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真・菊地探偵事務所 二章 5

5 あなたよりもワガママに

「お、帰ってきたわね」
 雪歩を医者に見せ、二人はHRインフォメーションに戻ってきた。
 医者は男性ではなく、犬も飼っていなかった。そんな医者を選んだのも、律子の心配りだろうか。
 幸い、雪歩の身体にも特に異常は見当たらず、健常体と言う事で、薬か何か貰うわけでもなく、すぐに追い帰されてしまった。
 悪魔達が町の中を徘徊している中、医者は引っ張りダコで休んでいる暇もないのだと言う。律子の口添えがなければ、こんなに早く雪歩を診てもらえなかったかもしれない。
「ありがとう、律子。助かったよ」
「ご迷惑おかけしました」
 雪歩がペコリとお辞儀をするのに、律子はヒラヒラと手を振った。
「何もなかったならそれで良いわ。……で、これからの話だけど」
「貴女たち、まだGUMPに関わる気はあるの?」
 律子の言葉を継いで、春香が尋ねた。
 真は一度雪歩を見て、彼女の心配そうな表情に笑顔を返しながら、口を開く。
「ボクは、こうなったらトコトン付き合うつもりだよ」
「真ちゃん……」
「ゴメン、雪歩。君は反対するだろうけど、ボクはどうしてもこのまま全てが終わるとは思えないし、悪魔をどうにかしなきゃならないだろ? GUMPがあれば、なんとかなるんじゃないかと思うんだ」
「町にいる悪魔を、全部GUMPの中に入れるの?」
「それか若しくは、別の方法で悪魔を魔界に帰す事が出来るかもしれない。それを探したいんだよ。そうしないと、世界がめちゃくちゃになる」
 真の言葉を受け、雪歩は目を泳がせながら、しばらく考える。
「でも、真ちゃん……ううん、良いよ。真ちゃんが決めたなら、私もついてく」
「……正直、雪歩にはどこか安全な所にいて欲しいけど、ボクのワガママを聞いてくれるんだし、雪歩がそれで良いなら、ボクも何も言わないよ」
「じゃあ、二人ともGUMPを手放すつもりはないのね?」
 春香が尋ねるのに、真と雪歩は強く頷いた。
 それを見て、律子は穏やかに笑い、春香はため息をつく。
「残念ね。貴女たちが関わりたくない、って言うなら、私が貰い受けようと思ったのに」
「春香が、GUMPを?」
「ええ、それが事件の中心にあるなら、それを持っていれば関わった人たちに会えるんじゃないかな、ってね」
 春香の言葉を聞いて、一つ思い出す。
 そう言えば、春香は千早と言う娘と知り合いらしい。春香の言う『関わった人たち』と言うのは恐らく、千早だろう。
「この辺りでは、千早ちゃんの話は聞けなかったし、何か手がかりと言えば、悪魔関係しかないのよね。だったら、そのGUMPが手っ取り早いんじゃないか、ってね」
「そう言う事か。……でもゴメン。これを手放すつもりはないよ」
「ええ、それならそれで良いわ。私はそれが誰の物になっていようと構わない。ただ、その近くにいれば千早ちゃんに会えるんじゃないかって思う。それだけよ」
「……と言う事はつまり?」
「貴女たちについて行くわ」
 春香が平然と言ったその言葉は、衝撃の発言だった。
 情報屋は中立。どんな立場の人間にも、代価さえ用意されれば情報を渡し、いつでも事件を俯瞰するのが鉄則。自ら関わりに行く時は、情報を得るための手段でしかない。
 だが、今回はそれとは全く別だ。
「いいの、律子?」
「止めはしたんだけどね。まぁ、この娘が決めたなら仕方ないでしょ」
「と言うわけよ。よろしくね、真、雪歩」
「……あ、危ないですよ?」
「あら、雪歩に心配されるほど、落ちぶれちゃいないわ」
「うぅっ……」
 と言うわけで、また道連れが出来た。

「じゃあ、これからは悪魔をどうにかするために動く、って事でいいのかしら?」
「うん、構わないよ」
 現状の目的確認と、これからどうするかを決める為に、各々部屋の中の椅子に座った。
 真の目的は『プティーブンにGUMPを突き返す事』ではなく、『悪魔をどうにかする事』に変わっている。それを念頭に、情報屋律子は頭を捻って策を出す。
「……それなら、やっぱりプティーブンとプロデューサーを探すのが良いんじゃないかしらね。イオリが言うには、プロデューサーが悪魔召喚に関して、結構偉い立場だったって言うし、悪魔を送り返す方法についても知ってるんじゃないかしら?」
「でも、プロデューサーについては情報なし。今の所唯一の手がかりはプティーブンだけって事は、その人を頼るしかない、か」
 未だに居場所や安否すら知れないプロデューサー。
 こうなると、既に悪魔にやられてしまったのではないか、とも思えてしまう。
「プロデューサーって人、生きてるのかな?」
「どうかしらね。今はそんな事気にしていても仕方ないわ。とりあえず、私は情報屋としての仕事を全うするだけよ」
 そう言って、律子はポケットから何枚かの写真を取り出した。
「さっき、真達が医者に行ってる間に、有力筋から聞いてきた話だけど、この人がプティーブンを名乗っているらしいわ」
 写真を覗くと、子供を連れた女性が写っていた。
 長い髪、豊満な身体、同性から見ても綺麗な女性だった。
「あ、この人」
「知ってるの、真?」
「うん、昨日、廃ビルに向かう途中で見かけたよ。……でも、突然どこかに消えちゃって」
「消える……って、そのままの意味で取って良いのかしら?」
 今のご時世、その言葉が比喩とも言い難い。
 それが魔法を使える人間だったり悪魔が擬態しているようなモノならば、ありえない話ではないのだ。
 律子の確認に、真は素直に頷く。即ち、消えるとは言葉通りの意味と言う事だ。
「……と言う事は」
「昨日の爺さんが言ってた、悪魔の力を手に入れた人間、って事かしらね」
「昨日の爺さん?」
「律子の知り合いみたいだったけど?」
「あー、まぁその話は後でね。今はプティーブンについてよ。今、この人は、どうやら町外れの大きな家に住んでるらしいの。あの辺りは悪魔も多少うろついてるみたいだし、やっぱりただの人間ってワケではなさそうね」
「戦う事にはならなきゃ良いけど……」
「……まぁ、大丈夫なんじゃない?」
 律子の適当な気休めを受け、真と雪歩、そして春香はプティーブンと言う女性の元へ向かう事にした。

*****

 町外れには小さな林があった。小高くなった丘を覆う様に常緑樹が植えられ、今も緑を湛えている。荒んだ町の中のオアシスの様だった。
 その丘の上に、一件の家がぽつんと建っている。
 まるで町を見下ろすような形で建っているが、その家に住んでいる人物を、近所の人間は一度も見た事がないそうな。
 幽霊屋敷、とまで呼ばれたその家が遠くに見えてくると、真達は一息ついた。
「やっと見えてきたね」
「アレがそうなんですか?」
「そうみたいね。アレ以外にそれらしき建物はないし」
 周りを見ると、小さな民家は幾つかあるが、話に聞いたのは『大きな家』。
 あの丘の家に間違いないだろう。
「行きましょう。あの中にプティーブンがいるはずよ」
「……待ちなさい」
 制止する声。三人の中の、誰の物でもない。
 背後から聞こえた声に振りかえると、そこには千早がいた。
「千早ちゃん!」
「……春香? なんで、貴女がここに?」
「千早ちゃんに会いに来たんだよ」
「……悪いけど、春香と話している暇はないわ。……そこのサマナー」
 千早は真に向き直り、持っていたカードを掲げた。
「貴女もデビルサマナーね。バンナムの社長室で見たわ」
「ああ、確かにそうだけど……」
「なら、貴女も私の敵よ!」
「はぁ!?」
 唐突な物言いに、頓狂な声を上げてしまった。
 デビルサマナーが敵、と言う風にしか聞こえなかったが、それはあまりに乱暴な考え方ではなかろうか。
「悪魔は人に仇なす敵。それを操るデビルサマナーも同罪よ。大人しくするなら、楽に殺してあげるわ」
「誰がそんな……っ」
「待って、真」
 千早と真の間に春香が立つ。
 その視線は真っ直ぐに千早を射抜いていた。
「真は早く、あの家に行って来て」
「でも、春香だけ残していけないよ。あの千早って娘は……」
「わかってる。でもグズグズしてたら、それだけ悪魔の被害者は増えていくわ。一分一秒でも早く、この事件を解決しなさい」
 確かに春香の言う事ももっともだ。だが、目の前にいる友人を見捨てて何を成せというのか。
 しかし春香は胸中で別の事を考えている。なによりも今、春香がやらねばならない事は一対一で千早と話し、説き伏せて凶行を止める事。
 それには真と雪歩を早く幽霊屋敷に行かせたかったのだ。
 出来れば、真達も千早も傷つけたくはない。
「町中の悪魔をどうにかしてくれるんでしょ? 私だってちょっとは期待してるのよ?」
「……じゃあ、ミキを置いていくよ。流石に見捨てていくのは出来ない」
 言いながらGUMPを構え、ミキを呼び出した。
「ミキ、春香を守ってくれ」
「はいなの。……今度はしっかりやるの」
 元気な返事を返し、ミキは春香の隣に並んだ。
 これでなんとか、千早に対して抵抗力を得ただろう。
「見捨てていく……って、アンタね。私は別に、死ぬつもりじゃないわよ?」
「わかってるよ。でも万一って事もあるだろ。用心だよ、用心」
「まぁ、ありがたく受け取っておくわ」
 春香は真の善意を受け取り、ミキの頭に手を置いた。
「頼むわよ。私が危なくなったら身代わりになりなさい」
「ヒ、ヒーホー……」
「冗談よ。真に受けないで」
「ううん、ハルカ。ミキは、身代わりになるくらいのつもりで行くの。もう誰も失っちゃダメなの。真くんに悲しい思いをさせたくないの」
「……だったら、アンタも身代わりになる、なんて言わない事ね。誰が欠けてもダメってんなら、アンタも欠けないように頑張りなさい」
「ヒーホーなの!!」
 そんな一連の様子を見て、千早はどうして良いか迷っていた。
 デビルサマナーである真は倒したい。
 だが、春香は……。
「春香、そこを退いて。私は貴女と戦いたいわけじゃないわ」
「私も、千早ちゃんと戦いたいわけじゃないよ」
「なら……っ!」
「でも、そんな怖い顔をした千早ちゃんを放っておけないよ」
 そう言われて、千早は更に眉間にシワを寄せる。
 鋭い眼光に睨まれながらも、春香もミキも物怖じしない。真っ向から対し、睨み返す。
「真、早く行きなさい」
「う、うん……。すぐに戻ってくるから、待っててよ!」
 後ろ髪引かれながらも、真は幽霊屋敷を目指して走っていった。
 この時は真も高を括っていたのだ。どうやら知り合いである春香と千早。その二人が殺しあうような事はない、なんて甘い考えを持っていたのである。
「くっ、待ちなさい!」
「千早ちゃんの相手は私だよ」
 真を追いかけようとする千早を制して、春香が間に立つ。
 千早はどんどん遠くなっていく真の背中を見ながら、また喉を鳴らした。
「春香……本当に私を止められると思っているの?」
「そうじゃないと、こんな事しないよ」
「それは思い違いだわ。私は力を手に入れた。普通の人間である貴女に止められるわけがない!」
「だとしても、退くわけにはいかない。ガラじゃないけど、ここを通りたくば私を倒していけ、ってね」
 両手を広げ、行く手を阻む春香を前に、千早は一度、カードを掲げた。
 このカードはペルソナの力を示したカード。これを使う事によってペルソナを行使する事が出来る。
 だが、千早はその力を行使する前に、また口を開く。
「春香は、私を足止めしてどうすると言うの?」
「あわよくば、千早ちゃんの考えが正せれば良いな、って」
「……正す? 私が間違ってるって言うの?」
「うん、間違ってるよ」
 千早の目的も動機も知っている。
 弟を悪魔に殺されたから、悪魔に関わる人間を殺したい。
 それは明らかな間違いである。
「どんな理由であれ、人を殺すのは良くない事だよ。寝覚めなんて最悪なんだから」
「……春香に何を言われようと、私は弟の仇を討つわ。これで最後よ……退いて」
「イヤ」
 端的な反抗に、千早はまた喉を鳴らす。
 だが、次に発せられるのは進攻の雄叫びだった。
「イルルヤンカシュ!!」
 千早の呼び声に答え、カードが淡く輝いて、青い炎を纏った大蛇を召喚する。
「来るわよ」
「わかってるの」
 春香とミキは、攻撃に備えて身構える。
 ミキはともかく、春香は本当に普通の人間だ。悪魔に対してそれほど抵抗力を持たない。一撃でも何か食らえば、即死亡だろう。
 だとすれば、相手の行動を注意深く観察し、全力で逃げまわるしかない。
「春香なら……春香なら私の事をわかってくれると思ったのに!」
「わかるよ! だから止めたいんじゃない!」
「わかってない! 春香は私の何もわかっちゃいない!」
 首を振り、目を伏せ、千早はイルルヤンカシュを操る。
 大蛇は大きくうねり、大きな顎をこれでもかと開けて二人に襲いかかる。
 間一髪でその噛みつきを回避した春香とミキ。だが、二人とも逆方向に逃げてしまい、上手く散らされてしまった。これで春香とミキの連携は取り難くなった。
 イルルヤンカシュは低く唸り、ミキを睨みつける。
「ミキ! 大丈夫!?」
「ミキは平気なの! ハルカは自分の事だけ気にしてれば良いの」
「あんなふざけたナリで良く言うわ……」
 とは言ってみたものの、確かに春香に他人を気遣っている余裕なんかない。
 イルルヤンカシュの尻尾が大きく振れれば、また一撃必殺を回避する為に精神を削らないといけないのだ。
「どうしたものかしらね……」
 事態は確実な劣勢。それも絶体絶命と言わんばかりだ。
 形成逆転しようにも、力技では無理、更に策にも乏しい。万事休すである。
「千早ちゃん! 話を聞いて!」
「うるさいうるさい! やっぱり勘違いだった! 春香は私の事をわかってくれると思ったのに! 私は春香の事信じてたのにっ!!」
「心を閉ざさないで! 私の言葉を聞いて!」
「良い娘ぶるのもいい加減にして! 人を殺すのは良くない? どの口が言うのよ、人殺しがっ!!」
「……っ!」
 千早の言葉に、春香は喉も胸も詰まった。
 これ以上、言葉が出なかった。
 千早もそれに気付いたのか、一瞬口を抑えたものの、すぐにカードを構えなおす。
「私はやめるつもりなんてサラサラないわ。私を止めたければ、殺すつもりでかかってきなさい!」
「……出来ないよ。出来るわけない……」
「だったら、黙ってそこを退きなさい!!」
 千早がカードを掲げると、イルルヤンカシュは大きく口を開け、空に向かって吼える。
 すると、道の真ん中のとある一点、この場にいる全員のほぼ中心付近に火花が散る。
「危ないの、ハルカ!」
「えっ!?」
 イルルヤンカシュの隙を突いて、ミキが春香に飛びつく。
 だが、その行動もイルルヤンカシュの尻尾で弾かれ、ミキは地面を転がった。
「さようなら、天海さん」
「ち、千早ちゃ……」
 次の瞬間、大爆発が起こる。

*****

 一方、真は幽霊屋敷に辿り着いていた。
「鍵が開いてる……入ってみよう」
 玄関を容易く突破し、中に侵入する。
 幽霊屋敷の中は、その呼称に似つかわしくないほどに小奇麗で、生活感の溢れる家だった。
 今も誰かがこの家に住んでいるようだが……。
「プティーブンさん、なのかな?」
「どうだろうね。とりあえず、中を調べてみよう」
 真は土足のまま家に上がりこみ、それを見て雪歩も、申し訳なさそうにしながら真の後に続いた。

 中は、外観の大きさを裏切らず、とても広かった。
 玄関から伸びる廊下の長さも、廊下に沿って作られているドアの数も、この家の大きさを物語っている。どうやら二階もあるようだが、それを全部調べるのはちょっとした冒険になりそうだった。
 一階の廊下をしばらく進むと、奥から子供の声が聞こえてきた。
「……雪歩、聞こえた?」
「う、うん。女の子の声でしたね」
 頷きあって、声が聞こえてきた部屋のドアに手を掛ける。
 固唾を飲んで、手に力を込めた時。
「あら、そちらから来てしまいましたか」
 背後から声が聞こえた。
「私のほうから会いに行くつもりでしたけど、また迷ったりしたら笑えないものね。……警戒しなくても良いですよ。私は貴女の敵ではありませんから」
「ぷ、プティーブンさん、ですか?」
「……ええ、仮の名、ですけど」
 何時の間にか後ろに立っていた女性、プティーブンは柔和な笑みを浮かべて答えた。

 不意打ち、と言う先手を受けた真は、こちらから質問をする機会を失ってしまった。
 仕方なく相手のペースに合わせ、案内された広間で椅子に座っている。
「……貴女がたが来た理由は、大体察しています」
 テーブルを挟んで対面に座るプティーブンが、静かに話し始めた。
「私が貴女にGUMPを送った理由、ですよね?」
「……それ以外にも聞きたい事は山ほどあるけど、まずはそこからだね」
 毅然とした態度で対応する真だが、その隣で雪歩がオドオドビクビクしているので、あまり様にはならない。
 それでもプティーブンは、それを無視して話し始める。
「この町に悪魔が現れるようになった理由はご存知ですか?」
「バンナムの社長が悪魔を召喚したって聞いてるけど」
「それも間違いではありませんが、それは原因であって理由ではありません。バンナムの社長、高木には願いがあるのです。彼の養子である音無小鳥と言う女性を助ける、と言う願いが」
「悪魔を召喚するのと、人を助けるのにどういう関係が?」
「小鳥さんは悪魔によって魂と身体を分離され、身体は崩れ落ちました。社長は失われた身体を取り戻す為に、受胎と言う儀式を行い、世界全てを作り直そうとしているのです。そのためにまず、町を悪魔で埋め尽くし、異界化を進めているのです」
 儀式、異界化、普段ならあまり信用できるような単語ではないが、今のご時世そうも言っていられない。
 真はどこまで信じて良いのか量りつつ、慎重にプティーブンの話を聞いた。
「最初は研究員も賛同し、研究を続けていましたが、ある時、社長と研究員が対立し、研究員は社長の手の者にみんな、殺されてしまいました。プロデューサーさんはその最中、社長による町の異界化を抑える為に、GUMPを使って、召喚機であるターミナルにロックをかけました」
「……それを、社長の手の届かない所に置くために、ボクへと送りつけた、と」
 プティーブンは無言で頷いて肯定する。
「何故、見ず知らずのボクに?」
「プロデューサーさんは、貴女に何か力を感じていました。途方もない可能性、だとか」
「ボクには何の力もないよ。しがない探偵だ」
「いいえ、私はプロデューサーさんを信じます。貴女には何かがある。状況を打開できるような、何かが」
 妄信的なセリフに、真はため息をついて頭を掻いた。幾ら否定してもいたちごっこだろう。
 仕方ないので、話題を変える事にする。
「貴女はプロデューサーって人の事を良く知ってるみたいですが、知り合いだったんですか?」
「ええ、よく知ってます。私もあの研究所にいましたし、今はプロデューサーさんの遺志を継いで、行動しているのですから」
「……遺志って事は……」
 真の問いかけに、プティーブンは目を伏せるだけだったが、答えとしてはそれで十分だった。プロデューサーはもう、この世にいない。
 それを受けて、真はGUMPを取り出した。
「同席して欲しい悪魔がいるんだ。呼び出しても良いかな?」
「ええ、どうぞ」
 悪魔召喚にも何の警戒もしない。
 それだけの覚悟があるのか、それとも、どんな悪魔を呼び出されても対応するだけの力量を備えているのか。
 どちらにしろ、そもそも今の真にプティーブンを攻撃する意思なんてないが。
「イオリ、出てきて」
「……ん? なによ?」
 GUMPの引き金を引き、イオリを召喚する。
 イオリは周りを見回した後、ため息をついた。
「何度言わせるのよ、ボケサマナー! マグネタイトの無駄使いはやめなさいよね!」
「無駄使いじゃないよ。君にも聞いて欲しいんだ。プロデューサーがどうなったか、気にしてたろ?」
 真とイオリが会ってから、イオリはプロデューサーの事を時々口にしては、その人の事を心配していた様に思える。
 イオリはその口調や態度に隠して、内に優しい心を持っている、と真は思っていた。
「プロデューサーがどうなったか、わかったの?」
「この人が知ってる」
 真がプティーブンを指すと、イオリも彼女を見る。
 プティーブンは軽く会釈するが、イオリは眉間にシワを寄せた。
「あ、この女!」
「……知ってるの、イオリ?」
「顔だけね。プロデューサーが携帯電話だか言う機械に、写真を保存してたわよ。それを見せられる度に話が長くなって仕方なかったわ」
「ええと……つまり、プロデューサーとプティーブンは……?」
 今の話で、大体の人間関係が把握できた。
 つまり、プロデューサーとプティーブンは良い仲で、イオリはプロデューサーに懐いていて、それでプティーブンとイオリは初対面であり、プロデューサーを挟んだ関係にあった、と。
「……なんだか、面倒な構図だね」
「はわわ、三角関係ですぅ」
「違うわよ!! 別に私はプロデューサーの事、なんとも思ってないし、こんな女の事も全っ然興味ないし、私には関係ない事よ! ただ、あのボンクラが私を放っておいて、何してるのかちょっと気にしてただけで、別にそういう――」
「はいはい、わかったから」
 イオリを遮って、真が会話を切り上げる。
 手だけでジェスチャーして、プティーブンに話の続きを促した。
「……プロデューサーさんは、正確には死んではいません」
「死? 死んだってどう言う事!?」
「良いから、ちょっと黙ってて」
「彼は今、小鳥さんと同じように魂を抜き取られた状態にあり、身体は仮死状態になっているのです。このまま放置しておけば、いつか身体は朽ちてしまうでしょう」
 魂と身体を分離しながらの活動は不可能。無理がピークに達すると、身体が土に還ってしまうと言うのだ。
 これまた信じがたい話ではあるが、簡単には嘘だと言えないだろう。
「じゃあ、貴女はプロデューサーの魂を取り戻す為に、バンナムから離反したんですか?」
「いいえ、そうではありません。私の目的はこの町に、世界に平和を取り戻す事です。それは即ち、悪魔を魔界へ押し返す事。プロデューサーさんの魂は魔界にあると聞いています。それを取り戻している時間は……惜しい」
「じゃあ……貴女はプロデューサーを見殺しにする、と?」
「……はい」
 答えを聞いて、真の耳元でバチリ、と音がした。
 気が付くと、イオリがプティーブンの目の前で止まっている。
「もう一度言ってみなさい」
「……私はプロデューサーさんを見殺しにしてでも、平和を取り戻します」
「それが……それがあの人の好きだった女のセリフなのっ!?」
「これはあの人が望んだ事です! 自分の命を懸けてでも、あの人が成そうとした事です! だったら、私はそれをやり遂げる! どんな手を使っても、この世に平和を取り戻して見せますっ!!」
「……っ! だったら……っ!」
 イオリはそれ以上言葉を続けず、真の隣に戻った。
 その様子を静観していた真も、ため息をついて口を開いた。
「ボクも貴女の言ってる事に、おおよそは賛同できる。この町の悪魔はどうにかしたいし、世界の平和ももっともだ」
「でしたら……」
「でもボクは、やる前から何かを諦めたりしたくない。貴女よりワガママな生き方をしてみたいんだ。仲魔が辛い顔をしていたら、その原因を取り除く努力ぐらいはしてあげたい。成し遂げられれば、なお良い」
「あまり欲張ると、何も成せませんよ。二兎追う者は、一兎も得ません」
「欲張りだとは思ってないよ。ただ、何も諦めたくないんだ。一石二鳥を狙いたい主義でね」
 そう言って、真は笑いながら立ちあがる。雪歩もそれに続いて立ちあがった。
「どこへ行くんです?」
「あまり長居もしてられなくてね。落ち着いたら、また話を聞きに来るよ。悪魔をどうにかする方法、知ってるんでしょ?」
「……では、手伝ってくれるんですか?」
「それはどうかな。依頼料も支払わない依頼主に、従う義理はないからね」
 真の去り際、彼女の傍を飛んでいたイオリがプティーブンに向けて舌を出していた。

「私よりも、ワガママに……か」
 自分の手を見詰め、あずさは真の言った言葉を繰り返していた。
 当然、あずさにだってプロデューサーを取り戻したい気持ちはある。だがそれよりも優先すべき事がある、と思い続けてきた。
「私も、ワガママになって良いんでしょうか、プロデューサーさん……」
「うっうー」
 宙を見上げるあずさに、やよいが擦り寄ってきた。
 あずさはいつもの様に彼女の頭をなで、抱き寄せる。
「……あら? やよいちゃん、貴女、ポーチはどこへ置いてきたの?」
「うっうー」
 いつもやよいが首から下げていたポーチが、消えていた。
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テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 二章 4

