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真・菊地探偵事務所 三章 1

三章 ノクターン

1 新たな出会い

 もう無くさないと決めた。
 もう取りこぼさないと決めた。
 誰一人欠けさせてたまるか。
 この両腕で抱えこめるだけ抱えこんで、全部取り戻してやる。
 この両腕で世界を、仲間を、全てを。
 一度犯した失敗を繰り返したりしない。
 この夢は、きっとその為にあるモノだから。

*****

 真が目覚めると、そこはバンナムの地下にある、大きな部屋だった。
 頭がガンガンと痛む。気分が悪い。
 ボンヤリした視界をゴシゴシこすり、真っ暗な中で目を凝らして辺りを見る。
 どうやらここにいるのは真だけらしい。
「雪歩たちを……探さないと」
 手元にあった剣を拾い、出口へ向かって歩き出した。

 廊下に出ると、足元に非常灯が灯っており、難なく進めそうだった。
 頭痛も気分の悪さも大分良くなってきており、真は軽く屈伸した後、廊下を駆け出した。
 恐らく、受胎は起きたのだろう。何故だかわからないが、それはボンヤリと理解する。
 この空気を前に一度、どこかで感じた事がある気がするのだ。
 これが多分、受胎後の世界、ボルテクス界の雰囲気。
 そして受胎が起きたのならば、どこにいても悪魔はいる。
 身体を維持するのにマグネタイトを必要とせず、今は願いを叶える為の力、マガツヒを集めるのに躍起になっているはずだ。
 そしてマガツヒとは人間やその魂に近い思念体、人間の形を真似て作られたマネカタなどしか生産する事が出来ない。
 となれば……
「雪歩達が危ないかもしれない……っ!」
 一緒にバンナムに入ってきた雪歩達。すぐに探さなければ悪魔に襲われるかもしれない。真の近くに高木がいなかったのも気になるし、もしかしたら彼が悪魔を操って、また何か良からぬ事をやろうとしているかもしれない。
 いや、そうでなくても……
「なんだ……? 思い出せないけど、何か引っ掛かる……」
 引っ張り出せない記憶の引き出しがあるようだった。
 その中には色んな重要事項が詰まっているはずなのだが、思う様に開ける事が出来ないでいる。ただ、なんとなく雪歩とイオリとミキ、その三人を目の届く場所においてなければならない様に思えて、気が急いた。
 様々な問題は追い追い解決する事にする。今は雪歩たちを探さなければ。

*****

「雪歩、起きなさい」
「ん、んぅ……真ちゃん?」
「生憎、白馬の王子様ではないわ」
 廊下で気を失っていた雪歩が目を開けると、目の前には春香がいた。
 場所は地下への階段を下ってすぐの場所。これから真を探そうとした矢先に受胎が起きたのだ。
「ここは……確かバンナムですよね?」
「そうみたいね。でも、どうやら受胎ってのが起きてしまったらしいわ。外は随分様変わりしていたもの」
「春香ちゃん、外を見たの?」
「ええ、見たらみんな驚くわよ。……それよりも、貴女と一緒にいたヤツらは?」
 周りを見回しても、イオリ、ミキ、あずさ、やよいの誰もいなかった。
 ここにいるのは春香と雪歩だけ。
「私が気を失うまではすぐ近くにいたんだけど……」
「行方不明って事かしらね。千早ちゃんと同じか、面倒臭い……。とりあえず、みんなを探しに行きましょう。立てる?」
「う、うん」
 春香が差し出した手を掴み、雪歩は立ちあがる。
 非常灯が灯る地下の廊下はシンと静まり返り、不気味な事この上なかった。
「真ちゃん、どこにいるんだろう?」
「大体の場所はわかるわ。バンナムの中に大きな気配がいくつかするもの」
「幾つかって……」
「一つは真だろうけど、他のは恐らく悪魔かその類でしょうね。気を引き締めなさい」
「わ、わかった」
 怯えながらも力強く頷く雪歩を見て、春香は満足そうに笑みを浮かべ、暗い廊下を先だって歩いていった。

*****

 暗い中を手探りで歩く真。
 転送装置で飛ばされた為、ここがどの辺りなのか全く把握できない。どっちが出口で、どっちが行き止まりなのか、皆目見当もつかなかった。
「案内板とか、ないのかな……」
 突き当たりにぶつかっても、それらしき看板はない。
 どうやら電光掲示板を利用して位置案内をしていたらしいバンナム社内。電力が完璧に止まっている今、アナウンスは一つとして表示されない。
「困ったな……このままじゃどっちに行って良いか……って、あれ?」
 廊下の奥に、フラフラと浮かぶ光を見つけた。
 どう見ても自然光ではないし、誰かが懐中電灯を持っているような感じでもない。
 詰まり、悪魔。
 真はすぐに身構え、剣の柄に手を添える。
「あ、あれ? 真さんじゃないですか」
「え!?」
 だが、驚いた事に、向こうから声を掛けられてしまった。それも結構親しげに。
 羽ばたく音をさせながら、真に近付いてきたのは小さな鳥だった。
 鳥はそれ自体が発光している様で、さっき見えた光はこの鳥のものだったようだ。
「……君は? どうしてボクを知ってるの?」
「またまたぁ、冗談キツイですよ! 私の事を忘れたなんて……」
 しばし、イヤな沈黙。
 鳥が焦る様に羽ばたきを強くする。
「ほ、ホルスですよ! ホルス! ホントに忘れちゃったんですか!?」
「って言うか、初対面だよね?」
「しょ、ショックです……。まさか出会い頭にこんな仕打ちが待ち受けているなんて……」
「えと……人違いとかじゃなくて?」
「当然です! 貴女の顔を見間違えるなんて、ありえませんよ!」
 どうやら本当に真の事を知っているらしいこの鳥、もといホルス。
 だが、真の方には見覚えどころか、悪魔の知り合いなんて今の所片手で数えられるほどしかいないし、その中に当然、ホルスなんて鳥は含まれていない。
 全くの初対面であるはずだ。……だが。
「おかしいな。そう言われてみると、確かに昔一度、会った覚えがあるような……」
「会ったどころか! 一緒にボルテクス界を練り歩いた仲じゃないですか! 忘れるなんて、ぶっちゃけありえないですよ!!」
「なんだかこの感じも懐かしい気すらするね。……でもどうしても思い出せないんだ。それに、ボルテクス界を……練り歩いた?」
 ボルテクス界は受胎によって作られる、新たな世界の前身。
 ホルスはそこを一度、真と一緒に歩いた様に喋っている。
 だが、そんなに何度もボルテクス界が創られるような事があったような記憶はないし、それほど頻発して欲しい物でもない。もちろん、真がボルテクス界に来たのはこれが初めてのはずだ。
 ……だが、この既視感。ボルテクス界に入ってからの違和感。開かない記憶の引き出し。
 それら全てを考えると、ホルスの言っている事を一笑にも伏し難い。
「君が言っているのが本当なら、ボルテクス界は前に一度、出来てたって事?」
「えーと……前に一度って言うか、別の世界で一度って言うか。……あ、そうですよね。それなら真さんが覚えてないのも仕方ないか」
「わかるように説明してくれる?」
「話せば長くなるんですけど……」
「ダメなの!!」
 ホルスが長い講釈を垂れ様としたところに、何かがジャンプキックをかました。
 ホルスはその蹴りをまともに受け、地面を転がった。
「ピヨォ!!」
「ピヨちゃん、何考えてるの!? 全部話したら、ミキ達消されちゃうの!!」
「ミキ!? 無事だったのか!?」
 真の前に現れたのはミキだった。そしてホルスに蹴りをかましたのも無論。
「真くん、今のは全部忘れた方が身のためなの」
「え、でも……」
「いーから! 忘れるの!!」
「わ、わかったよ」
 全然怖くない顔で凄まれ、真は一応頷いておく事にした。
 話を聞く機会ならまたあるだろう。
「いたた……ミキちゃん、再会の挨拶にしては乱暴すぎません?」
「ピヨちゃんが要らない事しようとするからなの!」
「はいはい、どうせ私はお節介ですよ……」
「ミキとホルスも知り合いなの? 仲良さげだけど」
「ミキとピヨちゃんは、一応仲魔なの。それ以上詳しくは言えないの」
「……うん、だったらそれ以上は訊かないよ」
 訊けば、ミキの飛び蹴りを食らいそうだ。
「それよりミキ、雪歩は一緒じゃなかったの?」
「雪歩は……ええと……置いてきちゃったの」
「置いてきた!?」
 衝撃のカミングアウトに、真はミキを殴りそうになった。が、すんでの所で止めた。
「じゃあ雪歩のところに案内してくれ」
「えっと……ミキはホルスの気配を辿って来たの。どうやって来たかは……」
「忘れたって言うんでしょ。ホントアホね、アンタは」
 そこにもう一人、現れたのはイオリだった。
「イオリ! その口振りからすると、期待しても良いのかな?」
「任せておきなさい。このバカ雪だるまが突然走り出したから何事かと思ってつい追いかけちゃったけど、ここまでの道順はしっかり覚えてるわ。でもまぁ、あの娘なら多少放っておいても大丈夫そうだけどね」
「雪歩を放っておくなんてとんでもない。すぐに案内してくれ」
 イオリを先頭に置き、一行は雪歩の元へと向かう事にした。
「ホルスもついてくるのか?」
「ええ、一応。真さんに頼みたい事もありますし」

*****

「は、春香ちゃんって、光るんだね」
「……私の意思とは反してるんだけどね」
 暗い中を歩いていると、春香の刺青の縁が淡く光っている。
 それと非常灯の明かりを合わせて、二人は多少良好な視界を得ていた。
「何か、身体の異常とかないの? 痛かったり、痒かったり……」
「今の所問題はないわね。ただ、身に余るほどの力は感じるわ。悪魔の力ってやつね、きっと」
「それはこう……左の二の腕が熱くなるような?」
「……そんなピンポイントな感じではないけど……」
 雪歩の言葉に首を傾げながら、二人は先に進む。
 ……と、前方に人影が見えた。
「ま、真ちゃん!?」
「いえ、待ちなさい、雪歩」
 駆け出そうとする雪歩を制し、春香が一歩前に出る。
「そこにいるのは、誰かしら?」
「……これは僥倖、と言うヤツですね。こんな所で人修羅と出くわすとは」
「隣のヤツもなんだか不思議な感じだな。ただの悪魔じゃないね!」
 光の届く範囲に、人影が入る。
 その姿はどう見ても真ではなかった。
「だ、誰!?」
「私の名は葛葉シジョウ。貴女達悪魔を狩る、デビルサマナーです」
「自分はネコマタのヒビキ! よろしくね!」
 黒い外套を羽織り、豊かな銀髪をなびかせた女性、葛葉シジョウと、ネコマタという悪魔らしいヒビキ。
 雪歩達を狩る、と言っている時点で既に友好的ではない。敵意が感じられる。
「私達とやるつもり?」
「貴女が人修羅であるなら、それもやむを得ないでしょう。人の世を脅かす悪魔の中でも特に危険とされる種族。貴女が堕ちたる天使に協力しない、と言う確証はありませんから」
「……堕ちたる天使? 誰の事?」
「死にゆく悪魔に、多く語る言葉は持ち合わせておりません。大人しく討たれなさい、妖魔の類め」
 シジョウは流れるような手付きで、腰に帯びていた剣を抜き、素早く春香との距離を詰める。
「だ、ダメです!!」
 だが、春香の前に出てきた雪歩にそれを阻まれた。
「……私の剣を止めましたか。なるほど、チューナーとはこれほどの力を……」
「こ、これって……」
 驚いたのはシジョウだけではなく、雪歩自身もだった。
 左腕が異形のそれへと変化していた。具体的に言うならば、皮膚が赤くなり、異常なまでに肥大化している。
「チューニングには慣れていないようですね……。ヒビキ、貴女に人修羅を任せます。私はこちらのチューナーを」
「わかった!」
 敵二人が戦闘体勢に入るのを見て、雪歩と春香も身構える。
「狭い廊下じゃ魔法を使うのはヤバイかもね。雪歩、気をつけなさい」
「う、うん。……でも」
 雪歩は腕が変化してから、どうにも拭いきれない違和感を覚えていた。
 今まで使えたはずの魔法が使えないのだ。腕が変化した所為だろうか?
「この腕……うっ、頭が……」
 腕が胎動するたびに、意識が飛びそうになる。
 雪歩はなんとかそれを我慢しながら、シジョウに対した。


