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真・菊地探偵事務所 目次

注意喚起!
これはアイドルマスター、及び真・女神転生シリーズの二次創作ですが、両作品共に設定を弄ったりしている所があります。
俺理論:メガテン:アイマス=7:2:1くらいの割合です。
その辺とか、色んなつたない所は目をつぶったり、もしくは辛辣に言及したりすれば良いじゃない。

目次です。
ここから各話に飛んだり、コメントにダメだししたりしてください。
あと、お知らせもここに乗っけていきます。

11.12.15 全体的にチョコチョコ修正。

お知らせ
差し替えも終わったので、これで本当に終了。
いままでありがとうございました。

続きを読む »

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テーマ : 二次創作 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 エピローグ

エピローグ

 声が聞こえる。
 誰かが呼んでいる。
 これは……。


「真ちゃん!」
 真が目を覚ますと、目の前に涙目になった雪歩がいた。
「雪歩?」
「真……ちゃん……」
 雪歩は溜めていた涙をポロポロ零し始めてしまった。
 彼女の背後にはちょっとオドオドしている美希も見える。
 何があったのか、と真は頭をめぐらせた。

 ここは菊地探偵事務所のオフィス。なんて事はない、ただのしなびれた雑居ビルの一室だ。
 何も変わらない、いつも通りの部屋、いつも通りの顔ぶれ。
 ただちょっと違ったのは、雪歩が涙目だったことだけ。
「どうしたの? 雪歩、何かあった?」
 真が尋ねるのに、しかし雪歩は笑って首を振る。
「ううん……おかえり、真ちゃん」
 どこにも行っていないのに『おかえり』と言われるとは思っていなかったので、真は少し面を食らってしまったが、次の瞬間には自然と言葉が口を突いていた。
「うん、ただいま、雪歩」
 そうして、二人は通じ合ったように笑った。

 そこにいた誰も気付かなかったが、オフィスのドアが開いてあった。
 その隙間から、手が伸びる。
 綺麗な白い手は、入り口の傍にあった棚においてあるお香の鉄器を持ち去り、そのまま消えていった。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

真・菊地探偵事務所 三章 13

13 明星

 カグツチ塔の最上階ももうすぐ、と言うところで、急に雪歩が足を止める。
「ま、真ちゃん」
「どうしたの、雪歩? あ、もしかして、またチューナーの力が!?」
「ううん、違うの……」
 雪歩には見覚えがあったのだ。
 この場所、この踊場で、二体の悪魔と戦った事を。
 一人は雷神、もう一人は豹頭の堕天使。
「これって……私は……ううん、真ちゃんは覚えてないの?」
「覚えてるって……何を?」
「前にここで……」
「だ、ダメなの、ユキホ!」
 そこで慌ててミキが止めにかかった。
「それはマコトくんが思い出さなきゃダメな事なの!」
「でも……このままじゃ真ちゃんはまた……」
「でもダメなの! そうじゃないと意味がないの!」
 困惑する雪歩だが、しかしこのままではまた真が死んでしまう。
 そう思ったなら、最早口に戸は立てられなかった。
「真ちゃん、このままじゃ――」
「そこでストップ」
 しかし、またも邪魔が入る。
 今度はミキではなく、前方に立っていた人影から。
 その声の主はどうやら少女。見覚えのあるかえるのポーチをぶら下げた、ツインテールの女の子だった。
「君は……やよい?」
「うっうー、お久しぶりです、真さん!」
 やよいは片手を上げて元気良く挨拶する。
 だがしかし、それは妙だ。
 あずさの話では、やよいはトラウマによって言葉を失くしたはず。
「喋れるようになったのか?」
「そうですよー! お陰さまで、私も心の傷を克服する事が出来たんです!」
 何があっても驚かない自信はあるが、しかしだからと言って全てを受け入れられるわけではない。誰かに何かしらの変化があれば、動揺はせずとも警戒してしまう。
 何故ならば、やよいがたった一人で、このカグツチ塔最上階付近にいる事が、まず何よりも怪しいのだから。
「君は一体何物なんだ?」
「……察しがいいですね。流石は真さん。でも、その割には未だに気付いていないのは貴女だけですよ?」
 気付いている、と言うのは仲魔たちの変化の事だろう。
 ミキは最初から何かを知っていたようだし、ホルスもそうだった。
 イオリは途中で何かを思い出したようだし、雪歩もついさっき。
 ヒビキは例外としても、今のところ真だけ『その記憶』がない。
「思い出す機会は幾つもあったはずです。いいえ、真さん自身、何か記憶に引っかかる事があったんじゃないですか?」
「……君は何を知っている?」
「この世界の事は全て。今まで貴女方が歩んできた道、そしてこのボルテクス界の終わり行く先も全て、私の思うとおりに進んでいます」
 まるで神でも気取るかのようなやよいの口ぶり。
 しかし、やよいの表情にふっと影が落ちる。
「ですが、一つだけ手違いがあるんです。それが真さんの記憶ですよ」
「ボクの、記憶?」
「出来るだけ記憶に刺激をもたらしやすい構成にしたのに、それでも貴女は全てを思い出してはいない。それはつまり、貴女はどこかで思い出すことを拒んでいるんです。ですが、それではダメなんです。それではこのボルテクス界は意味がない」
 言いながら、やよいは腕を前に出す。
 すると雪歩、ミキ、イオリ、ホルス、ヒビキの身体が淡く光り始めた。
「な、何これ!?」
「キモチワルイの!」
「どうなってるんさ!?」
「ま、真ちゃん!」
「雪歩、みんな!!」
 雪歩が伸ばす手を、真が掴もうとした瞬間、全員の姿は青い光となって消え、そのままやよいの手の中に収束した。
「真さん、これは貴女に課した試練です。貴女がその器たるか否か」
「みんなを帰せ!」
 真はヒノカグツチを掴み、そのままやよいに斬りかかる。
 しかし、その刃は見えない壁に阻まれる。
「ぐっ!?」
「試練を乗り越えた後、記憶も取り戻してみて下さい。そうすれば仲間は全て返しましょう。しかし、そうでないならば、貴女はまた全てを取りこぼす事になる。これは私が送る、最後のチャンスです。しっかり活かして下さいね」
「なにを……!?」
 真の言葉を遮るように、やよいは指を鳴らす。

