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真・菊地探偵事務所 三章 6

6 For you

「まさか、壁を掘り進むなんてね……流石は雪歩って感じかな」
 雪歩が開けた穴を歩きつつ、真はそんな事を呟く。
 ニヒロ機構最下部はそれほど横に広がってはいないようで、壁をぶち破った後はすぐに地面の中になっているはずだったが、穴はどんどん奥へと続いている。
 驚くべき事だが、真にとっては見慣れた穴だ。
「どこまで続いてるのよ、これ……全然先が見えないわ」
「私、光りましょうか?」
「アンタ、便利ねぇ」
「デコちゃんだって……」
「それ以上言うと、私の絶対零度が黙ってないわよ」
 妙に会話も弾む。警戒する必要はないはずだ。
 穴の入り口はほぼ全滅のニヒロ機構のアジト。進む先は現在、雪歩が掘りつつある。悪魔が襲ってくる心配は今のところないだろう。
 緊張感の欠片もない一行は、穴の先を目指す。


 しばらく歩くと、開けた場所に出る。
「おや、出口かな?」
「それにしてはユキホが見当たらないわよ?」
「ここは……地下鉄のトンネルだ」
 足元を見ると、地下鉄のレールが左右に走っていた。
 どうやら受胎を生き残ったトンネルらしい。恐らく、地下街のように他の地域へ繋がっている道になっているのだろう。
 チラホラと悪魔の気配も感じる。
「雪歩はどっちに行ったんだろう?」
「ちょっと悪魔の気配が多すぎてわかりませんねぇ」
「ミキはこっちだと思うな」
「根拠を言いなさいよ」
「勘なの」
 適当に指差すミキ。それを睨みつけるイオリ。
 ホルスはパタパタと羽ばたきながらキョロキョロしている。
 真も周りを窺ってみるが、足跡は見当たらないし、手がかりになりそうなものはないようだ。
 雪歩の向かった先は、やはり勘に頼るしかないだろうか。
「真さん、愛の力で何とかなりませんか?」
「愛の力って……」
 ホルスの言葉に苦笑しつつ、真はミキの指差した方に向かって歩き始めた。
「歩きがてら、飢えを抑える方法って言うのを聞かせてくれないか?」
「ええ、良いですよ」

*****

 ニヒロ機構から遠く離れた市民会館。
 今は次元を捻じ曲げられ、元の姿を失っているが、外観は確かにそれである。
 その中、捻くれた次元の道の最奥、そこにある棺にはマガツヒが唸るほど溜まっていた。
「そろそろか」
 棺の前に黒い影が一つ。
 バンナムの社長、高木順一郎である。
 彼が棺に触れると、その蓋はするするとすべり、音を立てて床に落ちた。
 溜まっていたマガツヒは開放され、フラフラと宙を漂う。
「さぁ、顕現したまえ、我が守護、絶対悪よ」
 マガツヒが浮いている空間に、幾本か稲妻が走る。
 その本数は瞬く間に本数を増やし、一際明るい閃光が辺りを埋める。
 視界が白から黒へ、どうやら光が収まったらしい事を瞼の奥から確認した高木は、ゆっくりと目を開ける。
『おお、おお……』
 漏れた声は歓喜による物か。
 視点が異常なまでに高い。先程まで自分の胸ぐらいの高さにあった棺が、遥か眼下に見える。
 そして自分の中に溢れる力を感じる。
 よくよく自分の身体を見てみると、もはやその姿は人とは言えない姿となっていた。
『これが神の力、神の姿。私は守護と同一化し、今この世で最もカグツチに近い存在……』
 高木は自ら降臨させた守護の神、アーリマンと同一化し、その力を実感している。
 この力があれば、最早誰にも負ける気がしない。
 だがしかし、次の瞬間、足元……というより、自分の内側の根幹から違和感を感じる。
 マガツヒの流れに多少、乱れが生じているのを感じた。
 これは、アマラ経絡で何かあっただろうか。
『そうか……もう一柱、降ろされたか』
 その原因を本能で悟る。
 今、ボルテクス界に強力な神がもう一柱降ろされた。
 それはアマラ経絡から飛び出し、ボルテクス界へと現れ出でる。
『ふふふ、こうも容易く追いつかれるとは。いや、しかしそれでも構わん。どの道我が力には及ぶまい。まだまだ遊戯を続けるとしよう』
 高木は背中から扇状の翼を展開し、それを大きくはためかせて飛び立つ。
 その衝撃に市民会館は耐えられるはずもなく、木っ端微塵に粉砕された。

 傍からはどう見えたのだろう。
 市民会館の数倍はある悪魔が、その中から出てきたのだ。
 異様という他ない。
 しかし、ここは既に現実世界からはかけ離れた場所。それもまた、ありえるのならある。
 実際、アーリマンが飛び立った後、その地上からは歓声しか聞こえてこなかった。
 ニヒロ機構はこうして、カグツチへと一歩近付いたのだ。

*****

 身体が熱い。喉が渇く。腹ペコだ。
 地下鉄のトンネルを歩きながら、雪歩は口をぬぐった。
 今まで歩いてきた中で、堪えられずに食べてしまった悪魔が数匹いたが、それでも飢えは渇きは癒せない。
「食べたい……食べたくない……食べたい……食べたい」
 ポソポソと呟きながら、それでも雪歩は歩いていく。
 出来るだけ真から遠く離れた場所へと。