 飛びかかってきたヒビキに対し、春香は軽く退く。
 一見、人間のように見えるヒビキだが、中身は完全に悪魔。自らの爪を自在に伸ばし、その鋭い爪で春香に襲いかかる。
 しかし、それは空振り。
 爪は床に突き立つも、すぐに引き抜かれた。
「やるね、自分のひっかきを躱すなんて」
「読めない速さではないわ。まさか……その程度って事はないでしょう?」
「な、なんだと!」
 安い挑発を受け、ヒビキはまたも地面を蹴る。
 だが、真正面から突破するわけではなく、その手に魔力を溜めていた。
「ザンマ!!」
 突き出された手の平から、凄まじい衝撃が放たれる。
 だが、一度千早を圧倒した春香から見れば、それは目晦ましにもならない。
「温いッ!!」
 春香の気合い一喝で掻き消された衝撃。
 周りの埃が舞い、一瞬視界が悪くなるが、相手の気配を探れない事もない。
「捉えた!」
「どうかなッ!?」
 春香は上半身を捻り、次の瞬間に一気に解放する。それに合わせ足を振り切ると、そこから無数の槍が飛び出る。
 それらは全て、ヒビキに襲いかかり、春香は確かな手応えを……
「手応えが、ない!?」
 埃が晴れたすぐ後、ヒビキがまた爪を構えて襲いかかってくる。
 春香は床を転がって回避し、すぐに立ちあがる。
「……マグレって事もあるかしらね」
「マグレかどうか、試してみな!!」
 ヒビキは含み針を噴き出す。
 所詮は針、と見くびった春香はそれを打ち落とした。……が、一本だけその腕に突き立つ。
「かかったね?」
「この程度、どうって事ないわ。見くびられた物ね」
「その油断が、命に関わるよ。覚えておきな!」
 再び魔力を溜め始めたヒビキ。
 だがもう埃は吹き散らしている。春香の不意をつく事は出来ないはずだ。
 ならば今度は威力勝負だろうか?
「食らえ、ザンダイン!!」
 またも放たれる衝撃。しかし先程よりは強い。
 だがそれでも、まだ千早の魔法よりは随分と格下だ。春香に掻き消せないほどではない。
「その程度で……ッ!?」
 だがしかし、突然、春香の身体に痺れが走る。
 一瞬でも隙が出来た春香に、ヒビキの放った衝撃が直撃した。
 春香の身体は宙を舞い、天井に、床に、そして奥の壁に打ちつけられた。
「……ぐっ、これは……!?」
「さっきの針、痺れ針だったんさ! 油断してられるほど、自分は甘い相手じゃないよ」
「小賢しい手を……。アギダイン!!」
 ヒビキに向けて手をかざすと、彼女の周りに幾つか火球が浮かぶ。
 それらが一斉に襲いかかるが、ヒビキは素早くそれを躱した。
 と同時に春香に向かって駆け出す。
「そろそろ仕留めるよ! タルカジャ!」
 駆ける片手間に自分を強化する魔法を唱え、ヒビキは春香に迫る。
「食らえ!!」
「……まだまだ!!」
 ヒビキが爪を振り上げた瞬間、春香の右拳がヒビキの腹部目掛けて突き出される。
 完全に不意打ちを受けたヒビキは、そのカウンターの直撃を受ける。
 そう、タイミング的にはこれ以上ないほど噛み合っている、最高のカウンターだったのだが、ヒビキは口元を持ち上げる。
「甘いさ!」
「なッ……!?」
 春香の拳とヒビキの腹部の間に、何か壁が一枚挟まれたような感覚。
 見える範囲には何もない。ヒビキが何をしたようでもない。
 突然現れた緩衝材が、ヒビキの体を守ったようだった。
 それに驚いた春香は、ヒビキの爪に肩口からザックリ斬られ、傷跡から赤い何かを噴き出させる。
「人修羅のマガツヒ、頂いたよ」
「マガツヒ……?」
「この世界では命の次に大事なもんさ。よぉっく覚えておくと良いよ」
 血のように赤いマガツヒ。自分の爪についたそれを、ヒビキはペロリとなめた。
「っち、趣味悪いわね」
「うっわ、これ美味しい! なぁ、もう少しくれよ!」
「誰が! ……微妙に調子狂うわね……」
 痺れが残る身体でヒビキを睨む春香。
 さっきの『壁』がまだ残っているなら、春香のパンチはヒビキに届かないだろう。
 どうにか勝機を窺っていたその時。

*****

 葛葉シジョウの鋭い剣閃が雪歩に襲いかかる。
 素早く、隙のない一太刀一太刀に、雪歩からは反撃が出来そうもない。
「どうしました、その程度なのですか?」
「うぅ……」
 防戦一方の雪歩。それもそのはず、どうやら左腕以外は生身らしいのだ。
 悪魔化している左腕以外であの剣を受けると、痛いどころの話ではあるまい。
「あまり時間もかけてられません。一気に行きますよ」
「……ッ!」
 シジョウが一度引き、外套をはためかせると、その奥にしまってあったホルスターから銃を抜いた。
 リボルバー式の拳銃。だが、それを受けても雪歩の身体は無事ではいられないだろう。
 銃口が向けられ、すぐに引き金も引かれる。
 乾いた音が廊下に反響する。
 その弾道は雪歩の目に見えていた。悪魔化の副産物だろうか。
 正確に頭を狙われたその銃弾を弾く為に、雪歩は腕を目の前に伸ばす。
 手の平に阻まれた銃弾は跳ねかえり、壁に床にとめり込んだ。
「防げた……!」
「甘すぎる。これがチューナーならば、『人修羅を凌駕するほど』とは過大評価のし過ぎでしょう」
 気が付くと、羽のように軽く跳躍していたシジョウは、雪歩の肩に乗り、剣の切っ先を雪歩の後頭部に向けていた。
 銃弾は目晦ましの布石。本命はこちらだったのだ。
 突然の重圧に、雪歩は床へと倒れこむ。
 それと同時に引き絞られた剣が雪歩の頭目掛けて閃く……だが。
「させるかぁ!!」
「ッ!? なに!?」
 シジョウに向けて迸る炎。廊下の奥から発せられたその炎はシジョウの剣を弾き飛ばした。
 クルクルと回って弾かれた剣は天井に突き立つ。
「……ほ、炎が出たよ!?」
「私の知ってる限り、真さんが持ってる剣はそんな感じでしたけど」
「それが律子の言ってた封印、ってヤツなのかな。今のがこの剣の本当の姿」
 燃え盛る剣を持って現れたのは真一行。
 それを見つけたシジョウは、雪歩を踏みつけてすぐに跳び、天井から剣を引き抜いて真に向かう。
「貴女は……デビルサマナーなのですか?」
 シジョウの放った巻き打ちを受け止めた真。
 その問いには剣を弾いてから答える。
「悪魔を使役する人間をそう呼ぶなら、僕もその範疇なのかもね」
「……葛葉ではない。はぐれか、それとも……良いでしょう」
 そう言ってシジョウは剣を収めた。
「ここは旗色が悪い。一度退きます……が、次に会う時にはそこな人修羅とチューナーは私が討ち取ります。覚えておきなさい。私は葛葉シジョウ。ヤタガラスの命を受け、この国の危機を取り払う者です」
 名乗りに聞き入っていると、シジョウは懐から不思議な玉を取りだし、それを投げつけた。
 瞬間、閃光が走り、その場にいた全員の目をくらます。
 光が消える頃には、シジョウと名乗った女性も、ネコマタもいなくなっていた。

*****

「雪歩! 無事で良かった」
「ま、真ちゃん……」
 真が現れる頃には、既に雪歩の左腕は元に戻っていた。
 ホルスは雪歩に近寄り、左腕を確認する。
「やっぱり、アバタールチューナーになってますね」
「なんですか、それ? 私、どうなっちゃったんですか?」
「今すぐどうこう、ってワケではありませんが、放っておくとマズイですね。詳しい話は後でしましょう。今は移動が先決です」
「そうだね。春香!」
「……ええ、わかってるわ」
 何か苦虫を噛み潰したような顔をしていた春香を呼び、一行はどこか安全な場所を探して歩き始めた。
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テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 余章 1

余章 if...

1 手

「ねぇ、千早ちゃん、ペン貸してくれる?」
「ちょっと、やめなよ」
 教室の隅に座っている千早に、とあるクラスメイトが話しかけてきた。
 千早は無表情のまま見返す。
「シャープペン忘れちゃって、貸してくれる?」
「春香ってば! シャーペンなら私が貸すから!」
 春香と呼ばれた女生徒は、友人であるらしい傍らにいた生徒に止められ、そのまま引きずられていった。
 千早はそれを、詰まらなそうな目で見るばかりだった。

 あの春香という女子は、よくよく千早に話しかけてくる。
 千早はあまり、人付き合いが良い方ではなかった。
 家族からも常々、もう少し愛想良くした方が良い、と言われていたのだが、千早にそれを直すような素振りは無かった。
 故にあまり友達も出来ず、交友関係は狭いどころか、まともに喋る人間はこの学校に一人としていない。
 それが何故、春香に気に入られたのか。
(……失態だったわ)
 それはとある昼休みの事だった。

*****

 千早は歌が好きだった。
 弟にも良く聞かせていたし、よく褒められもした。
『姉さんならプロになれるんじゃない?』と冗談めかして言われたが、その時は凄く気分が良かった。
 歌を歌っている時は、煩雑な世の中から解放される気がした。

 その日は風が冷たく、屋上には誰もいなかったから、千早は貯水タンクの傍まで登り、風を感じながら鼻歌を歌っていた。
 確かに寒くはあったが、それが逆に心を凛とさせ、気が引き締まる思いだった。
 ぐっと腹に力をこめ、少し声を乗せる。
 声だけなのに美しい旋律が、誰をも魅了するようだった。
 惜しむらくは、聴衆が一人も居ない事か。だが、千早はそれを惜しいとは微塵も思わなかった。
「よっと」
 ガコン、と鉄製のドアが鳴く。屋上に誰かが来た。
「あっれ、歌が聞こえたから誰かいると思ったんだけど……。おーい、誰かー?」
 屋上に来たのは女子。年恰好は千早と同じぐらいだった。
 キョロキョロと見まわしているその女子は、見覚えがある。
 確か、同じクラスの女子だ。
「あっ」
「……あ」
 目が合ってしまった。
「千早ちゃんじゃない! 今歌ってたのって、千早ちゃん?」
 返答に困り、口をつぐんでいると、女子は梯子を上ってきた。
 彼女はこの学校で唯一、千早の事を『千早ちゃん』と呼ぶ。
 それほど親しくしたわけではないのに、何故だか懐かれてしまっていた。
「ね、もっと聴かせてくれないかな?」
「どうして貴女なんかに」
 冷たく言い放つ。
 人間関係は面倒臭くて嫌いだ。それに、意味もなくベタベタくっついてくるこの女子は好きになれなかった。
「だって、すっごく綺麗な声なんだもん! 聞き惚れちゃったよ!」
「……それはどうも。でも私は人に聴かせるのって嫌いなの」
 千早はピョンと高台から飛び降り、スカートを舞わせて着地する。
 運動神経が悪いわけでも無い。二メートル半ぐらいの高さから飛び降りても、足を挫かないぐらいの自信はある。
 ただ、どうみてもおしとやかな女性には見られないだろうが。
「それじゃあね、天海さん」
「あ、待ってよ、千早ちゃん!」
 女子、天海春香は慌てて千早の後を追ってきた。
 チャイムが鳴ったのはそのすぐ後だった。

*****

 考えてみればアレからだろうか。
 春香が千早の周りを、今まで以上にうろうろし始めたのは。
 他の生徒は『如月さんってなんだか怖いよね』とか言って、千早には近づいて来ようともしない。先程春香の隣にいた女子が良い例だ。
 だが、千早はそれで良いと思っていた。
 いっそ春香を捕まえて、自分の傍に寄せないで欲しかった。
『姉さんはもっと愛想を良くした方が良いよ。美人なんだから、男女問わず人気者になれるんじゃない?』
 そんな事を言った弟のセリフが、一瞬よぎった。
(……なんでこんな時に)
 謎に思ったが、チャイムが鳴ったのでどうでも良い事だ、と片付けた。