4 悪魔の力

 真はミキと名乗る雪だるまの先導で、バンナムを目指していた。
『あんまり詳しくは話せないけど、ミキを信じて欲しいの!』
 コミカルな顔をしながら、そんなセリフを真面目に言われて、真はどうして良いやらわからなくなり、とりあえず雪歩を助けるためになりそうなら、少しの間だけでもミキを信じても良いか、と思ったのだ。
「ホントに雪歩はバンナムにいるんだろうな?」
「大丈夫なの、ミキを信じるの!」
 妙に自信満々のミキの後に続き、真は一直線にバンナムに向かった。

*****

 バンナムの正面まで来た頃には、真もミキもかなり疲れ果てていた。
 ここまで走ってきたから、と言うのもあるが、それ以上にかなり遠回りをしたからである。
「まさか、町の中に、あんなに悪魔がいるなんて……」
「ヒーホー……」
 町を走りまわっている途中、そこかしこで色んな悪魔を見た。
 アミとマミが連れていたインプや、ピクシーのイオリ、雪だるまのミキのように小型なモノがほとんどではあったが、中には人の背丈を越すほどのものなど、かなり大きな悪魔も召喚されているらしい。
 町の中は既に、様々な悪魔が闊歩する地獄の様だった。
 代わりに人間の姿はあまり見かけなかった。
 どこかに避難しているのか、若しくは、あまり考えたくはないが、全滅と言う事もありえるかもしれない。
「どうしてこんな事になったんだ……。GUMPがあるからか……?」
「それは違うの。原因はこの会社の社長なの」
「バンナムの社長? その人がどうかしたの?」
「ヒーホー……あんまり詳しい事は話しちゃいけない決まりなの……」
「うーん、よくわからないけど、とりあえず今は君を信じるよ」
「ありがとなの!」
 どこか憎めない顔をしているミキに心和ませつつ、真は気を引き締めてバンナムの扉を開けた。

 バンナムの中も、町と同じように人の姿が見当たらなかった。
「……結構な従業員がいたはずだけど」
「とりあえず、先に進むの」
「あ、ちょっと待って」
 先に行こうとするミキを引きとめ、真はGUMPを構え、イオリを召喚した。
「何か用?」
「イオリはバンナムで召喚された、って言ってたよな。だったら、中を案内してくれ」
「案内? ……ここ、バンナムなの?」
 イオリはグルリと辺りを見回し、場所を確認する。
 だが、その後軽く首を振った。
「あー、ダメだわ。全然見覚えないもの」
「えっ!? だって、イオリはここに召喚されたんだろ?」
「知らない物は知らないのよ。ここで召喚されたって言っても、動き回れたのは狭いスペースだけだし」
「……役に立たない」
「なんですってぇ!?」
 いきり立ったイオリは、真の顔に飛び付いて皮膚やら髪やらを引っ張り始める。
「いたたた、や、やめろ! こら!」
「アンタが失礼な事言うからよ! そんな事言うのはこの口か! この口か!!」
「ひぎぎぎ、ほ、ほんほろころらろ!!」
「何言ってるかわかんないのよ! ちゃんと喋りなさい!」
「おはへはふふぃふぉひっはふはら……ひはひひはい!」
「じゃれるのはその辺にしておくの」
 意外と一番冷静だったミキが、二人を制止した。
 気の抜けた顔に一括され、イオリも真も毒気を抜かれて、互いに離れた。
「この中、悪魔の気配がいっぱいするの。もしかしたら戦う事になるかもしれないの」
「アンタ新顔ね? センパイにご挨拶は?」
「必要ないと思うな。デコちゃんは覚えてないかもしれないけど、ミキは良く覚えてるよ」
「で、デコ……っ!? アンタ、そこに直りなさい、成敗してやるわ!」
「イオリ! 騒いだら悪魔に気付かれるって」
「わかってるわよ!」
 真に止められ、イオリはその手の平に溜めた電撃を収めた。
 イオリは度々、電撃がどうのこうのと言っているが、どうやらその通り、電気を操る事が出来る悪魔らしい。
 ミキの方は見た目から推察するに、氷を操る悪魔だろうか。
 インプを氷漬けにしたのも、どうやらミキのようだし、間違っている見当ではあるまい。
「とにかく、ここからは慎重に行こう。ミキ、どっちに行ったら良い?」
「社長室に行くの。きっとそこにいるはずなの」
「わかった」
 こうして一行は社長室を目指して歩き始めた。

*****

 幾つか階段を昇り、社長室にほど近くなった頃。
「……流石にここまで来ると、警備も厳重だな」
 使役されているであろう悪魔が、廊下を塞いでいたのだ。
 この廊下を渡らなければ、社長室には辿り着けない様になっているらしいのだが、真としてはあまり荒事を起こしたくはない。
「突破しちゃえば良いと思うな。ミキたちなら出来るの」
「バカ言うんじゃないわよ。騒ぎを起こして敵に気付かれたら面倒でしょ」
「……デコちゃんだって、さっき騒いでたの」
「なに、ケンカ売ってる?」
「二人とも静かに!」
 ピリピリし始めた二人の悪魔を鎮めつつ、真は物陰から悪魔の様子を窺う。
 見る限り、鳥の頭、羽を持っている人型の悪魔が三匹、周りの様子を窺っている。
「相手の力量も測りかねるな……。どうしようか」
「アンタの持ってるGUMPを起動させてみなさい」
「……悪魔はもう召喚できないよ?」
「わかってるわよ! 良いから、言う通りにする!」
 イオリの剣幕に圧され、真は言われた通りにGUMPを起動させた。
「その中にデビルアナライズ、ってのが入ってるでしょ?」
「アナライズ……? あ、これか」
「ターゲットをあの悪魔に向けて、引き金を引きなさい」
 イオリに言われて、真はGUMPを悪魔に向け、引き金を引く。
 すると、GUMPのディスプレイに悪魔の情報が表示された。
「うわ、なんだこれ」
「それがデビルアナライズ。プロデューサーが作ってた、悪魔のデータベースよ。私も協力したんだから、信頼できるデータが入ってるはずだわ」
「……うん、まぁ信用しとく」
 微妙に頷きながら、真はディスプレイを覗く。
 目の前にいる鳥っぽい悪魔はどうやらアンドラスと言うらしい。
「……レベル8って強いの? 弱いの?」
「言いたくはないけど……私がレベル2、この雪だるまが8だったはずよ。このレベルもかなり正当に審査されたモノだから、信頼できる数値よ。向こうが三匹もいる事を思うと、強行突破は難しいかもね」
「大丈夫なの! ミキは強いの!」
「強そうに見えないのよ! ゆっるい顔して、説得力が欠片もないわ!」
「だから、二人とも静かに……」
 二人をなだめながら、真は考えを巡らす。
 確かに、数字的な意味でいけば、明らかにこちらが劣勢。
 だが、勝負は数だけでは決まらない。
「不意打ちを仕掛ければ、なんとか勝てないかな?」
「……まぁ、今の所気付かれてはいないみたいだし、奇襲は出来るだろうけど……」
「いけるの。大丈夫なの」
「アンタ、さっきからそればっかりね」
「ミキを信じるの!」
「……やってみよう。ここで手をこまねいていてもしょうがない」
 真は二人に、簡単な作戦を伝えた。

 三匹固まりながら、警備に当たっているアンドラス。
 忙しなく辺りを見回しながら、警戒を怠る事はない。
 そこに一匹のピクシーが飛んできた。
「……ん? なんだぁ、おめぇ」
「こんな所まで入りこんで来てんじゃねーよ」
 三匹のアンドラスが全員ピクシーに注視し始めると、ピクシーは廊下の天井にある蛍光灯に電撃を走らせた。
 蛍光灯は一瞬まばゆく光り、そのまま割れる。
「ぐぉ!」
「目がぁ、目がぁ!!」
 閃光をまともに見てしまったアンドラス達は、一瞬目がくらみ、視界を失う。
「今だ。ミキ!」
「ヒーホー!」
 真の合図でミキがアンドラスに向けて氷を放つ。
 鋭く尖った氷はアンドラスを深々と刺し、更にそこから凍りつかせる。
 だが、アンドラスの一匹は羽を忙しなくはためかせ、氷を打ち落としていた。
「っち、侵入者か! だ、誰か――」
「させるか!」
 助けを呼ぼうとしたアンドラスに向けて、真は律子から授かった剣を抜き放ち、悪魔に向けて突き刺す。
 貫かれたアンドラスは、そこから燃え上がり、そのまま絶命した。
 アンドラスの死体からは、灰色の宝石が出てきて、それはそのまま、GUMPに吸い込まれる様に消えた。
「……なんとかなったな」
「そうね。でも……私の虎の子がこんな所で消費されるなんて」
 イオリの使った魔法は、彼女が言うには一度しか使えないらしい。次に使うためには長い休憩が必要なのだとか。
「社長が強力な悪魔とか連れてたらどうするのよ?」
「その時はその時さ。まずはこの勝利を喜ばないと」
「楽天的……まぁ、別に良いけど。さぁ、マグネタイトも拾ったんだし、さっさと奥に行くわよ」
 イオリが急いて、先に飛んでいくのに続き、真とミキも廊下を進んだ。

*****

 社長室と書かれたプレートの張られた扉。
「ここだね」
 その前に立ち、真は唾を飲みこむ。
 なんだかとてつもない威圧感が感じられる。
 中にはとんでもない悪魔がいるんじゃなかろうか、そんな気さえする。
「ビビってたって始まらないわ。入るわよ!」
「うん……」
 イオリに鼓舞され、真はドアノブを握る。
 少し間を置いた後、意を決してドアを開けた。
「……おや、手間が省けたな」
 中には大きめの机が一つ、そしてその背の壁に窓ガラスが一面に張られていた。
 机にはどうやら一人の男性が座っているらしい。
 逆光になって顔は良く見えないが、社長室にいるとなると……
「貴方が、バンナムの社長か」
「そうだ。私が社長、高木だ。そう言う君は菊地くんだね? こちらから出向こうかと思っていたのだが……」
「貴方の手下に何度もお会いしましたけどね」
 真は緊張を解かず、その手は剣の柄に添えたまま、扉を背にして立つ。
 今の真たちの戦力は、何が来ても安心できる程度とは言えない。
 すぐに逃げ出す準備、と言う事でドアの近くに陣取ったのだ。
「そう構えなくて良い。私は交渉しようと言うのだよ」
「交渉……?」
「ああ、そうとも。アミくん、マミくん」
「はーい」
 子供の声が聞こえ、そちらを振りかえると、何度も真に襲いかかってきた双子と、縛られた雪歩がそこにいた。
 更に、雪歩を狙う様に、悪魔が立っている。少しでもおかしな事をすれば……という事か。
「……望みはなんです?」
「私の望みは一つ、GUMPだよ。それさえ渡してくれれば、この少女はこのまま返そう」
「……本当ですね?」
 そう言って真は、GUMPを社長に見せた。
「ちょ、アンタ、まさかホントにGUMPを渡すつもりじゃないでしょうね!?」
「仕方ないだろ、雪歩の為だ」
「あの娘の為だからって、そんな……」
 イオリの言葉には耳を貸さず、真はGUMPを差し出したまま、社長に一歩近付いた。
「雪歩を放してもらう」
「まずはGUMPを寄越したまえ」
 今の所、人質を取っていて有利なのは社長。
 GUMPは取り戻せるが、雪歩の命は失ってしまうと、取り返すと言う事は無理だ。
 ここは素直に従っておいた方が……。
 真がもう一歩近付いたその時。

 突然、爆音が鳴り響き、真から見て右手にあった壁が丸ごと吹き飛ばされる。
 木っ端微塵にされた壁は、瓦礫になって辺りを転がり、真は反射的に頭を隠した。
「な、なんだ!?」
「何事だ!?」
 驚いたのは社長も一緒らしく、立ち上がって警戒する。
 アミとマミ、悪魔も社長の前に立って、彼を守ろうとしていた。
「……今だ」
 爆発による煙が収まらない中、真は雪歩に向かって走り、その身柄を確保する。
「雪歩、大丈夫か?」
「……う」
 どうやらまだ気を失っているらしい。だが、息はある。
「真! 大丈夫なの!?」
「ああ! イオリ、ミキ、すぐに逃げるぞ!」
「りょーかいなの!」
 雪歩を担いだ真は、そのままドアまで駆けだし、外を目指した。
「あ! アイツら、逃げちゃうよ!」
「どーする、しゃちょーさん!?」
「……今は逃がすとしよう。それよりも、この爆発は……」
「貴方が、高木。この事件を起こした張本人」
 真がドアに辿り着いた頃、その場にいた誰でもない声が聞こえた。
「……壁を壊したヤツか……? 何者なんだ?」
 煙がだんだんと晴れ、その姿が見え始める。
 壁をぶち抜き、社長室に入りこんできたのは、背後に悪魔のようなモノを従えた少女だった。
「私は如月千早。貴方を……悪魔を呼び出した犯人を、殺すっ!」
 千早と名乗った少女は、その手に持っていたカードを掲げる。
 すると、彼女の後ろに待機していた、蛇のような悪魔がうねりながら吼える。
 すると次の瞬間、部屋の中心付近で火花が散った様に見えた。
「……マズイ! イオリ、ミキ、逃げるよ!」
「え? あ、うん」
 真たちはすぐに部屋から出て、全速力で走る。
 その後、社長室では大爆発が起こった。

*****

 なんとか無事にバンナムを出る事が出来た真たち。
 建物の外へ逃げ出し、安全な所まで来た所で、へたり込む様に倒れた。
「ふぅ……なんとか、逃げられたな」
「そうね、あー、もうなんでこんな事になったのよ!」
「疲れたの……おにぎり食べたいのー!」
 口々にぼやきながら、その呼吸を落ち着ける。
 何せここまでかなり強行軍だった。疲れもたまっているだろう。
 これだけ濃い一日を過ごしたのは、真にとってここ最近、ない事だった。
「はぁ……はぁ……とにかく、ここも完全に安全とは言えないし、一度事事務所まで戻ろう。雪歩をちゃんと寝かせられる場所にいかないと」
「そうね、一度落ち着きたいわ」
 と言うわけで、一行は事務所のある雑居ビルを目指して歩き始めた。

*****

 ――のだが。
「まさか、こんな事になってるなんて……」
 ビルの手前までやって来て、その外観を見て、愕然とする。
 ビルはほとんど悪魔に占拠され、軽く破壊行動までされた後らしい。なんとも痛々しい姿を晒していた。
 これでは中がどうなっているか、わかったものではない。
「さっき社長が『出向こうかと思ってた』とか言ってたみたいだし、その所為かもしれないわね」
「……事務所はダメか……。じゃあHRインフォメーションに行ってみよう。そこなら情報ももらえるかもしれないし」
「あのリボンの女がいる所に? ……気が乗らないわ」
「文句言うなよ。一度は身を隠して休まないと。疲れてるし、雪歩がこんな状態の今、悪魔に見つかったりしたら、最悪全滅しちゃうよ」
「わかってるわよ!」
 イオリが舌を出すのにカチンと来ながらも、怒る気力もないので、真は雪歩を担ぎなおしてHRインフォメーションを目指した。

*****

 HRインフォメーションがあるビルの付近は、あまり悪魔の被害もないらしく、多くの民間人が非難してきていた。
 通りには真が会ったような宗教勧誘の人がチラホラ見えたり、傷を負って倒れていたり、自棄になって火事場泥棒を始める輩まで現れ始めていた。
「うわ、最悪だな……」
「人間って醜いわよねぇ。私みたいに高貴さを持てないものかしら?」
「高貴……ねぇ」
「なによ?」
「別に?」
 イオリが睨みつけてくるのを受け流しつつ、真はビルの階段を下った。
「デコちゃんはコウキだから、そんなにおでこが光ってるの?」
「よーし、じっとしてなさい。私が今、成敗してあげるわ」

 地下にも生き残った人たちが溢れており、妙な息苦しさを感じた。
 狭い空間の至る所に人間がぐったりと倒れこんでいるのだ。なんだか、見ていていい気分にはなれない。
 そんな事を考えながら、HRインフォメーションのドアを叩く。
「あら、良かった、無事みたいね」
 顔を出したのは律子。
 快く一行を迎えてくれた。

 雪歩をソファーに寝かせ、簡単な食事を終えた後、真はバンナムであった事を、律子と春香に話した。
「如月……千早。その娘はホントにそう言ったの?」
「うん、確かに聞いたよ」
 社長室の壁を破壊して現れた少女。彼女は確かに如月千早と名乗った。
「その名前、聞いた事あるわ。春香の知り合いよね?」
「うん……昔ちょっとね。最近まで連絡取れてたんだけど、急に音信不通になって……。それに弟さんが謎の爆発事故に巻きこまれた、って聞いた事もあったし」
 ここまで来て、宗教勧誘の人が言っていた事にも信憑性が出てきている。
 最近の不可思議な事件が悪魔によるものだと。
 確かに、考えてみれば悪魔は常識外の力を持っている。だとすれば、そんな不可思議な力を使って、不可思議な事件を起こすのも可能なのではないか?
 食人鬼事件も、謎の爆発事件も、公園の殺人も、学校凍結も、全部悪魔の仕業なら、納得できそうだった。
「ボクが見たあの娘は、なんか尋常じゃない雰囲気だったけど……まさか、悪魔の起こした事件を社長の所為にして、敵討ちか何かのつもりなのかな?」
「……悪魔を呼び出したのが社長なのだとしたら、完全に的外れってワケでもないけど、それって『敵討ち』と呼べるのかしらね……」
 召喚された悪魔のほとんどは、召喚士の手を離れ、自らの身体を維持するために、人間を襲ってマグネタイトを得ようとしている者がほとんどだ。
 自由意思を持っている彼らの引き起こしたであろう事件に、弟が巻き込まれたからと言って、社長が弟の仇になる、とはどうにも間違った考えの様に思える。
「まぁでも、社長はその娘が起こした爆発にやられちゃったんでしょ? だったら、その娘も仇を討ててめでたし、って事じゃない? 会いに行って見たら、春香」
「うん……」
 神妙な顔をして、春香は頷いていた。
「それにしても……社長は本当にアレで死んだのかな?」
「何? 実際に見てきた真が疑ってるの?」
「なんだか嫌な予感がするんだ。社長の周りにはアミとマミ、それに悪魔もいたし、もしかしたら生きてるんじゃないか、って」
「……考えられなくもないわね」
 真の言葉に、律子が顎を抑えて考えこむ。
 今まで会った悪魔は、総じて生命力が高い。
 あの爆発においても、悪魔を盾にすれば社長が生き残っていてもおかしくはなさそうだ。
「気をつけた方が良いかもしれないわね。……あと、雪歩の事なんだけど」
「雪歩が、どうかしたの!?」
「大した事じゃないんだけど……腕に傷跡があったわ」
 言われて、真は雪歩の腕を確かめた。
 ……小さいが、確かに傷跡がある。これは注射の痕だろうか?
「何か怪しい薬でも射たれてたら困るだろうし、一度医者に見せた方が良いかもしれないわね。近くに医者が避難してきたはずだし、知り合いを紹介するわ」
「あ、ありがとう、律子」
「まぁ、なんにしても今日の所はゆっくり休んで、明日、日が昇ってからにしましょう。今の所、この辺りに悪魔は出てこないし、安心して眠りなさい」
「うん、ゴメンね、いきなり押しかけて」
「ホントよ、常連じゃなかったら追い返してる所だわ」
 律子の軽口をありがたく受け取り、真も笑顔を返した。

*****

 日が落ちるとすぐに、真は雪歩の傍で寝てしまった。
「よっぽど疲れてたのね。寝つきも良いわ」
 その寝顔を笑顔で眺めながら、律子が零す。
 イオリとミキは、GUMPの中に入っており、今の所部屋の中には真と雪歩、律子と春香しかいない。
 ミキはどうやら野良だったようで、真と契約してからGUMPの中に入っていった。
『契約……なつかしいの。今後ともよろしくなの』
 とかなんとか言っていた様だが、昔誰か、サマナーと一緒にいた事もいるのだろうか。
「ねぇ、律子」
「ん? なに?」
 神妙な顔つきで、春香が律子に声をかけた。
「律子は今回の事件……悪魔の事、どれぐらい知ってるの?」
「何よ、やぶから棒に」
「昼間は律子が言いたくなかったみたいだし、深く訊くのはやめようと思ってたけど、千早ちゃんが今回の件に関わってるなら別よ。教えて、何を知ってるのか」
「……高くつくわよ?」
「わかってるわ」
 情報屋として情報を売る事は当たり前。
 春香が律子から情報を得るのに、当然コストが発生する事は覚悟していた事だ。仕事仲間と言えど、そこはキッチリしておかなくては春香としても気持ち悪い。
「悪魔に関わると、良い目は見れないわよ? それでも聞きたい?」
「今の時点で、既にあんまり良い目も見れてないわよ。律子に拾われてからこっち、こき使われっぱなしだからね」
 元々、情報屋の弟子として律子の店に住み込んでいた春香。
 店の名前が秋月情報局からHRインフォメーションに変わったのも最近の事だ。
 春香が何故情報屋なんて真っ当ではない商売を生業にしようとしたかはわからないが、律子もそれを知るつもりはなかった。
「……まぁ、良いわ。私の知ってる事は全部教えてあげましょう。と言っても、それほど多くはないけどね」
「律子はどこで悪魔の事を知ったの?」
「それを話すには、ちょっと込み入った話になるわね。……元々、私はデビルバスターだったのよ。悪魔の退治屋ね」
「悪魔は昔からいたって言うの?」
 悪魔を認識したのが今日、と言う春香にとって、それはとても驚きだった。
 悪魔とは聞いてる限りだと、かなり大きな力を持っている。
 それが目に見えない形で潜伏していたのだとしたら、それはかなり脅威だ。
「数も少ないし、あまり力の強い者ではなかったけど、キッチリしたサマナーに召喚された大悪魔や、偶に現界に紛れこんでくる奴らもいない事はなかったわ。大昔から葛葉って言う退魔集団が存在していたしね」
「葛葉……。律子はその葛葉って集団に所属していたの?」
「ううん、私はフリー。でも、そこそこ名の通ったバスターだったのよ? その手の世界で秋月律子を知らない人間はいなかったわ」
「……それが、どうして情報屋に?」
「……この話は良いでしょ。今起きてる悪魔の事件について話しましょ」
 唐突に話題を変える律子。それだけ話したくない事だったのだろう。
 春香も律子の気持ちを無視してまで聞きたい事でもなかったので、深くは突っ込まなかった。
「真の話を聞くと、どうやらこの事件の発端はバンナム社長、高木が何らかの思惑で悪魔を大量に召喚した事ね」
「ええ、その召喚には恐らく、プロデューサーやプティーブンも関わっていたんでしょうね」
 イオリがバンナムで召喚された事、そしてその研究でプロデューサーという人間が偉い立場にいたという事は、プロデューサーは間違いない。そして、恐らくプロデューサーなる人物の知り合いであるプティーブンも。
「悪魔はマグネタイトと言うモノを使って、自分の身体を維持しているわ。それはサマナーから供給されたり、悪魔自身がどうにか得るしかないの」
「悪魔が自分で得る……って?」
「マグネタイトって言うのは生物に多く宿ってる物で、とりわけ感情の振り幅がでかい物が多く有してるの。つまり、人間は悪魔の格好の餌って事ね」
「それで悪魔は人間を襲うのね……」
 それを聞けば、先日の食人鬼事件や、公園での殺人事件も納得できる。
「でもその場合、その悪魔はサマナーの命令で人を殺しているか、もしくはサマナーの手を離れた野良が人を襲ってる事になる」
「野良って、ミキとか言う雪だるまもそれだったのよね?」
「ええ、サマナーが使役の権利を放棄し、かつ魔界への送還を行わなかった場合、そう言う野良悪魔になる事があるみたいね。今の所、町に現れているのは下位の悪魔だけだから良いけど、高位の悪魔が野良として現れ始めたら、こんな町なんてすぐになくなるわよ」
 高位の悪魔はそれだけ多くのマグネタイトを消費する。
 故に、その悪魔は自身を保つ為に人間を襲いまくるだろう。
 となれば、町は、いや行く行くは国が、世界が、と言った規模で滅亡の危機を迎える。
「聞けば聞くほど恐ろしいわね……」
「私にはもう、デビルバスターとしての力はほとんどないわ。高位の悪魔が現れても、私にはどうする事も出来ない。だから、そんな事になる前に、この事件を終わらせたいのよ」
「それで、真に無償で情報を与えたわけ?」
「この娘には悪いと思ってるけどね。でも、今の所は真に頼るしかないのよ」
「……まぁ、そこは咎めたりしないわ。私がどうこう言える立場でもないし。……それより、人間が魔法? ってヤツを使えたりする様になるの? 千早ちゃんは爆発を起こした、って言うけど」
 真の話では、社長室の壁と社長室全体を爆破させていた。
 そこに爆薬などはなく、突然爆発が起きたのだと言う。これは魔法なのだろうか?
「私はそんな話、聞いた事ないけど……恐らく、真が見たって言う、彼女の後ろについていた悪魔が起こした爆発なんじゃないかしら? その悪魔を使役しているのだとしたら、爆発を起こせても不思議はないわ」
「じゃあ、千早ちゃんもデビルサマナーに?」
「それも考え難いのよね……。悪魔を使役するには相応の資格が必要よ。技術や知識、魔力やなんかも備えてないと、悪魔は使役できない。真の持ってるGUMPはその手順を簡略化したりする物みたいだけど、あんな物が幾つも出回ってると思うと、恐ろしい気がするし」
「……じゃあどうして……?」
「ペルソナ能力、と言うのがある」
 老人の声が入りこんできた。
 二人は驚いて、声のした部屋の隅を見る。
 そこにはタイジョウロウクンが座っていた。
「た、タイジョウロウクン!」
「だ、誰? 律子の知り合い?」
「うん……なんて言うか、情報提供者よ」
 律子が悪魔に詳しいのは、この老人から情報を得ているかららしい。
 つまり、律子よりも悪魔に詳しいのが、この老人と言う事になろうか。
「年の功、ってところかしら?」
「こ、こら、春香! 失礼でしょ!」
「良いのじゃよ。その娘も運命の輪の上におる。協力してくれるのならば、わしも情報を提供しよう」
「運命の輪?」
「そんな……春香が?」
 良くわからない事を言われ、首を傾げる春香。
 律子はそんな春香を、心配そうに見ていた。
「何かの間違いじゃないんですか?」
「確かだ。受け入れろ、律子」
「……はい」
「なに? なんなの?」
「春香、と言ったか」
 タイジョウロウクンは春香に向き直り、真っ直ぐ目を見て、口を開く。
「これからお前は大変な運命に巻き込まれるだろう。その際、どんな道を選ぼうともお前の勝手だ。だが、どの道を選ぼうとも、後悔はするなよ」
「……何を言ってるんだか、サッパリだわ」
「今はそれでも良い。だが、努々忘れるでないぞ。……ふむペルソナの話だったな」
 話を切り替える様に、タイジョウロウクンは一度咳払いをした。
「ペルソナとは自分の内側に潜む、様々な側面を悪魔や神々の姿として顕現させた物。力を持つ己の一面。この町の異界化に伴い、その能力者が現れたのだろう」
「それを千早ちゃんが使ってた、って事ね。悪魔の力……なの?」
「いや、それは純然たる己の力。ペルソナ自体は悪魔の姿を取る事があるが、それでも本質としては使用者の心の一面だ」
「……難しい話は良くわからないけど、千早ちゃんが悪魔になったり、デビルサマナーになったわけではないのね?」
「そうだ」
「じゃあ、私もそのペルソナって使えるの?」
「難しいだろうな。ペルソナを使うには特殊な素質が必要となる。その千早と言う娘がペルソナを使えるようになったのも、偶然に近いだろう」
 タイジョウロウクンの言葉を聞き、春香は考え込む様に押し黙った。
 何を考えているかはわからないが、あまり良い事ではないだろうな、と律子はなんとなくそう思っていた。
「もう一つ話しておこう、悪魔の力を得た人間の事だ」
「悪魔の力を得た、人間?」
「そうだ。此度の事件の発端である研究、その最中に生まれた外法だ。生きた人間に悪魔の血を混ぜる事で、高濃度のマグネタイトをその身に有し、身体を悪魔に近付けると言う物だ」
「悪魔に近付いたら、どうなるんです?」
「基本的な身体能力の向上、魔法の使用、悪魔との会話、その他、色々な事が可能になるようだな。ただ、悪魔化が進みすぎると、取り戻しの利かぬ事にもなるらしい」
「そんな人間がいるんですか?」
「ほとんどは死んだようだが、極僅か、生き残っている者がいる。気をつけろよ、律子。身体を悪魔に近付けたからと言って、その見かけはほとんど人と変わらん」
「……覚えておきます」
 人間の外見をした、人間以外の者。
 そんな存在が、この町にいるのだとしたら、それはとても恐ろしい事だ。
 注意するのにこした事はない。
「では、わしはそろそろ行くとしよう。春香よ」
「……ん?」
「そなたも我等と道を同じくすると祈っている。ではな」
 そう言って、タイジョウロウクンは煙の様に消えた。
「あの爺さん、何者なの? 悪魔?」
「……さぁ、なんでしょうね」
 タイジョウロウクンは春香の暴言に目をつぶるようだし、律子も何も言わなかった。