 しばらくした後、そこを真たちが通りかかる。
 ミキの勘に頼った行き先だったが、その勘はどうやら当たっていたらしい。
「ここにも悪魔の残骸が……やっぱり雪歩はこっちに来てるのか」
「でも、さっきから転がってるのが妖精ばっかりってのが気になるわね。あの娘、選り好みしてるのかしら?」
「それは違うの。ここは妖精しかいないの」
 ミキがフラフラ指差す先、物陰には確かに妖精ばかりが目に付く。
 どうやら雪歩の行動に怯えて、真たちに襲い掛かる事もできないらしい。
 しかし、そんな一行の前に現れる影が二つ。
「そのと→り、ここには妖精しかいないよん。何故ならここは妖精郷だから!」
「ここで会ったが百年目って感じだね、まこちん」
「あ、お前ら……」
 現れたのはアミとマミ。
 現世で真たちを追い掛け回した悪魔使いだ。
「どうしてここに……!?」
「あー、身構えなくていーよ。アミたち、別にまこちんと敵対するつもりないし」
「そーそー、もうお役ごめんってね。だから今は、こんな暗いところで隠居せーかつってわけ」
「話が見えない……」
 アミとマミが嘘をついているようにも見えないが、そういう隙を狙っている可能性がないでもない。
 警戒を解かず、慎重に様子を窺っていると、アミとマミはため息をついた。
「アミたちしんよーないねぇ」
「そりゃそーだよ。あれだけ追い掛け回したんだもん」
「そーかもしんないけどさ……とりあえず、その事はジャジャーッと水に流して、アミたちの話聞いてくんない?」
 そう言ってアミが持っていた石を差し出す。背の低い四角錘の、掌に収まりそうな石だった。
「これはええと……ヤヒロノなんちゃかって石なんだけど」
「どーやら、これがないとそーせー出来ないらしいんだよね」
「どうしてお前たちがこれを……?」
「これも『キミの記憶』が原因してるっていう……ってまこちんに言ってもわからないのか」
「じゃー、都合よく持ってたって解釈でじゅーぶんだよ」
 真には良くわからない言葉の群れだったが、隣にいたミキとホルスは得心いったらしい。うなずいていた。
「この二人は嘘をついてないと思いますよ」
「ミキもそう思うの」
「イオリはどう? 信じていいと思う?」
「……正直、胡散臭いわね。そもそもこんなところが妖精郷だなんて笑っちゃうわ。妖精郷はもっと明るい場所で、妙なウザい王様がいて……ってあら?」
 記憶を手繰るイオリに変化が見える。
 一人志向の海に潜るように押し黙り、頭を抑えて俯く。
「い、イオリ? どうしたの、大丈夫?」
「静かにして。今、ちょっと……そうか。この世界は一度死んで……いや、でもなら何故またこんな事に……真!」
「え? な、なに?」
「アンタ、何か覚えてないの? 前の世界の事、アンタが全部直してからそれから」
「前の世界? ボクが全部直す? 何を言ってるのさ?」
 全く要領を得ないような真。完全に話が食い違ってしまっている。
 そこでイオリは初めて、ミキとホルスの事を思い出す。
「そうか、だからアンタたちも色々知ってる風だったのね? 前の世界での記憶を引き継いでるから」
「お察しの通りです。ですが、意外ですね、イオリちゃんは独力で覚醒したんですか?」
「アンタたちは誰かに入れ知恵されたって事?」
「そうなの。ミキは嫌だったけど、この世界で目が覚めてすぐだったから、どうしようもなかったの」
「んで、アンタたちはその誰かさんに口止めされてるって事でいいのね?」
「その通り、私たちはこの件に関して、真さんの手助けをする事は出来ません」
 首を振るホルスを見て、イオリはまた思案する。
 全然話の流れがわからない真は、完全に蚊帳の外だ。
「な、なにがどうしたのさ? ボクにもわかるように説明してくれ」
「すみません、真さん、私たちにはどうする事も……」
「デコちゃんは別に言っても良いんだよ? ミキたちみたいに、あの人に教えられたわけじゃないから」
「それよ。その口止めした奴ってのが誰だかわからないけど、真に教えないようにしたのはどうして? 何か意図があるの?」
「それに関しても、私たちは聞かされてません。真さんが独力で思い出す事に意味があるんだとか……」
 ホルスの返答を聞き、イオリもため息をつく。
 彼女が『思い出した』事について、話す事はいつでも出来る。
 だとすれば、『あの人』とやらが危惧している事態に陥らないために、イオリも口を噤むべきだろうか。
「悪いわね、真。私からも何も言えないわ。色々思い出しても、わからない事がたくさんある」
「なんだよ、それ」
「アンタも自分で思い出しなさいってことよ。私もちょっとしたきっかけで思い出せたんだから、アンタも意外とすんなり思い出せるかもしれないわよ」
「……よくわからないけど、今はみんなを信じるよ」
 モヤモヤしたままだったが、無理に教えてもらおうとしても口を開いてはくれないだろう。
 サマナーとは何ぞや、と自問したくなったが、それもあえて忘れる事にする。
「話終わった? じゃあ、アミたちの続きだけど」
 黙って待っていてくれたアミとマミが口を開く。
「このヤヒロノなんちゃかって石をあげる代わりに、あのゆきぴょん引き取ってくれる?」
「ゆきぴょんがいると、妖精たちも怖がるし、マミたちも安心して寝れないんだよね」
「アミとマミでどうにかできないのか? 一応、悪魔使いなんだろ?」
「割に合わないんだよねー。妖精が束になっても抑えられないんだもん。だったら、こんな石ころ一つで解決できる方を選ぶよ」
 なるほど、合理的な判断だ。
 それを聞いて、真はヤヒロノなんちゃかを受け取る。
「じゃあ、これで契約成立だ」
「うん、あんがと」
「それと、これ以降、別にマミたちはまこちんに構う事はないと思うんで、そこんとこよろろん」
「……ホントに、ここで隠居するつもりなのか?」
「そーだよ。アミたちの役目は終わったかんね。後は余生をここで過ごすのじゃ」
「余生って……まぁ、なんていうか……元気でね」
 今まで敵だった二人にこんな言葉をかけるのもどうかとは思うが、屈託なく笑う二人を見てると、どうにも毒気が抜かれてしまったのだ。


 アミとマミの二人と別れ、一行は更に奥へと進む。
 双子の話だと、この奥は行き止まりになっているらしい。
 このトンネル自体、受胎を生き残った部分は少ないのだそうな。その少ないトンネルの中に妖精郷を作り、安穏と暮らしているらしい。
 何を思ってここに妖精郷を作ったのかは知らないが、行き止まりになっているのは好都合だ。
「もうすぐ雪歩に追いつけそうだな」
 地面に転がっている残骸が、比較的新しい。傷口からマガツヒが多少漏れている。
 雪歩がすぐ近くにいるという事だ。
「覚悟はいいですか、真さん」
「ボク? 覚悟なんてとっくに」
 正直、雪歩が悪魔を食べているという事実は衝撃的なものだったが、ここまで来てかなり耐性はできた。実際、食べているところを見ると反応もまた変わるだろうが、それでも真は信じている。
 雪歩は雪歩であると。
「行こう、みんな」
 真の言葉に仲間はみなうなずき、そのまま雪歩のいる場所へと進む。
 緩やかなカーブを抜けたところ、槌の壁が立ちはだかる場所で、雪歩はうずくまっていた。
 その姿は女神の姿のまま。身体に幾本もの雷をまとわせ、容貌も雪歩とはかけ離れているが、それでも真は彼女を見てすぐ雪歩だとわかる。
「雪歩!」
「……まことちゃん……」
 声をかけられた雪歩は、真を見て力なく呟く。
「助けに来た。もう苦しまなくていいよ」
「……来ないで。来ないで……」
 歩み寄る真に、しかし雪歩は拒絶する。
 欲望に抑えが効かないのだ。
「私は食べたくない……真ちゃんを食べたくないのに……食べたくて食べたくて仕方ないの」
「うん、話は聞いたよ。アバタール・チューナーっていうのはそういうものらしい」
「だから、逃げて。私の手の届かない場所まで。じゃないと、私は……」
「でもボクは雪歩の傍を離れない」
 雪歩の言葉を撥ね退け、真は更に雪歩に近付く。
 足音に、雪歩の身体がピクリとはねる。
「ボクは全部取り戻すためにボルテクス界を作ったんだ。それなのに、雪歩を置いていくなんて出来ないよ」
「やめて、来ないで……」
「雪歩がボクの事を嫌いになったのなら無理は言わない。でもそうでないなら、雪歩も何も諦めないで欲しい」
「嫌いになるわけない……好きだから、好きだからこそ……来ないで」
「だったらボクの事を信じてくれ、雪歩」
 どうやら、その一歩が境界線だったらしい。
 真が踏み出した瞬間、矢弓の様に飛ぶ雪歩。目掛けるは言わずもがな、真。
 しかし真は抵抗するでもなく、雪歩の突進を受ける。
 勢いのまま突っ込み、二人は壁に激突した。
「ま、真!」「真くん!」
 イオリとミキが声を上げるが、土煙が去った後、そこには無事な二人の姿があった。
 大口を開ける雪歩だが、まだ真には噛み付いていない。
「ま……まこと……ちゃん……」
「雪歩、大丈夫だから、心を落ち着けて」
「食べたい、食べたくない、食べたくない……食べたい、食べたい、食べたい!!」
 雪歩の中の葛藤が、その情勢を変えつつある。
 ようやっと抑えていた食欲が、暴発しそうになっている。
「真さん! 早く!」
「うん、わかってる」
 ホルスに言われ、真は一度深呼吸する。
 そして、その口にメロディを乗せた。
「始まってゆく、果てなく続く、一つの道を」
「……ッ!?」
「駆け出してゆく、まっさらな名も無い、希望を抱いて」
 真が紡いだのは、歌。
 現世でよく聞いていた歌。
「どんな行き先でも、喜びと悲しみは巡る」
「……あ、ああ……」
「辛くても、進んでゆけるのは、大切な夢があるから!」
 歌を聴いた途端、雪歩の内側から焼け付くような感情が抜けていく。
 彼女の足元から幾本もの光の筋が現れ、次第に雪歩の身体を覆う。
 光が収まった後、そこには倒れ伏した雪歩がいた。
「ゆ、雪歩!」
「大丈夫です。今は眠っているだけですよ」
 ホルスが近寄り、真に声をかけた。
 確かに、寝息を立てて寝ている。その表情は安らかだった。
「このところ、ずっと寝てないみたいだったしね」
「そ、そうなのか?」
「ええ、今回の件を考えると、多分、自分の食欲と戦って、不安で眠れなかったんでしょう」
 もしかしたら、寝ている間に食欲が勝り、真を食べてしまうかもしれない。
 そう思うと、恐怖で寝る事すら出来なかっただろう。
「知らなかった。ボクはそんな事も知らずに……」
「雪歩もアンタにだけは知られたくなかったみたいだしね。……でも裏を返せばアンタの事を良くわかってるって事じゃない?」
「真くんがどこを見ているのか全部わかってないと、隠し通すのは難しいって思うな。……ミキにはちょっと無理なの」
 二人の言葉を聞いて、真は雪歩の寝顔を撫でた後、優しく微笑んだ。
「これからは、ボクが子守唄を歌おう。そうすれば雪歩も、何の心配もなく眠れる」
「そうしてあげたらいいと思います、ピヨ」
「……ピヨ?」
「なんでもないです!」
 こうして、この件は幕を閉じた。