*****

 事件が起きたのはそれから間もなくだった。
「ちょっと、なんとか言いなさいよ」
「……じゃあ、一言言わせてもらうわ」
 とある休み時間、いきなり女子生徒数名が千早に言い寄って来たのだ。
 お前がやったんだろう、と。
「私がどうして、その娘の上履きを隠さなきゃならないの?」
「だって、貴女しか考えられないじゃない! 他にやりそうな人なんていないし!」
 子供っぽいいたずらだった。
 一人の女子の上履きがなくなり、何故だかその犯人にさせられているようだ。被害に遭った女子は、千早に言い寄ってきている威勢の良い女子の背後ですすり泣いている。更に彼女の脇に二名、寄り添っていたが、千早にはその全員の名前が思い出せなかった。
 更に、この状況が馬鹿馬鹿しすぎて実感が沸かない。
「どこをどう見て、私しか考えられないのか、説明してくれると助かるんだけど。……私に恨まれるような事でもしてたの?」
「……っるさいわね!」
 威勢の良い女子が、右手を突き出す。
 千早の肩が押され、グラリと体がゆれた。
「……説明も出来ないの? 勝手に喚いて、勝手に泣いて、勝手に人を犯人に決めつけるなんて、あまり頭の良い行動とは言えないわね」
「なっ、なによ!」
 掴みかかってくる威勢の良い女子。
 千早も多少構えるが、その間に一人、文字通り滑りこんでくる女子がいた。
「ちょーっと待ったぁ、あ、ああああああ!!」
 盛大にずっこけながら登場したのは、春香だった。
「な……何?」
「いてて……ちょっと待った。タイムタイム」
 気を取りなおして威勢の良い女子に向き直った春香は、どうやら仲裁に入ったようだった。
「犯人は千早ちゃんじゃないよ!」
「な、なんでそう言いきれるのよ」
「私にはわかるもん。千早ちゃんはそんな人じゃない」
 違った。千早の加勢に来たのだ。
「ちょっと、余計な事をしないで」
「余計で結構。私は勝手に千早ちゃんの味方をするの。こうやって無理矢理恩を売りつけてやるんだから!」
「……別に恩なんか感じないわよ」
「そう言いつつ、負い目を感じちゃうのが人間って者だよ、千早ちゃん」
 そう言ってニッコリ笑う春香に、千早はもう何も言う気が起きなかった。
「さて、話の続きだけど、千早ちゃんが犯人じゃない理由その二!」
 どうやらその一は『千早ちゃんはそんな人じゃない』と言う事らしい。
 言い寄ってる側に大した根拠が無いので、それも良いと言えば良いのか……。
「さっき小耳に挟んだんだけど、C組の田中さんって娘に面識無い?」
「田中……って、もしかして」
「男を取られた仕返し、とか言ってたみたいだけど、どうやら心当たりがあるみたいね?」
「……そ、それは」
「早く行って、上履きの在り処を聞いてきたら?」
 春香にそう言われ、女子たちはバツの悪そうな顔をしながら、千早に謝りもせずに教室から出て行った。
「ふー、一件落着」
 それを見て、やりきった顔の春香は千早に向き直る。
「これで貸し一ね」
「だから、別に恩には感じないって」
 無理矢理の論法に、千早は呆れたような目で春香を見た。

 だが、春香の言う通り、本当に負い目と言うもの感じてしまったのか、千早はそれ以来、春香を邪険に扱わなくなった。
 口数も増え、昼休みには机をくっつけ、一緒に下校し、弟も紹介した。
「姉さんが変わったのは、春香さんのお蔭かもな」
 なんて言われて、なんとなくくすぐったかった。
 変わったのは千早だけではなかった。
 結局、上履きを隠していたのは本当に田中という女子だったようで、千早に言い寄ってきた女子達は、千早に素直に謝った。彼女達も同じように負い目と言うものを感じていたのかもしれない。
 それからと言うもの、千早はクラスに馴染み、今までが嘘だった様に明るい女の子になった。
 全てが上手く行っていた。トコトン幸せだった。
 このまま時を重ねられれば良い、そう思っていた。

*****

「あら、春香、着替えはまだなの?」
「う、うん。先行っててよ。すぐに追いつくから」
 ある体育の時間、千早はいつも気にかけていた事を尋ねてみた。
 春香はジャージに着替えるのが、いつも遅い。
 今まで誰も触れなかったし、改めて聞くような事でもないので千早も何も言わなかったが、今日は何故かその疑問が口を突いて出てしまったのだ。
「き、如月さん、春香は良いのよ。先に行ってよ?」
「え、ええ」
 他の女子に手を引かれ、更衣室に春香だけを残して千早達は外へ出た。

 廊下で女子に怒られる。
「ダメだって如月さん。知ってるでしょ、春香のアザの事」
「……アザ?」
 初耳だった。
 聞く所によると、春香の体の服に隠れた場所には、いたる所にアザがあるのだという。
 本人はそれを隠したがっていて、それを知っているクラスメイトはみんなその事に触れない。
 だが、千早はなんとなく、むっとした。
「それ、どう言う事なの? そのアザ、どうやってついたの?」
「し、知らないよ。春香が言わないんだもん……」
「……先に行ってて」
 女子が止めるのも聞かず、千早は踵を返した。

 勢い良く、ドアを開ける。
「ち、千早ちゃん!?」
「本当だったんだ……」
 ジャージに着替えている途中の春香。素肌が見えていた。
 確かに、背中や腹などに黒くアザが残っている。
「それ、どうやってつけたの?」
「……か、関係無いじゃない」
「関係無い……?」
 またムッとして、千早は春香に近付いた。
「そんな言葉で片付けられちゃうの? そんな言葉で遠ざけられるんだ?」
「ち、千早ちゃん……」
「何か辛い事があるんじゃないの? 転んだ怪我じゃないんでしょ? それを心配するのがいけない? 友達と思ってたのは、私だけだったの?」
「そんな事無いよ……でも……」
「春香は、笑顔に隠して何を抱いてるの? 不安なら、辛い事なら、私にも分けて。少しぐらいなら助けてあげられるわ」
「……千早ちゃん……」
 春香の顔が少し歪み、目尻に水滴が浮く。
 千早が黙って両手を広げると、春香はその胸に収まった。

 母親と二人暮しらしい。
 春香は母子家庭で、父親は随分前に蒸発したのだとか。
 父親がいなくなってからは、母親は随分と荒れ、色んなものに縋ろうとしているらしい。それがなんなのかはボンヤリとぼかしていたが、今は宗教なのだと言う。
 ガイア教と呼ばれるカルト集団に混じり、夜な夜な妙な呪文を唱えたり、儀式だといって春香を殴る事も偶にあるそうなのだ。
 いつでも明るい春香からは考えられないほどの、暗い、辛い境遇。
 それを知らずに、ただバカの様に『幸せ』なんて思っていた自分が、どれほど愚かか、千早は噛み締めた。
「辛かったわね……。でも、もう大丈夫よ。これからはなんでも私に相談して。何か力になるわ。……お母さんの事も、何か考えてみましょう。きっと解決する事だって出来る」
「うん……うん、ありがと、千早ちゃん」
 結局体育をサボり、更衣室で涙を零す春香を、きつく抱きしめていた。

*****

「え~、悲しい報せがある」
 突然の報だった。
「天海が突然転校する事になってな。別れの挨拶も出来ないが、今日は学校に来られず、すぐに引っ越しもするらしい」
 意味がわからなかった。
 理解するのに、事実を飲み下すのに、かなり時間がかかった。

 千早が授業を抜け出して春香の家に来ると、引っ越し業者の代わりに警察がパトカーを停めていた。マスコミや野次馬なんかも大量にごった返している。
 ドラマで見るような現場検証、事情聴取などをしているようで、春香の家の周りは慌しかった。
「な、何があったんですか?」
 野次馬に来ていた人に尋ねると、その人は饒舌に語ってくれた。
「なんでも、殺人事件らしいわよ。怖いわよねぇ。あのお宅の奥さんはなんだかって言う宗教にはまってたって言うし、いつか何かやるんじゃないかと思ってたけど、まさか人殺しとはねぇ。……あ、でも死んだのはその奥さんの方で、殺したのは娘さんだって話よ? 怖いわよねぇ」
「……なっ!?」
 殺したのは、娘さん?
 春香が、母親を殺したのか?
 千早には信じられなかった。そこまで思いつめていたなら、何故自分に話してくれなかったのか。
 何でも相談してくれって言ったはずなのに。
 頭に血が上るのを感じる。自分が冷静でないのを自覚しながら、千早は人波を割って、最前列まで辿り着く。
 すると、丁度春香が家の中から出てきた所だった。
「春香ッ!!」
「……千早ちゃん」
 警官に制止されながらも、千早は手を伸ばし、必死に春香を呼ぶ。
「春香! 何があったの!? 貴女が……春香が殺したなんて嘘なんでしょ!?」
「……ゴメン、千早ちゃん。多分、もう会えないけど……手紙、書くから」
 そう言って、春香はパトカーに乗り、そのまま何処かへ行ってしまった。

 その後、マスコミに何かマイクを向けられたような気がしたが、返答する気になれなかったので、無視して家に帰った。
 何もかも信じられなかった。
 一体、どうしてこんな事になったのか、全くわからなかった。

*****

 その日の夕方には、そのニュースが流れていた。
 母殺しの娘、正当防衛か。
 精神が不安定だった母親が、突然娘に襲いかかり、娘は咄嗟に近くにあった包丁を構え、母親は足を縺れさせ、倒れ込むように娘に覆い被さる。
 その時に包丁が刺さり、母親は亡くなった様だ。
 そんな風にニュースでは報道されていたが、千早はなにも聞く気になれなかった。
 春香自身から聞くまでは、どうしても納得できなかった。
 だが、それから千早が春香と出会う事は、悪魔の事件の渦中になるまでなかった。

 ただ、手紙のやり取りは続いた。
 始めは春香から送られてきたもので、事件の事と『ごめんなさい』と言う言葉。
 その手紙で、ニュースが本当なのだと言われてしまった。アレは全て事実で、自分は人殺しなのだと。
 だが、千早は春香を元気付けようと、努めて明るい調子で返事を出した。
 二年ほど手紙のやり取りがあり、感情は大分丸くなり、角が磨耗して激情はそうとは呼べないほどになっていた。
 きっと千早と同じように、春香も落ち着いてきてる。千早はそう思った。
 母親を殺してしまった事、それ以前に虐待を受けていた事、いろんな事を乗り越えて、いつもの元気な笑顔を取り戻している。そう楽観した。
 千早はこんな手紙をしたためた。
『今度、引っ越しする事になりました。住所は今、春香が住んでいる場所の近くみたいです。また、会えると良いね』
 返事は、なかった。

*****

「また千早って娘から手紙?」
「え? ……そうよ」
 秋月情報局のポストに、一通の手紙が入っていた。
 春香はその内容に目を落として、いつもとは違う、切なげな目をしていた。
「どうしたのよ? いつもはあんなに嬉しそうなのに」
「嬉しいわよ。……でも」
 今の自分が彼女に会っても良いのだろうか?
 春香は自分の手が汚れているのを知ってる。
 あの日から、別の人生を歩む決意もした。
 律子に拾われ、情報屋として生きるために、いろんな知識と経験を積んだ。
 どう考えても、今と昔の自分は違う。
 そんな春香が千早と会っても良いのだろうか? 彼女を驚かせまいか? 幻滅させまいか? 不安だらけで、どう返事をして良いか、迷ったのだった。
「へぇ、デートのお誘いみたいじゃない。行ってきたら?」
「人の手紙、勝手に見ないでよ。……それに会うつもりはないわ」
「どうして?」
「……関係ないでしょ」
 春香は手紙を大切にしまい、仕事に戻った。
 その様子を見て、律子は苦笑して、自分で入れたコーヒーをすすった。

*****

 もしあの時、事件のすぐ後。
 あの手が繋がれていたら。
 もしあの時、会わないか? との手紙が来た時。
 喜んで会いに行っていたら。
 もしまだ、触れ合える手を持っていたなら。
 もっと穏やかな道を、二人で歩けたのだろうか?

