?」
 気付いている、と言うのは仲魔たちの変化の事だろう。
 ミキは最初から何かを知っていたようだし、ホルスもそうだった。
 イオリは途中で何かを思い出したようだし、雪歩もついさっき。
 ヒビキは例外としても、今のところ真だけ『その記憶』がない。
「思い出す機会は幾つもあったはずです。いいえ、真さん自身、何か記憶に引っかかる事があったんじゃないですか?」
「……君は何を知っている?」
「この世界の事は全て。今まで貴女方が歩んできた道、そしてこのボルテクス界の終わり行く先も全て、私の思うとおりに進んでいます」
 まるで神でも気取るかのようなやよいの口ぶり。
 しかし、やよいの表情にふっと影が落ちる。
「ですが、一つだけ手違いがあるんです。それが真さんの記憶ですよ」
「ボクの、記憶?」
「出来るだけ記憶に刺激をもたらしやすい構成にしたのに、それでも貴女は全てを思い出してはいない。それはつまり、貴女はどこかで思い出すことを拒んでいるんです。ですが、それではダメなんです。それではこのボルテクス界は意味がない」
 言いながら、やよいは腕を前に出す。
 すると雪歩、ミキ、イオリ、ホルス、ヒビキの身体が淡く光り始めた。
「な、何これ!?」
「キモチワルイの!」
「どうなってるんさ!?」
「ま、真ちゃん!」
「雪歩、みんな!!」
 雪歩が伸ばす手を、真が掴もうとした瞬間、全員の姿は青い光となって消え、そのままやよいの手の中に収束した。
「真さん、これは貴女に課した試練です。貴女がその器たるか否か」
「みんなを帰せ!」
 真はヒノカグツチを掴み、そのままやよいに斬りかかる。
 しかし、その刃は見えない壁に阻まれる。
「ぐっ!?」
「試練を乗り越えた後、記憶も取り戻してみて下さい。そうすれば仲間は全て返しましょう。しかし、そうでないならば、貴女はまた全てを取りこぼす事になる。これは私が送る、最後のチャンスです。しっかり活かして下さいね」
「なにを……!?」
 真の言葉を遮るように、やよいは指を鳴らす。

*****

 その瞬間、真を取り巻く環境がガラッと変わった。
 そこにあったのは、懐かしき菊地探偵事務所、そのオフィスだった。
「こ、これは!?」
 しかし、真の手にはGUMPもヒノカグツチもある。
 全て夢オチ、と言うわけには行かないだろう。
「なんなんだ、一体……」
 真が周りを窺っていると、部屋の隅に雷が落ちる。
 その雷によって呼び出されたのは、インプだった。
「か、下級の悪魔か? どうしてこんな所に」
『キー、キー!』
 GUMPを持っていても悪魔の言葉がわからない。
 これは、交渉の余地もないと言う事だろうか。
『キー!!』
 真が様子を窺っていると、インプは腕を突き出して魔法を操る。
 発生した衝撃波が、オフィスの中にあった家具を吹き飛ばして真に襲い掛かってきた。
 しかし、真はそれを易々と避け、
「そっちがやる気なら!」
 カグツチを閃かせて、インプを切り裂く。
『キー……』
 インプはマグネタイトを吐き出して、そのまま死んでいった。
「あのインプ……見覚えがある。アミとマミが操っていたヤツだ」
 真の記憶のドアを叩く音が一つ。

*****

 記憶の尻尾を掴む前に、またも場面が変わる。
 ここはバンナム社長室。
 そこに居たのは、青い炎をまとった蛇の神。
「あれは……千早のペルソナ」
 あのペルソナはイルルヤンカシュ。確かに千早のペルソナだった物だ。
 しかし、今は真に向けた敵意を隠そうともしない、ただの野良悪魔の様だ。
『グルルルル』
 低く唸りを上げるイルルヤンカシュは、そのまま真に飛び掛る。
 大顎を開けて噛み付こうとする悪魔を、真はすんでの所でかわし、床を転がる。
「問答無用か! だったら……!」
 またもカグツチを振るい、イルルヤンカシュを切り倒した。
「はぁ、はぁ……なんなんだ、一体。どうなってるんだ!?」
 この社長室にも見覚えがある。
 確か、あの壁を破って現れた人物がいたはずだ。
 そもそも、真がここに来た理由も確か……

*****

 息もつかせず、次の場所へ移る。
「うう、酔っ払いそうだ……」
 次々とめまぐるしく変わる風景に、乗り物酔いに似た気分を味わう真。
 今度の場所はHRインフォメーション。
 そこに現れたのはエイの姿をした堕天使。
「フォルネウス……確か、雷に弱いんだったな」
 情報を反芻しながら、今度は真から打って出る。
 どうせあの悪魔も、こちらの都合などはお構い無しなのだろうから、ならば先手必勝だ。
 カグツチの一振りで、フォルネウスも打ち倒した。
「確か、ここで雪歩は」
 悪魔の血を混ぜられて帰ってきた。
 そして、気づいた時には彼女は魔法を操る事が出来ていたのだ。

*****

 次の場面はあずさの屋敷。
 そこに現れたのは雲に乗った大猿、セイテンタイセイである。
「これも千早のペルソナ……」
 セイテンタイセイは素早さを生かして真に近付き、手に持っていた如意棒を振るって襲い掛かる。
 しかし、あの時は全く歯が立たなかったが、今はそうではない。
 魔人として完全に覚醒している真なら、セイテンタイセイの速さの先を行く。
「遅いッ!」
『ウキーッ!』
 打ち込んできたセイテンタイセイの頭上を飛び、そのままカグツチを振り下ろして倒す。
「ここは春香が人修羅に覚醒した場面……」
 真の記憶の扉がドンドンと開いていく。
 あずさの屋敷の中で戦った事はないはず。見た事のないシーンのはずなのに、何故だか既視感を覚えている。
 これは一体なんなのか、

*****

 その答えが出ないまま、次の場面に移る。
 ここはバンナム地下、ターミナルの前だった。
 そこに聳えていたのは巨大な神、ラーヴァナ。
「コイツは……」
 雪歩を守る為に戦っていた真。
 しかし、雪歩は共に戦う事を選んだ。
 真もそれを受け入れ、みんなで力を合わせて倒した敵。
 ズキリ、と頭が痛む。
「思い出したくないのか、ボクは……」
 頭が記憶の流出を拒んでいるようにも思える。
 この拒否反応は一体なんなのか、真の知る由もない。
「くそっ!」
 ラーヴァナすらも一刀の元に切り伏せ、真は頭を抱えてうずくまった。
「なんなんだ! ボクに何をさせたいんだ、やよい!」
 しかし、答えが来るはずもなく、次の場面へと移る。

*****

 次はイケブクロ。真は入った事もないはずのマントラ軍本営だった。
「でも、見覚えがある」
 既視感が強くなるたびに、頭痛も酷くなる。
 この先の記憶が見たくない、と本能が叫んでいるようだった。
 真の前に立ちはだかったのは、雷神トール。
 その前には不自然な水溜りが出来ていた。
「これは……」
『構えろ。強さを示せ』
 トールは低く響く遠雷の様な声でそう言い、真に向かってミョルニルを振り下ろす。
 しかし、真は頭痛を抱えながらもそれを避けた。
「まさか……こんな……」
 記憶が告げる。あの水溜りの正体を。
 あれはミキが溶けた跡。つまり、死んだ証拠である。
「うああああああああ!!」
 それを理解した瞬間、カグツチは強く燃え猛り、その炎でトールを包み、焼き殺した。
 トールが消し炭になった後も、真の頭痛は止まない。
「くそ、どういうことだ! ミキは、死んだのか……!?」
 やよいの手の中に吸い込まれたミキ。しかし、あれは死んだのだろうか? どうにもそうとは思えない。
 このビジョンも他の何かを意味しているのではないか、と、そう思えて仕方ないのだ。

*****

 続いてはヨヨギ公園。
 決意の場所、共にいると誓った場所。
 そこに居たのは少年のような背丈の妖精と、鋭い槍を構えた美形の騎士。
「ボクは、何を忘れていたんだ……」
 記憶の扉が完全に開かない今、何を忘れていたのかも思い出せない。
 しかし最早『忘れていた』と言う事実は否定し得ない。
「思い出すべきなのか? これほど本能は嫌がっていると言うのに……ッ!」
 頭痛はその激しさを増すばかり。
 しかし、悪魔たちは待ってはくれない。
 騎士の補助魔法によって、妖精の攻撃は鋭さを増し、更に連携を使って真に襲い掛かってくる。
 だが、それでも真の敵ではない。
 カグツチを振るって二体を薙ぎ払い、頭を押さえる。
「ボクはここで、雪歩の手を取った。そして、一緒にいるって約束したんだ」
 扉の置くから漏れてきた情報。
 それは紛れも無く、真の記憶。
「こんな大事な事を忘れていたのか、ボクは……だったら」

*****

「ボクは全てを思い出す。取り戻してみせる!」
 次はアサクサの地下にあるマネカタの聖地、ミフナシロ。
 そこに現れたのは、またもトール。そして、その傍らには豹の頭の堕天使が。
「二体だって構うもんか! ボクの邪魔をするなら、押し通る!」
 カグツチを構え、一気に二体に斬りかかる。
 大した抵抗も出来ずに、悪魔二体は切り裂かれ、そのまま崩れ落ちるか、と思ったのだが。

*****

 しかし、場面が変わると同時に、二体は再び起き上がる。
「くそっ、浅かったか!」
 真が周りを窺うと、その風景はカグツチ塔のモノになっていた。
「ボクは以前にもここを上った事があるのか……。ぐっ、うう」
 頭痛がまた一段階強さを増す。
 これ以上行くと引き返せない、と誰かが呟くように言った。
 しかし、真はもう決めたのだ。全てを取り戻す、と。
「うおおおおおおお!!」
 言う事が聞かなくなっている身体に鞭打ち、真はカグツチをもう一振り、閃かせた。
 トールと堕天使が消え去る。

*****

 そして最期の地へと至る。
 ボルテクスの中心、カグツチの目の前。
『我は無なり』
 カグツチはそう言った。
『そしてお前もまた、無に帰す者なり』
「な、なにを……」
 カグツチは今までの悪魔とは雰囲気が違った。
 すぐに真に襲い掛かってくるようではない。
『無理に創世を行った代償で、お前は命を燃やし尽くしたはず。しかし何故、今一度我が前に立つのか』
「ボクが、死んだ……!?」
 腹の中が胎動した。
 胃液が逆流しそうになる。
 頭痛が全身に伝播し、指先まで動かせなくなってしまった。
「ボクは、死んだのか……」
 それは究極のトラウマ。
 自分が死んだ記憶。
 死の恐怖、喪失感、虚無感、何もかも等しく、それらはその人物にとって最悪の絶望たり得る記憶。
 誰だって思い出したくはない、禁忌の箱となる。
 それを今、真は思い出したのだ。
『答えろ、人であり、人にない者、魔人よ』
「ボクは……どうして、ここに居るんだ」
 自分でも答えを見出せなかった。
 真は全て思い出したのだ。
 以前、ボルテクス界を踏破し、その先にあった『不完全の創世』と言う絶望。
 それを完全なものにする為に、真は魔人の力と自分の命を賭して、完全な創世を成し遂げたはずだった。
 代償はわかりやすく『死』。
 それも払い終えたはずだ。
 昼時の、事務所の椅子で、真は静かに生を終えたはずだった。
 だが、だとすれば何故、こんな夢を見ているのか?
「私が答えましょうか?」
 そこに現れたのはやよいだった。
「や、よい……?」
「率直に言いましょう。真さんに力を貸す人物がいたんです。酔狂と呼ばれようと、その人物は貴女を生き帰すつもりなんです」
「ボクを生き帰す? そんな事が、出来るのか……?」
「貴女がそれを望むのならば」
 そう言ってやよいは手を差し出した。
 そこには青い光が宿っている。
 先程吸い込まれた、雪歩たちだ。
「彼女たちは貴女の死を、酷く悼まれている。それは貴女が愛されている証拠。彼女たちの思いを無下にしてまで、貴女は死を選びますか?」
「だってそれは……人が生き返るなんて、あってはならないことだ」
「それはどうしてです?」
 やよいは無垢な瞳で真の顔を覗き込んだ。
「人が生き返らない、って誰が決めたんですか?」
「それは……常識だ」
「常識とは覆らないルールなのですか? いいえ、それは違います」
 そう言って、やよいはポーチから一つの鉄器を取り出す。
 そこから溢れる煙は、不思議と心地の良い匂いがした。
「常識とは即ち、神の敷いたレールに人間的な解釈を織り交ぜたものに過ぎません。それは実は酷く脆く、覆りやすい幻想のボーダーラインでしかないんですよ」
「そんな……バカな……」
「真さん、私はね」
「やよい……?」
 真の視界がぼやけてきた。
 煙を吸ったからだろうか? 何か危ない薬だったのかもしれない。
 やよいの背後に、なにやら背の高い人影を見た気がしたのだ。
「神に反逆する人を応援したい、とささやかに思いますよ」

*****

 カグツチの目の前からは、真はいなくなっていた。
 残ったのはやよいとプロデューサーの思念体のみ。
『あれでよかったのか? あれがお前のしたかった事かよ?』
「ふっ、これは単なる返礼だよ」
 年恰好に似合わず、皮肉めいて笑うやよい。
 その姿にプロデューサーは不気味さを感じずにはいられなかった。
『返礼? なんのだよ?』
「前回のボルテクス界は、手駒を揃える事は叶わなかったものの、そこそこ楽しめた。それは彼女があってこそだったと、私は思う。だから、その暇潰しに最大の功績を残した彼女を、私なりの礼として、今回のボルテクスを作ったのさ」
『ボルテクスを作った? お前が?』
「そう、このボルテクスも、彼女が今まで会って来た全ての存在も、君も、これら全ては彼女が見ている夢に過ぎない。そして私はそれをプロデュースしただけの事だよ」
 クツクツと笑うやよいは、やっぱり似合わなかった。
「さて、では私の暇潰しもこれでお終いだ。ボルテクスもその内、終息を向かえるだろう」
 先程までの嫌味たらしい笑顔は消え、やよいは子供らしい笑顔でプロデューサーを見た。
「君も最後の時を望む場所で、望む人と終えるが良い」
『……お前がそんな事を言うとはな。正直意外だ。裏があるのかと勘繰りすらしてしまう』
「ふふ、疑われるのも無理もないとは思う。だが、本心を言ってしまえば、この世界なんて彼女の夢でしかないのだから、私にとって何の益もないのだよ。そんな世界をさまよう魂に対し、どこへ行こうと関心も向かないね」
『だったら何故、俺をここまで手元に置いていたんだ?』
 プロデューサーの問いに、やよいは一度クスっと笑い、
「さてね。君とはよくよく縁もあるから、と言う理由なのかも知れん」
『縁……?』
「平行世界では君と出会う事も多い。故に、と言うのが理由になるだろうね」
『そんな理由で……』
「暇潰しの理由に高尚さを求めてはいかんよ。……さぁ、時間も押し迫ってる事だし、君も行くと良い」
 その言葉の直後、プロデューサーの魂を束縛していたものが掻き消える。
 ふわりと浮く思念体と言う存在が、初めて不安定でどことも知れぬ場所へも消えてしまいそうな、実は怖い身体だったと知る。
『じゃあ、お言葉に甘えて俺は行かせてもらうよ』
「そうするといい」
『でも、最後に』
 プロデューサーはやよいに向けて手を差し伸べた。
『アンタの事はやっぱり好きになれないし、絶対に心も許せないと思うけど、色々為になる事もあったし、俺がこの世界でここまで生きてこられたのも、アンタのお陰だと思う。ありがとう』
 その行動に少し面を食らったか、やよいは一瞬目を丸くした後、小さく笑ってその手を取った。
「こちらこそ、有意義な時間をありがとう。この暇潰しも、君がいなければ退屈なモノになっていたかもしれない」
『それは過大評価だ』
「そうかもしれないな」
 二人は同時に笑った後、手を離し、プロデューサーはカグツチ塔の中へ消えていった。
「さて、私は祭りの最後を見届けよう」
 やよいはカグツチの目の前から飛び立ち、どこかへ消えていった。