*****

 アバタール・チューナーは人間とは違い、自分でマグネタイトを生成する事が出来ない。食欲はそれを補うために、他から直接マグネタイトを吸収する術だという。
 雪歩の場合、そもそも現世にいる時点からチューナーとしての覚醒が始まっていたのに、マグネタイトが供給されていなかった事が原因で、ボルテクス界に来てから食欲が爆発したのだろう、という事。
 そして、解決策としての歌は、どういう原理でチューナーの食欲を抑えているのか判明はしていないが、ホルスの推論では『人間としての性質を取り戻し、自身によるマグネタイト生成が一時的に行われるからだろう』という事らしい。本当かどうかはわからない。
 でも、真にとっては歌が雪歩を救う術だという事がわかれば、それでいいのだ。


「さて、これからどうするか、だけど」
 一息つけたところで、真が切り出す。
 ニヒロ機構で大量のマガツヒは手に入れる事ができた。
 どうやらミキの言っていた最後の鍵であるヤヒロノなんちゃかも手に入れた。
 創世に至るための鍵は揃っている。
「ボクはどうやってコトワリってのを啓けばいいんだ?」
「簡単ですよ。生まれてくる世界をどうしたいか、それを明確にすればいいんです」
「明確に……ボクは全部を取り戻したい」
「じゃあ、それでいいんです。それが真さんのコトワリになります」
「そんな簡単でいいのか……?」
「あとはその思いを貫けるかどうかにかかっています。その思いが弱ければ、他のコトワリに飲み込まれるか、へし折られるか、どちらにしろ創世には至りません」
 要は意地の張り合いだ。
 自分のコトワリを通すために、相手のコトワリを打ち倒す。
 それがボルテクス界のルール。
「だったら守護は? それはどうやって降ろせばいい?」
「それを知るために、近くにある神殿を目指しましょう。そこに行けば、恐らく守護の降ろし方もわかるはずです」
 というわけで、雪歩が目覚めてから、真たちは神殿を目指す事にした。
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テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 三章 5

5 ニヒロ潜入

 奇しくも、春香たちとは真逆の方向へと地下街を進む真たち。
 律子に聞かされた事をそのまま思い返す。
「確か、この地下道を歩いていけば、ニヒロって所に着くんだよね?」
「正確にはニヒロ機構がある地域、ですね。地上は地域と地域の境目に人が入り込めない場所がありますから、こうやって地下を進むしかないんですね」
「得意気に喋ってるけど、全部リツコが言ってた事じゃない。見かけ鳥だけに、鳥頭なわけ?」
「な! イオリちゃん、それはあんまりですよぅ」
 涙目になるホルスを放って、一向はそのまま地下街の出口へとたどり着く。

 外へ出るとまた、不思議な気分だった。
「向こうに見えるのが、さっきまでいたオフィス街だな」
「壁に張り付いてるみたいだね……ちょっと不思議」
「スペースコロニーって感じかな」
「……? 真ちゃん、スペースコロニーって?」
「あ、いや、聞かなかったことにして」
 雪歩に首を傾げられ、真は慌てて手を振る。
 普通の女の子ならばガンダムなんて見ないだろう。
「そんな事より、見えてきたわよ、ニヒロ機構の建物が」
 そう言ってイオリが指差す先には、背の低い円筒型の建物が建っている。
 ここからでは遠すぎて、全体像が掴めないが、恐らく見えている部分だけがアジトと言うわけではないだろう。
「地下に伸びてるのかしら。見えてるのは氷山の一角ってところでしょうね」
「……ん? あれ、待てよ?」
 何かに気がついて、真がふと足を止める。
「あっちがオフィス街だから……ここは確か、あずささんの家があった林の辺りじゃないか?」
 位置的には確かにそうなる。
 林自体は千早の魔法で吹き飛ばされていたので、見当たらないのは当然だとしても、ニヒロ機構のアジトのような建物はどこにもなかったはずだ。
「大急ぎで建てたってわけでもなさそうだし、どういうことだろう?」
「真さん、それはですね……この世界には記憶があります」
「世界の記憶?」
「そうなの!」
 ホルスの説明を引き継ぎ、ミキが胸を張る。
「このボルテクス界は幾つも代を重ねた後の記憶で出来てるの。でも世界自体は出来損ないに近いから、構成する大部分をその記憶で補ってるの」
「……ごめん、ミキ。何を言ってるのかさっぱりなんだけど」
「頭弱い真くんも可愛いの!」
「えっ、バカにされたの? 褒められたの? どっち?」


 そんな事をやりつつ、一行はニヒロ機構へと近付く。
 流石に建物に近付くにつれて雑談は減ったが、それゆえに気付く。
 アジトの方が騒がしい、と。
「見張りが一人もいない……でも中から声はする。どういうこと?」
「さぁ、それは私にも……」
「ミキ的にはニヒロ機構って静かな世界を目指す集団だったはずなの。あんなに騒がしいなんておかしいって思うな」
「何かあったって事……かな。真ちゃん、どうするの?」
「行ってみるしかないだろ。ここまで来たのはちゃんと目的があるんだから」
 異変に気付きつつも、少しずつ建物に近付く。