*****

 その瞬間、真を取り巻く環境がガラッと変わった。
 そこにあったのは、懐かしき菊地探偵事務所、そのオフィスだった。
「こ、これは!?」
 しかし、真の手にはGUMPもヒノカグツチもある。
 全て夢オチ、と言うわけには行かないだろう。
「なんなんだ、一体……」
 真が周りを窺っていると、部屋の隅に雷が落ちる。
 その雷によって呼び出されたのは、インプだった。
「か、下級の悪魔か? どうしてこんな所に」
『キー、キー!』
 GUMPを持っていても悪魔の言葉がわからない。
 これは、交渉の余地もないと言う事だろうか。
『キー!!』
 真が様子を窺っていると、インプは腕を突き出して魔法を操る。
 発生した衝撃波が、オフィスの中にあった家具を吹き飛ばして真に襲い掛かってきた。
 しかし、真はそれを易々と避け、
「そっちがやる気なら!」
 カグツチを閃かせて、インプを切り裂く。
『キー……』
 インプはマグネタイトを吐き出して、そのまま死んでいった。
「あのインプ……見覚えがある。アミとマミが操っていたヤツだ」
 真の記憶のドアを叩く音が一つ。

*****

 記憶の尻尾を掴む前に、またも場面が変わる。
 ここはバンナム社長室。
 そこに居たのは、青い炎をまとった蛇の神。
「あれは……千早のペルソナ」
 あのペルソナはイルルヤンカシュ。確かに千早のペルソナだった物だ。
 しかし、今は真に向けた敵意を隠そうともしない、ただの野良悪魔の様だ。
『グルルルル』
 低く唸りを上げるイルルヤンカシュは、そのまま真に飛び掛る。
 大顎を開けて噛み付こうとする悪魔を、真はすんでの所でかわし、床を転がる。
「問答無用か! だったら……!」
 またもカグツチを振るい、イルルヤンカシュを切り倒した。
「はぁ、はぁ……なんなんだ、一体。どうなってるんだ!?」
 この社長室にも見覚えがある。
 確か、あの壁を破って現れた人物がいたはずだ。
 そもそも、真がここに来た理由も確か……

*****

 息もつかせず、次の場所へ移る。
「うう、酔っ払いそうだ……」
 次々とめまぐるしく変わる風景に、乗り物酔いに似た気分を味わう真。
 今度の場所はHRインフォメーション。
 そこに現れたのはエイの姿をした堕天使。
「フォルネウス……確か、雷に弱いんだったな」
 情報を反芻しながら、今度は真から打って出る。
 どうせあの悪魔も、こちらの都合などはお構い無しなのだろうから、ならば先手必勝だ。
 カグツチの一振りで、フォルネウスも打ち倒した。
「確か、ここで雪歩は」
 悪魔の血を混ぜられて帰ってきた。
 そして、気づいた時には彼女は魔法を操る事が出来ていたのだ。

*****

 次の場面はあずさの屋敷。
 そこに現れたのは雲に乗った大猿、セイテンタイセイである。
「これも千早のペルソナ……」
 セイテンタイセイは素早さを生かして真に近付き、手に持っていた如意棒を振るって襲い掛かる。
 しかし、あの時は全く歯が立たなかったが、今はそうではない。
 魔人として完全に覚醒している真なら、セイテンタイセイの速さの先を行く。
「遅いッ!」
『ウキーッ!』
 打ち込んできたセイテンタイセイの頭上を飛び、そのままカグツチを振り下ろして倒す。
「ここは春香が人修羅に覚醒した場面……」
 真の記憶の扉がドンドンと開いていく。
 あずさの屋敷の中で戦った事はないはず。見た事のないシーンのはずなのに、何故だか既視感を覚えている。
 これは一体なんなのか、