*****

 オベリスク最上階付近。
「う……ん」
 そこで目を覚ましたのはあずさだった。
 彼女が目覚めた事に気付き、シジョウは彼女に近付く。
「目覚めましたか、三浦あずさ」
「……貴女は……」
「私は葛葉シジョウ。葛葉のデビルサマナーをやっております」
 葛葉と聞いて、あずさは一瞬眉をひそめる。
 この事件の原因の一旦は、元を辿れば葛葉にある。
「貴女たちがあの資料を流出させなければ……」
「このような事態は免れましたか? 私はどうしてもそうは考えられませんね」
 シジョウは周りに悪魔がいなくなった事を確認した後、仲魔を管に戻し、剣を収めた。
「遅かれ早かれ、ボルテクス界は生まれたでしょう。我ら葛葉が行動を起こさずとも……いいえ、ヤタガラスが指示しなくとも」
「どういうこと……?」
「世界は終わり行く運命を変えられずにいた。それの打開策がこのボルテクス界なのです。今回は葛葉の人間と知り合いであった音無と言う人物に資料を渡しましたが、それが誰であろうと構わなかったのです」
「では、貴女たちは誰にでも資料を渡したと言うの!? それではテロと変わらないわ!」
「どうでしょうか? 貴女は何の前知識もなしに、私たちの資料を読んで理解できますか?」
 葛葉の資料に書かれていた内容は、魔術書とほぼ変わりない。
 それは一般人が読んでも意味のない文字の羅列でしかない。もしくは笑いモノでしかない。
 実際、なにも知らないプロデューサーや高木などは、小鳥の熱心な姿を見せられても、半信半疑のスタンスを変えなかった。
「事実、ヤタガラスからの指示で流出させた資料は二十にも及びます。しかしそれが正しく理解されたとの報告は僅か三件。内の一件が音無家の息女によって引き継がれ、この様な形で実を結んだ。ただそれだけの事です」
「……だったら私は、やはり貴女たちを好きになれません」
 それは世界的な視点から言えば正しい行いだったのかもしれない。
 しかし、一個人的な視点で言えば、それはまさしく悪だったのだ。
 この事件によって、あずさの人生は確かに道を外れたし、彼女の周りの人間も多大に道を狂わされた。酷い場合は死にもした。
 近しい人の死とは、その原因に悪を見出すのにこの上はないのだ。
 ならばあずさが葛葉を恨む道理は通る。
「貴女が私を嫌う理由を否定はしません。葛葉を肯定しろとも言えません。私は貴女の意思を尊重し、それで少しでも貴女の慰みになるなら、それで構いません」
「そんな事を言われたら、何も言えなくなるわ」
「……そうですね」
 あずさにもわかっている。
 組織に属しているシジョウ個人を恨んでもどうしようもない。
 それに葛葉とて、ボルテクス界を作るなんてリスクの高い策は下策としていたはずだ。
 下策を取らざるを得なくなったわけは色々あるのだろう。葛葉を『他者を省みぬ悪者』と呼ぶのは憚られる。
 それに、以前もあずさは大を生かす為に小を見殺しにする策を、真に提案した事もあった。葛葉のことだけを論う事はできまい。
 だから、必要以上に憎む事もしないし、恨みもしない。
 残ったのはボルテクス界で生き残れなかった事実と、亡き人への謝罪の気持ちだけ。
「プロデューサーさん……私は……」
『あずささんは頑張ってくれましたよ』
 そこへ、思いがけない声が届く。
 あずさの目の前に青白い光が現れたのだ。
 すぐにシジョウは剣を構えたが、どうやら光に敵意はないようだった。
『葛葉の人だろう? 俺は何もしないよ。って言うか、思念体じゃ大した事は出来ない』
「思念体……貴方は?」
「プロデューサーさん!?」
 あずさが思念体に手を伸ばすが、実体のない思念体を触れる事は出来なかった。
「プロデューサーさんなんですか!?」
『そうです。えっと……久しぶりです』
「そ、そんな普通の挨拶……」
 なんだか一気に気が抜けてしまった。
 輪郭のぼやけた思念体ではあるが、プロデューサーの顔はどこか笑っているようだった。
「プロデューサーさん、今まで一体、どこで何を……?」
『色々と、話すと長くなるのでいつかゆっくり話しますよ』
「……そうですね。私はもう、貴方に会えないんじゃないかと、ずっと心配で……」
『あずささん……ありがとうございます。でもこれからはもう、離れませんから。ずっと、貴女の傍にいます』
「本当ですよね? 約束ですよ? ずっと、私の隣に……」
『はい、約束します』
 プロデューサーは小指を差し出す。
 あずさも笑って、その小指に自分の小指を絡めた。
 実体のない思念体との指きりには、何の感触もなかったが、あずさはそれでも嬉しかった。
「仲がよろしいのですね」
「あ、シジョウさん……」
「私は少し、席を外しましょうか?」
「だ、大丈夫です!」
 この殺伐としたボルテクス界で、少し、場が和んだようだった。

*****

 カグツチ塔の中層。
 床に座った春香の膝の上で、千早が寝息を立てていた。
 ここまで気を張って突っ走ってきたツケが来たのだろう。精神力も使い果たして、今はただ眠りこけている。
「アホ面で寝やがって。ここはまだ悪魔もいるんだぞ」
「千早ちゃんが寝てる間、見張りは頼んだわよ、モムノフ」
「へいへい……」
 モムノフは二人を見ながらため息をついた。
 今のところ、道反玉を使ってスパルナを蘇生したものの、まだ本調子でない。故に戦力になるのはモムノフだけだ。
「そう言えばアンタ、千早ちゃんの事を知ってたようだったけど、結局なんだったの?」
「あ? 俺だけが特別ってワケじゃねぇさ。お前だって同じだよ」
「私も?」
 確かに春香も千早の事は知っていたが、会った事もないモムノフが千早の事を知っているのが特別ではないのだろうか?
 そして、それが春香も同じとはどういう意味なのだろうか?
「ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
「お前も、何かきっかけがあれば思い出すんだろうが……まぁ、もう時間もないだろうしな」
 真くらいの強さを持った存在となると、離れていてもその位置は知れてしまう。
 しかも創世の器は既に真しかいなくなっているのだ。とすれば、ボルテクス界で真一行は最強と言って良い事になる。
 そんなパーティの居場所が、カグツチ塔のてっぺん近くとなれば、もうすぐこのボルテクス界は創世を経て消えていくだろう。つまり、悪魔は全て滅し、真の築く世界が出来上がる。
 ならばもう、モムノフが語る時間もそう多くはない。
「ぶっちゃけた話、この世界、ボルテクス界やその前の世界を含めて全てが、誰かさんの夢なんだそうだ」
「……いきなり信じられない話ね」
「だったら、この話は終わりだな」
 モムノフの切り返しを受け、春香は思い切り睨みつけてやったが、あまり効果はなかった。
「続けて」
「……この世界を形作ってるのは、大半はその夢を見ている誰かさんの記憶、そして世界の記憶、残りの極々僅かな成分が俺やお前って事だ」
「良くわからないわ」
「だろうな。俺も実のところは良くわかってない。この世界に放り出される前に、とあるお方に話をチラッと聞かされただけだし」
「とあるお方って誰よ?」
「情報の出本は関係ないだろ。それを聞いたところで真偽の確証を得られるわけでもない」
 その『とあるお方』が春香の知らない人物だった場合、その情報の価値に変化は見られないだろう。だとすれば、モムノフの言う通り、情報の出本は必要ない。
 元情報屋としては、それでは不安も残るだろうが、とりあえずは話を聞く事にしよう。
「この夢は少々特殊でな。普通、個人の夢ってのはその人間が持つ記憶だけで構成される。でも今度の夢はそこに世界の記憶が混じってるんだ」
「その世界の記憶ってなんなの?」
「夢の世界の外側、つまり本来、夢を見ている本人が生きている世界だな。その世界が有する色んな記憶を、今回の夢は取り込んでるのさ」
「つまり……どゆこと?」
「夢を見ている本人すら知りえない情報が、夢を構成する要素として混じってるんだ。恐らく、夢を見ている当人なんかは、俺の記憶なんざ知らないだろうし、知る由もないだろう。だとすれば、俺がここにいる理由ってのは、その世界の記憶から引っ張ってきた、って事だな」
 つまり夢を見ている人間が会った事もない、喋った事もない、見た事もない人物が夢に登場してしまうのだ。それは夢の中で創作された人物ではなく、実在する人物を正確に模写しているのだから、普通の夢ではほとんどありえないと言える。
「それだけで既に、この夢はかなり特殊なモノなんだが、それに加えてもう一つ、俺たちの存在がある」
「千早ちゃんの事を知っている理由ね?」
「そう。俺たちも基本的には世界の記憶の一部って事になっているが、それに加えてもう一つ、現実世界に存在する俺たちの『魂の欠片』を有しているんだ」
「魂の、欠片」
 春香は自然と自分の胸を押さえていた。
 どこか、その言葉に引っかかりを覚えたのだ。
「その言葉、聞いた事あるかも」
「そうだろうな。もしかしたら、お前も思い出していたかもしれないんだから。話を戻すが、俺たち、魂の欠片を持った存在はこの世界に十人ちょっとしかいない。それらは夢を見ているヤツを導くために存在しているらしいんだ」
「私もアンタも、夢を見ている人物を導いてたっての? 言っておくけど、私は私の思うままに歩いてただけよ?」
「俺だってそうだ。だが、あのお方の考えじゃ、それはそうでもないらしいんだな」
 モムノフも春香も知らない事だが、夢を見ている人物を導く役目は果たしているのだ。
 二人がいなければ、もしかしたら夢を見ている人物は、ボルテクス界に辿り着く前に死んでいたのかもしれないのだから。
 夢を見ている人物が夢の中で死ねば、それは夢から覚める事になるだろうが、この夢は特殊なものだ。この夢の中でその人物が死ねば、それは現実世界での死を意味する。
「ええと、話を纏めると、アンタは世界の記憶から生み出されて、魂の欠片を持っていて、更にその欠片を上手く使いこなせてるから、千早ちゃんの事を知っていた、ってこと? 現実世界ではアンタは千早ちゃんと出会った事がある、と」
「そういう事だな。まぁ、腐れ縁だったけどな」
 そう言って、モムノフはまだ寝ている千早の顔を愛しげに眺めた。
「その顔、なんか怪しいわ」
「ん? 何が?」

*****

 そしてカグツチ塔上層。
「はぁ、はぁ……」
 床に手をついて、真が戻ってきていた。
 自分の死を認め、そしてそれを受けて自分は何をすべきなのか。
 混乱の上に精神的疲労がのしかかっている。
「ボクは……どうしたらいい」
 この世界は真の夢だったと気付く。
 だとしたら創世をしたとしても、それはどこに行き着くのだろう?
 夢の世界を立て直したとしても、そこにどんな意味があるのだろう?
「全部、思い出したんだね」
 気付くと、傍らに雪歩がいた。
「雪歩、ボクはどうしたらいい? この世界で、ボクが成し遂げる事に、何の意味があるんだ?」
「全部思い出したのなら、きっとわかるはずだよ。全てを取り戻すと言った真ちゃんが、最後の最後で何を取りこぼしたのか」
 雪歩は真の手を取って立ち上がらせる。
 目線の合った二人は、それでも真が目を伏せた。
「ボクが取りこぼしたもの……?」
「そうだよ。真ちゃんは一番取り戻すべきものがあるはずだよ」
「それは……」
「真ちゃんの、命」
 全てを取り戻した真が取りこぼしたものは命。
 取り戻すための代償として支払ったものだ。それは仕方のない代償だった。
 だが、カグツチの力を以ってすれば、その命すらまかなえるかもしれない
 夢とは言え、この世界はボルテクス界。
 創世を行う者の思うとおりの世界を作る事ができる。
 ならば、真の命ぐらい取り戻す事が出来ない、なんて事があるわけがない。
「でも、そんな利己的な目的で創世を行っていいのか? それじゃあボクは、ボクのわがままで全てを壊してしまう。同じ過ちを繰り返してしまう」
「そうじゃないよ。今回は違う」
 雪歩は真の手を強く握った。
「真ちゃんはもう全てを取り戻す事で、その過ちを清算したんだよ。それによって私たちは救われたし、感謝もしてる。だから、今度は私たちが真ちゃんの力になる番なんだよ」
「雪歩が……?」
「私だけじゃないよ」
 そう言われて、真は後ろを振り返る。
 そこには仲魔たちが全員揃っていた。
「アンタは一応、私のサマナーなんだから、勝手に死なれちゃ困るのよ。だから、アンタを生き返すためなら私は助力を惜しまない。サマナーを見殺しにした、なんて言われたら、このイオリちゃんの名前に傷がつくわ」
「ミキはね、マコトくんが死んじゃうのはイヤだなって思うの。だからミキもマコトくんの力になりたいし、それでみんながハッピーになれるんなら、結果オーライって思うな」
「タカネはマコトの事をよろしくって、自分に言ったんだ。だったら最後まで面倒を見るのが、仲魔としての勤めだよね!」
「現実世界やこの世界が、こんな風になってしまったのは私にも原因はあります。罪滅ぼしと言うわけでではありませんが、私にも手伝わせて下さい」
「イオリ、ミキ、ヒビキ、ホルス……」
 全員の思いを受け、真はまた雪歩を見る。
「私は真ちゃんのパートナーだよ。貴女と共に生き、貴女と共に死にます。だから、一緒に生きましょう。私はそうしたいよ」
「雪歩……」
 真は雪歩の手を握り返し、今度こそ彼女の目をまっすぐに見る。
 決意の火は灯った。

*****

 そうして一行はカグツチの前に至る。
『ようやっと来たか』
 カグツチは真を見て、そう言った。
『長らく待っていたが、決心はついたようだな』
「ああ、ボクはもう迷わない。最初からやる事は決まってたんだ」
 そう言って真はヒノカグツチを取り出す。
 カグツチの輝きと、ヒノカグツチの輝きが合わさり、辺りは眩い閃光に包まれた。
 創世が始まろうとしているのだ。
「最初からやる事は決まってたんだ。ボクは全てを取り戻す。ボク自身も取り戻してみせる」