 見張りがいない事を確認し、間近まで迫ると、建物の中から悪魔が出てきた。
 驚いて身構えたが、出てきた悪魔はどうやら死に掛けているようだ。
「た、助けて……」
「大丈夫ですか!?」
 雪歩がその悪魔に駆け寄る。悪魔は小さな天狗のようだった。
 天狗の身体は傷だらけで、体中からマガツヒが漏れ出ている。
「人間……黒衣の悪魔使いが……あいつら、強すぎる……」
「黒衣の悪魔使いって……バンナムの地下にいた奴らじゃないの?」
 天狗の言葉を聞いて、イオリが記憶を掘り返す。
 受胎直後、バンナムの地下で雪歩と春香が戦った悪魔使いは黒いマントを羽織っていた。葛葉シジョウと言っただろうか。
「あいつら、なんだってこんなところに?」
「ボクらと同じ目的かも?」
「だったら悠長にしてられませんね! 真さん、早く行きましょう!」
「う、うん、雪歩!」
「今行く!」
 最低限の治癒魔法を施した雪歩は、真に続いて建物の中に入っていった。
 天狗はそのまま気を失ってしまったようだった。

*****

 一行がニヒロ機構へ向かった理由は、数時間前、律子から提案された事が起因している。

「今、ニヒロ機構は一強。他の誰も、創世を行えるほどのマガツヒを持ってはいないわ」
 HRインフォメーションの中で、律子は言う。
「情報によると、ニヒロ機構は既に守護って言う神様を降ろすだけのマガツヒを有している。コトワリも明確になっているわ。創世の準備はリーチってとこまで来てるってわけね」
「じゃあ、どうするんだ? すぐにどうにかしないと、ボクらは完全においていかれちゃうよ」
 創世は一人だけに許された権利。早い者勝ちである。
 ニヒロ機構のトップがその権利を手に入れれば、他の者は全て、創世によって作られた世界に従わなければならない。
「だから、守護を降ろしちゃう前に、アンタたちがマガツヒを奪っちゃえばいいのよ」
「奪っちゃえば良いって……リツコ! アンタ、簡単に言いすぎじゃないの!?」
「おぅおぅ、デコちゃん、図体だけじゃなくて態度もでかいわね。……確かに、ニヒロ機構は大きな組織よ。真たちがどれだけ強くたって、数で攻められれば苦戦は必至でしょうね。でもチャンスがないわけじゃない」
 律子がターミナルに手を触れると、円筒形の部分が回転を始め、彼女に情報を伝える。
「ニヒロの主力は今、大移動を開始しているわ。行き先は……ちょっと離れた市民会館ね。そこで守護を降ろす儀式を行うようね」
「じゃあ、それを叩けばいいのか!?」
「そっちに行けば、十中八九、返り討ちに遭うわよ。言ったでしょ、そっちが主力なんだってば。アンタたちが行くのは、空になったニヒロ機構のアジトよ」
「そこに何があるんだ?」
「ニヒロ機構がマガツヒを集めるために使っていた装置は、大量のマガツヒを集めさせたわ。それは単に守護の降臨、コトワリの啓示だけに集めていたわけじゃない。悪魔に分け与えて、自分の手駒を強化するために集めたものもあるのよ」
 マガツヒは『願い』を叶えるためのエネルギー。
 それを使えば、どんな小さな悪魔でも強い力を得る事が出来る。
 相応のマガツヒを集める事が出来れば、最強のピクシーを作る事だって可能なのだ。
「その強化のためのマガツヒが、まだアジトにあるはずよ。それを掠め取れば、真たちにも守護を降ろす事が出来る。そうすればニヒロ機構を出し抜く事は出来なくても、対等にはなれるはずよ」
 創世は守護を降ろした時点で行えるわけではない。カグツチに辿り着いて初めてそれが成るのだ。
 とすれば、危険を冒して出る杭を打つより、スタートラインを同じくする方が、安全だろうか。
「日和ってんじゃないわよ! 真! すぐに市民会館に行って、やつらをぶっ潰すわよ! そっちの方が手っ取り早いわ!」
「デコちゃん、焦りすぎなの」
「んなっ!? 雪だるまなんかに諭される覚えはないわ!」
「ニヒロなんとかって所も、守護を降ろしただけじゃ、創世は絶対に行えないの。創世するためにはまだ一個、鍵が足りないの。それが解けないと、ミキたちもニヒロなんとかも創世できないんだから、まだゆっくり行こうよ」
「悠長に構えてられないでしょ! 敵は私たちより数歩先を行ってるのよ!?」
「だから、ボクたちも同じスタートラインに並ぶんだ。あっちが先にスタートできない状態なら、焦って危険を冒す必要はない。そうだろ、ミキ?」
「そうなの!」
 真の願いは誰も失わずに創世を行う事。無理して突っ走った挙句、取り返しのつかない事になったら意味がない。
 とすれば、ここは律子の案に乗っておくのが無難。
 目指すはニヒロ機構のアジトだ。

*****

 と言うわけで、ニヒロ機構内部。
 建物の中は正に死屍累々。
 悪魔たちの死体が積み上げられ、そこかしこからマガツヒが溢れ出ている。
「これを、たった一人でやったのか……」
 その様子に、真はたじろぐ。
 死んでいる悪魔の数は尋常ではない。
 使役する悪魔がいたとしても、これをたった一人の悪魔使いがやったとなると、かなりの手練である事は間違いないだろう。
「下手すると、戦う事になるからね。アンタも気をつけなさいよ」
「わかってるよ。ボクが先頭を行くから、ホルスが殿、雪歩たちは固まってついてきて」
 パッと隊列を組み、エントランスホールを抜ける。
 すぐに廊下にたどり着き、更に下へと向かうエレベーターも発見する。
「動いてるみたいですね。どうします?」
「行くしかないでしょ。こんなところで怖気づいてなんかいられないわ」
「じゃあ、みんな入って」
 全員でエレベーターに乗り込み、地下へと向かう。


 地下へつくと、そこは螺旋階段のようになっていた。
「エレベーターを出てすぐ階段って斬新だな……」
「気をつけてください、下からすごく強い悪魔の気配がします」
 ホルスの注意を受け、真は螺旋階段の下を覗く。
 暗くなっていて良く見えないが、確かにそんな感じはする。
 下には何かがいる。
「よし、隊列を変えよう。ここまで来た様子からして、後ろからの奇襲はまずないだろうし、ボクとホルスが先頭、雪歩たちは後からついて来てくれ……雪歩?」
 真が後ろを振り返ると、雪歩が小さく唸っていた。
 自分で自分の身体を抱き、震えているようにも見える。
「雪歩!? どうしたんだ!?」
「う、うう……真ちゃん……」
「どこか痛いのか!? 苦しいのか!? イオリ! 回復を……」
「真さん、離れてください!」
 真が目を離した瞬間、雪歩は真に向かって飛び掛る。
 大口を開けて、まるで噛み付くかのように。
 ホルスのお陰で、真はそれを防ぐ事に成功する。
「ゆ、雪歩!? どうしたんだ!?」
「真ちゃん……おいしそう……」
「なっ!?」
「ちょっと味見を……うっ、ダメ! ……あぁ!」
 雪歩が真の首筋に噛み付こうとした瞬間、雪歩の動きが止まる。
「う、うぅ……真ちゃん、逃げて……」
「ど、どうしたんだ、雪歩!? なにがあったんだ!?」
「何も聞かないで、逃げて……ッ!」
 泣き出しそうな声でそう言った雪歩は、エレベーターから出て、螺旋階段を飛ぶように下っていく。すぐにその姿は見えなくなった。
 普段の身体能力では考えられないスピードだ。
「な、何があったんだ……!?」
「あれはチューナーの性です」
 雪歩を見送りながら、ホルスがそう言う。
「アバタール・チューナーとは、自分自身の身体を悪魔にチューニングして戦闘する人たちの事です。彼らは人でなくなったが故にマグネタイトを自身で生産できず、その枯渇が飢えとなって現れ、他者を食らって足りなくなったマグネタイトを補おうとします」
「雪歩がそれだって言うのか!?」
「真さん、雪歩ちゃんは悪魔の血が流れてるんじゃないですか? その場合、チューナーになってしまう可能性は大いにあります」
 そう言えば、シジョウも雪歩を見てそんな風に言っていた。
 と言う事は、雪歩はアバタールチューナーになってしまったと言う事だ。
「そんな……直せないのか!?」
「今のところ、アバタール・チューナーから元の人間に戻った例は確認されていません。ですが、彼らの飢えを抑える事はできます」
「ほ、本当か!?」
「ええ、とにかく今は雪歩ちゃんを追いましょう」
 壁に反響して足音が聞こえる。どうやら下へ下へとすごいスピードで進んでいるらしい。
 真はすぐに起き上がり、螺旋階段を下っていった。