*****

 その答えが出ないまま、次の場面に移る。
 ここはバンナム地下、ターミナルの前だった。
 そこに聳えていたのは巨大な神、ラーヴァナ。
「コイツは……」
 雪歩を守る為に戦っていた真。
 しかし、雪歩は共に戦う事を選んだ。
 真もそれを受け入れ、みんなで力を合わせて倒した敵。
 ズキリ、と頭が痛む。
「思い出したくないのか、ボクは……」
 頭が記憶の流出を拒んでいるようにも思える。
 この拒否反応は一体なんなのか、真の知る由もない。
「くそっ!」
 ラーヴァナすらも一刀の元に切り伏せ、真は頭を抱えてうずくまった。
「なんなんだ! ボクに何をさせたいんだ、やよい!」
 しかし、答えが来るはずもなく、次の場面へと移る。

*****

 次はイケブクロ。真は入った事もないはずのマントラ軍本営だった。
「でも、見覚えがある」
 既視感が強くなるたびに、頭痛も酷くなる。
 この先の記憶が見たくない、と本能が叫んでいるようだった。
 真の前に立ちはだかったのは、雷神トール。
 その前には不自然な水溜りが出来ていた。
「これは……」
『構えろ。強さを示せ』
 トールは低く響く遠雷の様な声でそう言い、真に向かってミョルニルを振り下ろす。
 しかし、真は頭痛を抱えながらもそれを避けた。
「まさか……こんな……」
 記憶が告げる。あの水溜りの正体を。
 あれはミキが溶けた跡。つまり、死んだ証拠である。
「うああああああああ!!」
 それを理解した瞬間、カグツチは強く燃え猛り、その炎でトールを包み、焼き殺した。
 トールが消し炭になった後も、真の頭痛は止まない。
「くそ、どういうことだ! ミキは、死んだのか……!?」
 やよいの手の中に吸い込まれたミキ。しかし、あれは死んだのだろうか? どうにもそうとは思えない。
 このビジョンも他の何かを意味しているのではないか、と、そう思えて仕方ないのだ。

*****

 続いてはヨヨギ公園。
 決意の場所、共にいると誓った場所。
 そこに居たのは少年のような背丈の妖精と、鋭い槍を構えた美形の騎士。
「ボクは、何を忘れていたんだ……」
 記憶の扉が完全に開かない今、何を忘れていたのかも思い出せない。
 しかし最早『忘れていた』と言う事実は否定し得ない。
「思い出すべきなのか? これほど本能は嫌がっていると言うのに……ッ!」
 頭痛はその激しさを増すばかり。
 しかし、悪魔たちは待ってはくれない。
 騎士の補助魔法によって、妖精の攻撃は鋭さを増し、更に連携を使って真に襲い掛かってくる。
 だが、それでも真の敵ではない。
 カグツチを振るって二体を薙ぎ払い、頭を押さえる。
「ボクはここで、雪歩の手を取った。そして、一緒にいるって約束したんだ」
 扉の置くから漏れてきた情報。
 それは紛れも無く、真の記憶。
「こんな大事な事を忘れていたのか、ボクは……だったら」

*****

「ボクは全てを思い出す。取り戻してみせる!」
 次はアサクサの地下にあるマネカタの聖地、ミフナシロ。
 そこに現れたのは、またもトール。そして、その傍らには豹の頭の堕天使が。
「二体だって構うもんか! ボクの邪魔をするなら、押し通る!」
 カグツチを構え、一気に二体に斬りかかる。
 大した抵抗も出来ずに、悪魔二体は切り裂かれ、そのまま崩れ落ちるか、と思ったのだが。

*****

 しかし、場面が変わると同時に、二体は再び起き上がる。
「くそっ、浅かったか!」
 真が周りを窺うと、その風景はカグツチ塔のモノになっていた。
「ボクは以前にもここを上った事があるのか……。ぐっ、うう」
 頭痛がまた一段階強さを増す。
 これ以上行くと引き返せない、と誰かが呟くように言った。
 しかし、真はもう決めたのだ。全てを取り戻す、と。
「うおおおおおおお!!」
 言う事が聞かなくなっている身体に鞭打ち、真はカグツチをもう一振り、閃かせた。
 トールと堕天使が消え去る。