*****

 地下にあるHRインフォメーションでは認識し辛いが、朝。
 真はなんとも言えない、妙な感触を覚えて目を覚ます。
「ムグムグ……」
「ん? うわ!!」
 手が、雪歩に咥えられていた。
「ゆ、ゆ、雪歩! なにやってるんだよ、もう!」
「むむ……あ、おはよう、真ちゃん」
「目が覚めた……! 大丈夫、雪歩? どこか具合悪くない?」
「だ、大丈夫だよ。全然平気」
「よかった……」
 昨日、廃ビルに向かう途中からずっと目を覚ましてないらしい雪歩は、ここがHRインフォメーションだと気付いて首を傾げる。
「あれ、戻ってきたんですか? プティーブンさんは?」
「うん……後で話すよ。それより……」
 律子の知り合いであると言う医者の所に行こうとしたのだが、部屋の中に律子と春香の姿は見当たらなかった。
 どうしようか迷っていると、店のドアが開き、律子が帰ってきた。
「あ、やっと目が覚めた? 医者の方には話を通しておいたわよ」
「あ、ありがとう。早いんだね。春香は?」
「春香はちょっとした準備よ。さぁ、目が覚めたならさっさと動いた動いた!」
 律子に追いたてられ、二人は店の外に出た。

「医者に見せたら、一度戻ってきなさい。話があるわ」
「うん、わかった。じゃあ、行こうか、雪歩」
「え? なんでお医者さんに?」
「雪歩の事を調べてもらうんだよ。良いから、行こう」
「そのお医者さんって、男の人じゃないよね? 犬とか飼ってないよね?」
「きっと大丈夫だよ」
 渋る雪歩の背を押しながら、真は医者へと向かった。

テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 二章 3

3 出会い

 町をしばらく歩き、とあるビルの前で立ち止まる。
「ここの地下にある情報屋。雪歩も何度か来た事あるだろ?」
「ええと、確かHRインフォメーション、って言うお店だよね」
「そう。取り扱う情報の幅は、この町で一番だ。きっと悪魔についても何か聞けるはず。それに……プティーブンについても調べないとね」
 そう言って、真は雪歩を連れて地下への階段を降りていった。

*****

「思った通り、ロウの連中は出遅れているか」
「ええ、昨今の悪魔騒動に乗じて、軽い布教活動はしているみたいですけど、肝心のメシアが見つからないんじゃ、ロウ連中には期待できませんね」
「……いや、それで良い。カオスとロウがぶつかれば大きな戦争になる。その前にバランスを保つ事が出来れば、我らニュートラルの本懐は果たせる」
「そう上手く行きますかね……」
 ビルの屋上に、律子とタイジョウロウクンがいた。
 町を眺めながらの会談も、もう慣れた物だ。
 高いビルの上からなら、人の流れも良く見える。
「葛葉の連中も、色々ゴタゴタしてるみたいだし、このままころっとカオスに制圧されたりしたら笑えませんよ? 魔人の方はどうなってるんです?」
「全て順調じゃよ。悪魔によるこの町の異界化に伴い、既に覚醒を始めておる。完全に目覚めるのも時間の問題だろう。後進が現れる気分はどうだ?」
「……複雑ですね。一般的な感覚で言えば、それは喜ぶべき事ではないんでしょうね」
「そうとも。お前の後釜が現れると言う事は、即ち大きな災いが近くなっていると言う事。我らニュートラルに取っては、もっとも忌避する事であった」
「でも、そうなってしまった物は仕方ない。可能な限り被害を少なくする様に、尽力するだけ、ですよね。わかってますよ」
 苦笑しながら、律子はタイジョウロウクンに背を向けた。
「そろそろ行きますよ。お客さんみたいですから」
「……丁重に扱えよ。その客人、かなりの上客ぞ」
「え?」
 律子が振り返ると、既にそこには老人の姿はなく、ただ閑散とした屋上の風景が広がっていた。
 タイジョウロウクンの言葉を測りかねていると、屋上のドアが開く。
「あ、こんな所にいた」
 現れたのは頭にリボンをつけた、まだ若い女性だった。
「誰かといたの? 話し声が聞こえたけど」
「聞き間違いじゃない? ただちょっと、風に当たってただけ」
 そう言って律子は現れた女性の問いを誤魔化す。
 彼女にタイジョウロウクンの事は話していない。仕事仲間ではあるが、一般人に話すような事ではないのだ。
「じゃあ早く戻ってきて。お客さんよ」
「はいはい、今行きますよ、春香」
 律子は自分を呼びに来た女性、春香に後に続き、そのまま階段を下っていった。
 タイジョウロウクンの謎のセリフは気にかかるものの、今はしっかりお仕事をしなければ。

*****

「お待たせ」
 春香と一緒に律子が店の中に入ってくる。
 HRインフォメーション。春香と律子が運営する情報屋だ。
 色々な所から仕入れて来る情報の真偽を確かめ、それを必要としている客に売る。それが情報屋の商売だ。
「で、今日はどんな情報が欲しいのかしら、探偵さん?」
「探偵?」
 春香の後ろにいた律子は、部屋の中で先に待っていた客を見る。
 そこには常連で上客、知り合いの探偵娘がいた。
「真じゃない。どうしたのよ?」
「どうしたの、って何がさ?」
 律子は正直驚いていた。
 タイジョウロウクンが言った『上客』と言うのが、この店にとって大きな収入源である常連を示していたとは思えない。
 だが、真は普通の人間だったはずだし、タイジョウロウクンが言うような『上客』にはとても思えなかったのだ。
「ううん、こっちの話」
「……まぁ、別に良いけど」
 適当に誤魔化すと、真も突っ込んで尋ねてくる事はなかった。
「で、ご注文は?」
 春香が催促すると、真は持っていたGUMPを机の上に置いた。
「これについて、わかる事を聞きたい」
「これ……GUMPよね」
 初めに食いついたのは律子だった。
「知ってるの、律子?」
「ええ……ちょっと小耳に挟んだ程度だけど」
「ホント? 幾らなの?」
 早速商談に持ちこむ真。
 どうやら、どうしてもGUMPの情報が欲しいらしい。
 その様子を見て、律子は唸る。これを彼女に話して良いものか。
 一般人であるなら、悪魔の事にはあまり関わらない方が良い。関わってしまえば大なり小なり道を踏み外す事になる。春香にタイジョウロウクンの事を話していないのもその為である。
 真は常連の客であるし、そんな風にはなって欲しくないのだが……と、一つ思い当たる。
「良いわ。これは私からサービスって事にしてあげる」
「ホント!? 助かるよ!」
 春香の責めるような視線を受け流す。それはそうだ。これは商売人としてはいけない事。それも情報屋なんてまともな商売でなければなおさらだ。
 金だけの縁なら簡単だが、そこに貸し借りが発生してしまうと面倒な事になり得る。
 だが、律子には春香にも話せない思惑があった。
 タイジョウロウクンの言葉、真の持ってきたGUMP。もしかしたらこの娘が……。
 だとすれば、律子の知っている情報を教える事は、金では等価とならない。真が行動してくれる事が律子の利に直結する。
「なるほど、確かに上客だわ」
「……何?」
「ううん、こっちの話」
 また適当に誤魔化しつつ、律子は商売を始める。

「そのGUMPって言うのは、バンナムって会社が作った特殊な機械なの」
「バンナムって……この町に本社を置く、あの大企業?」
「そう。まぁ、この町の人間なら知らない人はいないでしょうね」
 町で一番高いビルを持っている会社、それがバンナム。
 オフィス街を見上げれば、どこからでも見えるような高さを持っている。
「真はそのGUMPを弄ったりした?」
「え? あ、うん、ちょっと操作はしたけど……」
「じゃあ、中にどんな物が入ってるか、知ってるわよね?」
 律子に言われ、真は答えに窮する。
 改めて考えてみると、まるで現実味のない出来事だった。あれは夢だったのではないかと思うほど。
 だが、今も真の身体は全体的に痛む。この現実的な痛覚こそが、あの出来事がリアルだったと雄弁に語っていた。
「悪魔……」
「悪魔?」
 真の言葉に、春香が口を挟む。
「悪魔ってもしかして、最近この辺をうろついてる、妙なヤツらが言ってた……」
「春香も知ってるの?」
「知ってるって言うか……最近、町を歩いてると『メシア教』って連中がやたら布教活動してるのよ。そいつらが言うには、最近頻発してる不可思議な事件の原因が悪魔の所為だって言うわけ。まぁ、信じる方がおかしいと思ってたんだけど」
 カワイソウな物を見るような目で、春香は真を見た。
 GUMPも何か、その手の連中に掴まされた適当なオモチャだとでも思ったのだろう。
「う、嘘じゃないよ。悪魔は本当にいるらしいんだ」
「そ、そうです。私達、ちゃんと見ました!」
 真と雪歩が弁解するが、春香の疑惑の視線はその色を増すばかり。
 そこに律子が割って入る。
「まぁまぁ、真。そのGUMPを起動してみなさい。悪魔召喚プログラムが動くはずだから」
「え、大丈夫なのかな……?」
「恐らくね」
 そう言われて、真はGUMPを構える。
 ディスプレイに映し出された項目、悪魔召喚プログラムを選び、その引き金を引く。
 すると、先ほど、事務所の前で起きた出来事を繰り返すかのように、閃光が走り、その後には女の子が現れた。
「……なに、どこここ?」
「ま、また出た」
「また出た、ってアンタね! 人を化け物みたいに言わないでくれる!?」
 女の子は真に掴みかかり、頬やら髪やらを引っ張り上げる。
「いたた、や、やめろって……。は、春香。これで信じたろ?」
「……はぁ、こりゃ驚きだわ」
 春香は女の子を摘み上げ、真から引っぺがす。
「良く出来た人形……いや、ちゃんと生きてるみたいね」
「何よ。見世物じゃないわよ」
「……生意気な羽虫ね。標本にしてやろうかしら?」
「は、はむ……っ! このイオリ様を捕まえて、事もあろうに羽虫!? 良い度胸ね、アンタ! 私が黒焦げにしてあげましょうか!?」
「まぁまぁ、その辺にしておきなさい。貴女、イオリって言うのかしら?」
 また律子が割って入り、春香からイオリを取り上げた。
 自由になったイオリは真の頭の上に着地し、春香を睨みつけながら口を開く。
「ええ、そうよ。私はピクシーのイオリ。しっかり覚えておきなさい、ニンゲンども!」
「ボクも初めて聞いたけど……名前があるんだね」
「あら、言ってなかったかしら?」
「うん、ピクシーって言うのは知ってたけど、悪魔にも名前があるんだ……」
「私は特別なの! それより、なんだってこんな所に呼び出したわけ? 見た感じ、そこの女しか敵はいないみたいだけど、誰を倒せば良いの?」
「あ、いや、そう言うわけじゃなくて……」
「はぁ? じゃあどういうわけよ?」
「貴女に話が聞きたいのよ」
 気圧されている真に代わり、律子が横槍を入れる。
 イオリは律子を見やり、しばらく黙った後、ふんと顔を背ける。
「別に話してあげない事もないけど、アンタ、なんか嫌な匂いがするわ」
「お風呂には入ってるつもりだけど?」
「そう言う意味じゃない! ……ふざけた女ね。まぁ良いわ。話があるならさっさとしてくれる? マグネタイトだって無限じゃないんだから」
 頭の上で不遜な態度を取り続けるイオリに、真はなんとなく苦笑した。

*****

「まず、イオリのお蔭で、悪魔の存在証明にはなったわね」
「まぁ信じるしかないでしょう。実物見せられたんだから」
 仕切り直す律子に、春香は素直に頷いた。
 情報屋としてそれが事実ならしっかり受け入れる様に、既に思考回路は出来あがっている。実物を見せられてまで、頑なに現実を拒否するほど固い頭ではない。
「じゃあGUMPについて、イオリから聞きたいんだけど、貴女は何か知ってるかしら?」
「この銃みたいな機械の事でしょ? それだったら作った本人から聞けば良いじゃない」
「それが今この場にいないから、貴女に訊いてるんだけど?」
「どこにいるかもわからないの?」
「どこの誰かもわからないし、探し様がないわね」
「そんな……じゃあアイツ、どうなったの……」
 不安げに零すイオリ。その様子は、今までの態度とは正反対の様に見えた。
「ボクはその人についても色々訊きたいんだけど、良いかな?」
「……ええ。その人は何処かの会社の研究員で、プロデューサーって呼ばれてたわ。なんか、結構偉い人だったみたい」
「プロデューサー? プティーブンじゃなくて?」
 真はてっきり、差し出し人のプティーブンがGUMPを作ったものだと思っていた。だがそれが違うのだとしたら、そのプロデューサーと言う人間から、まずプティーブンの手に渡り、そこから更に真に届けられたと言う事になる。
「私はプティーブンなんてヤツは知らないけど?」
「じゃあ、一体誰なんだろう?」
「わからない事は、とりあえず横においておきましょう。イオリ、プロデューサーって人について話を続けて」
 律子に言われ、イオリが素直に頷く。
「プロデューサーはどうやら、悪魔を召喚する研究をしてたみたいで、私もその召喚された内の一人だったの。私を召喚した後も、何体も悪魔を召喚してたみたいなんだけど……ある日、プロデューサーじゃない、別のニンゲンが召喚をし始めたのよ」
「別の人間? 誰だかわかる?」
「なんか顔が良く似た子供が二人、大して機械も弄らずに悪魔を召喚してたわ。そう言えば、さっきアンタ達を襲ってたあの子供、アイツらだったかも」
 GUMPを追って、真の事務所の前までやって来た双子。イオリが言うにはあの二人が悪魔召喚を行っていたらしい。
 確かに、召喚された悪魔が召喚士の命令を聞くのなら、インプと言う悪魔が双子の言う事を聞いていたのもわかる。
「私はアイツらに召喚されたわけじゃないし、命令を聞く義理もなかったから逃げ出したんだけど、建物の中は召喚者の手を離れた野良ばっかりでね。食い物を探してピリピリしてる状況だったから、安全な所に取って返したの。そしたら、プロデューサーがいて、そこからGUMPと一緒に逃がしてもらったってわけ」
「イオリもプロデューサーの居場所は知らないのか」
「知ってたらアンタ達なんかに訊かないわよ。でもホント、どこ行ったのかしらね。私を放ってどっか行くなんて、次にあったらキツい電撃かましてやるわ」
「バンナムのプロデューサー、ね……」
 イオリの話を聞いて、律子と春香は自分の記憶を漁る。
 集めた情報の中にその人物の行方の手がかりになりそうな物が無かったか、検索しているのだが……。
「ダメね、私のほうにはちょっと覚えが無いわ。律子は?」
「プロデューサーの方はわからないけど、プティーブンの方なら心当たりがあるわ」
「ホント!?」
 律子の言葉を聞いて、真が一歩前に出る。
 プティーブンから話が聞ければプロデューサーの事もわかるかもしれない。
「どこぞの廃ビルに居座ってる人物が、そう名乗ってるって話を聞いた事があるけど……真はプティーブンとプロデューサーって人を見つけて、どうするつもり?」
「どうするって、そりゃ」
 真はGUMPを手に取り、店を出る準備をしながら、笑顔で言う。
「GUMPを突っ返して、依頼料も払わずにボクに迷惑をかけた分、殴ってやるさ」
「殴ってやるって、アンタね……」
 相手が屈強な大男だったりしたらどうするつもりなのだろうか。
 ……それでも殴りかかりそうな真を見て、律子は何も言う気になれず、ため息をついた。
「まぁ良いけど。アンタに餞別を渡しておくわ」
 そう言って律子は真に一振りの刀を渡した。
「こ、こんな物持ってたらすぐ警察に捕まっちゃうよ!」
「布で覆っておけば竹刀か木刀なんかに見えるから大丈夫でしょ。それに悪魔に襲われた時、戦力がイオリだけじゃ心許ないでしょ?」
 そう言われてみると確かに。
 イオリはとても強そうには見えない。あのインプにすら勝てるかどうか怪しいぐらいだ。
 その実力を見た事は無いが、心許ない。
 だからと言って、何の理由も無く木刀や竹刀を堂々と持ち歩いていた場合でも、しょっぴかれる可能性は高い気がするが。
「じゃあ、一応預かっておくよ」
「大事に使いなさいよ。良い剣なんだから」
「うん」
 律子から刀を受け取り、真と雪歩は店を出ていった。
「……何企んでるの、律子?」
「ん? 何の事かしら?」
 春香の言葉にも適当にすっ呆けるが、春香は『別に』と返し、それ以上訊いてくる事も無かった。

*****

「ねぇ、真ちゃん。やっぱり警察に届けようよ」
「GUMPの事?」
 廃ビルを目指して町を歩いている途中、雪歩が立ち止まった。
「なんか、危ない気がする……これ以上関わったら、ホントに死んじゃうかも」
「大丈夫、引き際は心得てるつもりだよ。本当に危なくなったらすぐに逃げるさ。こっちに何の得もないしね」
「今が引き際だと思うの。ねぇ、やめよう?」
「うーん」
 雪歩の弱気は今に始まった事では無いが、今回は意外と食い下がってくる。
 真としてはプティーブンやプロデューサー、悪魔の事なんかがかなり気がかりなのだが、それでも雪歩の言う通り危ないのも事実だ。
 真が決断しかねていると、白いローブと青い頭巾をかぶった人が近寄ってきた。
「もし、そこの方々」
「……ボクらの事ですか?」
「貴女がた、最近の奇妙な出来事について、不思議に思った事はありませんか? アレは悪魔の仕業なのです」
 良く見ると、話しかけてきた人物の纏っている衣服のそこかしこに、十字架のモチーフがあった。恐らく、宗教勧誘の類だろう。
「ですが心配要りません。もうすぐ私達の前に救世主、メシア様が現れて、全ての悪魔を消し去ってくれるでしょう。今も我等の同志が広場で集会を行っております。よろしければ貴女がたも祈りを捧げてください。そうすれば、必ずメシア様が助けてくださいますよ」
「……それ、どこでやってるんですか?」
「ま、真ちゃん!?」
 いつもは宗教の勧誘なんて軽く突っぱねる真が、珍しく話を聞いていた。
 真は雪歩にだけ聞こえる程度の小さな声で言う。
「ちょっと考える時間をもらえないかな? 別に、宗教に興味があるわけじゃないよ」
 と言うわけで、二人は宗教の集会に出向く事になった。

*****

 集会、と言っても、どこか建物の中でやるような物ではないらしく、適当な駐車場に人が集まっているだけのようだった。とは言え、そこそこ広い駐車場を埋め尽くすほどに人が集まっている。
 駐車場の中央には舞台があり、その上に十字架が立っていた。
 集まってきた人たちはその十字架に向かって何か祈りを捧げている様で、新たに来た真達には目もくれなかった。
「どうぞ、参列下さい。私はもっと多くの同志を集めてまいります」
 そう言って、真たちを誘った人は、また町へと歩き出していった。
「ど、どうするの、真ちゃん」
「まぁ、適当に祈る振りでもしておこう」
 真はその場に立ちながら目を伏せ、胸に手を当てる。
 雪歩もそれに習い、指を組んで目を伏せた。