*****

 アマラ経絡の奥の奥。
 深遠よりも一歩手前の場所で、あずさが目覚める。
 起き上がってみたものの、その目に生気が見られない。
 心に浮かぶ言葉が一つ。ああ、これでまたやり直し。繰り返し。
 ふと顔を上げると、やよいのポーチが目の前に落ちていた。
『三浦あずさよ』
「……だれ?」
 誰もいない場所から声がする。
『お前も覚醒者の一人となれ。繰り返すこの悪夢から、彼女を救い出してやるといい』
「誰なんです? 彼女って一体……?」
『お前は知っているはずだ。彼女が負った、世界を作り変える代償を。彼女が辿った末路を。だがそれは私が許さない』
「どういうこと?」
 周りを見回すが、あるのはマガツヒの流れのみ。
 精霊が見え隠れしてはいるものの、誰もあずさに見向きもしない。
「どこにいるの?」
『お前の想い人のすぐ傍だ。彼の者の魂は私が握っている』
「ぷ、プロデューサーさん!」
 途端にあずさの目に光が戻る。
 名を失くした男性、プロデューサー。彼はまだ魂の死には至っていないらしい。
「ど、どこにいるんですか!?」
『それを知りたければカグツチに至れ。創世の機はすぐそこまで来ている』
「創世……カグツチ……そうか、私は……」
 光の戻ったその目に、鋭く冷たい物が混じり始める。
 いつもの柔和な目ではなく、あるのは鋭い獣の眼光のみ。
「私はあの人の望む世界を作る。もう誰の力も借りたりしない。頼るから裏切られる。私は私の力で成し遂げてみせる」
 その眼光の睨む先は経絡の出口。光り輝くそちらへ、足を向ける。
 彼女の足元に、もうポーチはなかった。

*****

 ニヒロ機構の螺旋階段の最下部から繋がる部屋。どうやらマガツヒの貯蔵庫らしく、通路の下には赤黒い物がフラフラと充満している。
 その通路の上に、狂ったように吼える雪歩がいた。
「墜ちましたか。しかし、抗っているようにも見える」
 対するのは黒いマントを羽織ったデビルサマナー、葛葉シジョウ。傍らにはネコマタのヒビキもいる。
「どうする、タカネ! ここでやっちゃうか!?」
「いいえ、あのチューナーがいるのだとしたら、あのサマナーもここにいるはず」
 シジョウは部屋の出口にあるドアを見やり、少し笑う。
「あの方とは少し話してみたい気がします。それまで、あのチューナーは餌として手元に残しておきましょう。出来ますね、ヒビキ?」
「がってんさー!」
 指示を受け、ヒビキは雪歩に向き直る。
「う、うう……悪魔、食べる……おいしそう……」
「自分を食べるなら、相当の覚悟をしてもらわないとね! それこそ、死ぬような!」
「う、うう、うううう!!」
 強い唸り声を上げる雪歩。
 その途端、彼女の左腕に浮いている模様、アートマが光り、足元から光線が伸びる。
「気をつけなさい、ヒビキ。あれがチューナーの本当の姿です」
「へぇ、なかなか強そうじゃないか!」
 光線が治まった時、その場に雪歩はいなかった。
 いたのは女性形の悪魔のみ。
 八つの雷が身体を這い回るその悪魔は、ゾッとするほど美しかった。
「ぐぅ、うぐぐ……」
 その悪魔から漏れ出てきた声は、しかし雪歩のものだった。
 悪魔の姿は雪歩が変身した姿。チューナーとは自分の身体を悪魔に変えるもの。
 これが雪歩に備わった力である。
「食べたい……食べたくない……食べたい……食べたくない」
 雪歩はそんな事を呟きながら、その場にうずくまる。
 どうやら食欲と理性がせめぎあっているらしい。
「な、なんかおかしいぞ、コイツ」
「ヒビキ、こちらから手を出す必要はありませんよ。ああやって苦しんでいるうちは、こちらに害をなしては来ないでしょう。それより、サマナーが来ますよ」
 そう言ってシジョウの視線の先を見ると、ドアが音を立てて開く。
「雪歩! 大丈夫か!」
 入ってきたのは真一行。
 それを見た雪歩は、絶望的な顔を真に見せ、そのまま壁を破って逃走した。
「な、何だあの悪魔……いや、あれが雪歩なのか?」
「あれはチューナーの真の姿。どうです、サマナー。あれを見ても貴女はまだ、彼女を仲間と呼べますか?」
 面を食らっていた真に、シジョウが質問を投げかける。
「どういう意味だ!」
「そのままの意味です。あの少女は明らかに人の輪から外れました。しかしあのような面妖な姿になったとしても、生きる本能には抗えず、他を食らい、その内貴女にまで危害が及ぶかもしれません。それでも貴女は彼女を仲間と呼び、隣に置いておけますか?」
「当たり前だろ!」
 その質問に、しかし真は即答する。
 今度面を食らったのはシジョウの方だった。
「雪歩は大事な仲間で、ボクのパートナーだ! どんなに姿が変わっても、ボクは雪歩と一緒に居続ける!」
「……少し妬けますね。それほど信頼できるパートナーが居ると言うのは」
「君にとって、そのネコマタは違うのか?」
 真に言われ、シジョウとヒビキが顔を合わせる。
 最初に笑ったのはヒビキの方だった。
「やめてよ。自分とタカネは契約で一緒に居るだけの、サマナーと悪魔だぞ? 仲魔であっても、仲間じゃない。用済みになったら合体なりなんなりしてくれた方が、自分としてもマシだね!」
「……というわけです。私たちの関係とはそういうもの。悪魔と人間とはそれで十分なのです」
「一時的な協力関係って事か?」
「その通り。……逆に問いましょう。貴女は恒久的な協力関係を悪魔に望むのですか?」
 言われて真は後ろを振り返る。
 そこに居たのはイオリ、ミキ、ホルス。
 彼女たちの協力を得られるなら、心強い。
 しかし、
「それは現世においても? このボルテクス界だけの協力ならば、それは恒久的とは言えないのではありませんか? 貴女は仮にカグツチに至ったとして、悪魔の協力を得られる世界を作るつもりですか?」
 シジョウの言葉で心が揺れる。
 考えて見れば、悪魔の出現と共に真の日常は崩れた。
 悪魔が現れなければGUMPを手に入れることもなかったろうし、雪歩があんな目に遭わなくても済んだはずだ。
 じゃあ、真は悪魔の居ない世界を作りたいのだろうか?
「悪魔の居ない世の中の方が、過ごしやすいとは思いませんか? 悪魔など最初から居なければいい、とは考えませんか?」
「違う、それじゃあ、取りこぼしてしまった物を、全部拾い上げられてない」
「……その言葉の意味は問いませんが、それは返答として否と言う事でよろしいのですね?」
「ボクは全部を取り戻す。イオリたちだって、誰一人欠けさせたりしない。ボクはボクの居た全ての世界を元通りに戻すんだ」
「なるほど。貴女の心の内、良くわかりました」
 そう言ってシジョウはマントの内側から管を取り出し、ヒビキをその中に戻した。
 戦闘状態ではない、と言う意味だろう。
 それを見て真も警戒を解く。
「返答が違っていれば、この場で貴女を討ち、私が創世をするつもりでしたが、貴女を信用しましょう。ここにあるマガツヒを全て持っていきなさい」
「君はどうするんだ?」
「私は私のやるべき事があります。まずはそちらを片付け、再び貴女の許を訪れましょう。しかし注意なさい。私はいつでも貴女を見ています。その向かう先が私と対立した場合、容赦なく貴女を切り捨てます」
 シジョウは懐からかんしゃく玉を取り出し、床に叩きつける。
 すると閃光が走り、真たちの目がくらんでいる間に、シジョウはどこかへ消えた。
「な、なんだったんだ……?」
「とにかく、今はマガツヒを回収して、ユキホを追うわよ! あの娘をあのまま放っておけないでしょ!?」
「そ、そうだね」
 イオリに言われて、貯蔵庫からありったけのマガツヒを手に入れ、真たちは雪歩がぶち破った壁の中へ消えた。