 そうして、新たな世界が生まれる事となった。

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真・菊地探偵事務所 三章 12

12 悪なる神

 カグツチ塔に至り、更に最上階を目指す真たちの目の前に現れたのは、巨大な神の影だった。
「これは……」
『最後に残った創生の器は貴様か、魔人よ』
 立ちはだかったのはアーリマン。
 ゴズテンノウと戦った消耗など一切感じさせず、真たちの道を阻む。
『このまま捨て置いても、我がシジマの世界の障害にはならぬのだろうが……念には念を入れておくか』
「やるつもりか!?」
『お前とて、ここで我を見つけたからにはただで通すつもりもないのだろう? 創世前の最後の遊戯だ。とくと楽しむといい』
 アーリマンの言う通り、今、このボルテクス界にはゴズテンノウはおらず、イザナミもいない。創生を行える存在はアーリマンと真だけとなる。
「真さん、気をつけてください! アーリマンはとても強い悪魔です!」
 ホルスが真の傍で注意を促す。
 しかし、それにも真は笑って答えた。
「大丈夫だよ。ボクにはみんながついてる。負ける気なんかしないさ」
「……そうですか。ですが、少し時間をください」
 そう言って、ホルスは一向から一歩前に出て、アーリマンと対する。
「私の声が聞こえますか?」
『……異国の神か、遺言でも遺そうと言うのか?』
「そうではありません。私の姿に見覚えはなくとも、声に聞き覚えはありませんか?」
 アーリマンはしばらく黙った後、しかし低く笑う。
『何のつもりかは知らんが、貴様など知る由もない』
「……えっ」
 その反応はホルスにとって意外だったようで、慌ててアーリマンの目線まで飛び上がる。
「私です! 小鳥です! 本当に覚えてないんですか!?」
『知らんと言ったら知らん。……貴様、どういうつもりだ』
 全く取り付く島もないアーリマン。
 ホルスもしっかりと悟る。これは嘘ではない、と。
「そんな……人格が完全に食われてしまったの!?」
『なるほど、器となった人間の知己といったところか。だが残念だったな。あの男は既に、我が内で存在の鳴りを潜めた。存在が完全に消えるまで、そう時間はかかるまいよ』
「なんてこと……本当の『受胎』の記憶が強すぎる」
 ホルスの目論みは、アーリマンの器となった高木の知り合いである自分が呼びかける事で、アーリマンの弱体化だったのだが、それが全く意味を成さない事になった。
 それどころか、このままではアーリマンに完全に食われた高木の思想は消え去り、アーリマンは本当にシジマの世界を作り出す事になる。それは東京受胎の時に成らなかったニヒロの宿願であり、最終目標。
 このボルテクスとしては異質の思想となる。

*****

「ほぅ、面白い事になったな」
 状況を遠巻きに見ていたやよいは、さも楽しげにそれを見下ろす。
「まさかこんなところでイレギュラーが発生するとは。葛葉の介入も前回にはなかった事だったが、アーリマンの強化が起こるとは」
『どういうことだよ』
 隣に浮いていたプロデューサーの思念体が噛み付く。
『社長は小鳥さんを忘れたって言うのか!?』
「いいや、彼自身はそれを目的としてボルテクス界を作り出したのだから、それを忘れる事はまずありえないだろう。この場合は高木順一郎という個がアーリマンに同化し、それによって人格を支配されつつあると言う事だ」
『より強い力を持った神の意思によって、社長の人格が消えかかってるって事か』
「君は理解が早くて助かる」
 嬉しそうに笑った後、やよいは更に続ける。
「そもそもこのボルテクス界には幾つかのイレギュラー要素が、最初から混ぜ込んである。いいや、それはボルテクス界が始まる前からだがね。その要素を混ぜ込んだのは私だ」
『あの妙な言動の雪だるまとか、ホルス……小鳥さんとかか?』
「その通り。更にそのイレギュラーが葛葉の介入や、イオリの覚醒と言う更なるイレギュラーを呼び、更にここに来てアーリマンの強化に至ったと言うわけだ。他のボルテクスではアーリマンは一番初めに打ち倒されるコトワリであったはずが、このボルテクスでは今一番、創世に近い存在となっている。これは興味深いね」
『そんな事言ってる場合か! アイツが創世したら、世界はどうなるんだよ!?』
「彼の思う通りの世界が出来上がるだろうね。確か静寂なる世界、シジマのコトワリだったか。その世界が出来上がるのなら、それも構わないさ」
『そんな……ッ!』
「君ももうわかっているだろう? この世界は単なるボルテクス界ではない。いや、ボルテクス界だけでなく、その前身であった死に行く世界も全て、仮初の泡沫に過ぎない」
 やよいの言葉に、プロデューサーは、しかし頷く。
 彼女の言っている事は、なんとなくではあるが理解できる。
 ここまで一緒に世界を俯瞰していたプロデューサーにとって、やよいの思惑もチラチラと垣間見えてきたのだ。
「この世界の行く末は、全てが茶番に過ぎない。もしくは取って付けた様な蛇足にしかならない。故に、このボルテクス界がどう転んだとしても、大勢に変化はないのだよ」
『だからと言って、ここまで手を貸してきた真って娘を放っておくのか?』
「手を貸したつもりはないがね。興味の対象として観察してきたわけだが、こんなところで挫けるのならば、その程度の存在だったと言う事。言っただろう、大勢に影響はない」
 つまり、この世界がどうなろうと、やよいの……いや、ベロチョロに宿ったルイ・サイファーに影響はないと言う事。知った事ではないのだ。
 故に、アーリマンに相対した真が劣勢であろうとも、やよいはその場から動く事はない。
 ただただ、現状を見下ろすのみ。
「それに何より」
 最後にやよいは付け足すように言う。
「未だにこの世界は、私の手の内を超えてはいない」

*****

 大きな思惑を知らず、真はただ、敵としてアーリマンと対する。
「そっちがボクの邪魔をすると言うなら、倒してでも先へ進むよ!」
『面白い、小さき物に何が出来るのか、見せてもらおう』
 アーリマンがグラグラと音を立てて構えだすのに対し、真たちも各々構える。
「ホルス、知り合いっぽかったけど、倒してもいいんだよね?」
「……ええ、今はその方が彼のためです。神に存在を食い尽くされる前に、アーリマン自身を倒せばあるいは助かるかもしれない」
「わかった。じゃあみんな、やるよ!」

 まずは素早いホルスが魔法の詠唱を終える。
「スクカジャ!」
 全員の身体が浮くように軽くなる。
 身軽になった補助魔法に加えて、更にミキが続く。
「行くの! マカカジャ!」
 普通、ジャックフロストが覚えない魔法も、彼女にとって見ればお構い無しの様だ。
 魔法を強化する魔法で力も増した後、満を持してイオリが動く。
「喰らいなさい、絶対零度!!」
 イオリの腕からほとばしる冷気が、周りの水分を巻き込んで氷結し始める。
 その氷塊はアーリマンに伸び、そのまま鋭い切っ先を向ける。
『甘いわ!』
 しかし、アーリマンの腕の一振りで、その氷塊は粉々に砕かれてしまった。
『氷の魔法とはこういうものだ! 喰らえ、マハブフダイン!!』
 詠唱と共に、真一行の足元から氷が生える。
 それは全員を飲み込む氷の棺となり、身動きを封じた。
『粉々にしてくれるッ!』
 更に、アーリマンはその背後から生える触手を振るい、真たちを一瞬にして砕かんと襲い掛かる。
 ……だが、
「そんなものじゃ、ボクたちは止まらないッ!」
 真の持っている剣、ヒノカグツチによって全ての氷は一瞬で水となり、更に触手を受け止めた。
「雪歩、今だ!」
「は、はい!」
 触手を受け止めた時の一瞬の隙。
 そこに、雪歩が練っていた魔法が発動する。
「行きます、リムドーラ!!」
 突き出した腕から凄まじい衝撃波が巻き起こる。それはアーリマンの巨大な身体を押し返すほどの物だった。
『ぐ、ぬうッ!?』
「怯んだ! 今ならッ!!」
 受け止めていた触手も勢いをなくした今が好機。
 真は地面を蹴って踏み込み、懐から管を取り出す。
「ヒビキ、出番だ!」
「待ちくたびれたさー!!」
 シジョウから貰った管から飛び出したのはヒビキ。
 飛び出した勢いのまま、アーリマンに突っ込み、その身体に爪を立てる。
『クズ悪魔が! 小賢しい!!』
「そんなモノ、自分には効かないぞ!」
 アーリマンは触手を操ってヒビキを叩き落しにかかるが、しかしその触手は見えない壁に阻まれる。
『物理攻撃が効かんのか……ッ!』
「それだけじゃ終わらないよ! マコト!」
「おう!」
 腹部に突き刺さるように攻撃していたヒビキ。
 それに気を取られていたアーリマンは頭上への警戒を怠っていた。
 飛び上がっていた真は、巨大なアーリマンよりも高い位置を取っていたのだ。
「これで、――」
 真の持つカグツチが吼える様に燃え盛り、その刀身を何倍にも伸ばす。
『そんなもので……ッ!』
 それに迎え撃つように、アーリマンは羽を広げて真よりも高く飛び上がろうと試みる。
 しかし、その瞬間にアーリマンの身体中にヒビが入る。
『ぬぅッ!?』
 恐らく、ゴズテンノウからの連戦で身体に無理が来たのだろう。
 本来のアーリマンの力ならば、こんな事態にはならなかったが、身体が完璧ではなかったのだ。
『こんな所で……我が野望が潰えるのかぁッ!!』
「――終わりだぁッ!!」
 カグツチの一閃がアーリマンを捉える。
 肩口に入ったカグツチの炎が、アーリマンの身体の至る所から吹き上がり、その身体は間もなくしてバラバラに崩れ落ちた。
 後に残ったのは初老の男性だけだった。

*****

「ホルス……」
 倒れ伏している初老の男性、高木を前にホルスが止まっていた。
「高木社長は君の知り合いなのか?」
「……ええ、私、実は人間だったんですよ」
 ここまで来て、驚くような事もなく、真は普通に頷いた。
「なんか、もう大抵の事じゃ驚かないよ」
「そうですか。ちょっと私的には衝撃のカミングアウトのつもりだったんですけどね」
 それでもホルスは笑って続ける。
「私にも何故悪魔になったのかはわからないんですが、気が付いた人間の身体はなくなって、今の身体になっていました」
「人間が悪魔になる事もあるのか……」
「アバタール・チューナーと同じ様なものだと思います。不安定な魂だけになって、悪魔に乗っ取られたのかもしれないし、逆に悪魔の身体を乗っ取っちゃったのかもしれませんね」
「それで、ホルスが人間の時の知り合いが、高木社長……」
「ええ、育ての親と言ったところです。しかも、彼は私を生き返す為にこんな事を……。全ては私の責任だったんです。どう謝ったところで、償いきれません」
 高木がボルテクス界を作ろうとしたのは義娘の小鳥の魂を取り戻すため。
 つまり、ホルスは小鳥の魂が乗り移った先、という事になるのだ。
「もう起きた事を悔やんでも仕方ないよ。これから創世で取り戻せるんだ。それのために頑張る事で、清算って事にしようよ」
「……そう……ですね」
 アーリマンを倒した事で、創世を行える存在は真だけとなった。
 あとはカグツチ塔を登りきり、カグツチに至り、創世を行うだけだ。
「行こう、みんな。やっと終わりだ」
 もうすぐ、この旅も終わる。

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真・菊地探偵事務所 三章 11

11 the path is open

 三つ巴の戦場。
 アーリマン、ゴズテンノウとその傍らに白い熾天使が二体、そして春香とモムノフとスパルナ。
 その勢力が真っ向から睨み合ってるこの場で、一人だけ俯瞰している存在があった。
 未だゴズテンノウの中で鳴りを潜めている千早だ。
「どうして、こうなったのだろう?」
 今まで勢いのままに走ってきた千早にとって、ゴズテンノウと同化した後は、こうして考える時間ができていた。
 ただがむしゃらに強さを求め、出口を求めていた千早にとって、久々の休息と言えよう。
 そしてそんな時間は、彼女に疑問を一つ落としていた。
「私は何がしたかったのだろう?」
 最初は弟の敵を討つ為に、高木の首を捜し求めた。
 それがいつしか、春香の裏切りによる怒りに突き動かされ、そして今は自分の求める世界を作るためにカグツチを目指している。
 ……本当だろうか?
 それは、本当に千早自身が望んだ事だろうか?
「わからない……」
 意識の深淵で一人うずくまり、千早は苦しみに奥歯をかんだ。

*****

 状況を見て、春香は唸る。
「ふぅん、ゴズテンノウとアーリマンね……」
「間違いない。ゴズテンノウのマガツヒの匂いは元マントラ悪魔である俺がよくわかってるし、あの気味の悪いデカブツにも見覚えがある」
「マントラとニヒロのトップが激突、というわけですな」
 締めをスパルナに持っていかれたが、この状況はつまりそういうことである。
 二柱の神はどちらも創世にたる器。それだけの力を有している。
 この戦況、どちらが勝ってもおかしくない。
 だがしかし、そこに春香と言うイレギュラーが混ざりこんでから話がおかしいのだ。
 彼女がどう動くのか、それによって力量差は著しく変わってくるだろう。
 何せ音に聞こえた人修羅。その力を持っている春香は一番のダークホースになり得る。
 だがそんな番狂わせは
「よし、ゴズテンノウに加勢しましょう」
 今夜の献立でも決めるように、そう言い放った。
「お、おい待てよ! この状況でそんな簡単に判断して良いのか?」
「アンタ、わかってないわね? 私の行動の指標を、ここまで来てまだ理解してないの?」
 春香の行動指標とは即ち、千早を助ける事。
 とすれば、その身体を借り受けているゴズテンノウを補佐するのは当然だろうか。
「いや待て。でもアイツはゴズテンノウであって、チハヤじゃねぇぞ?」
「いいえ、千早ちゃんは千早ちゃんだよ。今はゴズテンノウに身体を奪われているけど、それは変わらない。私にはわかる」
 ゴズテンノウの中に、弱いながらも胎動する別の魂がある。
 春香はそれが千早だと信じて疑わないのだ。
「くそっ、敵わねぇな、おめぇらにはよ」
「何?」
「何でもねぇよ。リーダーがそう決めたんなら、俺らはついていくだけだ。なぁ、鳥?」
「私にはスパルナという名前がございます。ですが、私もその意見については同意いたしましょう」
「じゃあ決まりね」
 しかし、そんな春香の出鼻をくじくように、ゴズテンノウが口を開く。
「手出しは無用。我らの宿命に終止符を打たんとするこの場に、貴様のような邪魔者が入る余地は無し。早々に消えろ」
 その言葉の後、音もなく熾天使が春香たちに立ちふさがった。
「何よ。折角助けてやるって言ってるのに、無下にするどころか攻撃までするわけ?」
「要らんと言っているだろう。そもそもその天使どもも、我らの戦いに邪魔が入らぬように召喚したまで。その役目を今、正に全うしているだけだ」
「なるほど、じゃあこいつらをぶちのめせば、私も混ざっていいわけね?」
「出来るものならやってみろ。その天使、他の悪魔とは格が違うぞ」
 それだけ言うと、ゴズテンノウはアーリマンに向き直った。
「というわけで、やるわよ、モムノフ、スパルナ!」
「合点!」「了解いたしました!」