 祈っている振りをしている間、真はこれからどうするべきか考えていた。
 雪歩の言う通り、これ以上GUMPや悪魔なんかに関わっていたら身が持たないかもしれない。
 インプに食らった魔法のダメージがまだ残っているのだ。さっきよりは随分良くはなっているが、それでも身体中が痛い。
 だが、それを思うたびにあのアミとマミに仕返ししてやりたい気持ちも膨れていくし、単に好奇心から悪魔などについて知りたい、と思う自分もいる。
 まだ命の危機にまで瀕していない現状、自分には危機感が足りていないのかも、と真は自嘲してみた。
「雪歩、やっぱりもうちょっと調べてみよう」
「真ちゃんがそう言うなら……。でも、危なくなったらすぐ逃げようね」
「うん、わかってるよ」
 真は祈りをやめ、雪歩の肩を叩く。
 結論は出たのだ。これ以上ここにいる意味も、妙な宗教に入るつもりもない。すぐに廃ビルに向けて出発しよう。
 ……と、二人がその場を離れようとした時。
「みぃつけたー!!」
 聞き覚えのある、幼い声が背後から聞こえた。
 驚いて振り返ると、そこにはアミとマミ、そしてインプがいた。
「メシア教の集会が開かれてるって聞いて来てみれば、思わぬめっけもんだね!」
「GUMPを頂くのだー!! 行け、インプ!」
 双子の命令を聞き、インプがこちらに飛んで来た。
 その姿を見て、集会に集まってきていた人が騒然とし始める。
「あ、悪魔だ!」
「また悪魔が現れた!」
「め、メシア様、メシア様はどこだ!?」
 軽いパニック状態に陥っている様で、人々はこの場から逃げようとあちこちに走り出し始めた。
「雪歩、ボクの傍から離れないで!」
「う、うん」
 真は雪歩の手をしっかりと握り、人込みに紛れてインプをやり過ごそうと試みる。
 幾らなんでも、この中からたった二人の人間を探し出すのは難しいだろう。
 と、真はそう踏んでいたのだが、しかし。
「インプ、ザンマ!」
 双子は悪魔に命令し、人込みに向けてあの衝撃波を発射する。
 軽めの爆発音と共に、人々が宙に舞った。
「……なっ!?」
「な、なんて事……っ」
 真達からはかけ離れた場所に撃たれたものの、それは二人にとって軽いショックだった。
 自分達がここに居るから、無関係な人が襲われている……!?
「くっ、なんでこんな事……!」
「た、助けないと、真ちゃん!」
「わかってる、でも、こう人が多いと身動きが……」
 衝撃波が放たれた事で、更に混乱を増す集会場。人の流れはますます読み難くなっていた。
「あーもー、面倒臭いなぁ。全部殺しちゃおうよ」
「そーだねー。ロウ側の人間なんて、マミ達にとっては邪魔なだけだし?」
 耳がおかしくなりそうなほどの喧騒の中、何故だかあの双子の声は良く聞こえた。
 全部殺す? それが子供のセリフなのだろうか?
「どうしようもないのか……っ!」
 真が雪歩の手を必死に掴みながら、何も出来ないでいると、インプが第二射を構え始める。その構えが阿鼻叫喚に油を注ぎ、パニックは最高潮に達した。
 だが、その時。
「させません!」
 一発の銃声が響き、インプが射抜かれる。
 流石に悪魔だけあって、それが致命傷には至らなかった様だが、魔法の狙いは明後日の方向へと反れた。
「な、なにがあったの? 大きな音がしたけど……」
「いや、ボクにもちょっと……」
 人込みに紛れている中、真と雪歩には状況が良く把握できない。
 どうやら、アミとマミの背後に誰か現れて、インプを撃ったようなのだが……。
「な、なにやつ!」
「マミ達の邪魔をするとは、不届き千万! 名を名乗れぃ!」
「貴女達に名乗る名前は持ち合わせてません! すぐに立ち去りなさい!」
「むむっ、ねーちゃんは元GUMPの持ち主! ……でも、もうGUMP持ってないならねーちゃんに用はないよ!」
「さっさと消えないと、痛い目見せてやるぞ!」
「貴女達こそ、すぐにその悪魔を連れて消えなさい。でなければ、本気でお相手する事になりますよ」
 現れた誰かと双子は、そのまましばらく睨み合ったが、唐突に双子が退く。
「まぁ、ここで無理する必要もないね」
「メシア教だかなんだか知らないけど、あんなヤツらいつでも蹴散らせるしね」
 そう言った双子は、何か呪文を唱えると、インプと共に姿を消した。
 それと共に集会場は落ち着きを取り戻し始め、事件は一応、収まりが付いた。

*****

「酷い目にあったな……」
「うん……」
 怪我を負った人達の手当てが行われているのを遠目に見ながら、真と雪歩はさっきの出来事を重く受け止めていた。
 自分達がGUMPを持ってこんな所に来たから、あの人たちは怪我を負ってしまった。
「やっぱりダメだよ。そんな物持ってたら、どんどん巻き込まれちゃうよ。早く手放した方が良いよ」
「いや……それじゃあ責任の押し付けだ。さっきの様子を見る限り、あの双子は警察にだって押し入るんじゃないかな? インプは銃で撃たれたぐらいじゃ死なないみたいだし、警察だって悪魔に対しての抵抗力が高いわけでもないと思う」
「でも、私達だって関係ないんだし、警察以上に抵抗力もないんだよ?」
「でも小回りは利く。アイツらから逃げながらでも、プティーブンにこれを突っ返さなきゃ。これ以上、無関係の人は巻き込めないよ」
「うぅ……それはそうだけど」
 今の出来事が、逆に真の決意を固くしていた。
 だが、GUMPをプティーブンに返すだけで事は終わるのだろうか?
 悪魔という存在が現実に現れ始めた今、それだけでは根本的な解決には至らないのではないだろうか?
 流石にこれ以上の事は手に余るな、と考えながらも、真は自分に出来る事を探し始めていた。
「あの、ちょっと良いですか?」
「はい?」
 そんな二人に、一人の女性が声をかけてきた。
 長い髪をたらした、綺麗な女性だった。そして彼女の脇にもう一人、子供がいた。
「なんですか? ボク達に何か?」
「貴女達……もしかして、ガ――」
「うぐぅっ!!」
 女性が何か言いかけた所に、苦しそうな呻き声が響き渡った。
 どうやら手当てを受けていた一人が、突然苦しみ始めたらしい。
「ど、どうしたんでしょう?」
「……恐らく、悪魔の血を飲んでしまったんでしょう」
 雪歩の言葉に、女性が答えていた。
「さっきインプが撃たれた時、何人かが誤ってその血を浴びたり、体内に取りこんだりしてしまったらしいんです」
「悪魔の血……取りこんだら、どうなるんですか?」
「何の準備もないまま取りこんでしまうと、最悪死んでしまうらしいです。……残念ですが、あの人も……」
 女性の言う通り、しばらく呻き声が聞こえていたが、それも聞こえなくなった。
 代わりに誰かのすすり泣きと、祈りを捧げる声が聞こえてきた。
「こんな事になるなんて……。事は急がなければなりません。貴女達、菊地と言う人を知りませんか? この町で探偵をやっている方らしいのですが」
「菊地? ……菊池真ならボクの事だけど」
「……え、そんな……。女の子じゃないですか」
「そうだけど、それがどうかしたんですか?」
「プロデューサーさん、何を考えて……いえ、ここは信じないと」
 女性は独り言をボソボソと零し、真達に向き直る。
「私にもやる事がありますので、用件を手短に言います。まずはこれを」
 女性は真に、何か金属のような、虫を模ったような物を手渡した。
 見方を変えれば、何か装飾品の様に見えなくもないが……。
「……趣味の悪いアクセサリですね」
「それはアクセサリではありません。マガタマと言う、強い力を持ったモノです。……もしかしたら必要になるかもしれませんから、それを持っていてください。菊地真さん、貴女に全てがかかっています。どうか、善き道に進んでくださる様、祈っています」
「あ、ちょっと」
 女性は真達から少し離れ、連れ立っていた子供の手を取った。
「もう少し時が経てば、貴女も色々と理解するでしょう。その時にもう一度会いに来ます。全てを話すのは、それまで待っていてください」
 それだけ言うと、女性と子供は煙の様に消えて行った。
 まるで、元々そこには誰もいなかったかの様に、手品か何かの様に、唐突に消えてしまった二人を見て、真と雪歩は目を疑った。
「な、なんなんだ、今の」
「わ、わからないけど……もしかしたら、あの人達も悪魔だったり……」
「そんな感じはしなかったけど……とりあえず、注意しておいた方が良いかもね」
 言いながら真はこの場を離れる準備を始める。
 それを見て、雪歩も立ちあがって服についた埃を払い始めた。
「すぐに廃ビルに行ってみよう。プティーブンには色々聞かなきゃ」
「……そうだね」
「隙ありぃ!!」
 するとそこに、またも衝撃波が襲ってくる。
 完全に不意打ちを食らった二人は、回避もままならず、地面を転がった。
「ぐっ……雪歩!」
「う……」
 爆心地から見て、全く逆方向に吹っ飛ばされた真と雪歩。
 真が声をかけても、雪歩は反応しない。どうやら気絶している様だ。
「くそっ……」
 真は周りの様子をうかがう。
 離れた場所では、悪魔の襲撃を感知した人々が蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。こんな時、動けない人間は放置されてしまう。人間の浅ましさが垣間見える瞬間だ。
 だが、そこに悪魔の姿はない。
「とぉ!」
「再び参上、スーパーアミマミシスターズ!」
 真と雪歩の丁度中間辺りに、双子が空から降ってきた。
「お前等、どこから!?」
「ずっと近くの建物から様子を窺ってたのさ!」
「あのお邪魔虫のねーちゃんが消えるのを、ずっと待ってたんだからね!」
「さぁ、GUMPをよこしてもらおうか!」
 双子はズイと真に近寄る。
 真は律子にもらった刀に手をかけつつ、息を呑んだ。
 双子の傍にいたインプの姿が見えない。
「気付いたみたいだね」
「インプは今、マミ達の後ろにいるねーちゃんを、離れた所から狙っているのだ」
「下手な動きをすると、ボン、だよ」
 抽象的なセリフではあったが、あながちその『ボン』とやらも言い過ぎではない。
 人を軽々と吹き飛ばすほどの衝撃波だ。その直撃を受ければ、雪歩は……。
「さぁ、どうする?」
「早くしないと、ホントにやっちゃうよー?」
「くそっ……」
 こうなってくると、どうしてここまでしてGUMPを守らねばならないのか、疑問にも思えてきた。さっさとGUMPをこの双子に渡してしまえば良いではないか。渡した隙に逃げる事が出来れば、それでいいのではないだろうか。
 ……だが、先程見た二人の行動。無差別に魔法をぶっ放し、無関係の人間すら蟻の様に踏み潰そうとする、非人道的な行動。
 アレを見せられた後になると、GUMPを渡して良いのか、少し考えさせられる。
 GUMPの中にいたピクシー、イオリがどの程度の力を持っているのかわからないが、それも何か悪用されるのではないだろうか?
 となると、この二人にGUMPを渡すのはやはり、やめた方が良いかもしれない。
「もー、早くしないとカウントダウンしちゃうよ!」
「ごー、よーん、さーん」
 だが、渡さなければ雪歩がどうなるか……。
 ここは選択を迷っている暇はない。どちらか、早く決断しなくては。
「にーい、いーち」
「わかった、渡すよ」
 真が選んだのは、雪歩だった。
「それでいいのだよ、人間素直が一番ってね!」
「じゃあ、さっさとこっちに渡してね」
 アミとマミが手を出すのに、真が観念してGUMPを渡そうとした時――
「ブフーラ!」
「ぎゃぁ!!」
 大き目の氷の塊が空から降ってきた。
 地面にぶつかった瞬間、それは粉々に砕け散ってしまったが、どうやらインプが氷漬けにされて落ちてきたらしい。
「な、なにやつ!?」
「えー、また邪魔者ー?」
「真くん、そいつらにGUMPを渡しちゃダメなの!!」
 その後、幾つか鋭い氷柱が天から降り注ぎ、アミとマミの行動の牽制が成される。
 そして、真の目の前に降り立ったのは、一体の雪だるまだった。
「ゆ、雪だるま!? また悪魔か!?」
「ミキは仲魔なの! 安心して!」
「な、仲魔!?」
「うぬぬ、雪だるまの分際で、アミ達の邪魔をしようとは!」
「ムカつくけど、インプもやられちゃったし、ここは一旦撤退!」
 アミとマミは雪だるまと真の隙を付いて雪歩に跳び付き、そのまま三人で何処かへ消えてしまった。
「あ、雪歩!」
「大丈夫なの。アイツらの帰る場所なら、ミキが知ってるの!」
「……さっきから、何者なんだ、お前は?」
「ミキはミキなの。真くんの味方だよ」
 そう言って振り返った雪だるまは、なんとも愛らしい顔で笑った。

テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 二章 2

2 初めの一歩

「とにかく、これはあまり弄らない方が良い。適当な場所に捨ててこよう」
「捨てちゃうの、真ちゃん?」
「当然だよ。これが本当に物騒な物なら、所持してるだけでも危ない。だからって住所も書かれてない差し出し人に突っ返すのも無理だしね」
 小包に貼られていた紙には、ただ差し出し人の名前らしきプティーブンの文字だけしか書かれていない。となるとこのプティーブンとやらを探し出して丁寧に手渡す労力を思えば、どこか目立たなそうな場所に捨てるのがベストだ。それが見つからなければなお良い。
「そうだな、環境汚染は気になるけど、海にでも沈めてしまおう」
「勿体無い気もするね……」
「取って置いたって何の役にも立たないよ」
 真はGUMPを手に取り、外出の準備を始める。
 上着を羽織り、帽子をかぶるだけだが、装いを整えるだけで気分は断然違う。
「ついでに、このプティーブンって人にも探りを入れてみよう。……どこかで聞いたような名前だしね」
「やっぱり知り合いなんじゃないの?」
「いや、こんなユニークな名前の友達はいなかったはずだよ」
「忘れてるだけだったり……」
「食い下がるね、雪歩。そう言う君には思い当たる節でもあるの?」
「思い当たる節と言うか……」
 ドアに向けて歩き始める真について、雪歩も隣に並ぶ。
「もしかしたら依頼だったんじゃないかな、って」
「変わった手口だね。ボクももっとクライアントについて勉強しないと。小包を置いて逃げ出すのが依頼の方法って言うのは初めて聞いた」
「でも、何か理由があって、それだけを置いて身を隠す理由があったのかも」
「例えば?」
 真がドアを開け、廊下に出る際に雪歩に振り返る。
 すると雪歩はどうやら外を指差している様だった。
「私が帰って来る時、変に思ったんですけど」
「ん?」
「廊下が随分荒らされてるんですぅ」
 雑居ビルの三階にある菊地探偵事務所。
 事務所のドアを開けると、ビルの廊下に出る事になっている。
 廊下は左右に伸び、それに沿って部屋が四部屋ほどあるのだが……。
「雪歩、こう言う重要な事はもっと早く言って欲しいな」
 真が知っている廊下は、もっと飾り気のない、真っ白な壁をしていたはずだ。
 だが、今見てみると、所々黒く焦げたり、壁が抉れて鉄筋が見えたりしていた。窓も所々割れていたりするし、他の入居者が廊下に置いていた荷物にも少なからず被害が及んでいる。
「だって、真ちゃんはずっと事務所にいたんだから、何か知ってるんじゃないかと思って」
「……ボクだって居眠りぐらいするよ。でも……」
 それにしても、真が居眠りしている短時間で、ここまで廊下を荒らせるものだろうか?
 かなり大掛かりな事をしないと、ここまで破壊は出来そうにないが……。
「そんなに長い事寝てたかな……」
「疲れてるんじゃない? 今度、ハーブティーでも淹れようか」
「それほど頑張って仕事をした覚えもないけど……でも、これは気になるね」
 明らかな事件性、とはまだ言えない。単なるイタズラの可能性も無いでは無い。
 だとするとこの手の込み様、イタズラのターゲットにされた人物は、相当嫌われているんだな、と言わざるを得ない。
「まぁ、この件はビルの管理人に報告しておくとして、この銃との関連性はどうかな」
「無きにしもあらず、って事はないかな?」
「ボクはどちらかと言うと、最近の不可解な事件の方が関わってると思うね」
 近頃、良く報道される不思議な事件。
 食人鬼の仕業か! と大見出しが出された、一家惨殺事件。
 ガス爆発かと思われた、繁華街での大爆発事故。
 その両方とも、犯人も原因も判明していない上、その他にも奇妙な事件は幾つも起きている。
 公園で起きた殺人事件はどうやら大型の獣に襲われた様だが、公園は町の中にあったし、そんな獣がうろつくような場所ではなかった。
 学校が一夜にして凍結する事件もあったが、どう考えても常識の範囲を超えている。
 更に噂を聞く限り、妙な世界に迷いこんだ、と言う証言もいくつか上がっている。
 ここ最近、この町はおかしい事だらけなのだ。
 そんな頻発する事件に対して、警察はすごくピリピリしており、誰かが銃を所持していた、なんてバレたら、ストレス発散に即逮捕されてしまうかもしれない。
「このイタズラも同一犯か、同じ手口を使った模倣犯か」
「そんなに大勢の人が、こんな事出来るかなぁ?」
「どうかな。ボクにも良くわからないよ。ただ言える事は、そんな物騒な世の中で、妙な銃を持っているボクらは怪しまれる要素がある。だから、早くこれを捨てに行こうって事」
「その銃も警察に届けた方が良いんじゃない?」
「冗談。事情聴取って名目で、一晩は警察署に缶詰にされちゃうよ。そんなのゴメンだね」
 疑わしきは罰する、とまではいかないものの、不思議な事件が頻発する最中に不思議なアイテムを持っている人間は、それ相応に情報を搾り取られるだろう。
 そんな面倒ごとを省く為にも、真は妙な銃を捨てに行こうと提案したのだ。
 警察とも良い関係を築きたい職業ではあるし、こんな所で詰まらない波紋を起こす必要はない。
「さて、考察はここまで。そろそろ足を動かそう」
「うん……でも待って」
 真が汚れた廊下を歩き出そうとした時、また雪歩が前方を指差した。
 その先を見ると、子供が二人、こちらを見ている。
「さっきから気になってたんだけど……あの子達、こっちをずっと見てるの」
「雪歩、そう言う事は早く……」
「あーっ!!」
 狭い壁に反響して、子供の声が余計うるさく聞こえた。
 声の主は言わずもがな、前方の二人のどちらかだろう。
「やっと見つけた、GUMP!!」
「あのねーちゃんが持ってないっぽかったから、引き帰して来て正解だったね、アミ!」
「そうだね、マミ! よーし、では早速、GUMPを取り返すぞ、おー!」
 どうやらあの二人は、真の持つ銃を知っているらしい。
 ならば持ち主のプティーブンについても知っているだろうか?
 真がどうにか、二人とコンタクトを取ろうとしたその時。
「出てこーい、インプー!!」
 子供の片割れが手を掲げると、彼女らの背後に稲光が走る。
 それほど酷い音はしなかったが、閃光はまばゆく走った。
 驚いて顔を隠し、再びその目を開いた時には――
「な、なんだあれ」
 真は目を疑った。
 今までなにも無かった所に、妙な動物のような物が浮いていた。
 子供達の背後に、羽の生えた『何か』がいたのだ。
「て、手品、だよね?」
「大道芸ならお捻りで暮らせるレベルだね、あれは」
 確かに驚きだった。今まで何もなかったところに突然現れた『何か』も驚くべき事だが、それが浮遊を続けているのにもまた驚きだ。
 どこからか釣っているのか、それとも何か別の仕掛けがあるのか。
 多少距離の離れている真からは、判断が出来なかった。
「でもあの二人、どうやらボクらに芸を見せに来てくれたわけじゃないらしいよ」
「そ、そうみたいだね」
 真は一歩前に出て、雪歩を背後にかばう。
 そして子供達を見ながら、銃を差し出した。
「君達、コイツの持ち主について、知ってるのか?」
「え? あー、うん。知ってるよー」
「あ、アミ。あんまり余計な事話すと怒られるんじゃない?」
「だいじょぶっしょー、これくらい」
 アミと呼ばれた子供は、ニコニコと子供らしい無邪気な笑みを浮かべている。
 その様子に安心した真だが、
「結局最後には殺すんだしねー」
 すぐに身構えた。
「そっかー。GUMPに関わった人たちは、みんな殺せって言われてたんだっけ」
「そーそー。だからてってー的にやんないとね!」
 いまいち実感は持てないものの、子供たちは何やら物騒な事を話している。
 その表情が無邪気その物だから逆に恐ろしい。
 あの二人はもしかしたら、虫を潰すぐらいのつもりで、真達を殺すつもりなのかもしれない。
 ……だが、どうやって?
 確かにあの二人の『手品』は凄かったが、手品で人は殺せない。
 実力行使されても、身のこなしに自信がある真は、子供二人ぐらい相手にしても何も問題はない。それだけの自信はある。
 見る限り、これと言って武装もしていない様だし、もしかしたら、背後に浮いている『何か』に特殊な仕掛けが……?
「んっふっふー、怯えろ! 竦め! GUMPの性能を活かせぬまま死んでいけー」
「認めたくないものだな、若さゆえの過ちと言うものをー」
 物凄く場違いな命令を受け、なんと驚いた事に、二人の背後にいた『何か』が動き始める。
 フラフラと浮かびながら、真達に近付いてきたのだ。
 手品にしては手の込んだ仕掛けだ。真にはどう見ても、アレが自ら動いているようにしか見えなかった。
「ま、真ちゃん」
「……雪歩、非常階段まで走るんだ。何か、マズイ雰囲気になってきてる」
 子供二人は階段の前に陣取っている。正規の階段を使うには、あの二人と『何か』を突破しないと無理だろう。
 だが、あの『何か』はマズイ。具体的に何がマズイか訊かれても答えに窮するが、どこか危険な雰囲気がするのだ。
 それならば、強行突破と言う危険を犯すより、反対側にある非常階段を使って外に逃げた方が良い。その方が確実に安全だ。
「君達、そんなにこれが大事かい?」
 真はGUMPを手の上で弄び、二人の注意を引く。
「そーだよ。大事だから早く渡してよ」
「渡したって、ボクらは殺されるんだろ?」
「そーだよ。そこのインプに切り刻まれちゃうよ」
「……だったら冥土の土産に教えてくれないか。このGUMPってなんなんだ? プティーブンって誰だ?」
「えーっと」
 真に疑問を投げかけられ、二人は首を傾げる。
 そうしている内にインプと呼ばれた『何か』はその場で止まり、二人のほうを振り返る。どうやら命令待ちらしい。
「雪歩、今だ」
「う、うん」
 真の合図で、雪歩は非常階段へ一直線に走る。
「あっ! 逃がすなー!」
「追えー、インプー!」
「させないよ!!」
 真はハッタリのつもりでGUMPを構える。
 すると、銃身部分が変形し、小さなモニターと操作パネルが開かれた。
「これは……こうやって使う物だったのか。なになに……?」
「あー、GUMPが起動されちゃう!」
「インプ! ザンマ!」
 命令されたインプは真に向けて手を掲げる。
 すると、そこから何かが弾けるような音がして、物凄い圧力が生まれた。
 圧力は弾けた勢いで衝撃波となり、真に襲いかかる。
 異常なまでの突風に近い衝撃。真はそれにあおられて吹っ飛び、廊下を転がる。
「うわっ!!」
「ま、真ちゃん!」
 ドアまで辿り着いていた雪歩は、真の声に気付いて立ち止まってしまった。
「今度は向こうだ! いけー、インプー!」
「や、やめろ!」
 再びインプが手を掲げ、狙いを雪歩につける。
 ドアが開けられている今、雪歩にアレが飛ぶと、彼女は階段から落ちてしまうだろう。
 ここはビルの三階。余程の事がない限り、ここから落ちて軽傷では済まないだろう。
 インプの構えた手に集まっている圧力が弾ける直前、真はGUMPの引き金を、無我夢中で引いていた。
『悪魔召喚プログラム起動、サモンスタート』
 機械音声が聞こえ、GUMPの先から閃光が迸る。
 真は何が起きたかわからなかったが、子供たちはどうやら舌打ちしていた様だった。
 光が消えると、代わりに手の平サイズの女の子がそこにいた。
「やぁっと外に出られた。何やってんのよ、アンタ。ホント愚図なんだ……か……ら?」
 小さな女の子は真を見て、いきなり厳しい言葉を浴びせてくるが、二人の目が合った時、二人とも疑問符を頭の上に浮かべた。
「ええと……君は?」
「アンタ、誰よ?」
 共に疑問を投げかける。
 だが、二人とも答える事が出来なかった。
 突然の状況に、頭が混乱しているのだ。
「ま、真ちゃん!」
 その間に雪歩が真の傍に戻ってきていた。
「ゆ、雪歩、ボクは放って先に逃げて!」
「で、できないよ、そんな事!」
 倒れている真に手を貸し、雪歩は真を起こした。
 小さな女の子は、その背に生えている羽を振るわせて浮き上がり、グルリと見回して状況を確認する。
「何これ、きったない所ね。……アイツの姿が見当たらない……? ったく、この私を置いてどこか行くなんて、良い度胸だわ!」
 どうやらご立腹の様子。
 真は混乱しながらも、どうやら敵対意思を持っている子供たちも、状況把握に手一杯な様子を見て、雪歩に合図する。
「行くよ、今の内だ」
「は、はい」
 二人で非常階段に向かって駆け出す。
「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」
「おぉ、ターゲットが逃げたぞー、追えー!」
「らじゃー」
 真と雪歩の後に、小さな女の子、それに子供二人とインプも付いて来た。