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真・菊地探偵事務所 三章 4

4 閉じる世界

 セトを倒した真達は、奥に見つけた通路をそのまま辿る。
 風の吹く方へと歩を進めると、いつしか眼前に光が見えてきた。
「あれは……」
「悪魔ではなさそうですね」
 真が様子を窺っていると、横からホルスが囁く。
 その言葉を信じ、更に進むとその光が出口の光だった事に気付いた。
 久しく壁のない場所に出ていなかったので、自然と足も早くなり、一行は駆け足で外へと出た。
「うわ……」
 しかし、そこで見た世界は全てを壁で囲まれた町。
 いや、その町自体が壁を形成していると言い換えた方がいいだろうか。
 地面がせり上がり、頂点で融合する。まるで風呂敷で物を包むようにして、地面がめくれ上がっていたのだ。
 そして、天井に位置する地面にも、普通に建物が建っている。あちらにも重力が外側へ働いているらしい。
 極め付けに、その閉じた世界の中心に、ぽっかりと青い光を放つ星の様な物が浮いている。
 これが受胎により出来上がった、生まれ変わる前の世界、ボルテクス界である。
「あの浮いているのがボルテクス界の創世の鍵、カグツチです」
「カグツチ……どこかで聞き覚えが……」
「あの、真ちゃんの持っているその剣の銘って……」
「そうか、これもヒノカグツチだ。どうして同じ名前をした物があんなところに……?」
 真は自分の持っている剣、鞘に収まったヒノカグツチと天に浮くカグツチを交互に見て首を傾げる。
「真さんの持つヒノカグツチと、あのカグツチは似て非なるものです。貴女の剣であるヒノカグツチは『神殺し』の神性だけを抽出した唯一無二の最強剣。そして、天に浮くカグツチは創造と再生の神性を凝縮したエネルギー体です。ですが、貴女の剣もあの星も、どちらもアクマと呼んで差し支えはないですよ」
「な、なるほどなー」
「アンタ、理解してないでしょ?」
 イオリに突っ込まれ、真は冷や汗をたらした。


 改めて辺りを見回すと、見慣れた町並みが変形した姿で残っているのがわかった。
 ここはHRインフォメーションのあったオフィス街の近くだ。
 しかし、良く見ると町の中心近くに大きなクレーターが出来ている。
「あれもボルテクス界が出来た影響なの?」
「さぁ、あればっかりは私にも……」
 今まで流暢に説明していたホルスも口ごもる。
 ボルテクス界が出来ると、地形が変わったりする事はあるが、あれだけ傷跡が新しすぎる様な気もする。
「あれは誰かが戦った跡じゃないの? 前にも見覚えあるわよ?」
 イオリが呟くのに、ホルス以外の記憶が刺激される。
 確かに、あずさの家付近で千早と戦った時、あんなえぐれた地面が出来上がっていた。
「じゃあ、近くに千早がいたって言うのか?」
「その上、派手にやりあったみたいじゃない。千早と同等のアクマがいると思って間違いないでしょうね」
「ちょっと見ない間に、この町もすごく変わったな……」
 なまじ見覚えのある風景が混じっているのが、その感想を深くさせる。
 変わり果てた馴染みの町。その中に、一行は足を向けた。

****

「貴女の持つペルソナは、最高位と言って良い。それ以上を求めるとなると、少々辛い道を進む事になりますな」
 青暗い部屋、ベルベットルームの主人であるイゴールは、千早にそう言った。
「どんなに辛かろうと、私は歩むわ。だから教えて。どうすれば強いペルソナを手に入れられるの?」
「ふむ、生半可な覚悟ではない、と言う事でしょうか。よろしい、お答えいたしましょう」
 そう言ったイゴールは一つのタロットを掲げる。
 書いてある文字は『世界』の文字。
「これは昔、とある少年が手に入れた世界で唯一のペルソナ。このペルソナは奇跡を可能にする強さを持っております。これさえあれば、貴女の望むままに世界は姿を変えるでしょう」
「そ、そのペルソナ……」
「しかし、貴女ではこれを扱う事はできない」
 イゴールはカードを懐に入れ、頭を振った。
 それを見て、千早の眉間にシワがよる。
「どういうつもり?」
「このペルソナはコミュニティの力の結晶。他人との絆を最大限にまで強く結び、それを幾重幾本にも及んで織る事が出来て初めて手にする事ができるのです。……言いにくいのですが、貴女はその資格をお持ちでない」
「他人との……絆?」
 言われて過去を振り返る。
 確かに、それほど強く結んだ絆など覚えもない。
 唯一あるとすれば、今は宿敵と呼んで相応しい相手とだけ、何物にも代えがたい、強い絆を結んだ事があっただろうか。
 しかし、思い浮かんだその絆を、千早はかき消す。
「じゃあ、他には?」
「それ以外にシヴァ以上の力を持つペルソナとなりますと難しいですな。同等の神格を持つヴィシュヌは力量も同等。数段上をお望みならば、それは私の既知の外となります」
「……役に立たないわね」
 苛立ったように椅子から立ち上がり、千早はドアに手をかける。
 出て行こうとする千早に、イゴールは最後に声をかける。
「お客人、コミュはペルソナの力になります。絆を結べばペルソナも強くなりましょう」
「私は今まで一人でやってきたわ。これからもそうするつもりよ」
「そうですか……では最後に一つ、くれぐれも『反転』なさいませんよう、お気をつけて」
「……? 良くわからないけど、心に留めておくわ」
 千早の背中が見えなくなっても、イゴールはその気味の悪い笑みを絶やさず、ドアを睨むようにして見ていた。