*****

 息苦しかったのかもしれない。
 だから、千早は顔を上げたのかもしれない。
 意識の深淵に潜んだ彼女は、ふと周りを窺う。
 そこはもう、殺意の緊張に張り詰められた修羅の巷。
 正直に、怖いと思う。これは日常ではありえなかった世界。
「ここに……私の居場所はない」
 身体はもう、ゴズテンノウに渡した。後は千早の願いをヤツが叶えてくれるはず。
 だったらもう、千早は要らない。自分を手放す。
 これで良かったのだ。後はフルオートで自分の願いが叶う。
 敵も討てるし、騙した憎き友人も討てる。
 ……本当に?
 またも、その言葉が泡の様に浮き上がる。
 意識の深淵に現れた泡は、千早の身体にぶつかるぐらいでは砕けてくれなかった。
「私は本当にそれでいいの?」
 気が付くと、そこには人影があった。
 目を眇めてみると、その輪郭が見覚えのあるものだと気付く。
「……誰?」
「わからないの?」
「……わからない」
 意識は考える事を放棄し始めている。
 自分が要らないなら、考える必要もない。
 だったら、目の前の人物も、関係ない。
「どこか行って。私はもう、独りでいたいの」
「それが本当に貴女の願いなの?」
「そうよ。これが私の願い。だからもう構わないで」
 人影が千早に近づいてきた。
「来ないでって言ってるでしょ。どこかへ行ってよ……」
「どうしてそんなに独りでいようとするの?」
「成り行きよ。私は私なりに走ってきた。その結果、今の状況になってるだけ」
「じゃあ、独りになるのはイヤ?」
「……ぅ」
 答えられなかった。
 泡がまた浮く。
 千早の身体にぶつかる。
 お腹が押し上げられる。
 それがイヤだったので、千早は無理に答える。
「私は独りを望んだわ。だから、今もこうしている」
「独りでいたいのなら、何故関係を持とうとするの?」
 人影が手を差し出すと、そこにはカードが浮いていた。
 絵柄は見覚えのある少年。千早の弟だった。
「それは……」
「貴女の最初の行動動機は『弟の仇討ち』だった。それは他人、弟との関係に執着したから起きた気持ち」
 カードが一回転する。
 すると絵柄は春香になった。
「次は春香に裏切られた事の怒り。それも春香を大事に思うからこそ、彼女に裏切られた事がとても許せる事ではなかったから。これも他人との繋がり」
「だったらなんだって言うの? それが私の独りでいたい事の否定になるの?」
「……そうね」
 人影はカードを上下逆にひっくり返す。
「貴女は弟の仇討ちも独りでやろうとしたし、春香への報復も独りでやろうとした。それでいいかしら?」
「そうよ。私は独りでやる。何でも独りでやる」
「貴女が独りで全てをやってきたのは認めるわ。でもね」
 人影がカードを差し出すと、カードは千早の目の前にやってきた。
 それを見ると、絵柄は千早を映し出す。
 瞳の黄色に輝く、自分の姿を。
「貴女は独りで走ってきたけれど、それは独りでいる事ではない」
「意味がわからないわ」
「貴女の走った道を振り返りなさい」
 言われて、千早は振り返る。
 今までの自分の軌跡を。
 それは独りでいた学生時代、春香と一緒に友人として過ごした時、春香と離れても友人や弟や家族と一緒にいた時、そして町が変貌し、高木を討つと決意し、春香に裏切られ、ボルテクス界へやってくる。
「……振り返っても結果は変わらないわ。私は結果的に独りになっている」
「いいえ、今も貴女は独りじゃない」
 千早に向かって泡が浮く。
 また、身体が浮き上がりそうなほど、身体が突き上げられる。
 千早は焦って大声をあげる。浮くのはイヤだ。
「そんな事ないわ! 私は今も独りでしょ! 他に誰がいるって言うのよ!?」
「貴女が気付いていないだけよ。確かに、学生時代に春香に会うまでは孤立する事が多かったかもしれない。でもあの娘に会ってからは? 不幸な出来事があって、離れ離れにはなったけれど、あの娘はいつも手紙をくれた。あの娘のお陰で、私は友人を得たし、あの娘のお陰で変われた」
「……春香が私の転機になった事は認める。でも、あの娘は私を裏切った!」
「本当にそう思ってるの?」
 また浮いてきた大量の泡に押し上げられ、千早はたまらず起き上がる。
「だってそうじゃない! あの娘はあんな悪趣味な悪戯で私の気持ちを裏切ったのよ!?」
「真意を聞いたの?」
「聞かなくたってわかるわ! だってあの娘は……ッ!」
「私の親友だものね」
 今までぼやけていた人影が、今度はちゃんとはっきりと見える。
 それは千早だった。
 柔和に微笑む彼女は、今の千早とは酷く対照的である。
「あ、貴女は……」
「私は貴女、貴女は私、私は貴女の心の海より出でし者、とでも言いましょうか。ふふ、まさか私がこの言葉を言うなんてね」
「何物なの!?」
「言ったでしょう? 私は貴女。私は如月千早よ」
「そんなの……ッ!」
「信じられないかしらね。でも、こういう事もあるのよ」
 妙に落ち着いた声に、千早は何も言えなくなってしまった。
 でも、だとしたらあの千早は、どうして自分の目の前に現れたのだろう?
「混乱するのも無理はないわ。でもね、」
 千早が指をさすと、カードがまた上下逆になる。
 そこに映し出されたのは、今戦っている春香。
「春香の言葉を良く聞いて。今の私はあの娘の言葉を拒絶してばかり。何も聞かず、何も見ず、それでは何もわかりはしないわ」
「わかりあう必要なんか……」
「もう一度良く思い出してみて。貴女は本当に独りで走ってきたの? 本当はそれ、カラ元気なんじゃないの?」
 再び思い起こす。
 走ってきた道程に、誰かがいた気がする。
 それは弟であったり、友人であったり、春香であったり。
 過去からの想いが、倒れそうになる千早を必死に支えていた。
 だからこそ、ここまで走ってこれた。
「人は一人じゃ生きていけないわ。でも私が今まで生きてこれたのは、傍らに春香と言う太陽があったからなのよ。それを忘れないで」
「私は……」
「必死に突っ張ったって、いつか無理が来るわ。でもね、そんな時は誰かに頼ってもいいの。それが貴女のコミュ。それが貴女のアルカナ。太陽と寄り添う、月」
「私は……月?」
「そう、太陽へ至る道。それが貴女なのよ」

*****

 巨体がその本当の姿を現す。
『そろそろ遊戯をおしまいにしようか、ゴズテンノウ』
 アーリマンは胡坐をかいた状態から、四肢を伸ばし、四つん這いになってゴズテンノウを睥睨する。
『静寂の世界の前に、良い座興であった。しかし、最早これまで』
「痺れを切らしたか、アーリマンよ」
 ゴズテンノウは本性を現したアーリマンの前でも毅然としていた。
 両者の力量は互角。互いに一歩も譲らず、互いに消耗し合い、このままでは戦いが長引くと、アーリマンは踏んだのだろう。
 ゴズテンノウを相手に手間取っていては、他の創世の器に先を越される事を危惧したのだ。
「ならば良かろう。そちらが本気になるのならば、こちらも相応の手札を切らせてもらうまでよ」
『虚勢はよせ。貴様にこれ以上、どんな力があるというのだ?』
 アーリマンはゴズテンノウを見くびっていた。
 いや、ゴズテンノウというよりは、今ゴズテンノウが操っている身体を侮っていたのだ。
『そのこけおどし共々、粉砕してくれる!』
「出来るものならやってみろ!」
 ゴズテンノウはその手を前にかざすと、その掌にカードが浮いた。
 絵柄は破壊神。千早が持つ、最強のペルソナ。
 それを見ても、アーリマンは微塵も怯まず、己の最強の技を以って、ゴズテンノウを打ち倒さんと襲い掛かる。
『行くぞ、ゴズテンノウッ!』
「これで最後だ、アーリマンッ!」
 アーリマンがその身に生える羽で浮き上がり、それに呼応するかのように、ゴズテンノウの背後に青い肌の破壊神が現れる。
『末世破!』
「メギドラオン!!」
 二つの強大な力がぶつかり合い、部屋の中に轟音と強い衝撃が走った。

*****

「大丈夫か、お前ら」
 衝撃が去った後、煙のもうもうと立ち込める中、モムノフの声がした。
「私は大丈夫よ」
 春香が立ち上がって手を上げる。しかし、傍らにスパルナがいない。
「スパルナは?」
「……飛ばされたみたいね」
 凄まじい衝撃であった。これで春香とモムノフが生きているのが、半ば奇跡のようなもの。
 煙の中で目を凝らすと、先程まで春香たちの前に立ちふさがっていた、二人の熾天使の姿も無い。
「あいつら、敵味方もお構いなしかよ」
「これが神様同士の戦いってヤツ? ゾッとしないわね」
 次にあの衝撃が襲い掛かってきたら、幾ら二人でも平気ではいられないだろう。
 それまでに何か手を打たなければ、そう考えている内に煙がだんだんと晴れていく。
 煙の奥にいたのは、巨大な神の姿。
『くくく……やはり、この程度』
 その声はアーリマンだった。
『ゴズテンノウ、マントラ軍、どちらも我が道の障害にはならない。これは最早、世界が我を求めているという暗示か』
「アンタ……千早ちゃんはどうしたの!?」
『ん? まだそこに居たのか、人修羅よ。貴様の友人とやらは、大方、我が末世破を受けて消し飛んだだろうよ。所詮は人の身。神の力に耐えうるはずも無い』
 小さく笑った後、アーリマンはまた羽ばたいて浮き上がる。
 しかし、今度は攻撃ではなく、先へ進むためのもの。
『去ね、人修羅よ。貴様がここに居る理由も、最早あるまい。これ以上、我が創世の妨げとなるのならば、路傍の石とて捨て置かんぞ』
 アーリマンはそう言い残し、上階へと姿を消した。
 春香が追いかける隙も無かった。

*****

 アーリマンの羽ばたいた風で、煙は一瞬で消し飛ぶ。
 そこには倒れ伏す千早の姿があった。
「千早ちゃん!」
 慌てて、春香が駆け寄る。
 しかし、手が届く寸前に、千早が起き上がって距離を取った。
「ええい、近寄るな! ぐっ……深手を負ったか……」
「アンタ、ゴズテンノウ!? まだ、千早ちゃんの中にいるの!?」
「我はこの娘と契約を結んだのだ。約束を違えては我が名に傷がつくのでな」
 しぶといながら、ゴズテンノウはまだ生きていた。
 あの衝撃の中、何とか一命を取り留めていたのだ。
「しかし、二度もニヒロ機構にしてやられるとは……これほどの屈辱は味わった事がないッ! 憎きアーリマンめ……ッ!」
 ゴズテンノウは上階を睨み、憎々しげに言葉を吐く。
 しかし、ゴズテンノウと千早のペルソナを以ってしても、アーリマンを倒す事は敵わなかった。アレはゴズテンノウにとって紛れも無い全力。それで負けたのならば、既にゴズテンノウに勝ち目はなくなっていた。
「既に我が道は閉ざされたか……已む無し。せめて、器となった娘の願いだけでも聞き届けよう。人修羅よ、恨みはないが死んでもらおう」
「そんなボロボロの身体で、私と戦おうっての?」
「それは貴様も同じ事。余波を受けて満身創痍と見える。ならば我が傷など枷にはなりようもない」
 そう言って、ゴズテンノウはカードを取り出す。
 既に戦闘態勢というわけだ。彼女の後ろに破壊神が再び浮かび上がる。
「行け、シヴァよ!」
 三叉の戟が春香に向けて突き出される。
 だが、
「よぉ、俺の事を忘れてるんじゃねぇのか?」
 それを受け止めたのはモムノフの槍だった。
「貴様、木っ端の悪魔風情がしゃしゃり出てくるなど……」
「木っ端だろうと、その女に死なれちゃ困るんだから、アンタの邪魔するに理由は足る」
「ならば貴様も人修羅と共に死ぬがいい」
「出来るのかよ、今のアンタに?」
 俄かに空気が張り詰める。
 だがそこへ、どこからともなく声が聞こえる。
『もういいわ、ゴズテンノウ。ありがとう、そしてごめんなさい』
「千早ちゃん!?」
 響いてくる声は、千早の身体の内側から聞こえてくる様だった。
『私も貴方の力にはなれなかった。結局、アーリマンを倒す事は出来なかったものね』
「……それは我が力も及ばなかったという事。我が道、ヨスガのコトワリに則るのならば、ヤツが正しかったという事。最早、我が道は閉ざされた。貴様が気に病む必要はない」
『ありがとう。でも、だったら私との約束も守る必要はないわ。……ううん、そうでなくとも、私はもう、春香を恨んでなんかいない』
 千早の声はすごく穏やかで、余裕に満ちているようだった。
 何かを得たような、今までの不安定な彼女が嘘だったような、そんな声音。
 心なしか、微笑んでいる千早が幻視できるほどだった。
「貴様がそういうのならば、我は語る言葉も持ち合わせん。世話になったな、チハヤ」
『こちらこそ、ありがとう、ゴズテンノウ』
 挨拶が終わると同時、千早の身体から赤黒いマガツヒが溢れ出し、それはカグツチ塔の最上階へ向かう太陽の中に飲み込まれて消えていった。
「ち、千早ちゃん?」
「……春香」
 春香の目の前で、やっと千早が真っ向から相対する。
 千早は決めたのだ。春香の言葉を聞く、と。
「答えて、春香。貴女が何の為にあんな事をしたのか」
「……そう、だね」
 至極真剣な眼差しを向ける千早に、春香も覚悟を決めて腕を広げる。
「私は何でも答えるよ。千早ちゃんが聞いてくれるなら」
「聞くわ。その為に、私は戻ってきたの」
「じゃあ、どこから話そうか」
「……どうして、自分から死ぬような事をしたの?」
 それはあずさの家の前での事。春香が人修羅になる前に起きた事件についてだ。
「アレは人を殺す事の無意味さを教えたかったんだよ」
「無意味さ?」
「そう。人を殺したって何も変わらない。過去が清算されるわけでもないし、未来が明るくなるわけでもない。現状だって何も変わりはしない。意味なんかないんだよ」
「私にとって、高木への復讐は何よりも優先してなすべき事だった。それなのに?」
「千早ちゃんが優先すべき事は復讐なんかじゃなかったんだよ。弟さんの事は残念だったと思うけど、それでも独りで何でもやる事なんかなかったじゃない」
「復讐なんて、誰かに頼れるわけないじゃない」
「……じゃあ、例えば高木への復讐が叶ったとして、それで千早ちゃんは救われるの? 弟さんは喜ぶの? 何か変わる?」
 春香に言われて、千早は口篭る。
 想像してみて、すぐに答えが出たのだ。
 復讐が達成された時は、成し遂げた事自体に喜びこそすれ、しかしその他は何も変わらない。
 その時になれば千早の傍には誰もいないだろうし、弟だって生き返るわけでもない。
 それは酷く空しい事だ。
「でも……私にその事を教えようとしたんだって、何も死ぬ事なんて……それに、どうして今も生きているの? 私は本気で……」
「私も、今生きているのはちょっと驚いてるんだよ。あれは偶然。私は生き返るつもりなんてなかった。だから、今までずっとすれ違ってきちゃったんだと思う」
「生き返ったのが偶然……?」
「良くわかんないけど、『人修羅』なんて呼ばれて生き返ったのは、私の本意じゃない。誰かが勝手にやった事だよ。……それに、あの時の千早ちゃんは私の言葉に聞く耳なんて持ってくれてなかったよね」
「……それは、確かに」
 あの時点で既に、千早の耳は閉じられていた。
 心を閉じた千早に、どんな言葉を投げたところで弾かれる。ならば強引な手段だろうと理解させる必要があったのだ。
「私はね、千早ちゃん。出来れば千早ちゃんには普通の幸せを手に入れて欲しかった。私は母親があんなになっちゃったから、そんな事も叶わなかったけど、せめて親友の貴女には、幸せになってほしかったんだよ」
「……春香は今も、私を友達と呼んでくれるの?」
「千早ちゃんがどう思おうと、私は千早ちゃんの事が好きだよ。他の誰よりも」
「春香……」
 今までのわだかまりが、陽光に照らされた雪のように消えていく。
 なんだ、簡単だったじゃないか。
 話をすれば、こんなに簡単に、何もかも解決してしまう。
「千早ちゃん、お帰り」
「春香……ただいま」
 いつも春香が両手を広げて千早と対している意味がわかった。
 アレはいつでも受け入れるジェスチャーだったのだ。
 千早はやっと、その中に駆け込んだ。
 優しい、太陽の匂いがした。