*****

 町に入ってしまえばこっちのものだ。
 人に紛れて身を隠す事には慣れている。
「あれー、どこいったー」
「アミ、インプがちょー目立ってるんだけど」
「仕方ない、ここは一度出直そうか」
「そーだねー。帰ろー」
 緩い会話を交わして、子供たちは何処かへ消えて行った。

「ふー、なんとか巻いたな」
「大丈夫、真ちゃん?」
 物陰に隠れている間、ずっと真に寄り添っていた雪歩が、心配そうな声をかける。
「大丈夫だよ。見た目は派手だったけど、それほど痛くはない」
 と言うのはもちろん、強がりだった。
 本当は身体中をバットで思いきり殴られた様に痛い。
 どんな手品を使ったか知らないが、これほどの痛みは久々だった。
 だが、それを雪歩の前で見せるわけにはいかないだろう。
「これからどうするの? 一度病院に行った方が……」
「いや、ホントに大丈夫だって。……それより、このGUMPってヤツに興味が沸いてきた。あの子供にも借りを返さなきゃならないしね」
「そ、そんな……危ない事はやめようよ」
「探偵業に危ない事は付き物だよ。大丈夫、雪歩はボクが守るからさ」
 真に笑顔を向けられ、雪歩はそれ以上言葉が継げなかった。
 そう言う事を言ってる訳ではないのに……。
「あ、いたいた。ちょっとアンタ達!」
 突然声をかけられて、真は身構える。
 だが、周りを見回しても、それらしき人影は見当たらなかった。
「どこから……?」
「上よ、う・え!」
 言われて見上げると、先ほどの小さい女の子がそこにいた。
「アンタ達に訊きたい事があるのよ」
「それはボクの方にもあるよ」
 雪歩を庇う様にして立ちながら、真は警戒を怠らない。
 さっきのような目に遭うのは、出来れば避けたい。
「ああ、別にアンタらと闘り合うつもりはないわよ。それよりアンタ、そのGUMPをどうやって手に入れたわけ?」
「誰かの忘れ物を拾ったんだよ」
「ふーん……」
 あながち間違った事は言っていないつもりだ。
 このGUMPが依頼だとは正直思っていない。事務所の前におかれていた様だが、それがイコール依頼には繋がらないだろう。
 それに、報酬もない仕事はあまり受けたくはない。
「まぁ、ホントの事を言いたくないならそれでも良いけど」
「いや、八割はホントなんだけどね」
「そうなの? ……妙ね」
 小さい女の子は思考に沈む様に、顎に手を当てる。
 しばらくの間、真はその様子を黙ってみていたが、痺れを切らして口を開く。
「君は、一体なんなんだ? さっきのインプとか言うのもそうだけど……」
「ああ、ええと……端的な言葉で言うなら『アクマ』かしらね」
「あ、悪魔?」
 確かに、この女の子もインプも、普通は考えられないような姿と能力を持っている様だ。だが、それにしてもいきなり『悪魔』とは、突飛な考え方だ。
「アンタ達に色々訊きたい事はあるけど……とりあえず今は、GUMPの中に戻してくれる? マグネタイトの無駄使いなんて勘弁だわ」
「戻す? マグネタイト? 何を言ってるんだ?」
「ホントに何も知らないの? あっきれた。これじゃ宝の持ち腐れじゃない。いいから、早くしなさいよ!」
「え、あ……うん」
 女の子の剣幕に押され、真はGUMPを操作する。
 どうやらインターフェースはしっかりしている様で、初めて触る真にも、簡単に操作方法がわかった。
「これで良いのかな」
「意外と手際良いじゃない。見直したわよ、サマナーさん」
「サマナーって……?」
「アンタがGUMP持ってる内は、しっかり面倒見てやるわ。だから、マグネタイトだけはキッチリやりくりしなさいね!」
 そう言った次の瞬間、女の子は光の粒子になってGUMPに吸いこまれていった。
「……な、なんなんだ」
「味方、なのかな?」
「敵意はないように思えたけど……」
 ディスプレイを見ると、PIXIEの文字が表示されていた。
「ピクシー……。ヨーロッパの妖精だっけ?」
「わ、私は良くわからないけど……」
「とりあえず、色々情報が必要だ。すぐに出発しよう」
「どこに行くの?」
「情報屋さ。懇意にしてるところがあるだろ?」
 痛む身体で虚勢を張り、真は雪歩を連れて、また町の雑踏に紛れた。

*****

「うっうー」
「大丈夫よ、やよいちゃん」
 とある廃ビルの一室に、あずさとやよいがいた。
 あずさは交戦の後なのか、身体に幾つか傷跡が見えた。
「GUMPはプロデューサーさんの言う通り、菊池って人に届けられたはずだし、これで事態が好転すると良いのだけど……」
「うっうー……」
「信じるしか、ないわよね」
「なるほど、赤の他人にGUMPを渡したか」
「っ!? だれ!?」
 突然、男の声が聞こえ、あずさは自分に回復魔法をかけながら身構える。
 そこに姿を現したのは、高木だった。
「しゃ、社長……!」
「まさか、あれだけ私に啖呵を切った彼が、そんな事をするとは思わなかったよ。これも彼の狙いの内なのかね」
「聞いていたんですか」
「聞こえてしまってね。いや、有力な情報をありがとう」
 立ち去ろうとする高木に、あずさは手を掲げる。
「待ちなさい! 貴方を行かせはしません!」
「私を止められるかね?」
 高木が手を掲げると、彼の周りに何体もの悪魔が出現する。良く見ると、彼の前腕にはハンドヘルドコンピューターがつけられている。
「そんなっ、悪魔召喚が行えるの!? じゃあ、ターミナルは……」
「残念ながら、今の所まだターミナルを本稼動できてはいないよ。彼のかけたロックが意外と頑丈でね。だが、弱い悪魔なら未だ召喚する事は可能だ。近い内にロックを完全解除し、ターミナルとアマラ輪転鼓だけで強力な悪魔を呼び出す実験もして見るつもりだ」
「させません! 今ここで、貴方を討ち取る!」
「……無理はしない方が良い」
 高木は悪魔の隙間から、封筒を放った。
 封はされていない様で、中に入っていた紙がバラバラと床に散らばる。
「研究所に強行突破を仕掛けた研究員の報告書と、その証拠写真だ」
「……なにを……?」
「どうやら彼らは魔法を使いすぎて、完全にその身を悪魔にしてしまったり、アバタール・チューナーに身を堕としてしまったらしい。君もそうなりたいなら、止めはしないがね」
「嘘……そんな……」
「君の発案した魔法使いの研究も、結局は中途半端だったと言う事だ。残念だったな」
 今まで、あずさがバンナムを出てから、何度かアミとマミや、他の悪魔の襲撃を受け、自分ややよいを守る為に魔法を使ってきた。
 どの程度魔法を使うと悪魔になるのかわからない現状、無駄撃ちは出来なくなる。
 そして今、この場で悪魔になってしまうのはいけない。
 あずさがその手でやよいを殺してしまうかもしれないのだ。
「……っ!」
「ふふふ、撃てまい? まぁ、私も君と事を構えるつもりはない。今日は君にプレゼントがあるのだよ」
 そう言って高木は物陰から車椅子を押してきた。
 その椅子に座っていたのは……
「ぷ、プロデューサーさん!」
「これはただの抜け殻だがね。魂は今、魔界をツアー中だろう」
「なんて……酷い……っ」
「裏切りの代償にしては軽いと思うがね。何せ彼の魂はまだ生きているんだから」
 高木は笑いながらあずさを見る。
 だが彼女の方に高木を見返す余裕はなかった。
「身の振り方をよく考えると良い。君が協力してくれると言うなら、私達は喜んで受け入れる。愛する者を失う気持ち、そしてそれを取り戻したい気持ちは良くわかるつもりだよ」
「……それでも……っ」
「まぁ、答えを焦る必要はない。私はこれで失礼する。良い返事を期待しているよ」
 笑い声を残しながら、高木はその場を去っていった。

「うっうー」
 やよいが車椅子を押して、あずさの傍に近寄る。
 放心していたあずさは、心配そうなやよいの顔を見て、なんとか笑顔を見せた。
「大丈夫、大丈夫よ。何も心配ないわ……」
 やよいが擦り寄ってくるのを抱きしめながら、あずさはプロデューサーの顔を見る。
「プロデューサーさん……私は、どうしたら……」
 その時、プロデューサーの上着のポケットから、何か落ちてきた。
 茶封筒に手紙と、何か金属のような物が入っていた。
「これは……プロデューサーさんからの手紙!?」
 中身を読むと、手紙に同封されていたモノ『マガタマ』を菊地に渡せ、と書いてあり、最後に『諦めるな』と一言書き添えられてあった。
 あずさはその手紙を抱きしめ、静かに泣いた。
「うっうー、うっうー」
「うん、ありがとう、やよいちゃん。でも本当に大丈夫よ。私も決心がついたわ」
 あずさは瞳に決意を込め、強く頷いた。

 心なしか、やよいのポーチが笑った気がした。

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真・菊地探偵事務所 二章 1

二章 真・菊地探偵事務所

1 プロローグ

「真ちゃーん」
 小さな事務所に、女性の声が響いた。
 入り口を開け、ダンボールを両手に抱えた女性が入ってくる。
「真ちゃん、お届け物だよ」
「ああ、ありがとう、雪歩」
 雪歩と呼ばれた女性は、事務所の所長である菊地真にダンボールを渡した。
「差し出し人は……プティーブン? 誰だろう、聞いた事ないな。雪歩は?」
「私も思い当たる人は……」
 二人で首を傾げ、荷物の扱いに困る。
 探偵と言う仕事柄、他人の悪意を買う事はザラだ。
 こうやってお届け物を装った嫌がらせも多くある。
 その場合、開けずに放置、若しくは廃棄してしまった方が良いのだが……。
「とりあえず、開けてみたら良いんじゃないかな」
「ちょ、ちょっと雪歩!」
 笑顔で、雪歩が封を開けた。
 ガムテープを力任せに引っ張り、観音開きの蓋を開ける。
 するとその中に入っていたのは、オモチャのような銃だった。
「……なんでしょう、これ」
「いやボクにもちょっと……」
 真が手に取ると、それはズッシリと重く、少し緊張してしまうほどだった。
 この国では普通、実銃を所持してはいけない。
 多少装飾されてあるが、これも銃弾を打ち出せる代物であれば、警察沙汰だ。
「銃なんですか?」
「いや……」
 真はそれを注意深く眺める。
「銃口がない……ただの銃じゃなさそうだぞ……ん? これって」
 銃に書かれた文字を発見する。
「G、U、N、P……ガンプ、かな?」
「名前ですかね?」
「多分ね」
「センスないですぅ……」
「ちょっ……」
 辛辣な雪歩の言葉に、真は突っ込まざるを得なかった。

 今はまだ知る事はない。
 これが真と雪歩を巻き込む、全ての発端だと言う事に。

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真・菊地探偵事務所 一章 4

4 心の矢印

「なぁ、姉さん。まだ帰んねーの?」
「当たり前でしょ。まだまだ付き合ってもらうわよ、荷物持ち」
 繁華街を歩き、如月千早は笑顔でいた。
 傍らに歳の近い弟を侍らせ、今日は楽しくショッピングだ。
「姉さんのお気に入りの服を汚したのは悪かったけどさ、朝からぶっ通しで連れ回されるほど、俺って悪い事したか?」
「したに決まってるでしょ。あれって凄く高かったのよ?」
「クリーニング代は払っただろ……」
「気持ちの問題よ。……あ、あとでカラオケにも寄りましょうか」
「……はいはい、わかりましたよ」
 大仰に首を振りながら、弟はそれでもカラオケだけは楽しみだった。
 千早の歌は飛びぬけて上手い。プロとも寸分違わないのでは、と思うくらいだ。
 これが身内の贔屓目ならばただの姉自慢だが、どうやら周りは弟以上に千早の歌を評価しており、プロの歌手へのスカウトが来たぐらいだった。
 弟は、そんな姉が大好きだった。
 シスコン、と言えばそうなのかもしれない。だが、それを恥とは思わなかった。
「じゃあ、早い所買い物を済ませてカラオケに行こうぜ。足が疲れて仕方ないんだ」
「ひ弱ね。サッカー部のクセに、もっと鍛えないとダメよ」
「うるせー」

 千早は弟が自慢だった。
 そこそこ顔も悪くないし、背も高い。
 中学生ながら運動神経がずば抜けていて、所属しているサッカー部でもエースナンバーを背負っている。
 MFとしてメンバーに指令を出し、攻撃に守備に、八面六臂の活躍をする、そんな弟が自慢だった。
 横に連れて歩けば、仲の良いカップルに見られる事もあり、それがくすぐったいが、嬉しい事でもあった。
 ブラコン、と言えばそうなのかもしれない。だが、それを恥とは思わなかった。
「ねぇ、荷物が重かったら私がちょっと持とうか?」
「……女に荷物持たせられるかよ。男としての尊厳に関わる」
「大した尊厳もないくせに……」
 茶化して笑いつつも、そんな気遣いが嬉しかった。

*****

 なんて事はない、普通の姉弟の、普通の休日風景だった。
 だがしかし、突然それが破られる。
「キャー!!」
「ば、化け物!!」
 通りの向こうから、そんな声が聞こえた。
「なんだぁ?」
「化け物……? 映画の撮影とかかしら?」
「行ってみようか?」
「え、良いわよ、そんなの見なくても……」
「いいから、行ってみようぜ!」
 好奇心旺盛な弟は、姉の手を引いて騒ぎの方へと駆け出した。

 映画の撮影なら野次馬がいるはずだ。そして、観衆はそちらへと足を向けてもおかしくない。だが、人の流れは千早達とは逆へ逆へと流れていく。
「ねぇ、帰りましょう? 進み辛いし……」
「いいや、ここまで来たら一目見ていこうぜ」
 繋がれた手に力をこめる。
 はぐれたりしたら嫌だった。
 ……それ以上に、今手を離したら、一生会えない気がしたのだ。
 千早は意地でもその手にかぶりつくぐらいの覚悟で、弟についていった。

 人波を抜けると、なんとも嫌な匂いがした。
「これは……っ」
「どうしたの?」
 前を歩いていた弟が急に立ち止まる。
 彼の肩越しから千早も前を覗く。そして絶句した。
「俺様の剣は、今日も血に飢えてるぜー!!」
 骸骨が哄笑していた。
 タネも仕掛けもわからないが、確かに手品のような風景だった。
 何処からか吊るされている様でもない、骸骨が二本足で立ち、その手に持っている剣を振り回しているのだ。
「なんだ、こりゃ……」
「どうなってるの……?」
 状況を把握できず、二人は疑問符を浮かべる。
 そして千早が地面に視線を落とした時、先ほどの嫌な匂いの正体を知る。
「あ、あれ!」
「ん? うぉ……!」
 人が血を流して倒れていた。
 傷口は切り傷の様で、肩から腹にかけてバッサリやられている。恐らく、死んでいるだろう。人形……なのだろうか?
「なんなの……映画の撮影じゃないの?」
「どう言う事だよ、これ……とにかく、ここは逃げ――」
「おんやぁ?」
 背筋が凍る。
 千早と骸骨の目が合った。
「おめぇ、美味そうだな? ちょっとつまみ食いさせろや」
「な、何を言って……」
「いっただっきまーす」
 骸骨は地面を蹴り、一跳びで二人の許までやってくる。
 そして大口を開けて千早に襲いかかるが、
「このやろぅ!!」
「うぉ」
 弟が骸骨に体当たりをし、それを阻止した。
 見た目どおり、あまり重くもなかったその骸骨は、ガラリと音を立てて倒れる。
「エキストラに絡む様じゃ、役者失格だぞ!」
「役者だぁ? そうさなぁ、俺様は銀幕スターもびっくりの美形だからなぁ」
 骸骨はユルユルと起き上がり、弟を見る。
「だが、残念ながら俺様は映画に出た事ぁねーよ。代わりにテメェを舞台に上げる事は出来るぜぇ」
「……何言ってるんだ?」
「ねぇ、逃げよう! ここにいたら危ないわ!」
「お、おぅ」
 千早が弟の服を引っ張る。
 千早は嫌な予感しかしなかった。
 あの転がっている死体も本物で、次は自分達があの横に並ぶのではないかと。
「逃がさねぇよ! 言ったろ、舞台に上げてやるってなぁ!」
 二人が逃げるよりも早く、骸骨の剣が閃く。
 そして、弟の腹部を貫いた。
「血祭りって舞台によぉ!!」
「ぐっ……」
 弟が血を吐いた。
「ウヒィハハハハ!! 生きの良いマグネタイトだな! こりゃ、恋の味かぁ? ウハハハ甘酸っぺぇなぁ!!」
 弟から滴る血を、骸骨は身体中に浴びながら、またも笑い始める。
 千早はその光景を見ながら、動けずにいた。
 声も出せず、ただただ目に映る物を否定し続けていた。
 ビクンビクンと震える弟の身体。出血は大量で、恐らくもう、助からないだろう。
「あ、ああ……」
「おぅ、次はお前だよ、女ぁ」
 骸骨が千早を見る。
「テメェはどんな味がするんだぁ? 食わせろよ、食わせてくれよ」
「い、いや……」
「嫌がる事ぁないだろ? すぐにコイツと同じトコに行かせてやるんだからよ」
 骸骨は剣を振り回し、千早の目の前に弟の亡骸を転がす。
 それを見た瞬間、千早は身体中が熱くなった。
 怒りと悲しみが同時に噴き出し、心の中を黒い濁流が埋める。
「さて、改めて、いただきまぁす!!」
 骸骨が襲いかかってくる直前、心の中に声が響く。

『我は汝、汝は我、我は汝の心の海よりいでし者。力を貸そうぞ』

 気が付くと、千早は見た事もない部屋に辿り着いていた。
 大きなグランドピアノが置かれ、弾き手と、それに合わせて歌うボーカルがいた。
 壁は青いカーテンで覆われ、ブラックライトが部屋中を照らしている。
「ようこそ、お客人」
 声が聞こえ、そちらを見る。
 鼻の高い、初老の紳士が椅子に座っていた。
「ベルベットルームへようこそ」

*****

 光が弾け、辺り一体は焦土と化す。
 建物も、人間も、骸骨も、何もかも巻き込んで、大爆発が起きた。
 その中心に、たった一人の少女を残して。
「これが、私の得た力……」
 立っていたのは千早。その手には一枚のカード。
 ペルソナカードと呼ばれるそれを手にした千早の胸に浮かぶのは、ただ復讐の念のみ。
「あの骸骨が、いない」
 爆発で蒸発してしまった事に気付かない千早は、弟を殺した骸骨を探して、フラフラと去っていった。

 その後、彼女は骸骨を探すのを止め、骸骨を呼び出した人物に行き当たり、彼を探し始める。
 それは既に復讐とは別の道を行き始めている事に、気づかないまま。

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真・菊地探偵事務所 一章 3

3 薄幸少女

 高槻やよいは、いつでも元気な女の子だった。
 特殊な家庭事情故に、決して裕福ではなく、むしろ貧乏の域に達する生活水準だとしても、その明るさは奪われず、毎日を楽しく生きていた。
「やよいちゃん、今日はサービスしといたから、持っていきな」
「うっうー! ありがとうございます」
 いつもの様に、中学校の帰りに商店街により、買い物を済ませて家路を急ぐ。
 台所事情はいつでも火の車、というのをよく知っている商店街連中も、彼女の明るさに心を癒され、そのお返しのつもりで、彼女に優しく接する。
 気持ちの良い関係であった。
 これからもずっと、こんな生活も悪くないかな、と思っていた。
 貧乏ながら、幸せだった。

*****

 嫌な、匂いがした。
 貧乏暮らしの所為か、やよいの鼻は良く利く。
 その嗅覚が捉えたのは、今まで嗅いだ事のない匂い。
 気持ちが悪い。臭い。ここにいたくない。
 だが、匂いの元は、彼女の家の方角なのだ。
 進まなければ、家に辿り着けない。
 空いた手で鼻を抑えながらも、やよいは一歩一歩と進んでいった。
 しかし、進むたびに嫌な匂いと予感は増すばかり。
 ……まさか、この匂いは自分の家から?
 家族の多いやよいの家は、幼い子供もいる。
 その子達が何かイタズラで変な事をしでかしたのではないか。
 ……その程度の予感ならば良かった。
 やよいはその程度で収まって欲しかったのだ。
 だが本能は告げている。
 これはイタズラなんかで出せる匂いではない。
 身体の一番奥底が嫌がる匂い。本能が絶対に避けたがる匂い。
 それを具体的に『何』とは言えないものの、これはヤバイ、と、どこかで理解していた。
 しかしそれでも家に帰らなければ。家族が待っているのだ。
 今日の食事当番はやよいだ。夕飯の支度をしなくてはならない。
 きっと家族はみな、おなかを空かせて待っているだろう。
 早く、帰らないといけない。
 なのに……
「うっ……」
 やよいの足が止まった。
 これ以上進めない。進みたくない。
 玄関を前にして、嫌な匂いは強烈さを更に増し、ドアを開けるのを身体が拒んでいる。
「うっうー……」
 勢いを付けようと、いつもの口癖を声に出してみても、踏ん切りがつかない。
 このドアを開けてしまうと、何かが変わってしまう様な気がした。
「た、ただいまー」
 外から呼びかけてみる。
 だが、返事はない。
「……た、ただいま」
 ドアノブを握る手に、力をこめる。
 そして、やよいはドアを開けた。

 その途端、強烈な匂いがやよいを出迎えた。
 否定する事の出来ない、強烈な死の匂い。
 そして目に入ってきた光景は、玄関に横たわり、腸を晒し、至るところから血を噴き出している弟の姿。
 更にその奥には妹が、同じような姿で廊下に転がっていた。
「うっ……」
 凄絶な光景と、先ほどから我慢していた嫌な匂いに負けて、やよいはその場に嘔吐した。
「ゲホっ、ゲホっ……や、やぁ……」
 現実を受け入れきれない。
 帰り道を間違えたのではないか? 家を間違えたのではないか? これは夢なのではないか? 色んな事が頭を巡るが、またも襲い掛かってきた吐き気に全て押し流される。
 そして、彼女の耳に一つ、音が聞こえる。
 パキッ、ムシャ、ムシャ、ドチャ……。
 およそ、普通の生活では聞けないような、でも出来れば聞きたくない音。
 家の奥からそれが、聞こえてくる。
 やよいはそれに誘われる様に、家の奥にある台所に向かった。

 見なければ良かった。
「あ……ああ……あああああああああ!!」
 両親が、食われていた。
 腹がぽってり膨れた、それでも四肢や頭はガリッガリの、なんとも言えない化け物に、両親が今まさに、食われている最中だった。
 化け物は一心不乱に肉を貪り、骨をしゃぶり、髪を引き千切り、目玉を転がしていた。
 その化け物が、見る限り三体。やよいの目の前で食事をしていた。
「いや、やだ……やめてよ……」
 さっき聞こえた音は全て、この音だったのだ。
 骨を折る音、肉を咀嚼する音、大量の血が床に落ちる音。
 やよいはその場にへたり込み、顎を振るわせ、蒼い顔をその光景から背けた。
 耳を抑え、うずくまり、恐怖に心を押し流されていた。
「う、うう……うっうー、うっうー……」
 元気付ける時、楽しい時、いつも口にしていた口癖。
 それを呟いてみるも、何の励みにもならない。
 家族を全て食い殺された、現実離れしたこの状況で、自分をどう励ませと言うのか?
 いっそこのまま、自分も食われれば、楽になれるだろうか……?
「うっうー……」
 涙をポロポロ零しながら、もう一度台所を見ると、化け物とバッチリ目があった。
「ウルィィ?」
「ニン……ゲン……ウルィ」
 化け物はやよいを見るなり、食べ散らかした両親を捨て、やよいに飛びかかってきた。
「う……うううう!!」
 身を強張らせ、痛みに耐えようとするやよい。
 だが――
「ジオンガ!!」
「ウルィイイ!!」
 閃光が走り、先頭の化け物を撃ち、黒焦げにした。
 轟音が壁と言う壁に反響し、耳がおかしくなりそうだった。
 だが、その閃光で周りの化け物達は怯え、その場から蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。
「う……うっうー」
 やよいが目を開けると、凄惨な光景、一家の惨殺現場が残されているだけだった。
 シンと鎮まりかえった家の中。耳はさっきの轟音で耳鳴りがしているが、それがなくても静かだっただろう。
 現実はただ、整然とそこにある。
「う……うう……ううう……っ」
 やよいは声を殺して泣いた。