真・菊地探偵事務所 二章 7

7 変わるもの、変わらないもの

「悪魔を魔界へ戻すには、ターミナルを使って、召喚とは逆の手順を踏みます。それを広域に設定すれば、恐らく可能だと思います」
 幽霊屋敷の客間らしき場所で、プティーブン、改めあずさはそう言った。
 あずさは真達に信用を置き、初めに改めて自己紹介したのだった。
「恐らく可能……って、確証はないの?」
「ええ、ですが成功率はかなり高いでしょう。GUMPも同じような原理を使用して召喚と送還を行っています。とすれば、その規模を大きくした所で差異はないはずです」
「……でも、もし万が一にも失敗したら?」
「その時には、別の策を用意しています」
 あずさは一枚の写真を真達に見せた。
 そこには白い壁に妙な紋様が書かれた不思議な風景が切り取られていた。
「これは?」
「バンナムの地下にある研究施設です。そこの一室に、この魔法陣があります。これが存在する事によって、現界は魔界と同位に近くなり、悪魔が顕現するのに必要なマグネタイト量を著しく低下させています」
 小鳥の拓いた魔界との道。それがこの魔法陣である。
 それは色々な偶然と、小鳥の類稀な才能によって作られたもので、この先もそうそう拓かれる事はないだろう。
「これを破壊する事が出来れば、魔界とのリンクが途切れ、現界に現れている悪魔は急激にマグネタイトを消費し、スライム化するでしょう」
「悪魔がスライム化……。それじゃあ、イオリ達は……?」
「彼女達も悪魔です。例には漏れないでしょう」
「そんなっ! それには賛成できない!」
「わかっています。ですから、これは最終手段。ターミナルを制圧し、悪魔の送還が出来るのならばこの手は使いません」
 だが、それでも逆を言えば、それが出来なければ悪魔のスライム化を実行すると言う事。真はそれに納得が出来なかった。
 短い時間とは言え、濃い付き合いをしてきたイオリやミキ、そして今や春香も悪魔と化している。その三人全てをも犠牲にして悪魔を討滅する。
 そんな事をするぐらいなら、他の悪魔を一匹ずつ倒して行った方がマシだ。
「菊地真さん、サマナーが使役する悪魔に情を移すのは珍しくない事ですが、それでも事の大小を見極めてください。人と悪魔とは共存できない。お互いに相容れない存在なのです」
「……そんな事」
 言いかけて、真は言葉を切った。
 確かに、悪魔はマグネタイトを求めて人間を殺し、人間はそれがイヤだから悪魔を倒す。
 だが、本当にそんな単純な関係なのだろうか?
「あの千早という娘が社長を倒してくれたのなら、今バンナムはもぬけの殻のはず。侵入も容易いでしょう。早く動いた方が良いと思います」
「そうだね……。とにかく、バンナムに行ってみよう」
 心にしこりを残したまま、一行はバンナムへ向けて出発した。

*****

 千早によって焼け野原にされた林。
 元々林道があった場所を歩き、丘を下っていると、向こうから人影が見えた。
「あれは……律子?」
「あ、真! アンタ、無事なの!?」

 律子と合流した一行。あずさと律子の面通しも終わり、また一息つく。
「どうしたのさ、律子?」
「色々教えておこうと思った事があってね。携帯使おうと思ったら、この辺圏外なのね。アンテナが一本も立ってないわ。……いや、でもその前に」
 律子は周りをグルリと見回した後、真に向き直る。
「アンタ、まさか剣を解放したんじゃ?」
「剣? 解放? 律子にもらった剣の事?」
 真は持っていた剣を彼女に見せる。
 律子は刀身を検め、一つ安心した様にため息をついた。
「どうやらまだ大丈夫なようね……。だったらこれはどう言う事なの? それに、春香の姿が見えないんだけど……」
「……うん、それには色々あって」
 真は要点を掻い摘んで話した。
 律子は静かにその話を聞き終えると、『なるほど』と呟いて苦笑した。
「カオスの先手か……。いや、でもあの娘ならなんとかなるでしょ」
「なに? どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ。それよりも……」
 適当に誤魔化した後、律子は丘から見える町の端っこを指差した。
「やっと自衛隊が動き始めたみたいなの。見える?」
「うん、なんとか」
 ボンヤリとだが、町の境に黒々とした車両が見える。
 自分の視力がこんなに良いとは驚きだったが、今はそんな事はどうでも良い。
「じゃあ、町も一応安全になるかな?」
「それが、そうも行かないみたいなのよ」
「どう言う事?」
「自衛隊が出動してきた理由は主に二つ。この町の完全封鎖と悪魔の使役実験よ。私自身がこの目で見てきた事だけど、自衛隊の中には管使いがチラホラ見えたの」
 管使いとは、古式ゆかしいデビルサマナーだ。
 管の中に悪魔を入れ、それらを召喚使役して色々な事をやってのける。
 葛葉と呼ばれる退魔集団も管使いを多く有している。
「町の人を保護に来たんじゃないのか!?」
「どうやら違うみたいよ。保護どころか、助けを求めた無事な人間すら悪魔の変化を疑って拉致したり、酷い時にはその場で殺したりしてるみたいね。情報操作は後でどうとでも出来るだろうし、今の所アイツらに必要なのは戦力として転用出来そうな悪魔だけなんでしょう。……このままじゃ東京黙示録の再現になるわ」
「黙示録?」
「あー……掻い摘んで言うと、この町が悪魔と人間の戦争真っ只中になるって事よ。そんな事になる前にどうにかできないかと思って、ここまで来たんだけど……」
「それなら多分、大丈夫だと思う」
 自衛隊の目的が使役できる悪魔の確保、だと言うのならば、その目的である悪魔をなくしてしまえば一応はその騒ぎも収まるだろう。
 だが、その後の事を考えると、あまり気分の良い話ではないが。
「悪魔はどうにか出来ると思うよ。でも、ボクらが行く前に自衛隊がバンナムを制圧すると厄介だな」
「何か手伝える事があるなら協力するわよ?」
「では、やよいちゃんを預かってくださいませんか?」
 あずさが前に出て、彼女の影に隠れていた子供、やよいの背中を押す。
「この子は戦う力を持っていませんし、バンナムに連れていくのは少し心配で」
「うっうー!」
 そう言うあずさとは対照的に、やよいはあずさにしがみついて離れようとしなかった。
「……嫌われたみたいね」
「す、すみません。やよいちゃん、良い子だから言う事聞いて?」
「うっうー! うっうー!!」
 やよいは首を横に振りながら、あずさから手を離さなかった。
 困っているあずさを前に、律子は苦笑して言う。
「連れていってあげたらどうですか? 私の傍よりはいくらか安全だと思いますよ。私だって戦う力はありませんし、自衛隊や悪魔に囲まれたって、守る術はありませんよ」
「……そうですか。では、そうします」
 あずさはやよいの頭をなで、困ったように笑いながら彼女に視線を落としていた。
 それを見て律子が真に近寄って耳打ちする。
「あの二人って親子?」
「……さぁ。関係は聞いてないけど」
「あの子供の方、妙な感じがするわね……」
「喋れないのは理由があるみたいだよ」
「そうじゃなくて……いや、まぁいいわ」
 律子は真から離れ、予感を杞憂として蹴飛ばした。
「じゃあ、私は町に戻ってるわ。どこにいたって危険に変わらないなら、人が多い方が肉眼は誤魔化せるでしょ。それに情報を制しておけば、何かと便利だしね」
「あ、じゃあ千早って娘の事、何かわかったら知らせてくれないかな?」
「わかったわ。その代わり、携帯の通じる所にいなさいよ?」
「うん、了解」
 駆け出す律子を見送って、真達もバンナムへ向かう事にした。

*****

 バンナムへ向かう道すがら、敵対する悪魔は全て切り倒し、マグネタイトを出来るだけ溜めながらここまでやって来た。
 目の前に見えるのは、バンナムの入り口。
「まだ自衛隊の人たちは来てないみたいですね」
 周りを確認して雪歩が言う。
 ここまで来るのに、真と雪歩が主戦力だった。
 マグネタイトを温存する為に仲魔の召喚は極力避けてきたのだ。
「早い所、地下の研究施設とやらに行こう。グズグズしてる暇はないよ」
「そうですね。ここからは私が案内します」
 真の言葉にあずさが頷いて、先頭に出る。
 今まであずさが戦闘に参加していなかったのは、真と雪歩の申し出によるものだった。
 二人はまだ『覚醒』したばかりなのだ。力に慣れるために、今まで悪魔を試し斬りしていたのだ。
「この中はまだ多くの悪魔はいると思います。準備は良いですか?」
「うん。……あ、ちょっと待って」
 真はGUMPのマグネタイトバッテリーの残量を確認してから、イオリ、ミキ、春香を召喚した。
「ここからは出し惜しみしてもしょうがない。全力で行くよ、みんな!」
「大分様になってきたじゃない、にひひ、それでこそ私のサマナーよ」
「わかってるの! ミキ、頑張るよ!」
「……う、はいはい、適当にね……」
 威勢の良いイオリとミキとは対照的に、春香は顔色が悪かった。
「……どうしたの、春香? まだ気分が悪い?」
「いいえ、多分マグネタイトってヤツの関係じゃないと思うわ。なんて言うか……機械の中に入るなんてそうそう出来ない経験して、酔ってるみたい」
「GUMPと現界を転送するのに酔ったみたいね。召喚酔いってヤツ?」
 面白がって頭を突つくイオリを、春香はうるさそうに払っていたが、その挙動にもあまり覇気がない。酔っ払い方もハンパないのだろう。
「気分が悪いなら、GUMPに戻そうか?」
「冗談やめてくれる? その行き来が原因で今こうなってるのよ?」
「あ、そうか」
「大丈夫よ。良い空気を吸えば、すぐに良くなるわ」
 春香は背筋を伸ばし、一つ深呼吸した。
 そして、パッチリ目を開ける。
 ほぼ同時に、真の携帯電話に着信が届いた。
『あ、繋がった。真、聞こえる?』
「律子! どうしたの?」
『例の千早って娘の事についてわかったわ。目撃情報によると、今、バンナムに向かって飛んでるみたいよ』
「バンナムに向かって……」
「来たわよ」
 春香が呟くように言った次の瞬間、空から人影が降ってきた。
 それは土煙を巻き上げて着地すると、ゆっくりと立ちあがる。
「……やっぱり来たのね」
「千早ちゃんこそ」
 その人影とは、言わずもがな千早だった。
 姿を確認して、真達も各々構えるが、春香がそれを片手で制した。
「ここは私に任せて。貴女達は先に行きなさい」
「でも春香……ッ!」
「良いから。早くしないと、邪魔な虫も入ってくるんでしょ? だったら急ぎなさい」
 確かに、グズグズしていては自衛隊連中が来て、また状況が面倒臭い事になってしまう。
 折角誰よりも先に着いたのだ。それを活かさない手はない。
 だが、さっきは春香を置いていった事で失敗を犯した。その二の舞になってしまうのではないか、と言う懸念もある。
「心配するような事じゃない。もう、私はさっきまでの私じゃないわ」
「それでも、千早だって強くなってる可能性もある」
「大事なのは私が千早ちゃんに勝つ事じゃない。私が貴女達のために時間稼ぎ出来るかどうか、って事でしょ? 真がしっかりやる事やってくれれば、私も千早ちゃんも、ついでに貴女達も死なずに済むって話じゃない」
 町を異界化させているターミナル、悪魔、その他の要素を全て排除すれば、争いの元も消えるだろう。そうすれば、みんな生きて帰る事は出来るはず。だが、悪魔となっている春香は恐らく、魔界に行ってしまうだろう。それをここで話しておくべきか、否か。
 やはり多少の迷いは生まれる。
「真ちゃん……」
「……わかった。春香、絶対死ぬなよ。きっとまた会おうね!」
「わかってるわよ。私はこれっぽっちも死ぬ気はないよ。恥ずかしい事言ってないで、さっさと行きなさい」
 覚悟を決めた真は、あずさの先導でバンナムへと入っていった。
「……さて、静聴ありがとうね、千早ちゃん」
「……」
 区切りがついた所で、春香は千早に向き直った。
 千早はただ、静かにそこに佇んでいるだけだった。
「余裕を見せつけてくれたのは良いけれど、それで対応は変わらないよ?」
「……別に、構わないわ」
 静かにその手に持っていたカードを掲げる。
 それを見て、春香は両手を広げ、柔和な笑みを浮かべた。
「一応言っておくけど……私は別に、千早ちゃんと戦う気はないよ」
「私も出来れば、春香とは戦いたくなかった。……でも、もうダメなの。私はもう、ヒトじゃいられない。外側がヒトであっても意味がない。私の心は既に、悪魔に食い殺されてしまった」
「……そんな事ないよ」
「春香に何がわかるって言うの? このカード、この力、これは全部、私の心の発露。それが悪魔の形をしているなら、私は……」
「千早ちゃん、知ってる? 悪魔は嘘をつかないんだよ」
「……戯言を!」
 千早の持っているカードが淡く輝き、彼女の背に青い肌の男が現れる。
 三叉の戟をその手に、虎の衣を纏ったその姿は、とある破壊神の姿だった。
「悪魔はヒトを惑わし、ヒトを騙し、ヒトを殺す存在! 嘘をつかないわけがない!」
「それは言葉遊びが上手なだけ。悪魔の巧みな話術に惑わされ、人は騙されたと思い、最後には身を滅ぼす。千早ちゃんだってわかってるんでしょ?」
「例えそれが事実だったとしても、私が悪魔を恨み、憎み、殺したいと思う気持ちに変わりはない! 私の心に嘘はない!」
「……だったら、どっちにしろ矛盾してるよ」
「くっ、うるさい!」
 破壊神、シヴァはその手に持つ戟を振り回し、春香に向けて突き出してくる。
 春香はそれを両手で受け止める。だが、地面はひび割れ、せり立ち、その衝撃の大きさをまざまざと見せつけた。
「言葉遊びがなんだって言うの!? 私はそんな言葉に騙されない!」
「脆い足場にしがみついてないで、もっと周りを見ようよ。弟さんの事は辛かっただろうけど、人は辛い思い出を乗り越えていける! そんなに弱くなんかないでしょ!?」
「私はもう……戻れないのよッ!」
 戟が振り上げられ、それと一緒に春香も宙に放られる。
 足場もなく、身動きが取れない春香に向けて、千早の魔法が繰り出された。
「ザンダイン!!」
「このっ、わからずや!!」
 千早の手から巻き起こる竜巻が春香に向かって飛ぶ。
 だが、強力な魔法が春香の一喝で全て掻き消された。
「なっ!?」
「その頑固頭、一回ぶち壊さないとダメみたいね。良いよ、わかった。じゃあ全力でやろう。手加減なんかしないよ、千早ちゃん」
 ゾワリと何かが地を走る。
 春香の足元から発生した黒い波紋が千早の足を濡らしたようだった。
 空気の質が明らかに変貌する。喉が詰まりそうだった。
「手に入れた悪魔の力、本気で使うのは初めてだけど……まぁ、なんとかなるよね」
「……くっ、油断、出来ない……」
 一歩踏み出した春香に対し、千早がカードを掲げた。