 道は、開けた。

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真・菊地探偵事務所 三章 10

10 橋守

『まさか、私と初めて会うのが貴女だとは……』
 雷を纏わせた女神、イザナミの眼前に現れたのは黒の外套を羽織ったサマナー、葛葉シジョウ。
 オベリスクの最上階付近での邂逅だった。
「貴女も創世を目指す一柱ですか。面妖な……」
『退きなさい。人の身で守護も下ろさず、明確なコトワリを持たない者にこの場は相応しくない』
「……コトワリなら持ち合わせております」
 シジョウはゆっくりと刀を抜く。
 確かめるように何度か振った後、切っ先をイザナミに向けた。
「私の唯一の理、この日本に我ら葛葉がいる限り、平和を脅かさせなどしません」
『よく言う。この受胎自体、葛葉が裏で糸を引いていたというに』
 受胎が起きた発端はそもそも、音無小鳥の父親に葛葉が情報を与えた事。
 それが無ければ悪魔は今も日陰に潜み、受胎など起きるはずもなかった。
 しかし、それも葛葉とヤタガラスの目論見の一つ。
「そこまで見通しているのならば、葛葉の真意も知っているのでしょう?」
『受胎、創世の後、世界の再生……。廃れた前世を見限り、葛葉とヤタガラスにとって扱いやすい世界を作り出す事、それが真意だったのならば、貴女方こそ真の悪と言えましょう』
「誰かにとって悪であったとしても、それが我らの信じる正義。何を賭してでも、私たちは正義を成さねばならないのです」
『綺麗事を。所詮、貴女達にとってはこの世界は実験台でしかないのでしょう? 複数ある世界の一つ、隣り合っても歩み渡れない彼方から出しゃばりすぎましたね』
 シジョウが誰にも話さなかったことの一つ、彼女はこの世界の人間ではない。
 ヤタガラスや葛葉上層によって、他の並行する世界から送り込まれた、別世界の人間、それが葛葉シジョウである。
 彼女がこの世界に混ざりこんでから、色々なイレギュラーが起こっていたのだ。
 カグツチの件もその一端でしかない。
『混ざりこんだ偽神『アラディア』め、死になさい、葛葉シジョウ』
 イザナミは言葉と共に雷を飛ばす。
 その閃光は外套を撃つも、その本体を捉えられなかった。
 イザナミが動く一瞬前、シジョウは外套を脱ぎ捨て、管を操っていた。
 その管から飛び出たのはネコマタ。ヒビキだ。
「タカネ、大丈夫か?」
「貴女に心配されるほどではありません。カグツチの加護が無くとも、私は葛葉のデビルサマナー。障害を排除します。行きますよ、ヒビキ!」
「おっけーさー!!」
 二人は揃って、イザナミへと駆け出した。

*****

 
 カグツチ塔、下層にて。
 これはあるべくしてあった出会い、対峙。
『……静寂を妨げるのが、まさか貴様だとはな』
 巨大なる悪の神、アーリマンの目の前に立っているのは、小さな影。
 白いバサバサの髪、華奢な身体。それは神とは言い難い形をしていたが、ハッキリとわかる。彼女は荒神だと。
「長い年月、この時を待っていた。我が手で貴様の首を捻じ切る所を夢見ていた。今正に、それが叶う瞬間よ」
 千早、ゴズテンノウだった。
 幾つものボルテクスの中で、巨大な勢力となり相対していたマントラ軍とニヒロ機構、その大将が二柱、ここに出会ったのだった。
「我は全ての兵を失くし、力を失くし、されどこの燃え滾る憤怒、憎悪を忘れた事など一度も無かった。今ここで我と我が同胞の無念、そして『力こそが全て』だと、貴様に思い知らせてくれる。このゴズテンノウの力でッ!!」
『ふっ、小さいな。矮小よ、ゴズテンノウ。その様な小さき形に小さき魂、小さき力を収め、犬のように泣き喚いても、我が耳には届かんぞ。我が大命の前に、貴様の復讐など小事。路傍の石ほども気にも留められん』
 アーリマンは巨大な石のように座り込みながら、グラグラと笑った。
 しかし、それを受けてもゴズテンノウも口元を上げる。
「貴様は我が敗因を知っていような。貴様の力を過小とみなし、強力強大な力を以ってすれば容易く捻じ曲げられる、と、そう思い、我は貴様を打倒せんと挙兵した。しかし結果は目前の小さな勝利に浮かれ、足元をすくわれ、本陣を強襲されるという無様。それは『慢心』から来た物よ、アーリマン」
『我もその『慢心』に囚われていると? それこそ貴様の慢心よ、ゴズテンノウ。我が心境はコトワリに示すように静寂そのもの。波紋など一つも浮きはしない。故に平静、故に常勝、遊戯に興じる余裕すらあるわ』
「……言葉遊びは無意味な様だな。行くぞ、アーリマン。我らの長き因縁に終止符を打たん!」
『望むところよ、ゴズテンノウ! 貴様が如何に小さき存在か、知れッ!!』
 二柱が同時に構え、神の戦いが始まろうとしたその瞬間、その部屋に轟音と共に土煙が。
 どうやら外部からの衝撃によって、壁に穴が開いたようだ。
『……何だ』
「我らの決闘に水を差すのは、何奴だ」
 土煙が晴れたその場にいたのは、一羽の鳥、
「こらぁ、スパルナ! もっと丁寧に飛びなさいよ!」
「申し訳ない、少しスクカジャをかけすぎたようですな」
 そして大男が一人、
「おめぇら、もう少し静かに、恰好良く登場できねぇのかよ?」
「台無しにしたのはこの鳥よ!」
 そして、一人の少女。
「……春香」
 ゴズテンノウが、いや千早が彼女の姿を見て呟く。
 それを聞いて、現れた少女、春香はニコリと笑った。
「お待たせ、千早ちゃん。助けに来たよ」
 予期せぬ三つ巴がこの場に成った。

*****

「聞こえた。上の方で音が」
 オベリスクの入り口で、真が顔を上げた。
「もう始まってるのか……創世をかけた戦いが」
「急ごう、真ちゃん。このままじゃ世界が……」
「誰かの良いように作り変えられちゃたまんないわ!」
 真は雪歩とイオリの言葉に頷いて答える。
 どうやら真一行が最後尾の様だ。
 オベリスクの中には既に悪魔がゴマンとおり、彼らは彼らで戦っている。
 ニヒロの悪魔、マントラの悪魔、そしてアマラ経絡から這い出てきた精霊たち。
 その全てが自陣の大将を助ける為に、命を賭して戦い、そして死んで行く。
 太陽の塔は全ての亡骸からマガツヒを吸い取り、それをカグツチへと押し上げる。
 その赤い光は小さな太陽のように輝き、そのまま大砲のような勢いで上空へと飛んでいった。
「この先に、カグツチがある」
 真は自分の刀を握り締め、一歩踏み出す。
「行くよ、みんな! ボクたちの最後の戦いだ!」

*****

 雷が剣に弾かれる。
 いや、どちらかといえば、弾かれたのは剣の方か。
「くっ……」
 勢いに吹き飛ばされ、シジョウはイザナミから距離を取った。
 劣勢は目に見えている。
『驕りが過ぎましたね。いくら悪魔召喚士といえど、所詮は人間。私たち神に弓引こうなど、その器にあまりある行為なのです』
 汗のにじむシジョウに対し、イザナミは涼しい顔をしている。
 流石は神と言ったところか。力の差は歴然としている。
「しかし、私とて葛葉の一人。神を従えずして、何がデビルサマナーでしょうか!」
『心意気やよし。しかし、木っ端のサマナーに膝を折るほど、我が神性は落ちぶれてはおりませんよ!』
「人の身を借りて顕現している化けの皮が、よく言う!」
 シジョウの言葉とほぼ同時、イザナミの腕から雷が走る。
 閃光は瞬く間にシジョウの体に伸びる……が、
『グルゥ、コノ程度カ、サマナー』
「いいえ、ここからが反撃です」
 その雷を阻んだのは、頭がサル、身体がトラ、尻尾が蛇の混合獣。雷電属、ヌエだった。
『ダッタラ見セテミロ。デナケレバオ前カラマルカジリダ!」
「それは恐ろしい。……では見せて差し上げましょう」
 シジョウが構えているのはヌエの管。……そしてもう一本。
「葛葉でも『これ』を成しえたサマナーは指折り……ですが、この窮地において脱する手段も乏しいのならば、身命を賭して成しえましょう! この葛葉シジョウ、一世一代の大技です!」
『何を企んでいるのか知りませんが、見せてみなさい。それで私を倒し得るなら、それも見てみたいものです』
「ではとくとご覧あれ!」
 シジョウはヌエを管へと戻し、更にもう一本、ホルダーから管を抜く。
 彼女の手にあるのは二本の管。その管の中に入っているのは当然、別の悪魔である。
「同時二体召喚!」
 シジョウの声の後、管の蓋はひとりでに開き、中から閃光が走ったかと思うと、そこに現れたのは牛頭と馬頭の鬼。
 シジョウの身の丈を悠々と越すその獄卒は、イザナミを見て咆える。
『ようよう、黄泉の妃様よぉ! 神道だか何だか知らねぇが、仏道に比べりゃ大した事ねぇやな!』
『堕ちたる神性にも、御仏は救いの手を差し伸べるでしょう。さぁ、貴女も仏門に下りなさい』
「頼みますよ、ゴズキ、メズキ」
『おうよ!』『お任せあれ』
 召喚に成功したシジョウは口元を上げる。しかし、その表情に余裕は無い。
 管使いのデビルサマナーが二体の悪魔を同時に召喚するのは、かなりの高等技術の上、消費するマグネタイトの量も一体の時とは比べ物にならない。
 シジョウにかかる負担は想像以上にでかいのだ。
 長引けば不利。ならば短期決戦を挑むべき。
『ふふふ、身を削っての戦法ですか。いいでしょう、その覚悟に免じて、せめて苦しまぬ様に黄泉へと送ってあげましょう!』
「易々とは死にませんよ! せめて、貴女と刺し違えてでもッ!!」
 シジョウは震える身体に鞭打って、剣を力強く握り締め、そして二人の鬼と共に駆け出す。

 まず飛び出たのはゴズキ。
 手に持つ棍を振り回し、高く高く飛び上がる。
 イザナミはそれに向けて、雷を走らせる。
 それは文字の如く、瞬く間。光とは常に、人の認識速度の上を行く。
 しかしゴズキはそれを受けてなお、力強く咆える。
『効ぃかねぇぞおおおおおおおおッ!!』
 皮膚を黒く焦がす電流にも怯まず、豪気な獄卒はそのままイザナミへと襲い掛かった。
 鋼鉄で出来た棍が、イザナミの頭へと振り下ろされる。
『どぉおおおらぁあああああ!!』
『流石は地獄の鬼、といったところですか』
 しかし、全力の振り下ろしは、イザナミの片手で止められてしまった。
『なにぃ!?』
『その金剛すら打ち壊さんとする力、賞賛に値します』
『舐めやがってぇ!!』
 ゴズキが攻撃している間、メズキが地を走り、イザナミとの距離をつめる。
『油断しましたねッ!』
『――ですが』
 メズキの棍がイザナミの胴体を薙ぐように振られる。
 しかし、やはり片手で止められてしまった。
『なんとっ!』
『力ばかりの戦術など、私には通じませんよ』
『力ばかりとは、侮られたか!』
 悠々と攻撃を防御されてもなお、メズキは揺るぎはしない。
 何故なら、詰めの一手が残されているからだ。
「これでっ!」
『ほぅ』
 止めの一撃はシジョウ。
 その手に持つ剣で、イザナミの隙に切り込む。
 イザナミに防御するための腕は既に無く、がら空きな脇腹目掛けて、白刃が滑り込んだ。
 刃はイザナミの身体に届き、シジョウも手応えを得る。
 しかし、それは致命傷とはいかない。
『単純な策ながら、見事。私の身体に傷をつけるとは……』
「そんな……刃が、立たないとは……ッ!」
 シジョウの振った剣はそれ以上、押すも引くも叶わず、死に体となる。
 こうなると防御の出来ない隙を作られたのはシジョウの方だった。
『そろそろ休みなさい。黄泉にて貴女を待ちましょう』
「しまっ――」
 身構える隙も無く、あたりに強烈な雷が走った。

*****

「そ、そんな」
 真たちがそこへ辿り着いたのは、直後だった。
 そこにいたのは、雷を走らせた美女と、空になった管が二つ、そして倒れ伏すシジョウだった。
「シジョウ!」
「今すぐ回復を!」
 真とミキがシジョウとイザナミの間に立ち、雪歩とイオリがシジョウにつきそう。
「あの女の人、見た事あるの」
「ああ、雪歩がチューニングした姿とソックリだ」
 八つの雷を身体に這わせる美女。それは確かに、雪歩がチューニングした姿と瓜二つ。
『それはそのはず、そこの少女……雪歩ちゃんは私の姿を真似た化身なのですから』
 イザナミの声に、その場にいた者はハッとする。
 聞き覚えのある声。あの女性の優しげな声。
「その声……あずささんか!?」
『その通りよ、真ちゃん。私は今、守護と同化してイザナミとなっているわ』
「どうしてそんな!?」
『愚問ね、私も創世を目指すからよ』
 優しげな声は一転、怒りに満ち満ちる。
『貴女を信じて、プロデューサーさんの望む世界を守ってくれると思っていたのに、出来上がったのはボルテクス界。結局、貴女も私を裏切って、受胎を起こしてしまった』
「それは……」
『いいえ、何も言わなくていいわ。悪いのは全て私だもの』
 あずさ、イザナミの声は何かを達観しているようで、諦めているようで、他を寄せ付けないようだった。
『誰かを信じるから裏切られる。こんな事なら、最初から私一人でやれば良かったのよ! だから私はもう、誰も信じない! 裏切られるくらいなら、私は一人で生きる!』
「それじゃあ、貴女の目指す世界はなんなんだ!?」
『私の作る世界はプロデューサーさんの望む世界! 彼が欲した世界を私の手で作る!』
「……あずささん、それじゃあ矛盾している!」
 一人で生きると言った彼女は、誰かに縋って今も生きている。
 明らかな矛盾を抱えながら、しかしイザナミは止まらない。
『邪魔をするなら、貴女たちにも死んでもらうわ!』
「あずささん……ボクは貴女も取り戻してみせる!」
 イザナミが発した雷を、真のカグツチがかき消した。
 真の本質は既に人から外れている。
 彼女は既に『魔人』。人であって人でなく、悪魔であって悪魔でない。
 その反応速度は常識を逸する。
「ミキ! 後ろを頼む!」
「わかったの!」
 後衛を完全にミキに任せ、真は一人で突進する。

 幾本と走る雷を完全に見切り、真はイザナミとの距離を縮める。
『口惜しや、我が子よ! それほどまでに我が身を焼くと乞うか!』
「何を言ってるかわからないけど、ボクは貴女を殺すつもりはない!」
 真の手に持つカグツチが火を噴き、イザナミの肌を掠める。
 イザナミが初めて退いたのだった。
『……無意識にあの炎を嫌っている……私が? イザナミが?』
「炎に弱いのか? だったら!」
 真は強気に攻め込み、カグツチを振るって相手を追い詰める。
『くっ! お前なんかいなければ、私はあの人と一緒にいられたのに!!』
 イザナミが苦し紛れに繰り出す雷もなんのその、真はついにイザナミを追い詰めた。
『どうして……どうして、貴女はいつも奪うの!?』
「以前まではどうだったか知らない。でも、今度は!」
 大上段に構えたカグツチが、袈裟懸けに切り下ろされる。
 その刃はイザナミの身体を通り、そのまま抜ける。
「……今度は全てを取り戻す戦いだ!」
 カグツチによって斬られたイザナミは姿を消し、そこに残ったのは気を失ったあずさだけだった。
 あずさはその場にどっさりと倒れた。
「……息はあるな」
 真はあずさの無事を確かめ、後ろを振り返る。
「シジョウさんのリカームは成功したよ!」
「回復の方も問題ないわ。すぐに気付くはずよ」
 どうやら、シジョウの方も間に合ったらしい。
 全てを終え、真は安堵のため息をついた。