*****

 家の外から、その様子を見ていたのはあずさだった。
「間一髪、って事でもないみたいね……」
 玄関と廊下に一つずつ、どうやら奥にも死体があるらしい事を確認すると、歯噛みした。
 もう少し早ければ助けられたかもしれない。
 偶然通りかかっただけだが、道に迷わなければ、みんな助けられたかもしれない……。
 自分の無力さを噛み締めていた。
 だが……一人は助けられた。
 あずさはやよいに近付き、その背中を抱いた。
「大丈夫よ、もう化け物はいないわ」
「う……うっうー」
「中学生、かしら。あなた、名前は?」
「う……うぅ……うっうー」
「どうしたの? ……何か喋れる?」
「うっうー」
 やよいは、言葉をなくしていた。

*****

「もうここには居られないでしょう。私と一緒に来ない? あなた一人ぐらいなら、守れるつもりよ」
 そう言われて、やよいはあずさと共に生きる事を選んだ。
 だが、何の為に?
 もはや家族はいない。やよいは何の為に生きて良いのか、わからなかった。
 敵討ちなんてする気も起きなかったし、どうせなら死んでも良かったのだが、生き物の本能として、生を選んでしまった。
 血で汚れた制服を着替える為に、自分の部屋に向かった。
 そして着慣れたトレーナーを着て、パッチを当てたスカートを穿く。
 母からのお下がりである化粧台の鏡に映る自分の顔は、蒼白と言う言葉がピッタリ合った。
『辛かったな?』
 声が聞こえ、肩を跳ねさせながらも振りかえる。
 そこには肩掛けのポーチが置かれてあった。
 やよいの持っていた物で、お気に入りのポーチだった。
「う、うっうー」
 誰もいないところから声が聞こえた事に疑問を持ち、やよいは首を傾げる。
『案ずるな。私はお前に危害を加えようと言うのではない』
 声はただ優しく、やよいに言い聞かせる様に降ってきた。
『少しの間、行動を共にさせてくれ、高槻やよい。なに、悪い様にはしないさ。この私、ルイ・サイファーの名に賭けてな』
「う……うっうー」
 吸い込まれる様に手を伸ばし、やよいはそのポーチを首から下げた。

*****

「準備は出来たかしら?」
「うっうー!」
 家から出てきたやよいはあずさに近寄り、その手を握った。
 こちらの意思を尋ねるようなやよいの力加減に、あずさは愛おしさすら覚え、やよいの手を強く握り返した。
「大丈夫よ。あなたは私が守ってあげるわ」
「うっうー」
 あずさの言葉にやよいは強く頷き、二人は並んで歩いていった。

テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 一章 2

2 決別

 小鳥がいなくなって数ヶ月の時が過ぎた。
 彼女の身体は出来得る限り、最高の設備のもとで保持に努められている。
 あの男のセリフでは、そんな事をしても数年で崩れ落ちる様だが、何もせずにいられないのだ。
 あの男はアレから姿を見せない。話が終わった後にすぐに煙の様に消えてしまっていたのだ。行方をつかもうにも、どこを探していいか判らないような状態である。
 高木と男性は、この数ヶ月の間、小鳥の研究を引き継ぎ、悪魔と魔界の研究をしていた。
「少し良いかね」
 研究室に高木が顔を出す。
 乱雑に物が散らかるこの部屋に、やはり研究員は一人だった。
 プロデューサー、と名乗ることにした男性は高木に振りかえる。
「なんですか?」
「君に嬉しい報せだ。……入ってきなさい」
 高木の招きに応じて姿を見せたのは、若い女性だった。
 ペコリとお辞儀をし、プロデューサーに向かって笑顔を見せる。
 その美しさに、プロデューサーは多少見惚れた。
「三浦あずさと申します。今日付けでこの研究所の研究員として働く事になりました。よろしくお願いします」
 そして彼女、あずさの言葉に目を丸くした。
「え? えっと……あの」
 言葉を選んでいるプロデューサーに、高木はそっと耳打ちした。
「彼女には全て話してある。その上で、彼女はこの研究に興味を持ち、手伝ってくれる事になったのだ」
「良いんですか? って言うか、大丈夫なんですか?」
 色々と、とは言わなかった。
 どう考えたって、傍から見れば酔狂な研究だ。故に高木の呼びかけに誰も応えず、今までプロデューサー一人で研究を続けていたのだから。
「歳は若いが、情熱も技術や知識も申し分ない。必ず研究の助けになってくれるはずだ」
「……社長がそこまで言うなら……えっと、三浦さんでしたっけ? 俺は……」
 そこまで言って、プロデューサーは名乗るべき名前がない事に気付いた。名前はあの時にあの男に取られたままになっているのだ。
「大丈夫ですよ。一応事情は一通り伺ってます」
 そう言ってあずさは笑顔を見せた。
「それと、私の事は『あずさ』と呼んでください。二人だけですし、堅苦しいのも嫌ですから」
「そ、それはどう言う……?」
「……? 『どう言う』とは、どう言う……?」
 質問で返され、プロデューサーは返答に困る。
 あまり深い意味ではない事はわかったが、あずさの扱いに多少困っていた。
「あぁ、言い忘れていたが、彼女は多少、天然だ」
 去り際にもう一言、高木はプロデューサーに耳打ちした。

*****

 社長が太鼓判を押したのも頷けた。
 あずさが参入してから数週で、研究は大幅に進展する。
 目に見える大きな進展で言えば、悪魔召喚プログラムのテストバージョンの完成だった。大きなパソコンに大量の機器を繋ぎ、魔法陣とリンクさせてなんとか動く、かなりかさばる代物だった。プロデューサーはこのプログラムを内蔵したパソコンやその他機械を総称して『ターミナル』と呼んだ。
 召喚実験もとりあえず成功する程度の結果は得られた。
 だが、マグネタイトの量が足りず、悪魔はスライムとして現界に顕現した。この結果も一つの進展だった。
 スライムには言葉が通じず、なんの情報も得られないが、マグネタイトは一端に持っている。緑色にテカる、液体と固体の間のような生物を燃やすと、灰色の宝石が手に入った。不活性マグネタイトと言うヤツだろう。
 そのマグネタイトもしばらくすると空気に溶けるようになくなってしまうらしく、マグネタイトをためておける装置を開発する事になった。
 マグネタイト・バッテリーと名付けられたそれを作り、再びスライムを呼び出してマグネタイトを収集する。
 ある程度マグネタイトが溜まる頃には、二年ほど経っていた。

*****

 数人の研究員を連れて、プロデューサーは興奮を抑えていた。
 スライムを呼び出す事に成功してから、研究員の数は激増した。やはり目に見える物とは偉大だ。
 研究員の数に比例して、作業効率も格段にアップする。この人数がいなければ、この実験に至るまで、まだ随分時間がかかっていただろう。
「所長、始めます」
「ああ、頼む」
 所長と呼ばれるようになったプロデューサー。
 今回、ここに立っているのは、この研究の最初の一歩を踏み出す為だ。
 悪魔の召喚。それが小鳥の始めた研究の一つ終着点であり、始めの第一歩である。
 研究員の中には、特殊な武装をしている者もいる。
 悪魔が突然暴れ出しても対応できる様に、ある筋から銀の銃弾と拳銃をもらっているのだ。そしてその銃を持っているのは発砲訓練を行った特殊な研究員たちだ。
 ここに居るのはそういった戦闘訓練を受けた者と、ある程度体力に自信がある者。危険を考慮してあずさをはじめとする女性研究員は別の研究や開発にまわしてある。準備は万全だ。
「悪魔召喚プログラム、起動。マグネタイト・バッテリーとリンクします」
 パソコンを操る研究員の言葉と共に、壁に描かれている魔法陣が輝き始める。
 軽く稲光が走るが、これは人体に影響はない。
 まばゆい閃光が辺りを埋め、それが収まった時……魔法陣の前に、手に乗るほどの小さな少女が座っていた。
「あれ? ここどこ?」
 その背中からは虫の羽のような物が生え、それをプルプルと振るわせて宙を舞った。
「ちょっとアンタ」
 その少女はプロデューサーを指差し、不遜な態度で尋ねる。
「このアタシを呼び出したのはアンタね?」
「え? あ、ああ。そうだ」
「じゃあアンタがサマナーか……しけた面してるわね、ふんっ」
 思いきり嫌そうな顔をしてプロデューサーを見る少女。
 その辛辣な態度に、プロデューサーは顔をしかめた。
 あの男を除けば、初めての悪魔とのコミュニケーション。それがこんな苦い始まり方だとは……。
「一応自己紹介しておくわ。私はピクシー。アンタは?」
「俺は……あー、プロデューサーだ」
 やはり名乗る名前を持ち合わせないプロデューサーは苦笑して答えた。
 だがピクシーはその態度に感心した様に頷いた。
「なるほど、警戒して本名は教えないか……。まぁ、そうよね」
 言霊思想に『名前はそのモノの本質を現す』という考え方がある。そして本名を握られると支配下に置かれたも同然だ、と言うのがその思想である。
 ピクシーはプロデューサーの態度を、そう言う事を警戒しての行動だと思ったらしい。
「で、そのプロデューサー様がアタシになんの用なわけ?」
 見下した態度をやめないピクシーは、長い髪をパサリと払って尋ねた。
 ……と、この辺りで他の研究員から歓喜の声が沸く。
「うおおお! やったぞ!」
「成功だ! あれ、悪魔だろ!?」
「よっしゃあああ!」
「な、なんなの!?」
 その大声に驚いたピクシーは眉をひそめた。
 だが研究員はお構いなしに喜びを体現する。
 初めてのまともな悪魔召喚の成功。それは狂喜乱舞するのに、十分な理由だった。
「あー、アンタたちアレね? 妙な宗教団体ね?」
「違う、と言わせてくれ」
 この光景を見れば、多少否定し難い様に思えて、プロデューサーは言葉を濁しながら否定した。

*****

「なるほどねー、つまり、アンタたちはその悪魔召喚プログラムって言うので悪魔を召喚使役して、地位と名声を手に入れようとしてるわけだ」
 研究員たちが落ち着いた所で、プロデューサーはピクシーにこれまでの経緯を話していた。
「地位と名声……とはまた違う気がするが、まぁ大体そんな所だな」
「あたしを呼び出したのは、その第一歩ってわけ?」
「ああ、そうだ。だから色々と協力してくれると嬉しいんだが……」
 プロデューサーの様子に、ピクシーは呆れた様にため息をついた。
 古来より、サマナーと悪魔の関係は対等だった。
 サマナーは悪魔に『命令』し、その力を借りて望みをかなえる。悪魔はサマナーから『対価』を得て、サマナーに力を与える。
 ギブアンドテイクの関係に、上も下もないのだ。
 それなのに、このプロデューサーは、なんとなく悪魔に対してへりくだっている様に見える。これでは『対等』ではない。
 他の悪魔ならばそこに付け入って上手く騙し、サマナーを良いように操ってしまうだろう。
「アンタ、もっとしっかりしなさいよ。一応サマナーなんでしょ?」
「え? あ、そうだが……」
「言う事聞いてあげないでもないから、サマナーらしくビシっとしてなさい。そうでないといつか痛い目みるわよ」
「あ、ああ。わかった」
 ピクシーの言う事にも、疑問すら持たずにうなずいてしまった。
 前途多難だな、と言葉には出さず、ピクシーはうな垂れた。

*****

 それから、研究はまた飛躍的な進展を見せる。
 ピクシーの身体をくまなく調べ、身体がどうなっているのかを徹底的に調べる。
 だが、そもそも人間とは作りの違う『悪魔』だ。調べた所で『何もわからない』と言う結論が待っているのは明白だった。
 だが、そんな期待を裏切り、多少ながらわかった事もある。
 まず、悪魔にも血が流れている事。その血の中にマグネタイトが含まれている事。
 血液は人間のそれとは成分が全く異なっており、血液と呼んで良いかどうかもわからないが、ピクシーの内部に流れる赤い液体がある事がわかり、それを便箋上血液と呼ぶことにしたのだ。そしてその血液を赤くしているのがマグネタイトである。
 本来、マグネタイトは灰色の宝石などではなく、気体や液体、固体の枠に捕らわれない赤い物体なのだ。いや、物体と言うのも多少語弊があるが、それもこの際不問とする。
 その赤いマグネタイトを多く有する悪魔の血液は、その色を人の血液のような赤にしたのだろう。
 そして、この事が研究をもう一歩進めるきっかけとなる。

*****

「葛葉一族からもらった資料に、こんな文があった」
 会議室で、プロデューサーとあずさ、その他に数人の研究員が顔を合わせていた。
「マグネタイトを多く有する人間は、稀に超能力者になる、と」
「超能力者……ですか」
 神妙な顔をして、研究員の一人が鸚鵡返しした。
 今更超能力者の存在を疑う人間は、この場にはいない。
 スプーン曲げなんかよりもっとすごい物を目の当たりにしているのだ。当然の反応である。
 ピクシーを召喚した後、プロデューサーたちは色々な悪魔を召喚する事に成功した。
 中には大変危険な悪魔もおり、死傷者が出る事もあった。
「悪魔の血を人間に移し、人工的に超能力者を作り出す、と言う提案を受けた」
 そんな過去があって、今回の提案が成されたのだ。
 提案者はあずさ。
 彼女はプロデューサーの代わりにその場に立って説明をする。
「これまでの研究で、痛ましい出来事がたくさんありました。でも私たちは研究をやめるわけにはいきません。ならば、悪魔に対抗し得る力を得ることが必要なのです。そのための一手段として、この人工超能力者を作り出す研究を提案します」
「……ですが、それは人体実験と言う事ですよね?」
「流石にそれはマズイのでは……?」
 周りの研究員から批判の声が飛ぶ。
 確かに人体実験は倫理的に危ない。だが、それをやらずして人体への影響が確認できないのもしかり。それに今回の場合、人体実験をする必要性は限りなく薄い。
 悪魔へ対抗するなら武装による強化でも十分じゃないか、と言う思惑は誰の胸中にもあった。
「悪魔の中には物理的な攻撃を受けつけない者もいます。その場合、私たちはあまりに無力です。ですから、そう言う事態に備えて、私たちも悪魔の力を身につける必要があります」
「悪魔の力……?」
「魔法です」
 あずさの言葉に、聞いていた研究員は動揺を隠せなかった。
 恐怖や不安ではなく、期待と好奇心に満ちた動揺だったが。
 ただ一人、この場で物憂げに沈んでいるのはプロデューサーだった。

*****

 結果から言えば、その研究は実行に移され、ある程度の成果を残す。
 人工的な超能力者……俗っぽい言葉で言えば『魔法使い』は作り出され、研究所は悪魔に対しての抵抗力を増した。
 しかし、失敗例もある。
 悪魔の力と融合しすぎ、自分の身体を悪魔に変え、その食欲を抑えられなくなってしまった者が出たのだ。
 食欲とは即ち『マグネタイトを得るための衝動』。他の悪魔や人間を食らう事で、マグネタイトを摂取しようと言う、極悪魔に近い存在になってしまう者が出たのだ。
 人と悪魔の力を持ったそのイレギュラーはとても強大で、この失敗は多くの犠牲と損害を出した。魔法使いを作る計画の失敗の一面、アバタール・チューナーを作り出してしまった最初の一例であった。
 しかし、失敗は成功の母。この失敗にめげている様では、こんな研究など出来はしない。研究員は更に熱を上げて研究と開発に勤しみ、小鳥の始めた研究はついに最終段階までこぎつける事になった。

*****

 深夜、バンナム社内特別医療室。大層な名前ではあるが、簡単に言えば小鳥の為のスイートルームである。
 部屋の中央に小鳥の抜け殻があり、ベッドに横たえられている。
 体から伸びる何本ものチューブ。それらによって、小鳥の身体はなんとか生を保っているのだ。
 そんな部屋に、高木がやって来た。
「音無くん、もう少しだ。もう少しで君を目覚めさせる事が出来る。あとちょっとの辛抱だ。……待っていてくれ」
 父が子を想う様に、高木は小鳥を想っていた。
 今は亡き親友の遺児。だが、血は繋がらなくとも、本当の父娘の様に思っていた。
 娘を助けたい、と思うのに、何か特別な理由が必要だろうか?
 高木は極当然の様に小鳥を助けたかったのだ。それこそが、今自分が生きている意味、とまで思えるように。
 ……だが。
「ば、バカな」
 そっと触れた手が、ポロリと崩れた。
 まるで乾いた粘土のように。
「そ、そんな……っ! 待ってくれ! もう少しなんだ!」
 小鳥の身体が崩れていく。
 魂の無くなった人間で考えてみれば、随分持った方だ。
 だがしかし、小鳥の身体は今、崩壊を迎えていた。
「もうすぐ魔界へ行く準備が整うんだ! そうすればすぐに君の魂を見つける! だから、それまで……っ」
 高木の懇願虚しく、小鳥は見る見るその輪郭を無くし、土塊に還ってしまった。
 まるで元々、そこには粘土の人形しかなかったかのように、ベッドの上には乾いた土だけが残っている。
 高木はそれをすくい上げ、声を殺して泣いた。

「おや、崩れてしまったか」
 背後から声が聞こえ、高木は驚いて振りかえる。
「だ、誰だ! 鍵はかけてあったはず!」
「鍵、ね。そんな人の道理が私に通用するとでも思ったか、高木順一郎」
 声の主は金髪碧眼の男。いつか見た、最初の悪魔だった。
「お、お前は……」
「久しぶり、と言った方が良いのか。人の身体には長い時間が経っただろう?」
「な、何をしに来た」
 高木は身構えてみるも、どうしてもこの男に『危機感』と言う物を持てない。
 今まで悪魔の姿は幾度か見てきたが、この男も悪魔だとは、何故だか思えなかったのだ。
「お前に朗報を持ってきてやったんだよ」
 男は本を片手に、高木に近付く。
「その女性、音無小鳥の魂はまだ滅んではいない」
「な……なに」
「その女の魂の所有権は私にある。彼女の魂を支配している私が言うのだ。疑う余地はあるまい?」
「……信じられん。お前は悪魔なのだろう」
「ああ、確かに。だが悪魔は嘘をつかない。ただ、交渉を有利に持っていくために話術は巧みだがね」
 くつくつと笑いながら、高木の肩に手を置いた。
 長身な高木だが、男はそれを更に超える高さから高木の顔を覗き込む。
「取引をしよう、高木順一郎」
「……なんだと」
「その女を助けたいのだろう? 私がそれに助力してやる」
「何が望みだ……っ」
「お前はただ、私の言う方法で彼女を助けるだけでいい。そうすれば契約は成立だ」
 美味しい提案ではあるが、それではどうにも、高木に利がありすぎる気がする。
 悪魔がそんな不利な交渉を持ちかけるだろうか?
 奥が見えないこの男、信用して良いものか?
「疑っている様だが……そうだ。先に私がその女を救う方法を提示しよう。それでどうだ?」
「……それで、お前に何の利がある? 悪魔はずる賢いのだろう」
「彼女を救う『方法』と言うのに、私にとって大きな利があるのだよ。恐らく、お前には理解しがたいだろうがね。……ついでに彼女の魂も解放してやる。それで音無小鳥は自由だ。篭の外へ飛び立つ鳥、まさしくね」
 信用して良いのだろうか? 測りかねる。
 大企業の社長として審美眼は持っていると自負していた高木だが、この男はどうしても見透かせない。何か……とてつもない裏がありそうな気はするのだが……。
「方法とは幾つか手順を踏む必要がある。大きな目的はこの世界を一度殺す事だ」
「世界を……殺す!?」
 空恐ろしい語感に、高木は一歩引いてしまった。
 だが、男の手は高木の肩から離れない。
「まぁ、聞くが良い。まずはこの世に悪魔を大量に呼び、半ば異界とする。そうだな、下位の悪魔でも、この町の人口の半数くらいは欲しい」
「そんなに呼び出してしまっては、町が混乱するぞ」
「最後には元通りになるさ」
 一人で意味深長に笑う男を見て、高木は幾分冷静さを取り戻す。
 なんだろう、この言い知れぬ安堵感と、それに反比例するような不安。
 入り混じった精神が、高木の頭を混乱させている様だった。
「この町を異界化させたら本格的に世界を殺す。受胎と言う方法を使ってな」
「受胎……?」
「そうだ。この世界を生まれ変わらせる為に、世界をもう一度、生まれる前の姿にするんだ。そうして受胎後、ボルテクス界と呼ばれる世界で、創世を目指す。新たな世界を産むための儀式を、お前がやるんだ」
「私に……出来るのか?」
「ああ、出来るとも。これがあればな」
 男が差し出したのは、持っていた一冊の本。
 赤黒いハードカバーの、不気味な本だった。
「ミロク経典。この世界ではカルト集団と呼ばれているガイア教の聖典だよ」
「ガイア教……? そんな物、信用できるのか?」
「ああ、信用に足るとも。私のお墨付きだ」
 言葉とは裏腹に、高木はその本を簡単に受け取っていた。
 そして中をパラパラめくり、一つ、挿絵に辿り着く。
「この円筒型のオブジェ……」
「アマラ輪転鼓と言う物だ。お前たちの持っているターミナルと同じような作用を持っている。……そうだな。これも受胎には必要な道具だ。私が用意してやろう」
「……そこまでして、本当に公平な取引なんだろうな?」
「ああ、もちろん。それだけ、私にとって受胎とは大きなイベントなのだよ」
 どこまでも深い碧眼に魅入られ、高木は唾を飲みこむ。
 異界、受胎、創世。
 どれも、自分に出来ない事ではないのでは……?
 そう考え始めた彼に、駄目押しの一言が加えられる。
「お前にはどうする事も出来まい? 黙って娘の死を受け入れるのか?」
「……わかった」
 長考した結果、高木は首を縦に振った。
 彼にはどうしても、小鳥を諦める事が出来なかったのだ。
「くく……契約成立だ。貴様はどんな業を背負ってでも、この儀式を完遂させる」
「ああ、音無くんの為なら、やってみよう」
「親の愛とは偉大な物だな……。ではもう一つ、私からお前にプレゼントを渡そう」
 そう言って男が両手を広げると、彼の両脇に子供が二人。
 似た顔立ちをしたその子供達は、どうやら双子の様だった。
「アミ、マミ、挨拶しなさい」
「はーい。おっちゃん、おっつー、アミだよー」
「同じく、マミなのだー」
「……この娘達は……」
 場違いなほど軽薄な双子の様子に、高木は正直戸惑っていた。
 今までの重厚な雰囲気が一気に吹っ飛んでしまった。
「この二人は私の下僕だ。お前の手足となって動くだろう。有効に使うと良い」
「有効に使うといわれても……」
「あー、おっちゃん、アミ達の実力を疑ってるな?」
「マミ達、これでもすっごいんだからね!」
 そうは見えないが、どうやらこの二人『すっごい』らしい。
 高木は俄かに信用できず、どうしたら良いものかと悩んでいた。
「気にせず、傍においておくだけでも良い。どう使うかはお前次第だ」
「……わかった、ありがたく受け取っておこう」
 どうして良いやらわからなかったが、何故だか昔の小鳥とダブって見えて、高木には二人を見放すような事はできなかった。

*****

「始めたか……明けの明星。我等の予想を遥かに越える早さだ」
 とあるビルの屋上で、老人と女性が煌く夜の町を見下ろしていた。
「向こうは大将が自ら動いてるんですから、仕方ないんじゃありません?」
「とは言え、結果的には我等の後手。それにロウの連中も完全に遅れを取っている。メシアは未だ成らず、だが混沌の種は蒔かれた。……恐らく、ロウに反撃の術はあるまい」
「じゃあ、どうするんです?」
 眼鏡をクイ、と上げ、女性が老人に対して試す様に尋ねた。
「救世の魔人の目処はついてある。だが、その力はまだ乏しい」
「私はもう、現役を退いて久しいですし、あんまり力にはなれませんよ?」
「わかっておる。お前には当分、様子見に徹してもらう。正体を明かさず、魔人の手伝いをしろ」
「……命令口調、って気に食わないですけど、まぁ、仕方ないですね」
 ため息をついた後、女性は老人に背を向けた。
「じゃあ、私は人間としての仕事がありますから」
「……待て。これを渡しておこう」
 老人は女性に、一振りの刀を渡した。
「これは……。こんな物が必要になるんですか?」
「事を甘く見るなよ、律子。カオス連中は本気で受胎をしようとしておる。均衡を保つ為には、これ以上ヤツらを増強させるわけにはいかん」
「わかりましたよ、タイジョウロウクン。私はニュートラルの為に働きますとも」
 軽口を吐きながら、律子と呼ばれた女性はその場を後にした。