*****

 そして最期の地へと至る。
 ボルテクスの中心、カグツチの目の前。
『我は無なり』
 カグツチはそう言った。
『そしてお前もまた、無に帰す者なり』
「な、なにを……」
 カグツチは今までの悪魔とは雰囲気が違った。
 すぐに真に襲い掛かってくるようではない。
『無理に創世を行った代償で、お前は命を燃やし尽くしたはず。しかし何故、今一度我が前に立つのか』
「ボクが、死んだ……!?」
 腹の中が胎動した。
 胃液が逆流しそうになる。
 頭痛が全身に伝播し、指先まで動かせなくなってしまった。
「ボクは、死んだのか……」
 それは究極のトラウマ。
 自分が死んだ記憶。
 死の恐怖、喪失感、虚無感、何もかも等しく、それらはその人物にとって最悪の絶望たり得る記憶。
 誰だって思い出したくはない、禁忌の箱となる。
 それを今、真は思い出したのだ。
『答えろ、人であり、人にない者、魔人よ』
「ボクは……どうして、ここに居るんだ」
 自分でも答えを見出せなかった。
 真は全て思い出したのだ。
 以前、ボルテクス界を踏破し、その先にあった『不完全の創世』と言う絶望。
 それを完全なものにする為に、真は魔人の力と自分の命を賭して、完全な創世を成し遂げたはずだった。
 代償はわかりやすく『死』。
 それも払い終えたはずだ。
 昼時の、事務所の椅子で、真は静かに生を終えたはずだった。
 だが、だとすれば何故、こんな夢を見ているのか?
「私が答えましょうか?」
 そこに現れたのはやよいだった。
「や、よい……?」
「率直に言いましょう。真さんに力を貸す人物がいたんです。酔狂と呼ばれようと、その人物は貴女を生き帰すつもりなんです」
「ボクを生き帰す? そんな事が、出来るのか……?」
「貴女がそれを望むのならば」
 そう言ってやよいは手を差し出した。
 そこには青い光が宿っている。
 先程吸い込まれた、雪歩たちだ。
「彼女たちは貴女の死を、酷く悼まれている。それは貴女が愛されている証拠。彼女たちの思いを無下にしてまで、貴女は死を選びますか?」
「だってそれは……人が生き返るなんて、あってはならないことだ」
「それはどうしてです?」
 やよいは無垢な瞳で真の顔を覗き込んだ。
「人が生き返らない、って誰が決めたんですか?」
「それは……常識だ」
「常識とは覆らないルールなのですか? いいえ、それは違います」
 そう言って、やよいはポーチから一つの鉄器を取り出す。
 そこから溢れる煙は、不思議と心地の良い匂いがした。
「常識とは即ち、神の敷いたレールに人間的な解釈を織り交ぜたものに過ぎません。それは実は酷く脆く、覆りやすい幻想のボーダーラインでしかないんですよ」
「そんな……バカな……」
「真さん、私はね」
「やよい……?」
 真の視界がぼやけてきた。
 煙を吸ったからだろうか? 何か危ない薬だったのかもしれない。
 やよいの背後に、なにやら背の高い人影を見た気がしたのだ。
「神に反逆する人を応援したい、とささやかに思いますよ」

*****

 カグツチの目の前からは、真はいなくなっていた。
 残ったのはやよいとプロデューサーの思念体のみ。
『あれでよかったのか? あれがお前のしたかった事かよ?』
「ふっ、これは単なる返礼だよ」
 年恰好に似合わず、皮肉めいて笑うやよい。
 その姿にプロデューサーは不気味さを感じずにはいられなかった。
『返礼? なんのだよ?』
「前回のボルテクス界は、手駒を揃える事は叶わなかったものの、そこそこ楽しめた。それは彼女があってこそだったと、私は思う。だから、その暇潰しに最大の功績を残した彼女を、私なりの礼として、今回のボルテクスを作ったのさ」
『ボルテクスを作った? お前が?』
「そう、このボルテクスも、彼女が今まで会って来た全ての存在も、君も、これら全ては彼女が見ている夢に過ぎない。そして私はそれをプロデュースしただけの事だよ」
 クツクツと笑うやよいは、やっぱり似合わなかった。
「さて、では私の暇潰しもこれでお終いだ。ボルテクスもその内、終息を向かえるだろう」
 先程までの嫌味たらしい笑顔は消え、やよいは子供らしい笑顔でプロデューサーを見た。
「君も最後の時を望む場所で、望む人と終えるが良い」
『……お前がそんな事を言うとはな。正直意外だ。裏があるのかと勘繰りすらしてしまう』
「ふふ、疑われるのも無理もないとは思う。だが、本心を言ってしまえば、この世界なんて彼女の夢でしかないのだから、私にとって何の益もないのだよ。そんな世界をさまよう魂に対し、どこへ行こうと関心も向かないね」
『だったら何故、俺をここまで手元に置いていたんだ?』
 プロデューサーの問いに、やよいは一度クスっと笑い、
「さてね。君とはよくよく縁もあるから、と言う理由なのかも知れん」
『縁……?』
「平行世界では君と出会う事も多い。故に、と言うのが理由になるだろうね」
『そんな理由で……』
「暇潰しの理由に高尚さを求めてはいかんよ。……さぁ、時間も押し迫ってる事だし、君も行くと良い」
 その言葉の直後、プロデューサーの魂を束縛していたものが掻き消える。
 ふわりと浮く思念体と言う存在が、初めて不安定でどことも知れぬ場所へも消えてしまいそうな、実は怖い身体だったと知る。
『じゃあ、お言葉に甘えて俺は行かせてもらうよ』
「そうするといい」
『でも、最後に』
 プロデューサーはやよいに向けて手を差し伸べた。
『アンタの事はやっぱり好きになれないし、絶対に心も許せないと思うけど、色々為になる事もあったし、俺がこの世界でここまで生きてこられたのも、アンタのお陰だと思う。ありがとう』
 その行動に少し面を食らったか、やよいは一瞬目を丸くした後、小さく笑ってその手を取った。
「こちらこそ、有意義な時間をありがとう。この暇潰しも、君がいなければ退屈なモノになっていたかもしれない」
『それは過大評価だ』
「そうかもしれないな」
 二人は同時に笑った後、手を離し、プロデューサーはカグツチ塔の中へ消えていった。
「さて、私は祭りの最後を見届けよう」
 やよいはカグツチの目の前から飛び立ち、どこかへ消えていった。