*****

 目を覚ましたシジョウは、辺りを見回す。
「これは……」
「目が覚めましたか、シジョウさん!」
「貴女は……雪歩」
「はい。ちゃんと目が覚めてよかったですぅ」
 雪歩は涙を零しながらシジョウの手を握った。
 その手のぬくもりに、シジョウは笑みを零す。
「真……真はいますか?」
「いるよ」
 辺りを警戒していた真はシジョウに呼ばれて近寄る。
「貴女にこれを託したいのです」
「これは……管?」
「ええ、私の相棒、大切な仲魔です」
 シジョウの召喚に応え、管から出てきたのはヒビキだった。
「タカネ! 大丈夫か!」
「ええ、ヒビキ。大事ありません。それよりもヒビキ。良く聞きなさい。貴女はこれから、真と共にカグツチを目指すのです」
「ど、どうしてだ!? タカネの傍にいちゃダメか!?」
「いいえ、貴女には私の使命を託したい。その目で全てを見届け、創世を完遂させるのです」
「タカネ……」
 ヒビキの目にも涙が浮く。
 しかし、シジョウはその涙を指で払った。
「これが今生の別れではありません。真が創世を成せば、新たな世界でめぐり合えましょう」
「絶対だぞ! 約束だからな!」
「ええ、この葛葉シジョウ、いいえ、この四条貴音、その約束は何があっても違えません」
 二人は指切りをかわし、その約束を固く契る。
 そうした後、シジョウはまた真を見た。
「ヒビキを連れて行ってください。役に立つはずです」
「でも……いいのか?」
「私の守りならば他にもいます。私自身、もうすぐ動けるようにもなるはずです。あの女性……あずさといいましたか。彼女の守りも私に任せて下さい」
「それは心強いけど……いや、わかった。ヒビキはありがたく受け取る」
「では行きなさい。カグツチが貴女を待っています」
 シジョウに背中を押され、真一行はそのまま上へと登っていった。

*****

 残されたシジョウは天を見上げながらつぶやく。
「一度、真に尋ねられた事がありましたね。ヒビキはパートナーではないのか、と」
 あの時は二人とも本心から『違う』と答えた。
 だが、長い時間共に過ごした今なら、その答えはどうだろうか?
「悪魔使役は業の深いものですね……」

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真・菊地探偵事務所 三章 9

9 太陽の塔

「それでは、始めようか」
 邪教の館の主は二つの剣を受け取り、それを台座へと移す。
 そしてしばらくすると部屋全体を稲光が包み、その閃光が消え去ると、そこには一振りになった剣、ヒノカグツチがその刀身の炎を猛らせていた。
「これが真のヒノカグツチ、持って行くがいい」
 鞘に収められたヒノカグツチを受け取ると、鞘が既に熱を帯びているように温かかった。
「……本当のヒノカグツチ、これがボクの守護であり、ボクの剣」
「真ちゃん! やったね!」
「うん……なんだかすごく手になじむ。懐かしい感じがする」
 自分の内にある何かが鳴動するのを感じた。
 殻にヒビが入るような感覚。だが、それが全てさらけ出されるのはまだ後。
 と、その時、ボルテクス界全体を揺らすような地震が起きた。
 地下にあるこの邪教の館も相当揺れたが、それでも部屋の中には一切影響がなかった。
「なんだ……地震?」
「どうやらオベリスクが現れたようだな」
 館の主は天井を見上げながら呟く。
「オベリスクが……?」
「二つあった剣、ヒノカグツチが一つになった事で、オベリスクが向かう先を見定めたのだ」
「つまり、空にあるカグツチを太陽だと認めた、って事?」
「然り。行け、魔人よ。お前の向かう場所はそこにあるのだろう?」
 主に背中を押され、真たちは邪教の館を出た。

*****

 地上に出ると、オフィス街の真ん中辺りから黒く高い塔が現れたのにすぐ気付いた。
 先ほどまでなかった巨大な塔。あれがオベリスク。
「雪歩、イオリ、ミキ、ホルス。みんな、準備はいいね?」
「うん」「とーぜん」「大丈夫なの」「問題ありません!」
 全員の答えと力強い頷きを受け、真たちはオベリスクへと歩き出す。

*****

 ほぼ時を同じく。
「驚いた……あんなものが地面から現れるなんて、非常識だわ」
「現状だってニンゲンからしたら、十分非常識って奴だろ」
「まぁ、それも確かに」
 オベリスクが現れるのを別の地域から見ていた春香とモムノフ。
 黒き塔は地面から現れ、見る見るうちに高みへと昇っていった。
 そして、それに呼応するように、カグツチからも塔が現れ、オベリスクの先端と直結している。
「それで、あれがカグツチ塔って奴ね。確かに、こりゃ一見にしかず、ね」
「だろ? 言葉で言ったとしても信じないだろ?」
「とにかく、目指す場所が見えたなら即行動。行くわよ、モムノフ」
「おうよ」
 二人もオベリスクへと歩を進める。

*****

 そしてアマラ神殿付近。
「ようやく顔を出しましたか」
「タカネはどうするんさー?」
 様子を窺っていたシジョウとヒビキ。
 シジョウは少し思案した後、外套をはためかせた。
「決まっています。私たちは葛葉のサマナー。創世を見届ける義務があります」
「そうこなくっちゃ!」
 向かう先はオベリスク。その胸中は、真意はどこにあるのか、未だに隠しつつ。

*****

 アマラ経絡の奥の奥から出でた神。
 ボルテクス界の端で成りを潜めていたそれは、やっと動き出す。
『ようやっと、カグツチへと至る道が現れたか』
 雷を八本、身体に這わせた姿は、雪歩がチューニングした姿と良く似ていた。
『私は殺す、全てを殺して、あの人の世界を作る。私にしか……出来ない』
 そう呟いたそれは、念じると周りに幾万の死人の兵士を作り出し、その軍勢を率いてオベリスクを目指す。
 それの名は『イザナミ』、元々はあずさだった存在である。
 このボルテクス界に二柱目、降り立った守護であり、神である。

*****

「見えたな」
 バサバサの白い髪をはためかせ、オフィス街のビルの上で、千早がオベリスク、カグツチ塔を見上げる。
『他のコトワリも既に動いているか。しかし、最後に勝つのはこの我らのコトワリ、ヨスガよ』
 他の連中の動向もすぐに感知し、それでも不適に笑う千早、いやゴズテンノウ。
 なんと言っても、ゴズテンノウにはその本来の力以外にペルソナの力もある。
 千早と言う器を見つけたのは、ゴズテンノウにとっては嬉しい誤算だったのだろう。
「熾天使たちよ、我に続け。我らの世、力の統べる世は目前だぞ」
「御意」
 ゴズテンノウの傍らに、二体の熾天使が降り立つ。
 豹頭の天使、オセ・ハレルとフラロウス・ハレルである。
 その天使を引きつれ、ゴズテンノウはオベリスクへと向かう。

*****

「さぁ、君はどう見る?」
 その様子を高みから眺める一つの影、やよい。
 カエルのポーチを首からぶら下げ、楽しそうに眺めている。
『さぁね、俺には見当もつかないよ』
 その傍らには一人の思念体がいた。
 姿かたちはぼやけているが、声は明らかにプロデューサーのモノである。
『ってかお前、そんな女の子に憑依するなんて、趣味悪いぞ』
「くくっ、愛らしいだろう?」
 確かに愛らしくはあるが、それでも中にいるのがあの悪魔だとわかれば、プロデューサーも軽々しく肯定出来ないだろう。
 今、やよいの中にいるのは事の発端とも言えよう悪魔、ルイ・サイファーと名乗ったあの男である。
 べろちょろからやよいを操っているのだ。
「私は楽しくて仕方がないよ。思い通りに事が進んでいるのだからね」
『本当にそう上手くいくのかよ?』
「いくさ。今回は一度も私の掌の上から出る事はない。そしてこれからもね」
『何故そう言い切れる?』
「この世界では、私が神だからさ」
 思い切り顔をゆがめて笑うやよいは、愛らしいとは言いがたかった。

*****

 こうしてボルテクス界は終わりへと進む。新たなる始まりを目指して。

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真・菊地探偵事務所 三章 8

8 守護

 ボルテクス界の外れ、誰も立ち寄らないような辺境、そんな場所にアマラ神殿と呼ばれる建物があった。
 三つのピラミッドと、それらに囲まれるようにして逆立ちしたピラミッドが突き刺さっているという、謎の造形が目立つ場所だが、そんな見かけによらず、ここはボルテクス界においてとても重要な役割を持った場所だった。
「ここが、アマラ神殿か」
 エントランスの鏡の間を抜け、真たちはピラミッドが立ち並ぶ場所までやってきた。
 先鋭的なデザインの広場に立って、真はかなり気圧されていた。
「なんだか個性的な場所だね」
「ねぇ、ホルス。ここで本当に真くんの守護が降ろせるの?」
「わ、私に聞かれましても……」
 ミキに尋ねられて、ホルスは答えに窮していた。
「ホルスがここに来るように言ったんだろ? 何か知ってるんじゃないのか?」
「私が知ってるのは、もしかしたらここで情報が得られるかも? って感じの事だけですよ。ぶっちゃけ、ここで何があるのかまではちょっと……」
「微妙に役に立たないわね! 仕方ない、真、ちょっとこの辺歩き回ってみましょう」
「そうだね、みんな、何が出てくるかわからないから慎重に行こう」
 そんなわけで、一行はピラミッドの中を探検してみる事にした。

****

――のだが、周りにある三つのピラミッドの中にいたのは野良の悪魔だけで、これと言って収穫はなかった。
「あれだけこれ見よがしに並んでるピラミッドの中に何もないなんて……」
「じゃあ、残るは真ん中の逆立ちピラミッドだけなの」
「あの中に何もなかったら、ホルス、どうなるかわかってるんでしょうね?」
「ひぃ!? わ、私の所為ですか!?」
「い、イオリちゃん、ホルスさんだって悪気があったわけじゃないんだし……」
「悪気があったなら即刻氷漬けにしてやるわよ。……さ、真、真ん中のピラミッドに入ってみましょう」
「う、うん」
 イオリが『目覚めて』からこっち、一行の結束が強まったような気がしていた。
 ふんわりとではあるが、どこか懐かしい感じがする。まるで一度一緒に旅をしたような、そんなデジャビュに似た気さえするのだ。
 イオリだけでなく、ホルスやミキも気にかかる事を言っていたし、もしかしてこの既視感がその謎の鍵を握ってるのではなかろうか。
「真ちゃん、早く行こう?」
「雪歩は……」
「うん?」
「雪歩は何か、既視感のようなものを感じない? 前に僕らが旅をしたような……」
「うーん、よくわからないけど、私はこの世界自体が……なんていうかな、『違う』気がするの」
「……違う?」
「上手く言えないんだけどね。なんていうか、世界って神様が作ったものでしょう? でもこの世界は別の意思によって作られてる、って言うか」
「そりゃ、ボルテクス界は純粋に神の意思で作られた世界じゃないだろうけどさ」
 この世界が出来上がったのは、少なからず真の意思も混じっている。
 それは純粋に神に相当する存在が作り上げた世界とは言えないだろう。
「そうじゃなくて、このボルテクス界が出来上がる前から、私は違和感を感じてたの。私たちの住みなれた町、歩きなれた道、あの事務所の中でさえ」
「違和感……」
 雪歩が感じた既視感ではない違和感。
 真にはそれがなんなのか、わからないままだった。

 真ん中のピラミッドの中は薄暗い部屋が一つあるだけだった。
 床の下には水槽のようなものがあるようで、そこに大量のマガツヒがたまっている。
「これは……マガツヒを集める装置みたいですね」
 ホルスが周りを見回して、そう言う。
「オベリスクに良く似ているけど……核になるモノがない」
「どういうこと?」
「オベリスクと呼ばれる場所で構成されていたマガツヒを集める装置は、巫女と呼ばれる存在を核にしてマガツヒを集めていました。でもこの場所にはそれがない。そうじゃなければこんな大量のマガツヒなんか集められないと思うんですけど、うーん」
 ホルスはパタつきながら周りを飛び回って物色しているが、その疑問が解ける事はなかった。
 一方、そんな難しい事を考えるのが得意ではない真は、目に見えるものを判断する。
 床下にたまっているマガツヒ、そしてそこから延びる台座。
 台座にはそのてっぺんに何か乗せるような場所がある。
 そして、それは地下でアミとマミに貰った『ヤヒロノなんちゃら』がピッタリ収まるようである。
「ここにヤヒロノなんちゃらを乗っければいいのかな?」
「真、あんまり不用意な事をして厄介事を起こさないでよ?」
「僕がいつ、厄介事を起こしたんだよ?」
「まず、GUMPを手にした事がそもそもよね」
「うっ……」
 言われてみれば、見るからに怪しい小包を勝手に開けて、中身を物色するなんて、完全に不用意から来た厄介事だった。
 ガンプをすぐに処分していれば、今回の件は起こらなかったかもしれない。
 それはそれで、また別の事件が起こっていた可能性もあるが。
「でも真さん、そこにヤヒロノヒモロギを乗せる事は正解ですよ」
 辺りを飛び回っていたホルスが口を挟んだ。
「それをしないと、カグツチへと辿り着く事が出来ませんから」
「ここにヤヒロノなんちゃらをセットすれば、ワープできる、とか?」
「そんな簡単だったら良いんですけどね。実際は八割がた徒歩ですよ」
「え!? あんな高いところまで徒歩で!?」
「塔が伸びるんですよ。カグツチからね」
 ホルスが言うには、ヤヒロノヒモロギをセットすると、それが鍵になってカグツチから『カグツチ塔』と呼ばれる塔が伸びてきて、それを登る事でカグツチに辿り着く事ができるという。
「でもそのカグツチ塔が連結されるためのオベリスクが、このボルテクスにない事が気がかりですよねぇ」
「オベリスクってなんなのさ? さっきも言ってたけど」
「ニヒロがナイトメアシステムを使うため、ひいてはマガツヒを大量に集めるための重要な場所ですよ。アレがない事には、ニヒロとマントラ軍は全面戦争してたでしょうね」
 ホルスが喋る事の中にわからない単語が出始めてきたので、真は理解する事を諦めた。
「とりあえず、そのオベリスクとカグツチ塔がないと、僕らは創世を行えないって事だろ? どうしたらいいんだろう?」
 真が首を傾げた時、入り口から声がした。
「オベリスクは太陽の塔。この地にオベリスクの穂先を向けるべき太陽を示すのです」
 驚いてそちらを見ると、黒い外套を羽織った人物、葛葉シジョウがいた。
「シジョウ!」
「菊地真。貴女ならばその『太陽』を示す事が出来るはずです」
 そう言って、シジョウは一振りの剣を取り出した。
「これは貴女の持つ剣、ヒノカグツチとほぼ同じの剣。刀身は猛る炎に包まれ、銘をヒノカグツチといいます」
「僕の剣と同じ?」
「ええ、ですが少し違う。私の剣と貴女の剣、元々一つだったものが何かの要因で二つに分かれた物のようです」
 シジョウはもう一つ、外套の中から一枚の紙切れを取り出した。
 そこに書かれていたのはHRインフォメーションという社名と、秋月律子という名前。
「律子に会ったのか!?」
「ここに来る前……正確に言えば、あの人修羅、天海春香に出会う前です」
「春香にも会ったの!?」
「その話はまた後ほど。今は秋月律子から聞いた話を、貴女に聞かせるのが先です」