****

 春香とモムノフの前に立ちはだかる、酩酊者は高笑いする。
「がっはははは! その程度で俺に立ち向かうつもりだったのか!? 甘い、甘すぎるぜ、テメェらぁ!!」
 千早が向かった方へ続く道は、地下道の一本道。
 しかし、その狭い通路には、ドでかい魔神マダが行く手を塞いでいたのだった。
「くそっ、なんなのよ、アイツ! 私のパンチが効かないどころか、衝撃を受けて大きくなってる……ッ!」
「コイツは物理的な衝撃を吸収して強くなるんだよ! だからお前を連れてきたってのに……」
 行く手を阻むマダの前に、春香もモムノフも苦戦していた。
 と言うのも、攻撃手段のバリエーションに乏しい二人は、マダの物理攻撃を吸収する特性に難儀していたのである。
「おいハルカ! お前、マグマなんちゃかって撃てないのかよ!?」
「なによ、その……マグマなんちゃかって」
「お前の得意技だろ!? 忘れたとか言うなよ!?」
「得意技も何も、聞いたことすらないわよ!」
 言い争っている間にも、マダの攻撃が襲い掛かる。
 周囲を覆うように充満する酒気。それが春香とモムノフの感覚を鈍らせる。
「うぷ……気持ち悪い……」
「ぐぅ、酒に弱いわけじゃねぇが、これは辛ぇな……ッ!」
「そのまま酔いにおぼれて死んでいけよ、雑魚共がぁ!」
 大きく突き出されたマダの両手から、黒い衝撃波が発せられて二人を襲う。
「さっきの女には後れを取ったが、俺ぁこの道の番をしっかりやり通すぜぇ!」
 自身の最大攻撃を直撃させ、勝利を確信したのか、マダは高笑いを上げる。
 しかし、その黒い衝撃波が過ぎ去った後に、しっかりと二人は立っている。
「気分の悪さは取れないけど、攻撃は大した事ないわね」
「こちとら打たれ強いのが自慢だ。そんなヌルい攻撃じゃ、倒れねぇよ」
「なぁっ!? 雑魚の分際で往生際が悪いぜ!」
 一瞬うろたえたマダだが、しかしもう一発、攻撃をしようとしたところで、モムノフは背を向ける。
「こりゃ旗色が悪い。ハルカがマグマなんちゃらを撃てると思ったからつれてきたのに、とんだ誤算だぜ」
「そりゃ悪かったわね! で、逃げるの?」
「ああ、背に傷を受けるのは武士の恥……だが、それでもやらなきゃならん事が、俺にはあるんだよ!」
 モムノフはそのまま一目散に逃げ出す。春香もしぶしぶながらそれを追った。
 マダを相手にするには手札が足りない。このままでは一方的な消耗戦になってしまう。
 ここは出直すのが得策だろう。
「ぎゃははは! いいぜ、ここは見逃してやらぁ! でも次はないと思えよ!」
 そう言ってマダは二人を見逃すようだった。
 屈辱ではあったが、今はそれを我慢しよう。

****

 オフィス街の地下まで戻ってきた春香とモムノフ。
 落ち着いたところで作戦会議だ。二人はどうしても、マダのいる場所より奥を目指したい。
「で、どうするのよ? 何か方法はあるわけ?」
「……お前が何か強力な魔法を使えればそれで良いんだけどな」
「強力な魔法……今使える魔法じゃ心許ないかしらね」
 ヒビキと戦った時に見せたアギダインはかなり強力な魔法だが、それでも力不足と言う事だろうか。それよりも強い魔法となると、千早の使うようなメギドラオンなどしかないように思える。
「前に聞いた事がある。人修羅って特別な悪魔にはソイツしか使えない魔法や特技があるらしい。それを使えるようにするには、マガタマって言う蟲みたいな奴を使って力を解放するといいんだとよ」
「人修羅……って、あのデビルサマナーだか言う女が、私の事をそんな風に呼んでたわね」
「やっぱり、俺の思った通りだ。お前が人修羅なら、お前の力をマガタマで解放すれば、あのマダって悪魔も楽勝だぜ」
「じゃあ、私一人でも通れそうね。と言うわけで、アンタとのチームも解散ね」
 そう言って春香は手を振り、モムノフと別れようとするが……
「おい、行き先はわかるのかよ?」
「行き先?」
「マガタマにはそれぞれ特性がある。ちゃんとマガタマを選ばないと、欲しい魔法は覚えられないぜ? そして、俺の手の内に一匹、マガタマがいる」
 モムノフが取り出したのは銀色の芋虫のような物体。
 動いてはいるが、その見た目が無機物っぽいので、生物の様には見えない。
「それがマガタマ……? これをどうするのよ?」
「飲み込むんだとよ」
「そう言うのはテレビ番組だけで十分よ。ゲテモノを食べるなんて、絶対嫌だから」
「じゃあどうするんだよ? このまま手をこまねいてるのか? 正直、あのマダを抜く方法なんて、俺にはそうそう思いつかないぜ?」
 春香にはもう一つ、手が浮かんでいる。
 真に打診し、雪歩を連れてきてもらうこと。彼女は確か魔法が使えたはず。もしかしたらマダを倒すような強力な物を持っているかもしれない。
 しかし、こないだ『一人でやる』と言った手前、すぐに助けを求めるのも憚られる。
「……わかったわよ、食べればいいんでしょ!」
 どうやらプライドが勝ったらしい。覚悟を決め、春香はモムノフからマガタマを奪った。
「じゃあ、そのマガタマをやる代わりに、俺もあの奥へ連れて行ってもらうぜ」
「仕方ないわね、契約成立って事で」
 鼻をつまみ、春香はマガタマを口の中へ放り込んだ。


 ふと、世界が暗転する。
 春香は自分が目を閉じていることに気付き、まぶたを開く。
「ようこそ、人修羅。待っていたよ」
 視界が開けると、そこは舞台の様だった。春香は観客席に立っている。
 周りは赤黒く胎動し、それが何か力の流れだと、本能で理解した。ここはアマラ経絡の外れ。いや、もっと深い場所。
 見上げると、ステージの上には金髪の老人が車椅子に乗っている。
「あ、アンタは……?」
「覚えていないのも無理はないか。私は君に新たな命と力を吹き込んだ者だ。そして、君をここへ呼んだのも他ならぬ私」
「何の目的で? やりあおうって言うなら容赦しないわよ?」
 パッと構える春香だが、それを見て老人は笑う。
「いやいや、私は君と事を構えるつもりはないよ。逆に、君に協力したいんだ」
「……協力? 何が望み?」
 すぐにギブアンドテイクの考えに行き着くのは、商売をしている人間の性か。
「対価は求めない。ただ、君は君のまま、このボルテクス界を歩くが良い。君の望むまま、君の思うまま、この世界を見て、感じて、そして答えを出してもらおう」
「答え……?」
「そう、最終的に堕ちたる天使、明けの明星の駒となるのか……あるいは」
 老人が春香に向けて手を差し伸べると、また視界が暗転する。
 彼女は自分の目ゆえに見えてはいなかったが、その目が一瞬、赤く光る。
「その心は人のままでいられるのか」
 心に深く響くように、老人の言葉は春香の耳へと落ちていった。