*****

 地下へ向かう真達の前に、当然の如く、悪魔が立ち塞がる。
 一行はそれらを出来るだけ倒し、マグネタイトを掻き集めながら先へと進む。
「あの女、マグネタイトの消費量がハンパないじゃない! なんなの、燃費悪いわね!」
「仕方ないよ。強力な悪魔になっちゃったみたいだし……。それよりも早く研究施設に行かないと……あずささん、ターミナルはまだなのか?」
 先頭から多少中列まで下がったあずさは、首を横に振る。
「悪魔の所為で思うように進めていません。まだもう少しかかると思います。それに、社内に電気が通っていないみたいですから、エレベーターは使えないでしょう。非常階段は一応あるんですが、かなり遠回りになります」
「……そこしか道がないなら仕方ないか。みんな、もう少しスピード上げるよ!」
 真の号令で、一行は悪魔を蹴散らしながら、どんどんと廊下を進んでいった。

 もう少しで階段に辿り着こうかと言う頃。
 急にやよいが立ち止まった。
「うっうー」
「どうしたの、やよいちゃん?」
 今の所、周りに悪魔は見当たらないので、一行は足を止める。
 やよいは悪魔に対して鼻が利くらしいのだ。バンナムに来る途中、町を歩いている時にも彼女が危険を知らせてくれた事で難を逃れた事が幾度かあった。
「また悪魔か……?」
「私は気がつかなかったけど……」
「でもやよいは鳴いてるの」
「動物みたいに言うんじゃないわよ」
 どうやらイオリとミキにはそんな気配は感じられないらしい。
 だとしたら、何故やよいは立ち止まったのだろう?
「とにかく、慎重に進もう。何があるかわからないからね」
「うっうー!!」
 真が一歩進んだ瞬間だった。
 フッと、目の前から真の姿が消える。
「ま、真ちゃん!?」
 雪歩が驚いて駆け寄ろうとするが、その服の裾をやよいが掴んだ。
「うっうー!」
「は、放して下さい!」
「待ってください、萩原さん。……アレは罠みたいですね」
 あずさが廊下の天井を指差す。
 そこには見なれない機械が取り付けられてあった。
「アレは転送装置。菊地さんは今、どこか別の場所にいるはずです」
「別の場所? 罠ってどう言う事ですか?」
「私達の侵入を予測して、それを阻止しようとした人間がいる、と言う事でしょう」
「んっふっふー、大当たりだよ!」
 声と共に現れたのは、社長の傍にいたあの双子。
「あ、貴女達は……っ!」
「油断大敵アメアラレ! マミ達忘れちゃおしおきよ!」
「あのサマナーは今、社長さんとご対面中。邪魔はさせないよ!」
「社長……!? 生きているんですか!?」
「モチのロン! そう簡単に死んでもらっちゃ困るんだよねぃ」
 双子はセリフの合間に、どんどんと悪魔を召喚する。
 その内に、廊下を埋めるほどになっていた。
 だが、戦力的には真の抜け落ちた一行でも勝てないようなレベルではない。
 全力を尽くせば、この場は凌げそうだ。
「さぁ、ねーちゃん達はアミ達と遊んでもらうよ! 死なない程度にゆっくりしていってね!」

*****

「うっぷ、気持ち悪い……」
 真がやって来たのは、どこか見知らぬ、とても広い部屋だった。
 長方形に区切られた部屋は、天井が霞むほどに高く、更に幅、奥行きもそれに見合うだけに広かった。
 今、真の気分が悪いのは、恐らく転送装置で酔ったのだろう。春香の言っていた事を身をもって思い知るとは予想しなかった。
「なんだ、ここは……」
「ようこそ、菊地真くん」
「その声……ッ!?」
 部屋の中が唐突にライトアップされる。
 明るくなった部屋の中心には、バンナム社長である高木順一郎の姿があった。
「そんなっ、死んだはずじゃ!?」
「死体も確かめない内に決めつけるのは良くないね。それに、少しはこう言う事態も予測していたのではないか? 私が生きているのではないか、とね」
 確かに、あの状況で悪魔を盾にすれば落ち延びる事は可能だったかもしれない。
 真を転送させた装置も使えば、一瞬にして千早の前から姿を消す事も可能だ。爆発の煙が晴れぬ前に転送し、誰もいなくなった部屋を見れば、千早も彼を粉微塵に吹き飛ばしたと思ってもおかしくはない。
「さて、君をここに連れて来たのは他でもない、渡して欲しい物があるのだよ」
「GUMPは貴方には渡さない!」
「……何故かね? 三浦くんにほだされたからか? 騙されてはいかんよ、あの女性は君を利用しているに過ぎない」
「……利用?」
「彼女はこう言ったのではないか? ターミナルを使って、悪魔を全て魔界へ押し戻す、と。そうすれば事は丸く収まる、と」
「何故それを……!?」
「ふふふ、やはりな。……君はそれで良いと思っているのかね?」
 高木は指を鳴らす。
 部屋の中に響いた音は、何かの合図だったようで、高木の背後の壁が左右に開き、その奥にあった物を見せつける。
 巨大な円柱形のオブジェだった。
「これは君達が目指していたターミナルと呼ばれる物だ。これを使えば、君達のやろうとしていた事も簡単に叶うだろう」
 だがそれを見せられても、真に動く気配はなかった。
 ここに来て量りかねているのだ。あずさの言っている事に乗っかっていても良いのか。
 元々、彼女の話には全面的に賛成、と言うわけではない。
「話を聞いてくれるかね?」
「……ええ。判断はその後します」
「では、話を続けよう。……三浦くんが魔法を使える理由は知っているかな? アレは、悪魔の血を体内に混ぜているからだ」
「悪魔の血を……? でも、そうすると死んでしまうんじゃ?」
「そう言う例もあるが、しっかりとした対応をする事が出来れば、人間は魔法使いになれるのだよ。……だが、それも不完全でね。あまり魔法を使いすぎると、その存在を悪魔側に引き寄せすぎてしまう。簡単に言えば、人間ではなく、悪魔になってしまうのだよ」
「そんな! じゃあ、悪魔を魔界に帰そうとすると……」
「その人間も当然、魔界へと連れて行かれるだろうね。……だが、それも頻度の問題。魔法を使いすぎなければ、悪魔の血だけを切り離して魔界へと帰す事が出来る。当分は貧血に悩むだろうが、比べてみればそちらの方が随分幸せだろう」
 だとすれば、あずさを犠牲にする事はないだろうか。
 真が見ている限り、彼女はあまり魔法を使っているようでもない。
 ……だがしかし、その時ふとイヤな予感が過る。
「さて、もう一度質問だ。君の傍にいる萩原雪歩くん。彼女はどうして魔法を使えるのかな? そして、今までどんな魔法を、どれだけ使った?」
「……まさか!」
「気がついたかね。彼女も既に、悪魔の血を宿しているのだよ。もしかしたら既に、彼女は悪魔になっているかもしれないな」
「でも、いつの間に……!」
「さて、いつだろうな?」
 ずっと雪歩の傍にいたつもりだが、真の目にそんなシーンは映らなかった。
 悪魔と傍にいる事もあったが、血を体内に含むような場面は一度もない。
 しかし、ふと思い出す。一度だけ、雪歩と離れた事があった。
 双子に雪歩を連れ去られた時だ。
「そうか、あの時……ッ!」
「そうだ。私達が彼女に悪魔の血を混ぜた」
「貴様ッ……!!」
 真が剣を構え、高木に駆け出そうとするが、しかし、真の目の前に巨大な悪魔が現れる。
「くそっ!」
「落ち着きたまえ。私は今、君と闘り合おうと言うのではない。君に解決案を提示しようとしたのだよ」
「信じられない!」
「信じるかどうかは君に任せよう。ただ、悪くない提案だと思うがね」
 高木がもう一度指を鳴らすと、ターミナルが回転を始め、悪魔の召喚を連続して行った。
 高木の周りには強力な悪魔が陣取り、易々とは近付けそうになくなった。
「それとも、彼らを打ち倒して私を斬るかね?」
「……っ!」
 覚醒した力にまだ慣れきっていない真。強力な悪魔を前にどれだけ戦えるか、多少疑問ではあった。
「まずは私の話を聞いて、それからどうするか決めると良い。……簡単な話だ。世界をもう一度創り変えようではないか」
「創り変える……?」
「そうとも。私は娘を一人、悪魔によって亡くし、魂すら悪魔に掌握されている状況にある。私は彼女を取り戻す為に、受胎という儀式を行うつもりだ」
 それはあずさに聞いた話、そのままだった。
 娘を生き返す為に受胎と言う儀式をする。その為に悪魔を召喚し、町中を混乱に陥れた。
「たった一人の為に町中を危険に晒した。それは重々承知しているつもりだ。だが、受胎が成れば町も元通りになる。辛い記憶もなくなり、全て丸く収まるのだ」
「でもそれは、人道的ではない」
「ならば君は人道を通して、萩原くんを見捨てるのかね?」
 言葉に詰まる。
 今までずっと一緒にいた雪歩。真にとっては特別な存在だった。
 彼女を手放すのか? と問われると、簡単には返答し辛い。
「私に協力してくれるのならば、受胎を成功させ、全て元通りにして見せる。そう約束しよう。だから、GUMPを預けてはくれないか?」
「……」
 真の中に、迷いが渦巻く。