*****

 翌日、バンナムの研修室入り口は、騒然としていた。
 朝、いつもの様に出社してきたプロデューサーは、騒ぎを見て驚いた。
「あ、プロデューサーさん!」
「あずささん、おはようございます。どうしたんですか、この騒ぎ?」
 手近なところにあずさを見つけ、二人は挨拶を交わした。
「研究室が全面封鎖されたんです!」
「封鎖? 何かあったんですか?」
「わかりませんけど、なんでも社長命令とかで……。でも変なんです。中で機械は動いてるみたいなんですよ」
「わかるんですか?」
「はい。悪魔がどんどん召喚されて……このままじゃ危険な事になるんじゃないかって」
 『魔法使い』を作り出す為の研究で、第一の被験者であったあずさは、悪魔の血が混ぜられ、マグネタイトにも敏感になっている。
 召喚されてくる悪魔のマグネタイトや、顕現によって消費されるマグネタイトを感じ取り、研究室内の様子を探っている様だった。
「どうしましょう、プロデューサーさん」
「……社長の所に行ってきます。あずささんはみんなを連れて、避難しておいて下さい。悪魔がいつ出てくるかわかりませんから」
「は、はい」
 あずさに指示を出し、プロデューサーは社長室へと駆け出した。

*****

 社長室。
「これは、どういうことですか!?」
 プロデューサーは高木に詰め寄り、問いかけていた。
「これも音無くんを助けるためだ」
「悪魔を大量に召喚するのが!? 何をしようとしてるんですか、社長!?」
「君には教えておいた方が良いかもな。……これを見たまえ」
 そう言って高木が机の引き出しから取り出したのは一冊の本。あの男に貰ったミロク経典という本だった。
「これは……」
「その中に受胎と言う儀式のことが書かれてある。世界を思うように作り変えるための儀式だそうだ」
「世界を思うままに……? いや、だからってそんな大層な事をしなくても、もうすぐ魔界の調査に乗り出せるんです。悪魔を召喚し続ければ、少なからず町にも影響が……」
「もう遅いのだよ……」
 一種の諦念を含んだ高木の言葉。
 それだけでプロデューサーは理解した。
 小鳥の身体が、崩れたのだ。
「そんな……」
「だが、受胎を行えば身体を失った音無くんも生き返すことが出来るはずなのだ。手伝ってくれるね?」
 プロデューサーはここに来て尻込みしていた。
 いや、実を言うと少し前から後悔を始めている。
 あずさを魔法使いにしてしまったあたりから、この研究は道を外し始めているのでは、と思っていたのだ。
 それでも、ここでやめれば今まで犠牲になってきた人たちが無駄になる、と自分を勇気付け、研究を正当化し、何とか誤魔化し誤魔化しやってきたのだ。
 だが、このまま悪魔召喚を続ければ、次に犠牲になるのは全く無関係の人間かもしれない。
「社長……」
「なにかね?」
「もう無理です。小鳥さんは……諦めましょう」
 プロデューサーの出した結論は、それだった。
「……私の聞き間違いか?」
「いいえ。これは俺の本心です。社長……今すぐ悪魔召喚をやめてください」
「プロデューサーくん、考え直したまえ」
「考え直すのは貴方の方だ! 民間人を巻き込んでまで、それを成す意義はあるのか!?」
「あるとも! 受胎が成功すれば、全ては元通りだ! 何の問題がある!?」
「その受胎とやら、絶対に成功出来ると言えるほど、リスクが少ないんですか!?」
「ああ、勝算は十分にある。その経典を読んでみると良い。悪魔が跋扈する世界に放り出されはするが、アミくんとマミくんがいれば、その問題も解決できる」
「アミとマミ……?」
 知らない名前だったが、社長から溢れる自信に気圧され、プロデューサーは一歩退く。
「あの娘たちは、悪魔を使役する力を持っている。アレがあれば悪魔召喚プログラムが無くても、悪魔を従え、創世を行うことも可能だ! プロデューサーくん、さっきの言葉は聞かなかったことにしておく。協力してくれるね?」
 本当にそうなのだろうか?
 高木の持っている絶対の自信は、過信だと言えないだろうか?
 もっと受胎と言う儀式についてよく調べた方が、いや、そもそもこの情報はどこから得たのか、信用に足るものなのか?
 プロデューサーには疑問しか浮かばない。
 本来の高木ならば、プロデューサーに疑問を抱かせるような話し方はしなかっただろう。
 社長である彼は話術も巧みだ。しかし今、彼はその技術を思うように扱えていないように思える。
「社長、俺は……」
「……そうか。協力できないか……。ならば君はもう、これ以上必要ない。辞表は必要ない。すぐに出て行くと良い」
「お世話に、なりました」
 プロデューサーは一つ頭を下げ、社長室を後にした。

*****

「ダメだ。こんなの間違ってる」
 廊下を歩きながら、プロデューサーが呟く。
「悪魔の研究なんか続けるんじゃなかった。全部がおかしくなっていく。俺も社長も、あずささんも小鳥さんも。みんながおかしくなっていく」
 誰を恨むわけでもないが、胸の中にドロドロとした熱い感情が膨れ上がってきていた。
「受胎なんか、させちゃいけない。今日で終わりにするんだ」

*****

 地下のフロアは既に、悪魔でひしめく修羅の巷になっていた。
 下位の悪魔しかいないものの、数は確かな脅威である。
 プロデューサーは通気口を通って地下に進入していた。
「こんなに悪魔が……。俺一人じゃどうしようも出来ないか」
 元々戦う力には乏しいプロデューサー。一応、自衛用に拳銃とマガジンを数本持ってきているが、これもどこまで通用するかはわからない。
「出来るだけ、見つからないようにしないと」
 狭い通気口の中をほふく前進し、目指すは第一研究室。
 GUMPと言う特別な携帯型ターミナルがある場所だ。

 幸いかな、誰にも見つかることなく、第一研究室の真上まで到達した。
 だが、そこで行き詰まる。
「悪魔召喚が行われているのだとしたら、ここしかないじゃないか……どうして気付かなかった!」
 自分の浅はかさに歯噛みする。
 いつも悪魔召喚の実験を行うのは、ターミナルのあるこの部屋。
 ならば、この部屋で悪魔召喚が行われるのは道理だった。
 部屋の中には二人の子供がいて、淡々と悪魔召喚を行っていた。
「アレが、社長の言っていたアミとマミか……? まだ子供じゃないか」
 背格好は小学生ぐらいだろうか。あんな子供まで巻き込まれているとは、正直考えていなかった。
「小鳥さんのためとは言え、社長……なに考えてるんだ」
 それはともかく、今はGUMPを手に入れなければならない。
 あれはターミナルとリンクしている唯一の端末。他の携帯型ターミナル、通称『COMP』は独自の擬似ターミナルを積んでいるだけで、魔界からの悪魔召喚は行えない。
 この世でたった二つ、GUMPとターミナルが、魔界と繋がっている玄関なのだ。
 そして、GUMPを手に入れれば、ターミナルを操ることも出来る。ターミナルには入力装置がない代わり、GUMPというリモコン代わりの機械があるのだ。
「でもどうする……あの二人が社長の言うとおり、悪魔を使役できるのだとしたら、俺に抗う術は……」
 一斉に襲い掛かられると、下位の悪魔でも太刀打ちできない。
 なにせ、プロデューサーの持っている武力は拳銃のみなのだ。
 これだけで悪魔たちに対抗するには荷が重い。
 プロデューサーが獲物を前にして攻めあぐねていると、突然轟音と振動が襲ってきた。
 バレたか、と思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「なんだなんだー!?」
「アミ! 入り口が突破されたっぽいよ!」
「えー、もうちょっとだってのにー。仕方ない、マミ、やっちゃおうか」
「そーだね! たんちょーさぎょーで飽き飽きしてたし、ストレス発散には持って来いだね!」
 なんともない、ただの子供の会話だったはずなのに、プロデューサーはその言葉の端々から壮絶な殺気が感じ取られた。
 あの二人に見つかっていたら、プロデューサーは間違いなく殺されていた。
 そう思えるほどに、今のあの子供たちは危ない。
 息を詰まらせながら、プロデューサーは二人が部屋を後にするのを見送った。
「な、なんなんだ、一体……」
 謎ではあるが、これはチャンスだ。
 プロデューサーは通気口から這い出し、研究室に降り立った。

 部屋の中には、今まで置いてあったパソコン型ターミナルの代わりに、妙な円筒形のオブジェがある。
 あの子供がこれを使って悪魔召喚を行っていたようなので、これもターミナルの代わりになるような装置なのだろう。
「とてもそうは見えないけど……中身はどうなってるんだ……?」
「アンタ、なにやってんのよ」
 プロデューサーが妙な装置に目を奪われていると、突然背後から声をかけられた。
 銃を抜きつつ振りかえると、そこには見慣れたピクシーがいた。
「なんだ、ピクシーか……脅かすなよ」
「勝手に驚いたのはそっちでしょうが。……それより、この騒ぎは何なの?」
「それは俺が知りたいね」
 プロデューサーは銃を収め、GUMPを手に取る。
「それ、どうするの?」
「ここから持ち出すのさ。これ以上、むやみやたらに悪魔を召喚してたら、何が起こるかわからないしね」
「でしょうね。今まで召喚された悪魔は結構過激よ。私みたいにしとやかさを持ち合わせてないわ」
「……しとやか、ね」
 苦笑しつつ、GUMPを起動させ、ターミナルに簡単なロックをかけた。
「これで良し。しばらくは召喚を行えないはずだ」
「時間稼ぎってところかしら? もっと根本的な解決は出来ないわけ?」
「社長は話が出来る状態じゃなさそうだし、俺に悪魔を一掃するのは無理だよ。とにかく、GUMPが俺の手元にあれば、いや、社長の手にさえ渡らなければ、なんとかなる。これを使ってターミナルのプログラムを邪魔する事も出来るし、そもそもターミナルだけじゃ、充分な活動が出来ないはずだ。幸い、元のターミナルと同じように、この太鼓みたいなヤツともリンクしているみたいだしな」
「よくわかんないけど……じゃあ、それを持ってトンズラって事ね」
「止めるかい?」
「冗談。私のマスターはそのGUMPを持ってる人間よ。アンタがそうするって言うなら、私に止める権利は無いわ」
「じゃあ、ついて来てくれるか?」
「ええ、良いわよ。今後ともよろしくってところかしら。にひひ」
 ピクシーはプロデューサーの肩に座り、屈託無く笑った。
 プロデューサーもその笑顔に心を和ませる。
「じゃあとりあえず、マグネタイトを温存する為に、今の所はGUMPの中に戻ってくれ。次に出て来る時は、お待ちかねの研究室の外だぞ」
 ピクシーは兼ねがね、研究室の外に出たがっていた。
 飾りっ気のない研究室に、不本意にも缶詰にされて、心底飽きていたのだろう。
 好奇心旺盛な妖精には、こんな退屈な部屋はこりごりだったはずだ。
「外……やっと出られるのね。こんなダサい部屋から早く出たいわ」
「それから……君に一つプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「そう。君は俺にとって特別なピクシーだ。その事を示す為に、君に名前を送りたいんだ。イオリって名前なんだけど、どうかな?」
「イオリ……。あ、アンタにしてはまともなんじゃない? 使ってあげなくもないわ!」
「良かった。じゃあこれからは君の事をイオリって呼ぶよ」
「わかったから、そろそろGUMPに戻してくれる? マグネタイトがなくなってスライム化なんて笑えないんだからね」
「わかった」
 多少顔が赤い様に見えたピクシー、イオリをGUMPに戻し、プロデューサーは一息ついた。
 プロデューサーにとってイオリは初めて、まともに召喚できた悪魔。そして一番長い時間を共に過ごした悪魔だ。思い入れは格別である。
 娘の様に愛しく思っていた。それを思うと、高木が小鳥に執着するのも少し理解できそうだ。
 だが、無関係の人を巻き込んでまで、罪もない人を危険に晒してまで、強行して良い事はない。今は高木の行動を止めなくては。
 プロデューサーは再び気合いを入れる。
「これで後は戻るだけ……って、あ」
 部屋の天井にある通気口。だが、プロデューサーに、そこに戻る術はない。入れ直した気合いが抜けていく様だった。
「な、なんとかここにあるものを積み上げて……いや、あまり物音を立てると悪魔にバレるか……。ど、どうする……!?」
 またも絶体絶命のピンチ。
 だが、そこに現れたのは幸運の女神だった。
「プロデューサーさん!」
「あ、あずささん!?」
 プロデューサーがぶち破った通気口の穴から、あずさが顔を出していた。
「ロープ、持って来ましたよ」
「あ、ありがたい……って言うか、どうしてここに!?」
「お話は後です。とりあえず上ってきてください」

 あずさの先導で、プロデューサーは地上を目指していた。
 目の前にあるあずさの身体に、ちょっと目のやり場に困ったのは余談。
「研究員の中に、プロデューサーさんが地下に潜入したのを見てた人がいたんです。それで何かあったんじゃないかと、有志が強行突破したんですよ。その騒ぎに乗じて、私はプロデューサーさんを追ってきたんです」
「そうだったんですか……。ありがとうございます、助かりました」
「いいえ、お礼を言うのはここから逃げてからですよ。……道すがら、何があったのか、聞いても良いですか?」
「……はい。お話しますよ」
 社長の凶行はとめなければならない。それにはプロデューサー一人では無理だとわかった。だったら、不本意ではあるが、誰かを巻き込まなければならない。
「すみません、あずささん。貴女を巻き込んでしまうなんて……」
「良いんですよ。気にしないでください」
 顔は見えないが、きっと彼女は微笑んでくれているだろう。

*****

 通気口のそこかしこに反響して、地下で起こっている騒ぎの様子が聞こえてくる。
「あ、あずささん?」
「おかしいですねー」
 二人は狭いダクトの中を行ったり来たり、かれこれ一時間ほど迷っていた。
「たしかこっちだと思ったんですが……」
 この人に先頭を任せたのが間違いだったと気付くのにも遅すぎた。
 今となっては、プロデューサーもここがどこだかわからず、二人して完全に迷っているのだ。
「じゃあこっちに行ってみようかしら」
「勘でモノを言わないでください! 一度下に出ましょう。現在地を確認しないと」
 そう言ってプロデューサーは、通気口から出て、廊下に降り立った。
「ここは……意外と出口に近いですよ。このまま廊下をまっすぐ行けば、エレベーターに出られる」
「あらあら、私の勘も結構頼れますね」
 あずさを先頭にしなければ、もっと早く外に出られた、とは言うまい。
 廊下は戦闘が行われた後のようで、電灯は割られ、辺りは薄暗い。
 床に程近い所の緊急灯が灯っているだけで、手を伸ばせば指先がかすむほどだ。
 辺りにはあまり良い匂いとは言えない香りが漂っている。
 しかし死体の一つも見当たらないとなると、戦場は奥に移っているのか?
「じゃあ私も降りて大丈夫ですか?」
「いえ……待ってください。妙だ」
 静か過ぎる。
 さっきまで喧騒が聞こえていたのに、今になってみると全く聞こえていない。
 これは……制圧できたのか? それとも……。
「どうしたんですか? 降りちゃダメなんですか? ここって狭くて……」
「我慢してください。……何か来る」
 プロデューサーが目に集中すると、奥のほうに何かが見えた。
 悪魔から与えられた力で、良く見えるようになっているプロデューサーの目。
 その目が捉えたのは……
「うっ……」
 悪魔に食われる、研究員だった。
「あっれー、まだ誰かいるね?」
 子供の声が響いてくる。
「生き残りかー。可哀想だね」
「だいじょうぶだよ。アミ達ちょー優しいから、すぐに一緒にしてあげるもん」
「そうだね。みんな仲良く、あの世逝きってね!」
 悪魔がプロデューサーを見た。
「……っ!!」
 敵が動くより早く、プロデューサーが銃を抜く。
 照準をつけ、引き金を引く。
 訓練は受けていないものの、間近でよく見ていた発砲。
 それは思ったよりも衝撃が強く、肩が外れるほどに痛かった。
 そんな無様な射撃は、万が一にも当たるはずもなく、壁に跳弾し、悪魔から大きく外れる。
「いっけー、グール! あの男も食べちゃうのだー」
「お残しはゆるしまへんでー」
 軽い調子の命令口調が、廊下の奥から聞こえた。
 グールと呼ばれた悪魔は、ゆっくりとプロデューサーに近づいてきている。
「プロデューサーさん! はやく、こっちに!」
「……いえ、あずささんだけ逃げてください」
「で、できません!」
 プロデューサーは死期を悟る。
 このまま二人で逃げれば二人とも死ぬ。今は目の前にグールしかいないが、廊下の奥にはまだ多くの悪魔がいるのだ。
 ……恐らく、研究員は全員、やられているだろう。
 召喚された悪魔の中に足の速いヤツがいれば、すぐに追いつかれて食い殺されてしまう。
 なら、ここで少しでも足止めをしなければ。あずさだけでも逃がさなければ。
「あずささん、これを」
「え、え?」
 プロデューサーはGUMPをあずさに放って渡した。
「それを、町の中で探偵をやってる菊地と言う人に届けてください。菊地探偵事務所という事務所を構えているはずですから」
「菊地さん……ですか?」
「ええ、きっとその人なら、頼れる」
 とは言え、プロデューサーと菊地と言う人物の間に、何のつながりもない。
 これはプロデューサーの賭けだった。
 町の中で偶然見つけたその人。プロデューサーの目はその人物に異常なまでの『何か』を感じていた。
 可能性、希望、発展性、その他もろもろ、言葉には出来ないような、それでも信頼に足る『何か』を感じていたのだ。
 全く無関係な人間を巻き込んでしまう。その事は確かにプロデューサーの心を苛んだが、背に腹は変えられない。
「プロデューサーさんはどうするんですか!?」
「あとで落ち合いますよ。……そうですね、町の外れにそこそこ大きな家があるんですけど、そこで待っていてください。必ず、迎えにいきますから」
 プロデューサーの言葉を信用できるか否か、あずさは計りかねていた。
 彼はいたって普通の人間。あずさのように魔法が使えるわけでもない。
 このまま独りにしては、彼は死んでしまうのではないか、そう思った。
 だが、プロデューサーを助ける為にこの場に残っても、根本的な解決には至らない。社長の凶行を止めるには力が足りないのだ。
 アレだけいた研究員も既に全滅。たった二人ではどうしようも出来ない。
「町外れの家、ですね。わかりました」
「頼みます」
 後ろ髪を引かれながらも、あずさは通気口を進んでいった。
「あずささん……俺は貴女が好きでした」
 呟くような言葉が聞こえた気がしたが、あずさはそれを無視した。
 足を止めては全てが無駄になる。
 振りかえってはならない。
 自分に言い聞かせる度、胸が痛くなった。

*****

 グールから逃げながら、プロデューサーはマガジンを入れかえる。
「これで最後か……こんな事なら、射撃訓練にも顔を出しておくんだったな」
 動きの遅いグールに、今まで一発も当たっていない。
 素人が実銃を扱うのは難しいのだ。それもインドア派のプロデューサーになると更にハードルが高い。
「どうする……逃げる余裕もそろそろないぞ……」
 こちらも考えて移動してきたつもりだが、逃げようと思う方向には既に悪魔が配置されており、行く手を塞いでいるのだ。
 あの双子の先手か、それとも社長の計略か。
 どっちにしろ、プロデューサーが逃げ場のない方に誘導されている現実は変わらない。
「どうする……どうしたら良い……っ!?」
 今度こそ詰みかと思ったその時。
「苦戦している様だな?」
「……っ!?」
 肩を掴まれ、心臓が飛び跳ねる。
 振りかえると、そこには金髪碧眼の悪魔がいた。
「お、お前……っ!」
「久しぶりだな」
「な、何しに来たんだ!? 俺を、殺すのか……!」
「ふふ、そんな事はしないさ。ただ殺しても、私には何の得にもならない」
 余裕を見せる笑みに、プロデューサーはどんどん切羽詰ってくる。
 前方にも後方にも悪魔。これは完全にゲームオーバーだ。
 だがしかし、金髪の男はプロデューサーに提案する。
「どうだ? お前が望むなら、助けてやっても良いぞ?」
「助ける? お前がか?」
「そうだ。お前だって死にたくはないだろう? 私と契約するなら、助けてやろう。代わりにお前の魂を頂くがね」
「……い、イヤだ」
 死の淵に立ってなお、プロデューサーは意地を張れた。
 自分の命以上に守るべき物があるから、その為になら自分の命を捨てる覚悟だったのだ。
「俺を助けるより、あずささんを助けてくれ」
「……今のお前に、他人を慮る余裕があるとは思えないが?」
「俺にも色々あるんだよ! それより、あずささんを助けてくれるなら、俺は魂でもなんでも差し出してやる。どうだ、契約するのか、しないのか!」
 金髪の男は興味深げにプロデューサーを見る。
 泣いて助けを請うかと思いきや、他人を助けろ、と言ってきた。
 その上、口調だけは一丁前に男と対等位置だ。身体は震えているのに、心根は折れていない。
「良いだろう。あずさとか言う人間は私が責任を持って助けよう。だが、後悔するなよ。魂を悪魔に売る、と言うのは、言うほど簡単な事ではないぞ」
「構わないさ。さっさとしてくれ」
「では、契約成立だ」
 言葉だけを残し、金髪の男は消え去った。
 プロデューサーが安堵するのも束の間。
「みぃつけた」
 ヒヤリと冷たい手が、プロデューサーの頭を鷲掴みにした。

*****

 プロデューサーが目を覚ますと、社長室だった。
 情けない事に、頭を鷲掴みにされた瞬間に気を失ってしまったらしい。
 だが、どうやら今でも生きている様だ。
「お目覚めかね」
「しゃ、社長……」
 目の前には高木。そして彼の両脇にはアミとマミがいる。
 プロデューサーは拘束され、両脇には屈強そうな悪魔が構えている。
「抵抗はしない方が身の為だぞ」
 プロデューサーは無言で高木を見詰める。
 彼の顔は逆光になって良く見えないが、その纏っている雰囲気に、やはり狂人のそれを感じる。既に、プロデューサーの言葉が届く場所にはいないのだろう。
「GUMPをどこへやったね?」
「教えられません」
「……私は君を傷つけたくはないのだよ」
「俺は、俺が殺される事になったとしても、GUMPの在り処は教えませんよ」
「強情な……。命あっての物種というだろう」
「命を賭してやるべき事もあるんです」
 平行線を辿る二人の言葉に、高木はため息をついた。
 そして片手を上げると、プロデューサーの脇にいた悪魔が、槍を突き出した。
 穂先はプロデューサーの背中を貫き、身体の中ほどで止まる。
「うっ……」
「痛みは感じないだろう? 今、君の魂を掴んだ。……もう一度尋ねる。答えなければ、君の魂は魔界をさまよう事になるだろう。GUMPはどこだね?」
「答え……られません」
「そうか……残念だよ」
 社長の手が振り下ろされると共に、プロデューサーの視界は暗転した。

テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 一章 1

一章 零

1 プロローグ

 カタカタとキーボードを打つ音が忙しなく聞こえる。
 部屋の中には何に使うのか良くわからないような多くの機械と、壁に描かれた奇妙な紋様、そしてそれらの中心に一人の女性がいた。
「ああ、ダメだわ。何度シミュレートしても上手くいかない……」
 女性はため息と共に、自分の座っているキャスターつきの椅子を転がし、机から離れた。
 凝った肩をぐるぐる回し、その後に目の辺りも軽くマッサージする。
 気が付くと、もう何時間もパソコンの前に座りっぱなしだった。
「こんな事じゃ、一生仕事から離れられないわね」
 自嘲を零すと共に、机に乗っていた資料に手を伸ばす。
 分厚い辞書のような紙の束。その中には多くの魔術文献が書き記されていた。
 出元は葛葉という、退魔の家系だ。
「お父さんが遺したこの資料……。多分これに間違いはないと思うけど……。だったら何がいけないのかしら」
 内容をそらんじられるほどに読み込んだこの資料。
 矛盾はなく、疑う余地は少ない。
 だとすれば、ここ最近の研究が捗らないのは、単に彼女に落ち度があるのだ。
 だがその『落ち度』がどこにあるのかがわからない。
 何度試してみても、シミュレーションはエラーを吐き出すのみ。
「悪魔召喚プログラム、私の手には負えないって言うの?」
 苛立った様に親指の爪を噛み、忌々しげにモニターを見詰める。
 パソコンが返すのは、ただファンの音のみ。
 そんな行き詰まった空気の中に、一人の来訪者がドアを叩いた。
「小鳥さん、良いですか? 差し入れを持ってきました」
「あ、はい。どうぞ」
 来客に対し、小鳥と呼ばれた女性は快く迎える。
 許可を得て部屋に入ってきたのは若い男性。手にはビニール袋を下げていた。
「お疲れ様です、休憩、どうですか?」
「ええ、そろそろ休憩にしたいと思ってた所よ」
 小鳥は笑って男性の提案を受け入れた。