*****

「それはおかしいわね」
 HRインフォメーション内で律子は唸った。
 シジョウの話を聞いて、目に見えた違和感を感じ取ったのだ。
「そもそもこの件の発端は葛葉がバンナムの研究員に悪魔召喚の資料を渡した事よ。だとすれば、貴女がこの件に介入し、鎮圧を目的にしている意味がわからないわ」
「葛葉は既に、前世界を放棄していました。故に受胎が始まる直前までサマナーを一人たりと動かさなかったのです」
「……葛葉が前世界を見限った理由って何?」
「色々あります。それこそ環境問題、戦争、エネルギー危機、それら全てを危惧し、一度『まともだった時代』にまで逆行させるのが一番の手段だ、と」
「その為に、受胎を起こさせて、世界を葛葉のいい様に作り変える、って事ね。反吐が出るわ」
「ならば秋月律子、貴女ならば滅び行く世界を、ただ静観し、死んでいくのを甘受するというのですか?」
 どうしようもなかった世界の状況。それを思えば、受胎という危険を冒してまでも世界のリセットは必要だったかもしれない。だが、それには大きなリスクを伴う。
 今現在、ボルテクスに生きているコトワリは複数ある。そしてそれのほとんどが葛葉の理想とは遠いもの。葛葉としてはそれらのコトワリが創世を行うことにいい顔はしないだろう。
 逆を言ってみれば、そんな危険を冒す事でしか世界は救いようがなかったのかもしれない。
「……起きた事を今更どうこう言っても仕方ないわ。それより、建設的な話をしましょう」
「賛成です。まずは私、葛葉シジョウの意見を述べましょう。私は菊地真に創世を行わせる事を推します」
「ええ、それが一番でしょうね。あの娘なら上手くやってくれるはず。私もそう信じられるわ」
 人でも悪魔でもない、魔人として覚醒しつつある真。だが、その心は人のままだと信じられる。しかし、彼女には翼はない。創世のためにカグツチへ向かおうにも、その道がない。
「そこで秋月律子、貴女ならと思い、尋ねました」
「カグツチへ至る道、オベリスクとカグツチ塔ね」
 徒歩でカグツチへ至るには、その二つの塔が必要不可欠。
 何せカグツチはボルテクスの中心、遥か頭上にあるのだ。高い高い塔でもなければ近づく事さえできないだろう。
「一応、調べはついているけど、難ありね。それでも聴く?」
「是非」
 シジョウが首肯するのに答え、律子はメモを開く。
「カグツチ塔が顕現するには、ボルテクスのどこかにあるアマラ神殿にヤヒロノヒモロギを奉納するしかないわ。でもカグツチ塔はオベリスク目指して伸びてくる。今のボルテクスにオベリスクはない」
「本当に存在しないのですか? 隠れているだけ、と言う事はありませんか?」
「さすが葛葉、鋭いわね。そう、今のオベリスクは向かうべき先を見失っていて、姿を隠しているだけ。オベリスクの向かう先を示してやれば、自然とその姿を現すわ」
「どういうことです?」
「オベリスクってのは『太陽の塔』って意味よ。太陽に伸びる塔。つまりオベリスクの向かう先は太陽なの」
「……ボルテクス界の太陽といえば、カグツチしかありません」
 現状、地上を照らしてくれている存在といえばカグツチ。
 あれが太陽でないというならば、どこに伸びるべきなのだろうか?
「カグツチは確かに、オベリスクの向かう先。でもオベリスクをカグツチに向けるためには、もう一つこなすべきプロセスがあるの」
「……見当もつきませんね」
「そうかしら? 貴女の背負っている剣、それに覚えはない?」
 シジョウが外套の下に隠している剣、ヒノカグツチ。
 奇しくも天に輝くカグツチと同じ名前を関している剣である。
「何故貴女がその事を? 私がこの剣を持っているのは極秘であるはず」
「情報屋なめんじゃないわよ。……って言いたいところだけど、裏技を使わせてもらったわ」
「タイジョウロウクン……ですね?」
「話が早くて助かるわ。そして、貴女のカグツチと真の持っているカグツチ、その二つが分かれたのは恐らく、この夢が始まった瞬間。それまでは貴女の剣は刀身を有してなかったでしょうね」
「……夢? 理解しかねます」
「でしょうね。この事を知っているのは目覚めた数人のみ。貴女がわからなくてもしょうがないわ」
 律子の話す言葉に首をかしげながらも、シジョウはどうしてか疑う事ができなかった。
 それは単に、情報元がタイジョウロウクンというこの上なく信じられる人物である事。
 そしてもう一つ、どこか身体の内の内、本能とも呼べる場所が納得してしまっているのだ。
 彼女の言っている事は本当である、と。
「なるほど、貴女が情報集めに秀でている事はわかりましたし、その信憑性も確認できました。では貴女に問いましょう、オベリスクを顕現させる方法を」
「それは……」

*****

「秋月律子に聞いた方法とは、私の持つヒノカグツチと、菊地真、貴女の持つヒノカグツチを融合させる事」
「融合……? そんな事が出来るの?」
「古来、剣と悪魔、剣と剣の合体の方法を伝えている場所があります。それが、邪教の館」
「邪教の館って……私も行った事あるわ。確かオフィス街の地下にあったはず」
 イオリがピクシーからティターニアになれたのも、邪教の館に伝わる秘術のお陰。
 邪教の館の秘術とは強大で、サマナーにとってとても役に立つものなのである。
「じゃあ、早速その邪教の館に……」
「いいえ、まだです」
 そう言って、シジョウは剣を抜く。燃え立つ剣、カグツチを。
「先ほど、人修羅天海春香とは剣を交えてきました。彼女は強く、激しく、創世の器たり得ると確信いたしました。では、貴女はどうですか、菊地真?」
「ボクと戦うって言うのか?」
「その通りです。もしも貴女が創生の器たり得ないのであれば、私がその剣を預かり、貴女の代わりに創世を行いましょう。心配なのであれば、貴女の仲魔も助勢して構いませんよ?」
「キミはどうするのさ?」
「私はこの身一つで戦いましょう。無理を言っているのは私の方です」
「だったらボクも一人でいい」
 真も静かに剣を抜く。同じ様に燃え盛る剣、カグツチを。
 二振りのカグツチ。それらが見えただけで、この場が一気に明るくなった。
「ま、真ちゃん……」
「大丈夫、雪歩はそこで見ていて。ボクは負けない」
「大した自信ですね、菊地真。いいでしょう、見極めさせていただきます」
 シジョウはカグツチを構え、静かに踏み出す。


 音もない踏み込みから一閃、横薙ぎの水平斬りを、真は剣で受け止める。
 刀身が炎同士のカグツチでも、どうやら弾き返す事は出来た様で、防御は叶った。
 シジョウはさらに加えて、返しの刃で袈裟懸けに斬りつける。
 しかし、真は引きざまに剣を払い、シジョウの剣を弾く。
 隙が出来たシジョウ。攻守が逆転する。
 すかさず、真は低く構え、脇腹に向けて突きを放つ。
 シジョウはカグツチを打ち降ろし、真の突きを叩き落す。
 さらにふわりと前方に跳び上がり、身体を反転させつつ真の背中を斬りつけにかかる。
 真は地面を転がり、それを回避した。
 間合いが空く。
 先に間合いを詰めたのは真。
 深く踏み込んでカグツチを両手脇に構え、逆袈裟斬り。
 跳びはねての攻撃、と言う大振りを繰り出したシジョウはすぐさま反応できず、後方にバランスを崩しながらも何とか回避する。
 しかし、これは致命的な体勢の崩れ。
 真はすぐに上段に構え、剣を振り下ろす。
 シジョウはバランスを崩したまま、流れに身を任せつつ後ろに転がり、その斬撃を避ける。
 起き上がり際に剣を振りつつ牽制し、体勢を立て直した頃には、またも二人の間に間合いが空いた。

「ふぅ……」
 息を抜いたのは真。
 張り詰めた表情で見つめるのはシジョウ。
 正直、シジョウは真がこれほど出来るとは思っていなかった。
 何せ無名のサマナー、無名の探偵が、これほどの戦闘能力を持っているとは誰も思うまい。
 天賦の才。そう呼ばざるを得ないだろう。
 真の『可能性』は十二分にある。
 だが、それだけでは弱い。
「菊地真、殺す気で、死ぬ気で来なさい。私も殺すつもりで、死ぬつもりで参ります」
「……いいよ。キミがそれで認めてくれるのなら」
 ピリリと空気が張り詰める。
 雪歩は思わず、半歩にじり出てしまったぐらいだ。
 しかし、真は大丈夫だと言った。それを信じるしかない。

 殺気が立ち込める中、先に剣先を揺らしたのは真。
 中段に構えていた剣を大きく振り回し、両手脇に構え、前に出る。
 その動きに反応し、シジョウは剣を握る手に力を込める。
 見極める。魔人の攻撃と言うものを、見切ってみせる。
 そんな心積もりだったのだが、しかし
「本気で行くよ」
 そう呟いた声が聞こえた瞬間、真の姿を見失う。
 残ったのは眩いカグツチの残像。その閃きが瞬く間にシジョウの脇腹をすり抜け、
「とった」
 ゾワリと悪寒のするほど、至近距離から発された言葉。
 しかも、背後から。
 驚いて振り向くと、剣を収めた真がいた。
「……っ!」
 反応できなかった。
 防御なんて間に合うはずもない。
 あの『とった』とは『殺った』と言う意味なのだろう。
 間違いなく、シジョウは二度、斬られた。
 脇腹を払い抜けられ、さらに背後からも一撃食らっている。
 これが、魔人である真の実力。
 驚くべき成長幅。
「……参りました。認めざるを得ませんね、貴女の力を」
 そう言ってシジョウはカグツチを収め、真に渡す。
「ありがとう。でもいいの? これはキミの剣なんだろ?」
「私にはもう一振りの剣があります。流石にヒノカグツチほどの力はありませんが、仲魔と力を合わせれば、切り抜けられるでしょう」
「そうか……。じゃあ遠慮なく預かっておく」
 真は笑顔で頷き、シジョウから渡されたカグツチを受け取った。

「さて、後は守護って奴だけど」
 本来、ここに来た目的は守護を下ろす事。
 だが、見回す限り、手がかりになりそうなものはない。
「菊地真、気付いていないのですか?」
「……何が?」
 シジョウに言われて首を傾げる。
「今の貴女は、既に守護を携えている……いいえ、このボルテクス界で誰よりも早く守護を得ていたのは貴女なのですよ?」
「ボクが? いつ? どこで?」
「貴女がボルテクスに辿り着く前から、貴女はその剣として守護を得ていたのです」
 そう言って指差されたのはヒノカグツチ。
「この剣がボクの守護?」
「そう。ヒノカグツチとは天に輝くあのカグツチであり、その剣でもある。今のボルテクス界で最も強く、最も高みにある神性、それがヒノカグツチです」
「でも、ホルスは確か、この剣とカグツチは別物だって……」
「そう思えたのは私の剣が貴女の剣と分かたれていたからでしょう。どちらか片方だけでは、他の守護に易々と挫かれてしまうほどの神性しか持ち合わせません」
「そ、そうですピヨ」
 やたら目を泳がせているホルス。
 どうやらガチで別物だと思い込んでいたらしい。
 しかし、それに気付かず、真は自分の剣をしげしげと眺めた。
「そうだったのか……全然気付かなかった」
 確かに守護の名の通り、この剣には何度となく助けられた。
 この剣が真の守護だと言われれば、確かにそうである。
「これで貴女は創世に手をかけた最後の一人となったのです。他の敵を蹴落とし、創世へと至りなさい。私は貴女を信じています。きっと貴女が良い世界を築くと」
「……うん、ありがとう。期待に応えられる様に頑張るよ」
 真とシジョウはガッチリと握手を交わし、そしてそれぞれの行く道へと別れていった。

*****

「シジョウさん、一人で大丈夫かな?」
 アマラ神殿を後にした真一行。
 神殿を振り返りながら、雪歩がそんな事を零した。
「アイツだって今までボルテクス界を渡り歩いてきただけの力量はあるのよ? 私たちが心配するのが失礼ってモンだわ」
「そうですね。彼女は一流のデビルサマナーらしいですから、心配する事もないでしょう」
「ひょっこりカグツチ塔にも来ちゃうかもなの!」
 別れ際にはちゃんと『カグツチ塔でまた会いましょう』と言っていたシジョウ。彼女を心配する必要などないだろう。
「でも確かに、一緒に来てくれたら心強かったな」
「うん……もう戦う事はないよね、真ちゃん?」
「多分ね。きっとシジョウも味方してくれるはず」
 真の答えに雪歩も頷き、一行は再びオフィス街を目指すのだった。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 三章 7

7 魔丞

 フラフラと歩いた先には、とても高いビルがあった。
 バンナムほどではないだろうが、それでも見上げ続けると首が痛くなる。
「……なにかしら、ここは」
 そのビルの入り口に、千早が立っていた。
 マダを退けた後、どこへ行くともなく歩いていたのだが、気がつけばこんな場所に辿り着いてしまっていた。
 ここがどこだか、千早自身にはわからないが、バンナムのビルもあったビル街である。
「私は、どうしてこんなところへ……」
『力が欲しくないか』
 胸の中に沸いてくる声。
 千早は自分の胸を押さえ、ビルの屋上を見上げる。
『力が欲しくはないか』
 もう一度聞こえた。恐らく、この上から声を送っているのだろう。
 なんとなくそれを理解し、千早は意を決してビルへと足を踏み入れた。

 面白い事に、ビルの中には精霊も妖精も、悪魔も天使もいなかった。
 もぬけの殻だったのである。
 電気も通っていないようで、エレベーターは動いておらず、千早は階段を上って屋上を目指した。
 途中、窓から外を見やると、そこは見知らぬ世界、ボルテクス界。
 自分はどこまで流され、歩いてきたのか。何故だか笑みが零れた。
「力が欲しいわ」
『ならばくれてやろう。しかし、我が力の代償は安くはない』
「……どうでも、いいわ」
 屋上の前に辿り着き、錆び付いたドアを開ける。