*****

 エントランスホールの窓ガラスを突き破り、大きな音を立てて転がりこむ。
「くっ! ザンマ!!」
「甘い!!」
 千早手から魔法が繰り出される前に、春香のニープレスが飛んでくる。
 掃除もされていない床の埃が高く舞い、更に床まで凹ませ、ヒビ割り、近くにあった柱の外装をガタピシ言わせる。
「がぁ……ッ!!」
「まだまだぁ!!」
 春香は千早に食らわせたニープレスの反動でまたも飛びあがり、魔法を繰る。
 悪魔の力を手にした春香にとって、それぐらいは造作もない事だった。
「アギダイン!!」
「くっ、シヴァ!!」
 乱れ飛んでくる火の玉を、千早のペルソナであるシヴァが全て打ち落とす。
 弾かれた火球がぶち当たった床や壁は大きく抉れ、その威力の凄まじさを物語った。
「なんて強さなの……アレが、春香……っ」
「全て捌いた……やっぱりやるね、千早ちゃん」
 この二人の攻防は一進一退、いや、若干春香が圧している。
 悪魔として転生したばかりの春香は、驚くほど柔軟に悪魔の力を行使している。一応、特殊能力の経験についてはアドバンテージを得ている千早を圧すほどだ。その潜在能力は凡百と比べ一線を隔していた。
「だからと言って負けられない……私にはやる事がある!」
「それは何を排してもやるべき事なの? 私にはそうは思えないよ」
「春香に理解してもらうのは諦めたわ」
 冷たく突き放すような千早の言葉に、春香は苦笑しながら、ゆっくり両腕を開く。
「……もっとしっかり自分を見て、千早ちゃん。その道はまっすぐなの? 貴女の信じた物は、本当に迷いがない?」
「迷いなんかあるわけがない。私が決め、私が信じ、私が往く道だもの」
「冷静になって、周りを見てみてよ。これが千早ちゃんの望んだ世界なの?」
「問答には意味がない。それは充分わかってる事のはず」
 カードを構えると、それに呼応してシヴァが三叉戟を構える。
 それを見てなお、春香は動こうとはしなかった。
「お願いだから、もう一度良く考えて、千早ちゃん」
「私は全ての悪魔を殺し、その命を以って弟に償わせる為だけに生きてる。それが成るまで死ねない」
「それが歪んだ道だって言ってるんだよ。……わかってもらえないなら、少し頭を冷やす時間を上げないとダメかな」
「言ってくれるわね。出来るのかしら、春香に?」
「今の私に、出来ない事なんかないよ」
 言いながら春香は自分の目の前で腕を交差させる。
 ただそうしただけなのに、千早が感じるプレッシャーや危機感がグンと増す。
 何かしないと、ヤバイ。
「シヴァ!」
 先手を仕掛けるべく、シヴァを先行させる。
 三叉戟を振り回し、春香に襲いかかるシヴァ。だが、次の瞬間、彼の胴体を一筋の光が貫く。
 グラリと揺れるシヴァの体。そして千早の体中が痛み始める。
「ぐ……なに、これ……」
 さっきの光線はどうやらペルソナを掻き消すのに充分な殺傷力を持っていた様だ。
 恐らく、春香から放たれた物だろう。
「どうやらペルソナを攻撃すると、本体にもダメージが行くみたいね? これはちょっと誤算だったかも」
 シヴァの姿がだんだんと薄くなるに連れて、千早の視界もボヤけ始めた。
 意識を繋ぎとめておく事が出来ない。
 千早は膝から崩れ落ち、そのまま気を失った。

「あ、千早ちゃん!?」
 春香は驚いて駆け寄り、千早の体を抱きとめる。
 どうやら息もしているようだし、外傷も特には見当たらない。
 命に別状はなさそうだ。
「良かった、気を失っただけみたいね……。これで、私のやる事は終わり、か」
 これから真達の許へ向かい、助太刀する事も可能だが、そうなると千早はどうするのか。それを自問した時、春香が出した答えは彼女の傍にいる事だった。
 真の方には既に、充分戦力がある。それならば春香が行く必要もないだろう、と考えたのだ。
 それに……
「これが最後なら、一緒にいたいんだよ」
 なんとなく自分の最期を予期していたのだ。
 真とあずさの話を聞いたわけではないが、悪魔になってしまった自分の末路は、なんとなく予想出来た。

 だがしかし、その予想は――

*****

 地下へ向かう階段に続く廊下。
 そこではまだ、雪歩達が悪魔と戦闘を繰り広げていた。
「ど、どうして戦っちゃダメなんですか!? このままじゃ、イオリちゃんたちが……!」
「どうしてもです」
 追い詰められながらも、今までまともに戦っているのはイオリとミキだけだった。
 あずさと雪歩はその力を持ちながら、それを腐らせているばかり。
 と言うのも、あずさが必死に制しているからだった。
「良く聞いてください、萩原さん。貴女も恐らく、私と同じ方法で魔法が使えるようになっているのでしょう。ですがその場合、魔法を使いすぎると取り返しのつかない事になります」
「取り返しのつかない事……?」
 真摯な視線のあずさに気圧され、雪歩は多少ビビりながらもその話を聞く。
「魔法を行使する度に、体が悪魔になっていくんです。完全に悪魔に染まると、今私達がやろうとしている『悪魔を魔界に帰す』と言う事を始めた場合、貴女も魔界へと送られる事になりますよ!」
「そんな……」
 魔界との扉はそうそう開かれない、と言う事は前に聞いた事がある。
 だとしたら、一度魔界へと追いやられてしまったら、それは現界との別離と言う事にならないだろうか? それは即ち、真と離れ離れになるという事。
 真が雪歩を想う様に、雪歩も真を想っている。
 ならば、その二人が離れ離れになる事は、とても辛い事だろう。
「ですから、ここは魔法の使用を極力控え、どうにかこの場を離脱すべきです」
「どうにかって、逃げ道なんてないじゃないですかぁ」
 廊下の前後を悪魔に阻まれ、息もし辛い状況だ。
 そんな廊下の真ん中で強行突破も出来ずにどうやって活路を見出せと言うのか。
「床か天井に穴を……いえ、それだけ強力な魔法を使うと一気に悪魔に近付く……。全員分のトラフーリ……でも私は後何度魔法が使えるかわからないし……」
 あずさが策を練っている間にも、悪魔達はジワリと詰め寄ってくる。
 前線にいるのは所詮ピクシーとジャックフロスト。大量の悪魔を抑えていられるほど強くはないのだ。
「も、もう我慢できません!」
「は、萩原さん!」
「私は……私は悪魔になったって構いません!」
 雪歩は悪魔に立ち向かい、その集団の真ん中に炎弾を放り込んだ。
 爆発と共に大量の悪魔を葬るが、それでも見た目の量はあまり変わってない様に見える。
「ここでイオリちゃんとミキちゃんに任せて、二人に怪我でもさせたら真ちゃんに怒られます。私は真ちゃんと離れ離れになるより、嫌われる方がずっと辛い。だったら、悪魔になるのを恐れて何もしないで待っているのは、イヤです!!」
 もう一撃、火球を飛ばし、悪魔を爆散させる。
 弾け飛んだ悪魔達はかなりの量で、廊下を埋めている壁のような悪魔達の一端が崩れた。
「今です、みなさん、走って!」
 その一角にもう一度魔法を放ち、道をこじ開けた後、一行はそのまま廊下を駆け出す。
 そちらは地下への階段側。転送装置は悪魔との戦闘のドサクサで破壊され、奥へと進む事が叶った。
「この先に階段があるんですよね?」
「え、ええ」
「だったら、進みましょう。止まってなんかいられません!」
 雪歩を殿にして、一行は階段目指して走りつづけた。
 雪歩の左の二の腕に、うっすらとアザが浮き上がってきているのにも気付かず。

「あっ、逃がしちゃったよ!?」
「だいじょーぶだよ、アミ。きっともうすぐ始まっちゃうし、てきとーに悪魔に追わせて、マミ達はちょっと休憩しよ」
 悪魔を使役する力を持っているアミとマミは、今まで雪歩達を包囲していた悪魔の半数ほどを追っ手に回し、残りはそのまま待機させた。
 余裕の二人。それにもやはり理由がある。
 勝算があるのだ。恐らく、真は社長の誘いを断らないだろう。否、断れないだろう。
 ここまで町が荒れた現状、修正を図る為に受胎を甘受する勢力があるはずなのだ。
「全てはあのにーちゃんの思う通りって事だね」
「にーちゃんって呼んで良いのか、ちょっとわかんないけどね。年齢不詳だし」

*****

「ここですか」
「そうみたいだなー」
 バンナムの裏口に人影が二つ。
 黒い外套を羽織り、豊かな銀髪をなびかせる女性。
 黒いポニーテールを活発に揺らし、薄い生地の動き易そうな服を纏う悪魔。
「事は既に終盤のようですね。急ぎますよ、ヒビキ」
「わかってるよ、貴音! でも、本当に『受胎』なんて起きるのか?」
「起こさねばなりません。それがカオスに与する事になったとしても、受胎を生き残ればやりなおしは利きます。そしてそれがヤタガラスの命ならば、私達がやり遂げてみせます」
「そうだな! じゃあ、さくっと終わらせよう!!」
 二つの人影は、そのままバンナム社内に入っていった。

「葛葉の介入を確認、っと」
 それを遠くのビルの屋上から双眼鏡で覗いていた律子。どうやら先程バンナムに入った二人には気付かれなかったようだ。
「これもタイジョウロウクンの読み通りか。でも結果がどう転がるかまではわからないでしょうね、あの人にも」
 律子はその手に一振りの剣を持っていた。
 真に渡した物とはまた別の、力を宿した剣である。
「元はサブウェポンだったんだけど……今の所はなんとかなる。でもこれがどこまで通用するかよねぇ。受胎後が心配だわ」
 ため息をついて、ビルから飛び降りた。
「元魔人も楽じゃないわよ、ったく」

*****

 最後の時が訪れ様としていた。
「ボクは……」
 真は剣を収め、GUMPを取り出した。
 それを見て、高木は口元を緩める。
「ボクは貴方の思い通りにはならない」
「……どう言う意味かね?」
「貴方に協力するつもりは無い。でも……受胎は起こす」
 真はGUMPを構え、ターミナルに向けた。
 何故だか受胎を起こす方法が頭の中に浮かんできたのだ。
 どこかで教えてもらったわけでもないのに、不思議には思ったが、それでも真はGUMPを降ろさなかった。
「ボクはボクの意思で受胎を起こし、それを乗りきる。世界を創りなおす……いや、全部を取り戻すのはボクがやり遂げる」
「ほぅ……では、受胎後は君を潰す事になるが、それでも構わないかね?」
「やむを得ないなら、ボクも戦います。でもボクは何も諦めない」
 引き金を引く指に力がこもる。
 高木はそれを見て指を鳴らし、悪魔達を消した。
 GUMPとターミナルの間には、障害物が無くなった。
「覚悟があるならやるが良い。幾万の屍を積み上げて、太陽へ至る塔への足場にするが良い。菊地真くん、私はどうやら、少し君を見くびっていた様だよ」
「過小評価されていた方がやり易いんですけどね」
 軽口を叩き、引き金を引く。

*****

 光が満ち、全てが真っ白になる。
 包みこまれるような心地よさ。閉塞するような息苦しさ。
 無限の可能性を詰めた希望。全てを刈り取るような殺意。
「これは……」
 簡単に言えばデジャヴュ。
 前に一度、どこかでこんな事が起きた気がする……どこかで……。

テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 二章 6

6 それぞれの覚醒

 真は幽霊屋敷から外に出て、目を疑った。
「こ、これは……」
「酷い……」
 雪歩も口を覆い、惨状に言葉を継げない様だった。
 外は一帯、焼け野原になっていた。
 丘を覆っていた林は、ほとんど燃え尽きており、倒れた木や草は、ほとんど炭になっている。土も黒く焦げ、辺りは白煙の立ち上る爆心地の様だった。
 つい先程までオアシスと呼べるような綺麗な場所であったのに、今や見る影もない。
「いったい、いつの間に……」
「この家全体に結界が張ってあるわね」
 真の頭に乗っかっていたイオリが言う。
「外との情報を遮断して、この家の状況を把握できなくしてる。逆に、家の中からは外の様子も見れないみたい」
「それでボク達が気付かない内にこんな……」
「は、春香ちゃんはどうなったの? ミキちゃんは……?」
「そうだ、二人を探さないと!」
 砂のような地面を蹴り、真は前に向かって走り出した。