「研究の方はどうです?」
「……さっぱりダメ。デバッグもどこから手をつけて良いのかわからないわ」
 男性の持ってきた軽食を摂りつつ、小鳥は降参を表すかのように手の平を天井に向けた。それを見て、男性も苦笑する。
「らしくないですね、泣き言を言うなんて」
「そりゃ泣き言の一つも言いたくなるわ。ここ数ヶ月、研究が捗らないんですもの。このままじゃきっと、こんな研究辞めてしまえって怒られる」
「……あの人に限ってそんな事はないと思いますけどね」
 また苦笑しながら、男性は返した。
 小鳥も本気で言っているわけではない。ちょっとした冗談だ。
「でも本当に、そろそろ何か形になる結果を出さないとね……」
「悪魔の研究、ですか」
 気落ちした様子の小鳥に、男性は未だに信用しきらないような口調で零す。
「あ、まだ信じてないんでしょ?」
「……まぁ、ぶっちゃけ」
「あぅ、正直に言うなぁ……」
 普通の人間からしてみれば、悪魔なんて言う存在を現界に召喚し、そこから未知のエネルギーを取り出す、なんて鼻で笑ってしまうだろう。
 科学者である男性にとってみれば、その不信感は常人が受けるそれとは比にならないはずだ。
 だが男性の先輩であり、そこそこ頭の切れる研究者である小鳥が、そんな研究に真面目になっているのだ。一笑にはふし難い。
「小鳥さんは、本当に悪魔を召喚できると思ってるんですか?」
「思ってないと、こんな研究、年単位で続けられないわ。裏付けもあるんだもの。悪魔は確実に存在する」
「裏付けって、その資料ですよね?」
 先程、小鳥が眺めていた分厚い資料。
 これには確かに、悪魔の存在が明確に記されている。確か、以前には証拠品と言う悪魔の一部が瓶詰めで送られてきた事もあった。
「信用できるんですか? その葛葉って」
「信用には足りると思うわ。随分昔から退魔業を生業にしていたんですもの。歴史が真実味を与えてくれてる」
「その歴史だってでっち上げって可能性もあるでしょ?」
「疑り深いわねぇ」
「科学は疑う所から始まりますから」
 口の減らない後輩を前に、小鳥はため息を零した。
 彼が信用していない原因も、一端を小鳥が担っているのだ。
 遅々として進まない研究。それは疑うに十分な要素だ。
「それでも、マグネタイトの事は信用してくれるわよね?」
「あの妙な液体の事ですか? そりゃ、実物を見せられれば信用しますよ、流石に」
 以前、小鳥がフラスコの中にいれて持ってきた液体。
 溶媒はあまり変わった物ではないが、溶質は明らかに異常な物だった。
「溶け込んでいるのは液体でも固体でも、気体でもない、精神力の一種でしたっけ? あんな物が本当に存在するなんて……」
「アレだけでも色んな賞を総なめ出来そうでしょ? でもアレを発表しないのは、その奥にある大きい獲物を釣り上げる為なの」
「それが悪魔……?」
「そう。悪魔にはマグネタイトが宿っているわ。……悪魔だけじゃなく、全ての生物にマグネタイトはあるの。とりわけ、感情の振り幅が広い生物は多く持っている。故に、マグネタイトを多く有するのは、悪魔か、若しくは人間」
「悪魔を生物として捉える、っていう所が斬新ですよね」
「茶化さないでよ、真面目に話してるんだから」
 男性の横槍に、小鳥は不貞腐れたような表情を向ける。
 だがそんな顔を見ても、男性のほうは意に介さず、反論を続ける。
「悪魔といえば、色んな神話に記されている神に仇成す存在や、ソロモン王の話に出て来たりするアレみたいなものでしょう? 人知を超越した存在を『生物』で括るのには、なんとなく反感がありますね」
「貴方が考えている悪魔と、私が捉えている悪魔って言うのは大きく違うわ。そりゃ確かにそう言うお話に出てくる悪魔の名前を冠した悪魔も存在するけれど、実際、現界に現れる悪魔はもっと多様で、もっと生物らしい存在よ」
「信用しかねますね」
「……だったらすぐに信用させてあげるわ。プログラムを完成させれば、悪魔を呼び出すのもチョロいんだから」
「期待してます」
 微塵の期待も見せないような素振りの男性に、小鳥は少なからず反骨心を燃え上がらせていた。

 小鳥が悪魔の研究を続けるのには三つの理由がある。
 一つは後輩の男性の態度を改めさせる為。
 一つは義理の父である高木順一郎への恩返し。
 そしてもう一つは本当の父親の遺志を継ぎたかったからだ。
 小鳥が成人する前に他界した彼女の父は、小鳥と同じように悪魔とマグネタイトの研究をしていた。
 マグネタイトをエネルギーとして転用し、昨今のエネルギー不足の解消を掲げていたのだ。
 だがそれも志半ばで途切れる。
 事故死であった小鳥の父親。実験中の不慮の事故、と言われているが、アレは……。
「悪魔は必ずいる。私はこの目で見ているんだから」
 小鳥の脳裏に焼きつく、漆黒の翼竜。アレは確かにこの世にあらざる者。
 父を食い殺しているそれは、確実に小鳥の心の傷となっているが、だがそれでも彼女は研究を止められなかった。
 なんとも形容しがたい感覚。
 恋慕にも似たその感情は、復讐心なのかもしれない。
 父を食らってすぐ、姿を消してしまったあの翼竜。あの翼竜が忘れられない。
 もう一度会って……そして……。
 きっと何も出来ないだろう。でも、それでもやめられない。
 もう、小鳥は魅了されているのだ。
 歴史に存在する多くの魔術師の様に。悪魔という存在の大きさと、力の素晴らしさに。

*****

 数日後。
 大企業バンナムの社長、高木順一郎は、会社のビルの地下にある小鳥のラボに来ていた。
 バンナムは小鳥の研究のパトロンになり、その活動を支援している。
 そして高木は小鳥の養父でもあった。
「調子はどうかね、音無くん」
「あ、お養父さん」
 相変わらずパソコンの前に張りついていた小鳥は、高木の声に振り返った。
「ドアに鍵もかけずとは、無用心だね」
「あ、ごめんなさい」
「いやいや、次から気をつけてくれれば良い。……それより……」
「あ、……ええと」
 高木が待っているのは明確な研究結果。今日もそれを訊きに来たのだろう。
 だが、小鳥には返せる答えはない。
「そうか。まぁ、頑張りたまえ」
「はい、ありがとうございます」
 それ以上、親子の会話は続かなかった。
 高木の方に切り出し難い案件があるのは、小鳥も悟っていた。
 だが、それを口に出されると、困る。
 恐らく、高木はこの研究の打ち止めを薦めてくるはずだ。
 それは……とても困る。
「あ、社長、いらしてたんですか」
 そこに助け舟がやって来た。
 小鳥の後輩の男性だ。
「おぉ、お邪魔しているよ」
「どうしたんです? 何かご用ですか?」
「実は君に話があってね。……ここではなんだから場所を移そうか」
「あ、はい」
 高木に連れられ、男性は部屋を出ていった。
 二人の後姿を見送りながら、小鳥は一つ覚悟を決めていた。
「このマグネタイトを使えば……」
 見詰める先にはフラスコ。小鳥の研究で一番の研究結果。
「マグネタイトは、悪魔を実体化させる物。これを使えば、きっと上手く行く」

*****

「単刀直入に訊こう。音無くんの研究はどうなのかね?」
 場所を移して、コーヒーをすすりながら、高木は男性に尋ねた。
 男性もその答えに言葉を濁そうかと思ったが……。
「俺も、正直言って疑問です」
 素直に答えていた。
 彼にとって小鳥は尊敬する先輩であったのだ。
 それが、あんなわけのわからない研究に没頭して、才能を潰して欲しくなかった。
「ふむ……やはりか」
「マグネタイトとやらは、確かに驚くべき発見ですが、悪魔に関しては行き過ぎた発想の様に思えます。彼女が持っていた資料も、信用に足る物とは……」
「そうか。……そうだな。あの娘のことになると、私は甘くなっていかんな」
 自嘲気味に笑った高木は、もう一口コーヒーをすすった。
「そうだ、相談ついでと言ってはなんだが……」
「なんです?」
「君は音無くんの事をどう思っているね?」
「はぁ!?」
 驚いた男性は、頓狂な声で問い返していた。
 そんな声を向けた相手が、社長である事を思い出し、すぐに頭を下げる。
「し、失礼しました。……で、でもいきなりなんです?」
「なにもかにもないだろう。言葉通りの意味だ。どう思っているんだね?」
「どうって……小鳥さんは尊敬する先輩ですよ」
「それだけかね?」
「何を仰りたいのか、なんとなくわかりますけど……俺は多分、小鳥さんとそう言う風にはなりませんよ」
「そうか、残念だな」
 高木はため息を零しつつ、背もたれに体を預けた。
「旧友から託された大切な娘だ。どこの馬の骨ともしれん輩には渡せんし、君なら申し分ないと思ったのだがね」
「小鳥さんにはもっと相応しい人間がいますよ。きっとどこかに」
「……まぁ、無理強いはするまいよ」
 大人しく引き下がった高木は、コーヒーを飲み干して、空になった紙コップを捨てた。
「さて、私は仕事に戻るとするかな。君も、君の研究を続けたまえよ」
「はい。ありがとうございます」
 そう言って、二人はそこで別れようとしたのだが……。
―――っ!!
 ズシンと響く地鳴り、一瞬明滅する電灯、そして一変する空気。
 空気が外へ向かって流れ始めたように感じた。何か、危険な物から逃げ出す様に。
 それは明らかに『転機』だった。
 この日常が、非日常へと移行する、ありえないはずだった転機。
 呼吸を忘れかけていた自分に気付き、高木は口を開く。
「……地震かね?」
「え? ああ、いや、それにしては妙ですね……」
 慌てた様に、男性も言葉を返した。どうやら彼も、何かわからない『起こってしまった事』に飲み込まれていたようだ。
 重苦しい雰囲気はなおも続く。一歩でも動けば、死角から何か得体の知れないモノが、喉笛に噛み付いてきそうだった。
「このなんとも言い難い重圧……まさか」
 高木は一つの事象に思い当たった時、数年前の事をフラッシュバックしていた。
 小鳥の父親が死亡した事故。高木は詳細を知らなかったが、ラボで惨殺されていた自分の親友を、それを見て呆然とする親友の娘を、その惨たらしい部屋の様子を幻視していたのだ。
「お、音無くん!」
「あ、社長!?」
 先程まで体を支配していた恐怖を忘れ、ラボに向かって駆け出す高木を、男性も追いかけて行った。

「これで、本当に開いたの?」
『ああ、間違いない』
 一人しかいないラボの中。小鳥以外にもう一人の声が聞こえていた。
 その声は男性のような、女性のような、どちらともつかない中性的な声をしていた。
 その声は美しく、全てを魅了するような力に溢れていた。
 だけどその声は冷たく、一言聞いただけで死んでしまいそうな雰囲気を纏っていた。
『これでアッシャー界と魔界はリンクした。少ないマグネタイトで、悪魔はアッシャー界に顕現出来る』
「それじゃあ……」
『ああ、君の研究も半ば完成だ。だが、残念な事にこれ以上は進めないがね』
「それでも、きっと私の跡を継いでくれる人がいるはず。私の、私たちの夢は終わりじゃないわ」
『……ふ、そう信じるならそれも良い』
 姿の見えない声と会話する間、小鳥は淡く輝いている壁の紋様を眺めていた。
 いわゆる魔法陣、召喚陣のその紋様は今、現界と魔界を繋ぐゲートになっている。
 これにより、悪魔は現界に現れやすくなった。
 それは悪魔からマグネタイトを得られるチャンスが多くなったと同時に、人間に未曾有の危機が迫っていると言う事だ。
『さて、君は人間を一歩先へ導く母となるのか、それとも滅亡の先触れとなるのか』
「きっと希望を見出せるわ。人間は弱くなんかない」
『ならば、それを期待しているが良い』
 凍るような笑いを隠しながら、その声の主は突き放す様に言う。
 だがそれでも小鳥の瞳は曇らない。未来を信じ、自分を信じ、そして後に続く人を信じて両手を広げる。
「花はどこだって種を舞わすよ、光はどこだって闇照らすよ……」
 口ずさんだ大好きな曲。正直に言うと、これから自らの身に起こる事に、恐怖を感じないわけがない。
 それは簡単に言えば死。まだるっこしく言えば器を変えた永遠の生。
『魂だけの身体になるのは、そう恐ろしい事ではない』
 小鳥の心境を看破したのか、その声が言う。
『人という器を捨て、輪郭をなくし、世界と同じような存在になるのだ。素晴らしい事だろう?』
「私にはわかりかねるわ。そんな経験もないしね」
『なら一度経験して見ると良い。……まぁ、そうなると元に戻るのは容易ではないがね』
「……もう良いでしょう? やるなら早くして」
 そろそろ自分の恐怖心を抑えるのが難しくなってきた。
 言葉を発していると、その内に泣き出しそうになる。
 感情の溢れを、止められなくなる。
『いいや、君にはもう少し時間が必要だろう。最後の別れくらい、させてやろう』
 声がドアを指した気がした。
 小鳥はそちらに振り返る。……その瞬間。
「音無くん!!」
「お、お養父さん!?」
 勢い良く、高木が入ってきた。
「小鳥さん、大丈夫ですか!?」
 その後に、男性も。
 その二人の姿を見て、小鳥は何故か落ち着いた。
 今誰かに会えば、本当に泣き崩れてしまうかもな、と自分で思っていたのに、高木と男性を前にして、これほど落ち着いた気分になれるとは、本人が一番驚いた事だろう。
「大丈夫なのかね、音無くん」
「大丈夫よ、お養父さん。これで魔界との扉が開く」
「……魔界?」
 うっすら笑みすら湛える小鳥。
 その様子に多少気圧されながらも、高木と男性は小鳥の言葉を待つ。
「私の、私たちの研究はやっと半分の所までこぎつけたわ。魔界との扉が開けば、悪魔はこちらの世界に現れやすくなる。……でも、私はここまで」
 落ち着いた心のまま、小鳥は瞳に涙を浮かべた。
 恐怖からのモノではなく、念願叶った喜びと、もう会えない淋しさが入り混じった、不思議な気持ちだった。
「ゴメンね、お養父さん。私はもう、ここには居られない」
 小鳥がそう零した瞬間、魔法陣から大きな腕が飛び出し、小鳥に向かって伸びる。
 その動作は小鳥の恐怖を煽るかのようにゆっくりで、この部屋にいるもの全てを威圧するほど大仰だった。
 その腕が、小鳥を掴む。
 流石に震えが止まらなくなった小鳥の細い身体を、その大きな手が覆い、そして……。

 腕が魔法陣に帰った時、確かに小鳥から何かが抜け落ちた。
 小鳥自身は抜け落ちたと言うより、狭い部屋から解放されたような心持ちだったが、高木と男性から見れば、完全に何かを抜き取られた様を見せつけられた。
 小鳥の身体からは半透明の『何か』が掴み出されていた。
 大きな腕はそれをしっかりと握り、そのまま出てきた時と同じようにゆっくりと魔法陣の中へ帰る。
 この間、高木と男性は何もできなかった。
 小鳥が掴まれた瞬間も、小鳥から何かが抜き出された瞬間も、それを持ち去られる瞬間も、ただただ立ち尽くすのみだった。
 現れた腕の威圧感、起こっている事の非現実さ、混乱鎮まらぬ自分の頭。
 完全に思考を忘れていたのだ。
 何が起きているのか、全くわからなかった。
 ただ、何かが抜け落ちた小鳥の身体が崩れ落ちそうになったのを見て、高木は慌ててその体を支えた。
「お、音無くん!」
 眠ったような小鳥の身体。
 だが、異常に軽かった。
 いや、確かに細身の小鳥は軽いのだが、質量的な問題ではない。
 空っぽの抜け殻を持っているような、そんな感覚を覚える。
 これは小鳥の姿をしているが、小鳥ではない、と直感が悟っていた。
「これは……一体?」
「説明しようか」
 高木と男性のどちらでもない声。
 先ほどまで小鳥と会話していたその声だが、今度は明確な姿を持って二人の前に立つ。
 金髪碧眼の美男子。端的に言うならそうだろうか。
 だが、その男にはそんな陳腐な言葉では現しきれないような、色々な要素を交えて持っているように思える。
 言葉にし難い、数多の感情が駆け巡る。
 高木も男性も、ここまで心がかき乱される事は、最近とんと経験しないようなことだった。
 今の心情を例えるなら、子供の頃に何かとてつもなく欲しい物を買ってもらえなかったような、近所の怖いおじさんに目の前に立たれているような、そんな子供の頃の欲求や恐怖心を思い出させるような感じだった。
 人間としての、本能が揺さぶられている。
 目の前に立つ彼の、えも言われぬ不思議な魅力と畏怖を煽る雰囲気。
 直感的に、彼が小鳥の言う『悪魔』なのかもしれない、と思っていた。
「誰だね、君は」
「名乗るほどの者ではない。それよりも、今から君たちに、今何が起こったのかを簡単に解説してやろうと思うんだが……そこの君」
 男は男性を指し、一つ笑う。
「良い目をしているな。人を見る目に長けている」
「……? いきなり何を……」
「取引をしないか? 今の状況をハッキリと認識するには、その方が手っ取り早い。そちらの初老の男性にとっても、私よりも君から言われた方が納得しやすいだろう」
 何を言っているのか、わからなかった。
 何の取引なのか? これからあの男は、何を解説しようと言うのか?
「なに、怖がる事はない。君の目を、今より少し『見える』様にするだけだ。ただ、代わりに君の名前をもらうがね」
「俺の名前?」
「そう。君はこれ以降、自分の名前を名乗る事は出来ないし、その名を呼ばれる事もない。それでも良いかな?」
 男性はその尋ねに、頷くしかない様な気がしていた。
 彼の放つプレッシャーに負けて、と言うわけではない。
 ただ単に、気になるのだ。
 今、何が起きているのか。彼は何者なのか。小鳥はどうなったのか。
 知的探求心をくすぐられる。知りたい。
 男性の心がそれで埋め尽くされる頃、静かに頷いていた。
「よろしい、契約成立だ」
 金髪の男は男性に対して手を伸ばし、そのまましばらく間を置く。
 何をしているのか、と首を傾げてみた所、男性の目に金髪の男の姿が映った。
「う……あ……」
 その瞬間、男性の顔はひきつる。
 今まで体験した事のないような恐怖。
 叫び声を上げるのを、止められなくなっていた。
「う、うわああああああ!!」
 本能的に退き、だが恐怖心で体が上手く動かず、足を縺れさせて尻餅をつく。
 顎がガチガチ鳴り、気道が上手く開いてくれないような気がした。
 呼吸と心拍は早くなり、瞳孔が縮まる。
 今すぐ逃げないと、大変な事になるような気がした。
 この男の前にいてはいけない気がした。
 ……だが、
「だ、大丈夫かね!?」
 高木が男性に手を伸ばす。
 男性は、その恐怖心を抑えつけて、高木の手を取り、立ちあがる。
「これが……お前の教えたかった事なのか?」
 男性は金髪の男を見て尋ねる。
 金髪の男は笑みを浮かべながら、男性の様子を見ていた。
「そうだ。理解出来ただろう? 人間は視覚からの情報を信じやすいからな。……だが驚いたな。普通の人間ならすぐに逃げ出すと思ったんだが……」
「まだ、この状況を説明してもらってない」
 男性を奮い立たせたのは、驚く事に先ほど疼いた探求心だった。
 何かを知りたい、と思う気持ちが男性を支えていたのである。
「……な、何が起きたのかね?」
 男性と金髪の男の間に何が起きたのか把握しきれていない高木。
 男性は高木の目を見て、ハッキリと言う。
「社長、アレが悪魔です」
「……悪魔?」
 男性に言われ、高木は金髪の男を見た。
 悪魔というからにはやはり、それ相応の姿をしている物ではないのか、と思った。
 目の前に立つのは、ただ普通の……いや、人間離れした美しさと雰囲気を持つ、ただの男性のように見える。
「彼が悪魔だというのかね?」
「そうです。……やっぱりなくなってる」
 男性はチラリと視線を移し、小鳥が大事そうに保管してたフラスコを見やる。
 マグネタイトが入っていたそのフラスコの中身は、最早空だった。
「社長、小鳥さんの言っていたことですが、悪魔はマグネタイトを使って現界に物質として顕現するらしいです」
「……あのフラスコに入っていた物かね? アレがなくなっているからと言って、彼を悪魔だとは……」
 やはり信じがたい。
 こんな非現実的な状況においても、常識と言うのはなかなか離れないのだ。
「信じてください。でないと、最悪死んでしまうかもしれない」
「……う、うむ」
 必死な様子の男性に、高木は頷いていたが、やはり心はどこか信用しきれてなかった。
「信用しないのならばそれでも構わない。私はただ、真実を述べるのみ」
 口元を上げるだけで笑い、男は壁に描かれていた魔法陣をなぞる。
「この世界の隣には、魔界と言う世界がある。薄い皮を一枚めくれば、すぐそこは我ら悪魔の故郷だ。だが、その皮をめくる作業と言うのが面倒でね。あの女性がプログラムや陣を独力で作り出したのなら、賞賛されてしかるべきだ」
 喋りながら、男は魔法陣の中に手を突っ込んだ。
 コンクリートで出来た壁が、まるで水面の様に波を打ち、男の腕を受け入れる。
 そしてその手を引き抜いた時には、一羽の蝶のようなものを捕まえていた。
「カハク。中国に伝わる妖精だ」
 男が言うのに、二人はその蝶のような物をまじまじと見る。
 すると、それは手に乗るほどの人の体から、蝶の羽が生えたような生き物だった。
「こ、これは……生きているのかね?」
「当然だ。こう言う常識外の姿をしていた方が、悪魔として認識し易いだろう?」
 高木に対しての配慮だったのか、男はクツクツ笑いながら、話を続ける。
「さて、この世にマグネタイトを多く有するのは二つの存在。人間か、悪魔か。マグネタイトを要領よく集めようとするなら、そのどちらかを殺せば良い」
 言い終えた瞬間、男はカハクという悪魔を片手で握りつぶした。
 麗しい外見をしたその悪魔は、断末魔を上げて、成す術もなく死んでいった。
「……なっ!?」
「この悪魔から出てきたこの物質、これが不活性マグネタイトと言う物だ。これを体内に取り込み、活性化させる事で、悪魔は現界に顕現する事が出来る」
 悪魔の亡骸から現れた灰色の宝石のような物は、小鳥が必死で集めたマグネタイトの質量を軽く上回っていた。
 悪魔を殺せばマグネタイトが集まる、と言う話は嘘ではないらしい。
 男はその不活性マグネタイトを自分の内に取り込み、話を続ける。
「ここからが本題だ。君たちの仲間であった音無小鳥と言う女性。彼女は現界と魔界を限りなく同位状態に近くし、悪魔が現界に現れるのに必要なマグネタイト量を、著しく低下させた。それは即ち、現界に悪魔が現れやすくなったと言う事に他ならない。この魔法陣がある限りはね」
 男は壁に描かれた魔法陣を指差す。
 それに呼応するかのように魔法陣は淡く輝き、まるで生きている事を誇示するように胎動している様にも見えた。
「ならばすぐにその陣を――」
「消しても良いのか?」
 高木の言葉を継ぐように、男が尋ねる。
 その真意を量りきれない高木は、返答する事が出来なかった。
「この陣は魔界と現界を繋ぐ橋。一度閉じれば、また長い時を待たねば開かれる事はあるまい。だがそうなれば、小鳥と言う女性は二度と君らの前に姿を現さないだろう」
「ど、どう言う事だ!?」
「彼女は……いや、彼女の魂は今、魔界にいる。身体とは乖離した状態でね」
 先ほど感じた『小鳥から何かが抜け落ちた様に見えた』と言う感覚。
 アレはあながち間違いではなかったのだ。
 あの手は、小鳥の魂をもぎ取っていったのだった。
「すぐに探せば、魂を取り戻せるかもしれないぞ? ただ、あまり時間を置くと身体の方が崩れ落ちるがね」
「なんだと!」
「魂と肉体とは通常、切り離せない物。どちらか片方での活動は、余程の事がない限り無理だ。それは生命活動にも影響する。どれだけその身体を保持しようとも、魂のない身体は長くて数年で崩れ落ちるだろう」
「……それを回避するために、魔界との扉であるその魔法陣を消すな、と?」
 高木の質問に、男は笑って頷いた。
 高木の傍らに立つ男性は、判断に迷っていた。
 小鳥のことは助けたい。だが、それはあの男の手の平で踊っているだけの様な気がしてならないのだ。そして、そのまま踊っていては取り返しのつかない事が起こるような予感がする。
「社長……」
「私は……音無くんを助けねばならない」
「……っ」
 高木の決断を、男性は止める事も、賛成することも出来ずにいた。
 ただ、目の前に立つ男はクツクツと笑っているばかり。それに酷く、苛立ちを覚えた。

テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

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