「お、おい! どうしたんだ!?」
「……え?」
 気がつくと、モムノフが春香の肩をつかんでゆすっていた。
「いきなり気を失うんだからビックリしたぜ。何があったんだよ?」
「私にも良くわからない……でも」
 春香は自分の拳を見て、ただならぬ力を感じる。
 それはどんな盾も鎧も、軽く貫いてしまうような力。
 これがあればマダも、あのヒビキと言うネコマタも怖くない気がしてくる。
「行こう、モムノフ。リベンジマッチよ」
「はぁ? 魔法はどうしたんだよ?」
「そんなもの、必要ないわ!」
 みなぎる力を感じ、春香は笑みを浮かべずにはいられない。
 この力があれば、どんな世界も渡り歩ける。そんな気すらした。

*****

 再び意気揚々と、二人はマダの許までやってくる。
「あぁ? またお前らかよ。なんだ、死にに来たのか?」
「逆よ、アンタなんか、一撃で葬ってやるわ」
「……笑えねぇ冗談だな、おい! 出来るもんならやって見やがれ、コラァ!!」
 振り上げたマダの拳が、猛烈な勢いで春香の上に降りかかる。
 傍で見ていたモムノフは肝を冷やした。春香は一切の防御行動を取っていないのだ。
 しかし、彼女は口元を緩める。既に、何の恐怖も圧力も感じない。
 マダはもう、彼女の敵ではない。
「笑わせるわ、その程度!」
 マダの拳がぶつかる直前、瞬速で繰り出される左の拳。
 ぶっきらぼうに振りぬかれたその拳は、マダの右腕を粉々に砕いた。
「お、おおお! ぐおおお!!」
「私は手に入れたわ、アンタなんか片手でぶち破る力を! でも、だからって手は抜かない! 全力で、確実に、完膚なきまでに、アンタをぶち壊してやる! モムノフ、タルカジャ!」
「お、おう」
 春香のオーダーに、モムノフは慌てて答える。
 物理的な衝撃を倍に、更に倍に、モムノフの補助魔法で春香の破壊力が恐ろしいほどに高まる。
「こ、この! 雑魚悪魔風情が! 俺様に楯突くと、どうなるかわかってるのか!」
 やられる前にやれ、と言う心積もりなのだろうか、マダは黒い衝撃波を何度も発生させるが、それでは春香もモムノフも止められやしない。
「これで限界まで補助はかけたぜ」
「ありがとう。……さぁ! コレからが私のターンよ!」
 春香は腰を落とし、右腕を高く掲げる。
 その手に光が凝縮し始め、その形を剣のように作り上げる。
 気合も十分入り、自身でも最高の攻撃が打ち出せる気がした。
 この攻撃は、もう誰にも止められない。誰も耐えられない。
「喰らえッ! コレが本当の……冥 界 波 ッ!!」
 その剣を振り下ろすと同時、切っ先からとてつもない衝撃波が轟く。
 赤黒くのたうつ攻撃的な波は、そのままマダを飲み込み、グシャグシャに噛み潰して余波だけ残して消え去る。マダの姿はもう、どこにもなかった。
「ふぅ、楽勝」
 手に握った光の剣も掻き消え、春香はため息をつく。
 これで地下道を塞いでいたものはない。
「さぁ、すぐに千早ちゃんを追いましょう」
「あ、ああ……」
「どうしたのよ?」
「やっぱり、お前は恐ろしいなって思ってよ」
「ふふ、なんなら私の下につくかしら? 良い合体材料にしてあげるわよ?」
「はっ、ごめんだね。俺には先約がついてるんだ」
「あら、残念」
 そんな事を言いつつ、二人は先を目指した。

*****

「な、なんだ?」
 地響きが聞こえ、真は辺りを見回す。
「大方、悪魔が暴れてるんでしょう。最近は頻繁になったわ」
 答えるのは律子。
 真たちはHRインフォメーションを見つけ、そこで律子と合流していたのだ。と言っても、イオリは別の用事があるとかでいなく、それに付き添ってホルスと雪歩もいない。
 ここにいるのは律子、真、ミキだけである。
「さて、私が集めた情報によると、今、このボルテクス界はたった一つの組織が覇権を握っているわ」
「覇権って……そんな大げさなものなの?」
「当たり前よ。ボルテクス界を制した者が、次の世界の創造主になるのよ? ボルテクス界を制す者は、世界を制すわ」
 確かに、真は軽く考えていたが、律子の言う通りだ。
 この世界を生き残り、カグツチに至った者が創世を行う。つまり、どんな世界も思い通りというわけだ。
「んで、その創世の方法なんだけど……」
「ミキ知ってるの。マガツヒを集めて、コトワリを啓いて、カグツチに登るの」
「そう、その通り。でも言うほど簡単じゃないわ」
 律子は難しそうな顔をしながら顎を押さえる。
「さっきも言った通り、今、ボルテクス界はある組織、ニヒロ機構と言う組織の一強よ。それにそいつらはアマラ経絡を牛耳って、世界中のマガツヒの行き来を管理してる。創世に必要なマガツヒももうすぐ溜まる計算よ」
「じゃ、じゃあ先を越されちゃうじゃないか!」
「そう、残念ながら、ボルテクス界を観光して回るって言う悠長な事もしてられなくなったわ。でも先を越されない為に、打てる手もある」
 企み顔で笑う律子に、真は心強さと恐怖に似た感情を覚え、ただただ苦笑する。

*****

 地下街の中にあった一つの店から、イオリが出てくる。
「ふっ、これから始まる、私の伝説……」
 しかし、その姿は以前のものとは違う。
 まず、明らかに等身が高い。八頭身のそのスタイルは、以前のピクシーからは想像も出来ない。それもそのはず、イオリはもうピクシーではない。
 バンナムの地下で発見した幾つもの宝石と精霊を交換し、更にその精霊と自分自身を合体させる事で、今やイオリは妖精の女王となったのだ。
「これで、あの真にも雪歩にも、ミキにも春香にも、誰にもでかい面させないんだから!」
 声を聞きつけ、ホルスがパタパタと飛んでくる。
「おや、イオリちゃん、見違えましたね」
「ふん、今までの私と侮るんじゃないわよ? なんたって、妖精女王なんですから!」
「ほぅ、女王様……それはそれでアリピヨ……」
「なにブツブツ言ってるのよ、怖いわね……それより、雪歩はどこ?」
「雪歩さんですか? 確か向こうに……」
 そう言ってホルスが指す先、暗がりでうずくまっている雪歩がいた。
「雪歩! なにやってるのよ、そろそろ帰るわよ!」
「えっ!? あ、うん、今行く……」
 ヨロヨロと立ち上がった雪歩は、背を向けたまま口元をぬぐい、二人に駆け寄ってきた。
「あ、雪歩! あんなところでうずくまってたから、服が汚れてるじゃない!」
「えへへ、ごめんね。真ちゃんに怒られるかな……?」
「どうかしらね、今までだって散々土まみれ埃まみれになってたんだから、別にいいんじゃない? 女としてはどうかと思うけど」
「うん、そうだね……」
 力なく笑う雪歩に対し、イオリは張り合いがない、と先を行ってしまった。
 雪歩もそれに続いてその場を後にするが、ホルスだけその場にとどまり、雪歩の座っていた場所をチラリと窺う。
「これは……研究結果が役に立ちそうですかね」
 そう呟いた後、二人を追いかけて飛んでいった。
 残ったのは食べかけの悪魔の残骸のみ。

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