*****

「なんなの……あのジャックフロスト……」
 カードを構え、正面にミキを置いた千早は、そんな事を呟いた。
 千早の唱えた魔法、広域に渡って爆発を起こすメギドラを受けてなお、その場に立っているミキを見て、自分の認識を新たにしていた。
 流石に無傷と言うわけではないが、普通は下位の妖精ぐらい、吹き飛ばせる程度の威力は持っている。それなのに……。
「ハルカ! 大丈夫!?」
「うっ……いたた……」
 ミキの背後で倒れていた春香が上半身を起こす。
「なんとか生きてるみたいね。……あんな大爆発の近くで生きてるなんて、奇跡かしら」
「ミキの実力なの!」
「へぇ、そりゃすごいわね」
 春香はしっかりとその足で立ちあがり、千早を見た。
 見る限り、相当傷は負っている様だが、まだ動けなくなるほどではないらしい。
 千早は手加減などしたつもりはない。だが、二人とも倒せなかったのは、あのミキの所為だ。
「……一瞬感じたプレッシャー。その内に防御力を強化する魔法の四重掛け。ただのジャックフロストじゃ考えられないスペックだわ」
 メギドラを唱え終わる直前、イルルヤンカシュの尻尾に弾き飛ばされたミキは、千早と目を合わせたのだ。
 その瞬間、千早は強烈な威圧感を受け、詠唱を中断、ミキに魔法を唱える隙を与えてしまったのである。
「くっ、見くびっていた。でも、二発目はどうかしら!?」
「させないの!!」
 千早がカードを構えた所に、ミキが突進をしかける。
 だが、千早はイルルヤンカシュを操ってそれを受け止めた。
「くっ! 邪魔をしないで!」
「そうはいかないの!」
 詠唱に集中したい所を、ミキのお蔭でイルルヤンカシュの操作にも気を割かなければいけない。これではまともに魔法が使えない。
「千早ちゃん、もうやめてよ! こんな事に意味なんかない!」
「意味は私が見出すわ! 貴女に言われる筋合いなんかない!」
「頑固者!」
「それで結構よ!」
 春香の言葉にも全く聞く耳を持たない。
 ミキの力は千早も認めるほどだが、イルルヤンカシュの防御を突破するには至っていない。
 やはり、打倒千早には決定力が欠けている。
「貴女達こそ諦めたらどうなの? 私を止めるなんて無理も良い所よ。命を落とす前に消えなさい!」
「そんな選択肢があるなら、とっくに逃げてるよ!」
「……どうしても邪魔すると言うのなら、私にも考えがあるわ」
 千早がカードを胸に当てて念じると、今までミキと睨み合っていたイルルヤンカシュが消え去った。
 チャンスだと思ったミキは魔法を繰る。
「今なの! ブフーラ!!」
「甘い!」
 ミキの手から飛び出した鋭い氷柱はどこからともなく伸びてきた棒に打たれ、粉々に砕け散った。
 棒の元を見ると、雲に乗った猿がそこにいた。
「セイテンタイセイ。貴女達に止められるかしら?」
「千早ちゃん……」
 一向に止まらない千早に、春香は覚悟を決めて背中に手を伸ばした。
 服に隠れていたが、腰に巻いたベルトにホルスターがついてあったのだ。その中に入っているのは当然拳銃。
 先程、律子が情報収集をしている間に調達した物だ。安くはなかったが、この時の為に用意していたモノ。
 それを構え、銃口を千早に向けた。
「そんなオモチャでどうするつもり? 私に向けて、撃つのかしら?」
「お願い、千早ちゃん。もうやめて」
「撃ってみれば良いわ。それぐらいの覚悟がないとね。言ったはずよ。私を止めたければ、殺すつもりで来なさいってね。そうすれば私も吹っ切れる」
「……っ! そうか、千早ちゃん、まだ望みはあるよね」
「望み? そんな物があると思ってるの? 甘い考えは捨てなさい、春香」
「良かった……また名前で呼んでくれた」
「……っ!」
 驚いて口を塞ぐ。
 さっきメギドラを撃った時、千早は覚悟を決めたつもりだった。春香との決別、友達殺し、そして自分の真人間としての死。それらの覚悟を込めて春香を『天海さん』と呼んだつもりだった。
 だが、まだ覚悟が甘かった。
 口を突いて出たのは、やはり『春香』と言う名前。
 千早は、絶対的に春香を捨てられない。捨てられるわけがない。
 この世でたった一人の大事な友達。家族同様、愛を注げる人。
「でも、そんな春香でも! 弟の敵討ちの邪魔をするなら――っ!!」
 カードを構え、セイテンタイセイを操る体勢に入った千早。
 それを見てミキも構えるが、春香だけは違った。
 穏やかな表情で、しかし確固たる決意の元、その手に持った銃を構える。
「……っ!?」
「は、ハルカ!?」
「千早ちゃん、これが私の答えだよ」
 銃口は己の側頭部を捉えていた。
 わかりやすい、自害の形。
「は、春香、ダメ!!」
「じゃあね、千早ちゃん」
 引き金が引かれ、乾いた音が木霊する。

『この瞬間、貴様は唯一神に反逆したのだ。称えよう、その覚悟と行動を。そして送ろう、新たな命と力を』
 倒れ逝く春香の視界に、最後に映ったのは、間抜けな首かけポーチの姿だった。

*****

「こ、これは……」
 真が現場に着いた時、その光景に絶句するしかなかった。
 中心には呆然と立っている千早。その周りでセイテンタイセイとミキが戦っている。そして、やや真側の地面に横たわっている春香。
「どうなってるんだ……は、春香!」
 春香の異常に気がつき、真たちは彼女に駆け寄る。
 だが春香に反応はなく、ただただ頭から血を流すのみ。
「春香! 春香っ!!」
「い、いや……春香ちゃん……」
「……死んでるわね。殺ったのは多分……」
 イオリが千早を見た時、ミキが如意棒に弾かれて真の傍まで転がってきた。
「いたた、なの。あ、ま、真くん……」
「ミキ、下がってろ」
 ユラリと立ちあがり、真はその手に持っていた剣を抜き放つ。
 千早もまた、真たちに気付き、眉間に力を込めた。
「春香を、殺したな……っ!」
「春香に……春香に……っ!」
 空気が重くなる。
 その上、肌がピリピリと痛む。
 喉が詰まり、筋肉が強張る。
 恐らく、真と千早以外の全員はそんな空気を感じていた。
 身動きが全く取れなかった。
「許さないぞ、千早ぁああああ!!」
「春香に触れるなぁぁああああ!!」
 咆哮と共に、二人が動き出す。
 砂埃を高く舞い上げ、全力で踏み出し、瞬速で間合いを詰める。
 大上段から振り下ろされる真の剣を、なんと千早は素手で刃を受け止め、空いた手で真の腹部を強か殴りつける。
 その衝撃たるや、想像を絶し、何物にも例え難い痛みと圧力が真を襲う。
 ほぼクリーンヒットで受けたその拳。真の身体は嘘の様に吹き飛ばされ、地面を滑りながらなお、朽木を弾き飛ばしながら数十メートルと言う距離を進む。
 その途中で地面に手をつき、素早く置きあがるが、既に千早の追撃は始まっている。
 一跳びで真の目の前までやって来た千早は、後ろ溜めに溜めた拳を一閃、抜き放つ。
 常人では目に止まるような早さではない。その流麗な軌道を描く線にすら見えなかっただろう。だが、真はそれを見て、躱して、なお千早に体当たりを浴びせる。
 反撃のショルダーチャージを受けた千早は多少よろけて退くも、倒れるような事はない。真の狙いも相手にダメージを与える事ではなく、距離の確保だった。
 拳の間合いと剣の間合いは違う。
 体当たりによって出来た間合い。それを活かして、真は次の攻撃に移っていた。
 身体を回転させ、遠心力も味方につけた横薙ぎの一撃。
 空気すら切断しそうなその一閃は、千早の右腕を捉える。
 だが、大木に木刀で挑んだかのような手応えを覚える。実際、千早の腕は斬り飛ばされる事はなかった。
 だがそれでも細身の千早をふっとばす程度の威力は持っていた。
 宙に浮いた千早の体。だが、彼女が手の届かぬ場所に行く前に、真は千早の直上に跳びあがっていた。
 そして襲いかかる一撃。剣の先端が千早の胴を捉えようかと言う所だった。
 千早も座してそれを待つわけもなく、腕を交差してその切っ先を受け止める。
 だが勢いは衰えず、千早は地面に背中を打ち付け、真がマウントを取る体勢になった。
「なぜ、春香を殺した!? 知り合いだったんだろうっ!?」
「お前等が、春香に触るな! 悪魔使いが! 人殺しが!!」
「お前だって、人殺しの仲間だろう!!」
「――っ!?」
 真の言葉を聞いて、千早の目から、一粒涙が零れる。
「うあああああああああ!!」
 大きな泣き声とも取れる叫び。それと同時に、千早は交差していた腕を弾き上げた。
 それによって真の剣は弾かれ、胴に大きな隙が出来る。
 それを見逃さず、どこからともなく赤い棒が高速で伸びてきた。
「……ぐっ!」
 如意棒に突かれ、千早の上から弾き飛ばされた真。
 彼女が起き上がる前に、セイテンタイセイが現れ、如意棒を打ち下ろしてくる。
 それを間一髪で回避し、真は地面を転がって起きあがる。
 追撃を仕掛けて来るセイテンタイセイの如意棒を受け止め、喉を鳴らした。
 これでは二対一。かなり劣勢だ。
「お前に、春香を想う気持ちはないのか! 罪悪感ってモノはないのか!?」
「私は……私は……っ!」
「それで人として生きてるって言うのか!? 心まで悪魔に染まってるんじゃないのかっ!?」
「……っ!」
 その瞬間、千早の中にベルベットルームで聞いた言葉がよみがえる。
 ペルソナは心を移す鏡。幾つもある自分自身の仮面。
 それは時に悪魔であり、神である。
 ペルソナは自分自身であり、ペルソナは悪魔であり、神である。
「私が……悪魔……」
 風に消えてしまうような、千早の呟き。
 彼女の目の色が変わった。

*****

「ど、どうしよう……どうにかしないと……」
 春香の死体を前に、雪歩はいつも通りオドオドビクビクしていた。
 真は千早に吹っ飛ばされ、セイテンタイセイもそれについて行った。
 今の所、この場に脅威はない……が、それは即ち、真が危険と言う事だ。
「どうしたら良いの……わ、私に何が出来るんですかぁ……」
 涙ぐみながら、やはり狼狽するしかない。
 今の雪歩に状況を打開するような術はない。
 春香もどうしようもないし、真を助ける事も出来ない。
「落ち着きなさい! その女はもうどうしようもないわ。それに真の方に行ったとしても、私やアンタじゃ足手まといよ。今は、ここでジッとしてるしかないわ」
「そんな……」
 イオリはミキに回復魔法を掛けつつ、雪歩にも的確な事を言ってくる。
 ピクシーながら有能な悪魔だった。
「それにしても、どうしちゃったの、真のヤツ……。いきなりあんな悪魔みたいな力をつけて……」
「あ、悪魔!? 真ちゃん、悪魔になっちゃったんですか!?」
「そんなわけないでしょ! でも、何かトリックはあるはずよ……。そうでないと普通の人間がアレだけ動けるわけがない」
 明らかな異常。それが真の身に起きていたのは間違いない。
 だが、それが何によって引き起こされたのかは定かでない。
 春香を殺された怒りによって、と言うそれだけでは説明がつかない事の方が多いのだが、判断材料が少なすぎて予測を立てる事も出来なかった。
「……考えるのは後ね。今はミキを治さないと」
「ミキは大丈夫なの。真くんを助けて欲しいの」
「さっきも言ったでしょ。私達が行っても足手まといになるのが関の山よ。悔しいけど、戦力にもなりやしないわ」
 見たのはたった一撃。
 千早に踏み込む真と、それを迎撃する千早。
 だが、それだけで充分なのだ。アレだけでレベルの差を見せ付けられた。
 今、ここを動く事は真の不利になれ、有利には絶対に働かないだろう。
「どうしたら良いんですかぁ……」
 涙を零しそうになる雪歩。
 ……そこに人影が現れる。
「これは、どう言う事なんですか……?」
「あ、貴女は……」
 一行の後ろに現れたのは、プティーブンとその連れの子供だった。
 どうやら家の中でポーチを探そうとしていた所、何故か外まで歩いて来てしまったらしい。
「うっ……」
「その娘……もしかして」
 二人は春香を見つけた様だ。子供はプティーブンの後ろに隠れ、プティーブンは神妙な顔をしていた。
「プティーブンさん、どうにか出来ませんか!? 私に出来る事は……」
「どうにか、と言われても……私には人を生き返すような高位の魔法は使えませんし……」
「人を生き返す魔法……? 悪魔はそんな事も出来るんですか!?」
 ダメ元で訊いたみたのだが、思わぬ答えが返ってきた。
 その魔法を使える悪魔を連れて来たら、春香は助かるかもしれない。
「助かるかもしれない、って言ったって、そんな悪魔が都合よくこの辺をうろついてるとも限らないし、悪魔を使役できる真は今の所、戦闘の真っ最中。こっちに気を使ってる暇なんかないでしょ」
「そ、そうでした……」
 イオリに痛い所を突かれて、雪歩はしょんぼりうな垂れる。
 だがその心は折れていない。
 どうにか出来るなら、したい。自分にも出来る事があるなら、したい。
『ならば手を取れ』
 その時、雪歩の中に声が聞こえてきた。
「……えっ?」
「なによ?」
「い、いえ……」
 どうやら誰かに声を掛けられたわけではないらしい。
 だが、確かに声が聞こえた。
『そなたの身に眠る我が力、解放するが良い』
「……んっ」
 雪歩の体が、突然熱くなった。
 体が火照り、急に全身に力がみなぎる。
 フワフワする高揚感。ザワザワする全能感。
 自分の両手が温かい光を灯し始めた。
「雪歩、アンタ……それって……」
「出来る、気がします……私に」
 その手を春香に向け、静かに念じる。
「私にも何か……出来る事がある」
 囁く様に言い聞かせ、両手に神経を集中させる。
 左の二の腕辺りが少し、痛いぐらいに熱かったが、雪歩は確かな手応えを感じている。
 出来る。このままなら、春香を生き返せる!
「いきます! リカーム!!」
 一際まばゆい光が走り、辺り一面を埋める。
 その光が収まった時……。
「……ぐぅ」
 痛みにもがくような春香の声が聞こえた。
「生き……返った」
「はぁっ……はぁっ……で、出来ました」
「雪歩! アンタ、やれば出来るじゃない! 後は私に任せなさい。傷を回復させるわ!」
 春香の生命活動と致命傷は回復した物の、体中の傷までは治らなかったらしい。
 イオリがその場を引き継ぎ、春香の回復に当たった。
「よ、良かった……。私にも……助けられる。出来る事が、あるんだ……!」
 穏やかな笑みの横で、雪歩は軽く握り拳を固めた。