*****

 オベリスク最上階付近。
「う……ん」
 そこで目を覚ましたのはあずさだった。
 彼女が目覚めた事に気付き、シジョウは彼女に近付く。
「目覚めましたか、三浦あずさ」
「……貴女は……」
「私は葛葉シジョウ。葛葉のデビルサマナーをやっております」
 葛葉と聞いて、あずさは一瞬眉をひそめる。
 この事件の原因の一旦は、元を辿れば葛葉にある。
「貴女たちがあの資料を流出させなければ……」
「このような事態は免れましたか? 私はどうしてもそうは考えられませんね」
 シジョウは周りに悪魔がいなくなった事を確認した後、仲魔を管に戻し、剣を収めた。
「遅かれ早かれ、ボルテクス界は生まれたでしょう。我ら葛葉が行動を起こさずとも……いいえ、ヤタガラスが指示しなくとも」
「どういうこと……?」
「世界は終わり行く運命を変えられずにいた。それの打開策がこのボルテクス界なのです。今回は葛葉の人間と知り合いであった音無と言う人物に資料を渡しましたが、それが誰であろうと構わなかったのです」
「では、貴女たちは誰にでも資料を渡したと言うの!? それではテロと変わらないわ!」
「どうでしょうか? 貴女は何の前知識もなしに、私たちの資料を読んで理解できますか?」
 葛葉の資料に書かれていた内容は、魔術書とほぼ変わりない。
 それは一般人が読んでも意味のない文字の羅列でしかない。もしくは笑いモノでしかない。
 実際、なにも知らないプロデューサーや高木などは、小鳥の熱心な姿を見せられても、半信半疑のスタンスを変えなかった。
「事実、ヤタガラスからの指示で流出させた資料は二十にも及びます。しかしそれが正しく理解されたとの報告は僅か三件。内の一件が音無家の息女によって引き継がれ、この様な形で実を結んだ。ただそれだけの事です」
「……だったら私は、やはり貴女たちを好きになれません」
 それは世界的な視点から言えば正しい行いだったのかもしれない。
 しかし、一個人的な視点で言えば、それはまさしく悪だったのだ。
 この事件によって、あずさの人生は確かに道を外れたし、彼女の周りの人間も多大に道を狂わされた。酷い場合は死にもした。
 近しい人の死とは、その原因に悪を見出すのにこの上はないのだ。
 ならばあずさが葛葉を恨む道理は通る。
「貴女が私を嫌う理由を否定はしません。葛葉を肯定しろとも言えません。私は貴女の意思を尊重し、それで少しでも貴女の慰みになるなら、それで構いません」
「そんな事を言われたら、何も言えなくなるわ」
「……そうですね」
 あずさにもわかっている。
 組織に属しているシジョウ個人を恨んでもどうしようもない。
 それに葛葉とて、ボルテクス界を作るなんてリスクの高い策は下策としていたはずだ。
 下策を取らざるを得なくなったわけは色々あるのだろう。葛葉を『他者を省みぬ悪者』と呼ぶのは憚られる。
 それに、以前もあずさは大を生かす為に小を見殺しにする策を、真に提案した事もあった。葛葉のことだけを論う事はできまい。
 だから、必要以上に憎む事もしないし、恨みもしない。
 残ったのはボルテクス界で生き残れなかった事実と、亡き人への謝罪の気持ちだけ。
「プロデューサーさん……私は……」
『あずささんは頑張ってくれましたよ』
 そこへ、思いがけない声が届く。
 あずさの目の前に青白い光が現れたのだ。
 すぐにシジョウは剣を構えたが、どうやら光に敵意はないようだった。
『葛葉の人だろう? 俺は何もしないよ。って言うか、思念体じゃ大した事は出来ない』
「思念体……貴方は?」
「プロデューサーさん!?」
 あずさが思念体に手を伸ばすが、実体のない思念体を触れる事は出来なかった。
「プロデューサーさんなんですか!?」
『そうです。えっと……久しぶりです』
「そ、そんな普通の挨拶……」
 なんだか一気に気が抜けてしまった。
 輪郭のぼやけた思念体ではあるが、プロデューサーの顔はどこか笑っているようだった。
「プロデューサーさん、今まで一体、どこで何を……?」
『色々と、話すと長くなるのでいつかゆっくり話しますよ』
「……そうですね。私はもう、貴方に会えないんじゃないかと、ずっと心配で……」
『あずささん……ありがとうございます。でもこれからはもう、離れませんから。ずっと、貴女の傍にいます』
「本当ですよね? 約束ですよ? ずっと、私の隣に……」
『はい、約束します』
 プロデューサーは小指を差し出す。
 あずさも笑って、その小指に自分の小指を絡めた。
 実体のない思念体との指きりには、何の感触もなかったが、あずさはそれでも嬉しかった。
「仲がよろしいのですね」
「あ、シジョウさん……」
「私は少し、席を外しましょうか?」
「だ、大丈夫です!」
 この殺伐としたボルテクス界で、少し、場が和んだようだった。