 そこには大仏のような物が建てられてあった。
 ビルの下からは見えなかった、赤黒い石を彫って作られたようなそれは、気味悪くも頭だけ床に落ちている。
 ゴロリと転がる首は、千早を見据えているようだった。
『ニヒロの奴ばらにしてやられてどれくらい経ったものやら、時を数えるのも忘れていた。お前が我が力を受け継ごうとする者か』
「そうよ。私は力が欲しい」
『何のために力を振るう? 創世か?』
「創世? 何の事、それは」
 千早はこの世界にあって、唯一人創世という目的を持たない者だった。
 それもそのはず、世界なんか蘇らないと思っているのだ。創世を目的にするはずもない。
「私が力を欲しがるのは全て、復讐のため。弟を殺した悪魔を殺し、それを操っていた高木を殺し、私を欺いた春香を殺すわ!」
『復讐、か。それも良かろう』
「あなたに言われるまでもないわ」
 声にその目標を認められようとも、千早の心には何の波紋も浮かない。
『お前は持てる物を奪われた。それはお前が弱かったからに過ぎぬ。弱き者は奪われ、殺される。それは当然の道理よ』
「なんなの、それ? だったら、弱者は泣き寝入りしか出来ないっていうの?」
『そうではない。本当の弱者ならば寝入る前に食い殺される。だが力を得るべき者ならば、然る時に力を得、奪う側に回る。それが自然であり定めである』
「だから私は力を得て、あいつらに復讐を……ッ!」
『そうさな。力を得たのならば奪わなければならん』
 床に転がる頭がゴロリと動き、その目を光らせ、千早を見る。
『弱肉強食を体現せよ。力こそ全て、力こそ正義、力こそ真理。力を以って力を征し、それを上回る力を以って淘汰されよ。奪った者を打ち倒し、全てを奪い、そして行く行くは貴様も奪われるがいい。その力の輪廻こそコトワリとなる』
「……力が力を支配する世界、それが貴方の望む世界なの?」
『そうだ。それこそヨスガの世界。この荒廃したボルテクス界の行く先よ』
「面白いわ。そんな殺伐とした世界も悪くないかもしれない」
 千早はペルソナのカードを取り出す。
 最高位の神が描かれたタロットだが、それでも春香には敵わなかった。
 それは心が弱かったからだ。千早が今以上の強さを得るには、自分が強くならなければならない。
「一つだけ言っておくわ」
『……なんだ』
「私は貴方の言う世界にはこれっぽちも興味を持てない。だから、貴方の力を得る代わりに私は貴方の器になる。私の望みが叶えられれば、あとは貴方の好きになさい」
『自我を放棄するというのか?』
「私の望みは復讐だけ。それが終わればこんな世界、どんなになっても構わない。そこに私という個があろうとあるまいと、私には関係ないわ。私の望みさえ果たされれば良い」
『それではお前は、我がマガツヒを得たところで変わらぬだろう。弱きままだ』
 それは過去に囚われたままということ。ペルソナの力は変わらない。
「でも貴方なら存分に、純粋なままで力を使う事が出来るでしょう? 過去にも囚われず、本当の意味での心の強さを行使できる。だから、これだけ約束して。高木と春香を殺せば良い。それだけ守られれば、私は貴方の中で鳴りを潜める。私の身体、好きに使いなさい」
『……異な決断、しかしその願い聞き入れた』
 首の目が一際光り、その瞬間、どこからか稲光が落ちる。

*****

「な、なんだぁ?」
 突然の轟音に、モムノフが空を見上げる。
「あれ……」
 春香も気付き、ある一点を指差す。
 その先には背の高いビル、そしてその屋上に突き刺さる稲妻を見た。
「なんだろう、嫌な予感がする。……モムノフ、急ぐわよ!」
「お、おぅ」
 春香とモムノフが駆け出そうとした瞬間、足元に銃弾が放たれる。
「……っ!? 邪魔者、だけど、ここは黙って通るわけには行かないわね」
 地面を穿った銃弾は小口径。拳銃のモノだろう。
 悪魔が拳銃を使うわけがないし、知っている人間で銃を使っていたのは一人しかいない。
「デビルサマナー、葛葉シジョウって言ったかしら?」
「覚えていてくれたとは、光栄ですね、人修羅」
 ビルの陰から現れたのは黒い外套をまとった女性、葛葉シジョウとその連れであるヒビキ。
 既に刀も抜かれ、臨戦態勢であることは間違いない。
 春香もモムノフも意識を切り替える。
「アンタには会いに行こうと思ってたところよ。手に入れたこの力、そこの猫にも通用するか試してみたかったし、何より負けっぱなしは癪なのよね」
「それは丁度良かった。こちらにも時間がありません。既に二柱の顕現が成り、三柱目も準備が出来た様子。我らが葛葉の四天王もいない今、私が貴方を止めるしかありません」
「私を止める、ね。出来るのかしら? 今の私はちょっとすごいわよ」
 春香は握り拳を掲げる。
 その拳を見てシジョウは並々ならぬプレッシャーを感じた。
「なるほど、何をどうしたのか見当もつきませんが、人修羅の力を開花させつつあるようですね。これはこちらも本気で行かなければなりません」
 そう言ってシジョウが取り出したのは二振り目の刀。鍔に札が貼られており、どうやら封印されているようでもある。
 その札を親指で弾いて破き、シジョウはゆっくりと鞘から刀を抜く。
「ある時は世界の終末を見届け、ある時は世界を作り変える力となり、ある時は産んだ母を焼き殺す。猛る炎、神殺しの火、カグツチ」
 シジョウが抜いたその刀は、真の持っていた炎の剣と瓜二つ。
 刀身に赤い炎を纏い、轟々と猛る姿は春香も見覚えがある。
 バンナムの地下で真が持っていた剣だ。
「何故、アンタがそれを……っ!?」
「安心なさい、あのサマナーから奪ったわけではありません。これは葛葉に秘剣として封じられていた一振り。此度、私がこの事件に介入するに当たって、葛葉宗家から賜った品です。あの剣とはまた別物」
「にしたって、そんな物騒な刀が二つもあるわけ……」
「そうでしょうね。そう考えるでしょう。私もこの剣は一振りしかないと聞かされていました。カグツチが二振りもあるのは、何か理由があるのでしょう。ですが、今はそれを問うてる暇はありません」
 シジョウがカグツチを構え、春香を見据える。
「今はただ、貴女を全力で討つ。それが私に課せられた使命ですから」
「ふぅん、なるほど。『現実あるものはある』って事か。まぁ疑問に思っても仕方ないわね。考えるのは後で良い」
 春香も呼応するように構え、隣でモムノフも槍を構えた。
「アンタがそれを持った事で、確かに脅威になったし、それを認識できただけで十分」
「その通りです。……決着をつけましょう、人修羅」
 シジョウが刀を中段に構えたまま、春香に向けて突進する。

 そのスピードは以前とは比較にならないものだった。
 地下での一戦が本気でなかったのか、と疑うほどの突進力。
 だが、春香とてあの時とは違う。
 突き出されたカグツチを握り、その突きを防ぐ。
「熱っ……でも、我慢できないわけじゃない!」
「ヒビキ!」
 カウンターの拳が掲げられた瞬間、シジョウの背後からヒビキが飛び出し、魔法を唱える。
 彼女の腕に集まっているのは風。衝撃の魔法、ザンマである。
「させるか!」
 しかし、ヒビキの横合いからモムノフが飛び出し、槍を振りかぶってヒビキを打ち落とす。
 その打撃は得体の知れない壁のようなものに阻まれてダメージを通すことは出来なかったが、ヒビキの気を逸らす事は出来た。
 春香はその隙にカグツチを放してカウンターを断念、シジョウを手前に引っ張って、自身は彼女の脇を抜け、背後に回る。
 瞬く間にシジョウと春香の位置が逆転する。ヒビキもそれを瞬時に悟って魔法を中断した。あのまま放てばシジョウに直撃していたところだ。
「やっぱりこの猫が厄介ね! モムノフ、シジョウを頼むわ!」
「あんまアテにすんなよ? 女相手は慣れねぇんだからな!」
 モムノフはヒビキの発生させる謎の壁を蹴り飛ばし、シジョウに対して突進する。
 それを察知したシジョウは、振り返りざまにカグツチを振り、モムノフの槍をいなして彼から間合いを取る。
 さらにその傍らで春香はヒビキに腕を伸ばす。
「無駄さぁ! 自分に物理的な干渉は……」
「さて、どうかしらねっ!!」
 自分の能力に胡坐をかいていたヒビキ。しかし、それは間違いだった。
 シジョウは冷静に春香の力を分析していたが、ヒビキはそれを怠っていたのだ。
 いつも通り、ヒビキの周りには謎の壁が発生されるが、春香の腕はそれを突破する。
「なっ!?」
「捕まえたぁ!」
 春香はヒビキの腕を掴み、そのまま力任せに振り回してブン投げる。
 まるで戦車の主砲から発射された弾のように、ヒビキは殺人的なスピードを以って投げ飛ばされ、ビルの壁に激突する。
 その衝撃は凄まじく、一瞬にしてビルの一階部分を薙ぎ倒し、支えを失ったビルは崩れ落ちる。
 濛々と土煙が立ち上り、辺りの視界を奪う。
「バカヤロウ! ちょっとは状況考えて攻撃しやがれ!」
「仕方ないでしょ、私だってこの力を手に入れて日も浅いんだから、加減がわからないのよ!」
 土煙の中で背中合わせに立った春香とモムノフの叫び声が響く。
 恐らく、声で位置情報は捉えられたはず。シジョウが煙に乗じて不意打ちをしてくる事を睨んで、二人はカウンターを狙っている。
 しかし、煙が晴れてもシジョウは来なかった。
「……どういうこと?」
「俺が知るか」
 辺りを窺うと、近くにシジョウの姿が見当たらず、彼女はヒビキの回復を優先していた。
 宝玉をかざし、ヒビキの傷を癒していた。
「ふん、やっぱりその猫が攻撃の起点になってるみたいね。でも、もうその壁は役に立たないわよ」
 春香の言葉を聞いてか聞かずか、シジョウはヒビキの回復を終えて立ち上がる。
「……ヒビキ、まだやれますか?」
「もちろんさぁ。でも確かにあの人修羅の力は厄介だね。自分の『物理吸収』が通用しなくなっちゃったよ」
「それでもまだチャンスはあります。慎重に攻めましょう」
 シジョウが剣を構え、ヒビキも慎重に立ち位置を取る。
 戦闘が仕切りなおされようとした――その時。
 何の前触れもなく、四人の丁度中間に少女が降り立つ。
「……なっ!?」
 驚いて退いたのはシジョウ。
「ち、千早ちゃん!?」
 駆け寄ったのは春香だったが、その手をモムノフに掴まれて止まる。
「何するの!?」
「待て、千早の様子がおかしい」
 言われて見れば、確かに様子はおかしい。
 まっすぐ、綺麗だった黒髪はバサバサの白髪に変化しており、それより何より、その左腕が奇形に変形していた。
 およそ人とは思えないその姿に、一同は息を呑む。
「……そこの女」
 千早は春香をチラッと窺って言葉を発する。
「貴様がハルカ、というのか?」
「な、何を言ってるの、千早ちゃん?」
「訊いているのは我だ。答えよ」
 とてつもないプレッシャーが春香を襲う。
 だが、それはペルソナの力ではない。何か別の……。
「そうよ。……貴女は、誰?」
 春香は身構えて尋ね返す。
 問いに軽く笑った千早は、天上を指差す。
「女、今は貴様を殺す事はせん。我には先に屠るべき宿敵がいる。よって、貴様の死地はカグツチへ至る塔の中だ。我の手にかかるまで、死ぬなよ?」
「ち、千早ちゃん?」
「我はチハヤなる少女であり、マントラ軍の大将、ゴズテンノウなり。覚えておけ、貴様は我が殺してやる」
 千早はそう言った後、現れた時と同じ様に、音もなく消えた。
「千早ちゃん!」
 春香の声も虚しく響くだけで、千早の影にも届かなかった。
「くそっ、なんだって言うの!?」
 突然の出来事過ぎて、思考が追いつかなかった。
 だが理解できた事は一つ。千早は何か別の力に乗っ取られている。
 だとすれば、まずはその力から解放させなければ話どころではない。
「アンタ、葛葉シジョウって言ったかしら? アンタとの勝負はまた今度よ」
「……先程の少女を追うのですか?」
 気付くと、シジョウは剣を収めており、ヒビキの方も毛繕いを始めていた。
 完全に戦意を失っている。
「だったらどうしたのよ?」
「……人修羅、貴女に問います。先程の少女、千早と言いましたか? 彼女は貴女にとって、この世界を変えてまでも助けたい相手ですか?」
 突然の質問に、春香は多少面を食らったが、それでもすぐに答える。
「世界なんか関係ないわ。こんな常識ハズレの世界だろうとも、私は千早ちゃんの友達であり続ける。千早ちゃんがああなっちゃったのは私の責任でもあるし、友達ならあんな千早ちゃんを放ってはおけないもの」
「……なるほど。思考は柔軟にせねばなりませんね」
 シジョウはそう言うと、懐から石を取り出して春香とモムノフに放った。
「魔石です。回復に使うと良いでしょう」
「……どういうつもり? さっきまでは私たちを殺すつもりで戦ってたんでしょう?」
「私の敵は世界を脅かすモノたち。……どうやら貴女はそれに当てはまらないらしい」
「これだけやって、魔石の譲渡だけで話をつけようってのは、ちょっと虫が良すぎるんじゃない?」
 ともすれば死ぬような目にあったのは事実。だがそれはお互い様だが。
 しかし、今の戦闘では春香の方が優勢だった。劣勢だったシジョウが魔石程度で、今までの事を水に流して欲しい、なんて釣り合わない。
「私はこれ以上の消耗を望みません。貴女がなんとしても私を除く、と言うのならば、今度こそ全力を持ってお相手します」
「まだ全力じゃなかったっての? 嘘くさいわね。単に虚勢を張ってるだけじゃないの?」
「……私の仲魔はヒビキだけではありません。管は十二本。その内、貴女の連れ以上の力を持つ仲魔がいないと思いますか?」
 そう言われてみると、シジョウの外套の下には管を補完しておくための肩吊りが巻かれている。そこには確かに管が十二本。一つがヒビキの管だったとしても、あと十一本は余力があると見て良いだろう。
 その中にモムノフを押さえつけるだけの力を持っていた悪魔がいたとしたら?
 サシでシジョウと立ち合って、勝率は如何ほどだろうか?
 彼女の持つ炎の剣は真の持っているモノと同じ。あの剣の威力は、律子が言うにはまだ片鱗だけらしい。だとすれば、勝率は五分と言った所だろうか。
「ブラフ臭いけど……まぁ別にいいわ。これ以上アンタと小競り合いをして、千早ちゃんを見失ったりしたら意味ないし」
「恩に着ます、人修羅……いえ、春香でしたか」
 シジョウに初めて名前を呼ばれ、春香はクスリと笑う。
 やっとこれで人扱いしてもらえるだろうか。
「別に良いわよ。……それで、アンタはこれからどうするの?」
「あのサマナー……菊地真の助力へと参ります。貴女とも縁があれば再会するやも知れませんね」
「真が今どこにいるか知ってるの?」
「ええ、ボルテクス界の僻地、アマラ神殿へと向かっている、と情報を手に入れました。かの地にて彼女も守護を降ろすつもりのようです」
「……なんだかよくわかんないけど、会ったらよろしく伝えておいて。私はまだやる事があるしね」
「そうですか。では、次に会うのはカグツチへと至る塔にて、でしょうか?」
「その何とかの塔ってのもわかんないんだけど……」
 今まで何度か話の端っこに出てきている『カグツチへと至る塔』。
 カグツチと言うのは天に浮いている太陽のようなアレ、だというのはわかる。
 だが、そこへ至る塔、と言うのは何のことだろうか? 今のところ、そんな高い建物なんて見当たらない。
「時が来れば知れましょう。そして、その時ももうすぐ」
 外套をはためかせ、シジョウは春香たちに背を向けた。
 その姿が見えなくなるまで見送った後、春香はモムノフに向き直る。
「アンタは知ってる? カグツチに至る塔」
「知ってるよ。……だがまぁ、百聞は一見にしかずってな。言葉で言うより実際見る方が早いと思うぜ」
「じゃあその時までお預けってわけ? 仲魔の癖に生意気な」
 とは言った春香だが、無理に問い詰めるわけでもなく、そのままそこから消えた。
 この地に『カグツチ塔』が現れるのは、もうすぐ。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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