 だが、プティーブンはその様子に驚愕を覚えていた。
「この娘も魔法使い……。悪魔の血を取りこんだ人間……」
 奥歯を噛み締め、後悔の念を抱かずにはいられなかった。
「うっうー」
 そんなプティーブンの影から、子供が顔を出す。
 辺りの雰囲気が一変したのに気付き、キョロキョロと首を回していた。
 そして、その内に、不自然にポツンと置いてあるポーチを発見した。
「うっうー!」
 子供はそのポーチに飛び付き、嬉しそうに首にかける。
 ……するとその下に何か光る物をみつけた。
 首を傾げながらそれを手にとって見ると、いつかプティーブンが真に渡したマガタマだった。どうやら、さっきの千早の初撃を受けた際、ポケットから零れ落ちたらしい。
 子供がそれを手に取った瞬間、辺りの時が止まった。

「……ん、あれ?」
 春香が目を覚ます。
 死んだはずだった自分が生きている事にも驚きだが、周りにいる人間がみんな、動きを止めているのにも驚いた。
 雪歩、イオリ、ミキ、そして見た事のない女性がいたが、みんな微動だにしない。
「なに、これ……? ここが天国?」
「いや、煉獄だよ」
 春香の独り言に答える声。
 驚いてそちらを振り返ると、小さな子供がいた。
「誰!?」
「敵ではないさ。さっき言っただろう? お前に新たな命と力を授けよう」
「命と、力……?」
「止めたいのだろう? あの娘を」
 言われて弾かれた様に周りを見回す。
 千早の姿がない。
「千早ちゃんは!?」
「あの娘を止めるには、お前はいささか非力だろう。その為の力を、私がくれてやる」
 何を言っているかわからなかった。
 春香が判断しかねていると、子供は急に春香の目の前にやって来た。
「なに、恐れる事はない。痛いのは最初だけだ」
「何を言って……ぐっ」
 強引に顎を掴まれ、口を開けさせられる。
 そして、子供はその手に持っていたマガタマを春香の口の中に押しこめた。
「うっ……」
「これで君は、悪魔になるんだ」

「わっ」
 突然、春香が目を開けて、イオリが驚いて飛び退いた。
「大丈夫、春香ちゃん!?」
 雪歩が駆け寄るが、春香はまっすぐ空を見るばかり。
「春香ちゃん? 春香ちゃん!」
「これは……」
 一歩引いて見ていたプティーブンが声を上げる。
 春香の体に異変が起きていたのだ。
 開けられた目の回りから、指先、足先に至るまで、びっしりと刺青が刻まれていく。
「ど、どう言う事なんですか!?」
「私にもわかりません……」
 雪歩に尋ねられても、プティーブンには明確な答えが無かった。
 困惑している周りを置いて、春香は事も無げに起き上がる。
「は……春香ちゃん?」
「……これが」
 春香は自分の手を見て、薄笑いを浮かべる。
 その心中は喜びなのか、それとも別の感情なのか。
「これが、悪魔の力」
「はい?」
「ううん、大丈夫よ、雪歩。心配しないで」
 春香はそう言いながら立ちあがり、軽い屈伸をして見せる。
 その後も軽く飛び跳ねる春香を見て、雪歩も安心した様だった。
「だ、大丈夫なんだね、良かった……」
「ありがと。雪歩のお蔭なんでしょ?」
「う、うん。私だけの力じゃないけど……」
「このイオリちゃんにも感謝しなさいよね? 私のディアがなきゃ、アンタ今頃死んでるんだから」
「羽虫に下げる頭は持ってないわ」
「なんですって、この……っ!!」
「い、イオリちゃん、抑えて!」
 雪歩に捕まえられながら、イオリは両腕をバタバタつかせていた。
 とりあえず、春香も生き返って、めでたしめでたし、と言った雰囲気の中、それをぶち壊すかのように轟音が響く。
 弾丸か何かの如くに飛んできたのは、真だった。
「ぐっ……」
「ま、真ちゃん!?」
「雪歩……危ないから、下がってて!」
 真の言葉が終わるや否や、セイテンタイセイが飛んで来て如意棒を打ち下ろす。
 真はそれを回避し、その場に立ちあがる。
「これほど力が増すなんて……千早に何があったって言うんだ」
「千早ちゃんがどうしたの?」
「……は、春香!?」
 真のすぐ横に立っていた春香の姿を見て、真は目を疑った。
 確かにさっきまで死んでいた春香が、ピンピンしてそこに立っているのだから、無理もない話ではある。
「マハラギオン!!」
 どこからか声が聞こえ、それと共に幾つもの火球がこちらに向かって飛んで来ていた。
 真はそれを斬り飛ばし、雪歩達は雪歩とプティーブンが防御魔法を唱えて凌ぎ、春香はそれを握り潰していた。
「今の声……千早ちゃんだね」
「……は、春香!?」
 遅れてやってきた千早も目を疑う。
 驚きを隠しきれない千早に、春香は笑みを向けた。
「どうやら私の読みは外れたようね。こんな事になるなんて……」
「春香、どう言う事なの?」
「出来れば千早ちゃんを止めたかったんだけど……。でも今度はちゃんとやるよ」
「嘘……だったの?」
 両手を広げる春香を見て、千早は構えていたカードを下げる。
 それを見て真も気を抜き、剣の切っ先を地面に落とした。正直、疲労困憊だったのだ。
「……お芝居だったんだ?」
「うん……そう言うつもりじゃなかったんだけど、結果的にはそうなっちゃった」
「……そう。なんだ……春香は……」
 千早の拳が握られる。
 雰囲気が一変して、ザワリ、と背筋が凍る様だった。
「春香は騙したんだ。私を弄んだのね。あんなに心配したのに。あんなに辛かったのに。それなのに嘘でした? ふざけるのもいい加減にして」
「千早……ちゃん?」
「もう良い。もう信じない! 私の前から、影も残さず消してやるっ!!」
 千早がカードを掲げると、セイテンタイセイが春香に向かって飛ぶ。
 如意棒を突き出し、そのまま猛スピードで伸ばしてくる。が、春香は片手でそれを抑えた。
「あぁ、もう。なんでこうなるのよ!」
「春香!」
「真! 貴女はこの猿をどうにかしなさい! 私は千早ちゃんの相手をするわ」
「え、え!?」
 春香は握った如意棒を振りまわし、セイテンタイセイごと真に放って渡してきた。
 千早はその状況に喉を鳴らし、セイテンタイセイを操りつつ春香に飛びかかる。
「春香ぁ!!」
「千早ちゃん、冷静に私の話を聞いて!」
「うるさい!」
 千早の拳を受け流しつつ、春香は必死に訴える。
 望んだ事は、こんな展開ではない。
 結局真と千早は戦いを始めてしまったし、千早は今もその凶行を止めようとしない。
 春香の言葉には耳も貸さず、さっきよりも状態は悪化している様にも見える。
 それに……
「目の色が……違う」
 千早の目の色が変わっていた。
 その色からは人の温もりは感じられず、ただ殺意と狂気ばかりしか発していない。
 春香は千早の突き出した腕の手首を掴み、更にもう片方の拳も受け止め、握る。
「ぐっ……!」
「どうしちゃったの、千早ちゃん! 何があったって言うの!?」
「うるさい! 話す事なんかないわ!」
「落ち着いて、まず深呼吸しよ?」
「……ふざ――」
 手首を握られている方の手の平が、春香の顔に向けられる。
「――けるなぁ!!」
 次の瞬間、その手から爆炎が吹きあがり、春香の頭に直撃した。
 その隙に千早は春香の手から逃げ出し、距離を取る。
 放った魔法は直撃した。これなら仕留められたはず……千早はそう思っていた。
 だが……。
「ちち……油断したなぁ」
「っ!? なんなのよ……っ!?」
 仕留めるどころか、春香はピンピンしていた。
 頬に多少汚れが見えるぐらいで、髪の毛の一本も焦げていない様に見えた。
「春香、貴女一体……!?」
「え? ああ、うん。なんか、悪魔の力を手に入れちゃったみたい。望んだわけじゃないけど、これなら千早ちゃんを止めるのも楽になるかなって」
「悪魔の……力?」
「ええ、どこの誰にだかは覚えてないけど、貰った物は有意義に使わせてもらうわ」
 悪魔の力を受け取った時の記憶は驚くべきスピードで劣化していた。
 他の記憶は今も普通に思い出せるのに、誰にこの力をもらったのか、ほとんど思い出せないでいる。だが、言葉だけは鮮明に覚えているのだ。『新たな命と力』。それがこの悪魔の力。
「春香が……悪魔に……?」
「もう一度言うよ、千早ちゃん。敵討ちなんか止めよう? そんな事に意味なんかないよ」
「どうして、春香はそこまでして……」
「決まってるじゃない。千早ちゃんが友達だからだよ。大事な友達だから、止めたいの」
「友……達……」
 千早の目の色が、一瞬揺らぐ。
 いつものクールだけれど、その奥に暖かい光と強い信念を灯した、千早の目に。
 だがそれも一瞬。千早は首を振って考えを紛らわす。
「違う! 私はもう信じない! ……友達だった春香は、死んだわ。そして貴女の友達であった如月千早も死んだ! ここにいるのは私と言う悪魔と、春香の姿をした悪魔だけ!」
「そんな事ない! 私も千早ちゃんも、ちゃんとここに生きてる!」
「それは偶像よ、実体ではない。……春香、この場は見逃すわ。でも、次にあったらその時は……」
「千早ちゃん!」
 千早はセイテンタイセイを呼びつけると、その背に乗り、そのまま何処かへ飛び去ってしまった。
「……私は、諦めないよ」
 空を眺めながら、春香はそんな事を呟いた。

*****

「春香ー!」
 一人で佇む春香の許に、真たちが駆け寄ってきた。
「大丈夫だった?」
「ええ、この力、思った以上に強力みたい。これじゃ流石に人間とは呼べないわよ……ね……」
 フラリ、と視界が揺れる。
 気が付いたら足から力が抜け、春香は倒れこんでしまっていた。
「は、春香!?」
「……これは」
 後ろで様子を窺っていたプティーブンが声を上げる。
「何かわかるんですか?」
「……その娘のマグネタイト量が減少しています。悪魔と同じように、この現界に姿を維持するのにマグネタイトを消費しているんでしょう。すぐにどこからか供給しないと、スライム化してしまいますよ!」
「そんなっ! でも供給って言ったって……」
「アンタがこの女のサマナーになれば良いじゃない」
 真の周りを飛んでいたイオリがそんな事を言う。
 確かに契約を結べば、その悪魔はサマナーからマグネタイトを得る事が出来る。
「……今は手段を選んでる暇はないか……春香、それで良い?」
「う……気分が悪い……。何とかしてくれるなら、それで良いわ……」
「じゃあ、契約するよ」
 真はGUMPを起動して、悪魔との契約プログラムを起動する。
 春香との契約はつつがなく終わり、ここに契約は成立した。
「よし、じゃあ一度、みんなGUMPの中に戻って」
 そう言って真はイオリ、ミキ、そして春香もGUMPの中に送還した。
 これでなんとかマグネタイトの消費は抑えられるはずだ。
「バッテリーの中のマグネタイト量にはまだ余裕があるな……」
「ですが、あの娘は強力な悪魔になったみたいですし、油断は禁物です。強い悪魔ほどマグネタイトの消費量は多くなりますから」
「そうなのか……。わかった、気をつけるよ」
 プティーブンに忠告され、真は素直に頷いていた。
 真はプティーブンにも既に一定の信頼を置いているのかもしれない。
「これで一応落ち着いたのかな……。プティーブン、悪魔を押し戻す方法って言うのを聞かせてもらって良いかな?」
「え? ……ですが……いえ、わかりました。教えましょう。ここではなんですから、もう一度屋敷に戻りましょう。そこでお話します」
 そう言うプティーブンに連れられ、一行は再び幽霊屋敷へ戻っていった。

テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

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