*****

 カグツチ塔の中層。
 床に座った春香の膝の上で、千早が寝息を立てていた。
 ここまで気を張って突っ走ってきたツケが来たのだろう。精神力も使い果たして、今はただ眠りこけている。
「アホ面で寝やがって。ここはまだ悪魔もいるんだぞ」
「千早ちゃんが寝てる間、見張りは頼んだわよ、モムノフ」
「へいへい……」
 モムノフは二人を見ながらため息をついた。
 今のところ、道反玉を使ってスパルナを蘇生したものの、まだ本調子でない。故に戦力になるのはモムノフだけだ。
「そう言えばアンタ、千早ちゃんの事を知ってたようだったけど、結局なんだったの?」
「あ? 俺だけが特別ってワケじゃねぇさ。お前だって同じだよ」
「私も?」
 確かに春香も千早の事は知っていたが、会った事もないモムノフが千早の事を知っているのが特別ではないのだろうか?
 そして、それが春香も同じとはどういう意味なのだろうか?
「ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
「お前も、何かきっかけがあれば思い出すんだろうが……まぁ、もう時間もないだろうしな」
 真くらいの強さを持った存在となると、離れていてもその位置は知れてしまう。
 しかも創世の器は既に真しかいなくなっているのだ。とすれば、ボルテクス界で真一行は最強と言って良い事になる。
 そんなパーティの居場所が、カグツチ塔のてっぺん近くとなれば、もうすぐこのボルテクス界は創世を経て消えていくだろう。つまり、悪魔は全て滅し、真の築く世界が出来上がる。
 ならばもう、モムノフが語る時間もそう多くはない。
「ぶっちゃけた話、この世界、ボルテクス界やその前の世界を含めて全てが、誰かさんの夢なんだそうだ」
「……いきなり信じられない話ね」
「だったら、この話は終わりだな」
 モムノフの切り返しを受け、春香は思い切り睨みつけてやったが、あまり効果はなかった。
「続けて」
「……この世界を形作ってるのは、大半はその夢を見ている誰かさんの記憶、そして世界の記憶、残りの極々僅かな成分が俺やお前って事だ」
「良くわからないわ」
「だろうな。俺も実のところは良くわかってない。この世界に放り出される前に、とあるお方に話をチラッと聞かされただけだし」
「とあるお方って誰よ?」
「情報の出本は関係ないだろ。それを聞いたところで真偽の確証を得られるわけでもない」
 その『とあるお方』が春香の知らない人物だった場合、その情報の価値に変化は見られないだろう。だとすれば、モムノフの言う通り、情報の出本は必要ない。
 元情報屋としては、それでは不安も残るだろうが、とりあえずは話を聞く事にしよう。
「この夢は少々特殊でな。普通、個人の夢ってのはその人間が持つ記憶だけで構成される。でも今度の夢はそこに世界の記憶が混じってるんだ」
「その世界の記憶ってなんなの?」
「夢の世界の外側、つまり本来、夢を見ている本人が生きている世界だな。その世界が有する色んな記憶を、今回の夢は取り込んでるのさ」
「つまり……どゆこと?」
「夢を見ている本人すら知りえない情報が、夢を構成する要素として混じってるんだ。恐らく、夢を見ている当人なんかは、俺の記憶なんざ知らないだろうし、知る由もないだろう。だとすれば、俺がここにいる理由ってのは、その世界の記憶から引っ張ってきた、って事だな」
 つまり夢を見ている人間が会った事もない、喋った事もない、見た事もない人物が夢に登場してしまうのだ。それは夢の中で創作された人物ではなく、実在する人物を正確に模写しているのだから、普通の夢ではほとんどありえないと言える。
「それだけで既に、この夢はかなり特殊なモノなんだが、それに加えてもう一つ、俺たちの存在がある」
「千早ちゃんの事を知っている理由ね?」
「そう。俺たちも基本的には世界の記憶の一部って事になっているが、それに加えてもう一つ、現実世界に存在する俺たちの『魂の欠片』を有しているんだ」
「魂の、欠片」
 春香は自然と自分の胸を押さえていた。
 どこか、その言葉に引っかかりを覚えたのだ。
「その言葉、聞いた事あるかも」
「そうだろうな。もしかしたら、お前も思い出していたかもしれないんだから。話を戻すが、俺たち、魂の欠片を持った存在はこの世界に十人ちょっとしかいない。それらは夢を見ているヤツを導くために存在しているらしいんだ」
「私もアンタも、夢を見ている人物を導いてたっての? 言っておくけど、私は私の思うままに歩いてただけよ?」
「俺だってそうだ。だが、あのお方の考えじゃ、それはそうでもないらしいんだな」
 モムノフも春香も知らない事だが、夢を見ている人物を導く役目は果たしているのだ。
 二人がいなければ、もしかしたら夢を見ている人物は、ボルテクス界に辿り着く前に死んでいたのかもしれないのだから。
 夢を見ている人物が夢の中で死ねば、それは夢から覚める事になるだろうが、この夢は特殊なものだ。この夢の中でその人物が死ねば、それは現実世界での死を意味する。
「ええと、話を纏めると、アンタは世界の記憶から生み出されて、魂の欠片を持っていて、更にその欠片を上手く使いこなせてるから、千早ちゃんの事を知っていた、ってこと? 現実世界ではアンタは千早ちゃんと出会った事がある、と」
「そういう事だな。まぁ、腐れ縁だったけどな」
 そう言って、モムノフはまだ寝ている千早の顔を愛しげに眺めた。
「その顔、なんか怪しいわ」
「ん? 何が?」

*****

 そしてカグツチ塔上層。
「はぁ、はぁ……」
 床に手をついて、真が戻ってきていた。
 自分の死を認め、そしてそれを受けて自分は何をすべきなのか。
 混乱の上に精神的疲労がのしかかっている。
「ボクは……どうしたらいい」
 この世界は真の夢だったと気付く。
 だとしたら創世をしたとしても、それはどこに行き着くのだろう?
 夢の世界を立て直したとしても、そこにどんな意味があるのだろう?
「全部、思い出したんだね」
 気付くと、傍らに雪歩がいた。
「雪歩、ボクはどうしたらいい? この世界で、ボクが成し遂げる事に、何の意味があるんだ?」
「全部思い出したのなら、きっとわかるはずだよ。全てを取り戻すと言った真ちゃんが、最後の最後で何を取りこぼしたのか」
 雪歩は真の手を取って立ち上がらせる。
 目線の合った二人は、それでも真が目を伏せた。
「ボクが取りこぼしたもの……?」
「そうだよ。真ちゃんは一番取り戻すべきものがあるはずだよ」
「それは……」
「真ちゃんの、命」
 全てを取り戻した真が取りこぼしたものは命。
 取り戻すための代償として支払ったものだ。それは仕方のない代償だった。
 だが、カグツチの力を以ってすれば、その命すらまかなえるかもしれない
 夢とは言え、この世界はボルテクス界。
 創世を行う者の思うとおりの世界を作る事ができる。
 ならば、真の命ぐらい取り戻す事が出来ない、なんて事があるわけがない。
「でも、そんな利己的な目的で創世を行っていいのか? それじゃあボクは、ボクのわがままで全てを壊してしまう。同じ過ちを繰り返してしまう」
「そうじゃないよ。今回は違う」
 雪歩は真の手を強く握った。
「真ちゃんはもう全てを取り戻す事で、その過ちを清算したんだよ。それによって私たちは救われたし、感謝もしてる。だから、今度は私たちが真ちゃんの力になる番なんだよ」
「雪歩が……?」
「私だけじゃないよ」
 そう言われて、真は後ろを振り返る。
 そこには仲魔たちが全員揃っていた。
「アンタは一応、私のサマナーなんだから、勝手に死なれちゃ困るのよ。だから、アンタを生き返すためなら私は助力を惜しまない。サマナーを見殺しにした、なんて言われたら、このイオリちゃんの名前に傷がつくわ」
「ミキはね、マコトくんが死んじゃうのはイヤだなって思うの。だからミキもマコトくんの力になりたいし、それでみんながハッピーになれるんなら、結果オーライって思うな」
「タカネはマコトの事をよろしくって、自分に言ったんだ。だったら最後まで面倒を見るのが、仲魔としての勤めだよね!」
「現実世界やこの世界が、こんな風になってしまったのは私にも原因はあります。罪滅ぼしと言うわけでではありませんが、私にも手伝わせて下さい」
「イオリ、ミキ、ヒビキ、ホルス……」
 全員の思いを受け、真はまた雪歩を見る。
「私は真ちゃんのパートナーだよ。貴女と共に生き、貴女と共に死にます。だから、一緒に生きましょう。私はそうしたいよ」
「雪歩……」
 真は雪歩の手を握り返し、今度こそ彼女の目をまっすぐに見る。
 決意の火は灯った。

*****

 そうして一行はカグツチの前に至る。
『ようやっと来たか』
 カグツチは真を見て、そう言った。
『長らく待っていたが、決心はついたようだな』
「ああ、ボクはもう迷わない。最初からやる事は決まってたんだ」
 そう言って真はヒノカグツチを取り出す。
 カグツチの輝きと、ヒノカグツチの輝きが合わさり、辺りは眩い閃光に包まれた。
 創世が始まろうとしているのだ。
「最初からやる事は決まってたんだ。ボクは全てを取り戻す。ボク自身も取り戻してみせる」

 そうして、新たな世界が生まれる事となった。

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真・菊地探偵事務所 三章 12

12 悪なる神

 カグツチ塔に至り、更に最上階を目指す真たちの目の前に現れたのは、巨大な神の影だった。
「これは……」
『最後に残った創生の器は貴様か、魔人よ』
 立ちはだかったのはアーリマン。
 ゴズテンノウと戦った消耗など一切感じさせず、真たちの道を阻む。
『このまま捨て置いても、我がシジマの世界の障害にはならぬのだろうが……念には念を入れておくか』
「やるつもりか!?」
『お前とて、ここで我を見つけたからにはただで通すつもりもないのだろう? 創世前の最後の遊戯だ。とくと楽しむといい』
 アーリマンの言う通り、今、このボルテクス界にはゴズテンノウはおらず、イザナミもいない。創生を行える存在はアーリマンと真だけとなる。
「真さん、気をつけてください! アーリマンはとても強い悪魔です!」
 ホルスが真の傍で注意を促す。
 しかし、それにも真は笑って答えた。
「大丈夫だよ。ボクにはみんながついてる。負ける気なんかしないさ」
「……そうですか。ですが、少し時間をください」
 そう言って、ホルスは一向から一歩前に出て、アーリマンと対する。
「私の声が聞こえますか?」
『……異国の神か、遺言でも遺そうと言うのか?』
「そうではありません。私の姿に見覚えはなくとも、声に聞き覚えはありませんか?」
 アーリマンはしばらく黙った後、しかし低く笑う。
『何のつもりかは知らんが、貴様など知る由もない』
「……えっ」
 その反応はホルスにとって意外だったようで、慌ててアーリマンの目線まで飛び上がる。
「私です! 小鳥です! 本当に覚えてないんですか!?」
『知らんと言ったら知らん。……貴様、どういうつもりだ』
 全く取り付く島もないアーリマン。
 ホルスもしっかりと悟る。これは嘘ではない、と。
「そんな……人格が完全に食われてしまったの!?」
『なるほど、器となった人間の知己といったところか。だが残念だったな。あの男は既に、我が内で存在の鳴りを潜めた。存在が完全に消えるまで、そう時間はかかるまいよ』
「なんてこと……本当の『受胎』の記憶が強すぎる」
 ホルスの目論みは、アーリマンの器となった高木の知り合いである自分が呼びかける事で、アーリマンの弱体化だったのだが、それが全く意味を成さない事になった。
 それどころか、このままではアーリマンに完全に食われた高木の思想は消え去り、アーリマンは本当にシジマの世界を作り出す事になる。それは東京受胎の時に成らなかったニヒロの宿願であり、最終目標。
 このボルテクスとしては異質の思想となる。

*****

「ほぅ、面白い事になったな」
 状況を遠巻きに見ていたやよいは、さも楽しげにそれを見下ろす。
「まさかこんなところでイレギュラーが発生するとは。葛葉の介入も前回にはなかった事だったが、アーリマンの強化が起こるとは」
『どういうことだよ』
 隣に浮いていたプロデューサーの思念体が噛み付く。
『社長は小鳥さんを忘れたって言うのか!?』
「いいや、彼自身はそれを目的としてボルテクス界を作り出したのだから、それを忘れる事はまずありえないだろう。この場合は高木順一郎という個がアーリマンに同化し、それによって人格を支配されつつあると言う事だ」
『より強い力を持った神の意思によって、社長の人格が消えかかってるって事か』
「君は理解が早くて助かる」
 嬉しそうに笑った後、やよいは更に続ける。
「そもそもこのボルテクス界には幾つかのイレギュラー要素が、最初から混ぜ込んである。いいや、それはボルテクス界が始まる前からだがね。その要素を混ぜ込んだのは私だ」
『あの妙な言動の雪だるまとか、ホルス……小鳥さんとかか?』
「その通り。更にそのイレギュラーが葛葉の介入や、イオリの覚醒と言う更なるイレギュラーを呼び、更にここに来てアーリマンの強化に至ったと言うわけだ。他のボルテクスではアーリマンは一番初めに打ち倒されるコトワリであったはずが、このボルテクスでは今一番、創世に近い存在となっている。これは興味深いね」
『そんな事言ってる場合か! アイツが創世したら、世界はどうなるんだよ!?』
「彼の思う通りの世界が出来上がるだろうね。確か静寂なる世界、シジマのコトワリだったか。その世界が出来上がるのなら、それも構わないさ」
『そんな……ッ!』
「君ももうわかっているだろう? この世界は単なるボルテクス界ではない。いや、ボルテクス界だけでなく、その前身であった死に行く世界も全て、仮初の泡沫に過ぎない」
 やよいの言葉に、プロデューサーは、しかし頷く。
 彼女の言っている事は、なんとなくではあるが理解できる。
 ここまで一緒に世界を俯瞰していたプロデューサーにとって、やよいの思惑もチラチラと垣間見えてきたのだ。
「この世界の行く末は、全てが茶番に過ぎない。もしくは取って付けた様な蛇足にしかならない。故に、このボルテクス界がどう転んだとしても、大勢に変化はないのだよ」
『だからと言って、ここまで手を貸してきた真って娘を放っておくのか?』
「手を貸したつもりはないがね。興味の対象として観察してきたわけだが、こんなところで挫けるのならば、その程度の存在だったと言う事。言っただろう、大勢に影響はない」
 つまり、この世界がどうなろうと、やよいの……いや、ベロチョロに宿ったルイ・サイファーに影響はないと言う事。知った事ではないのだ。
 故に、アーリマンに相対した真が劣勢であろうとも、やよいはその場から動く事はない。
 ただただ、現状を見下ろすのみ。
「それに何より」
 最後にやよいは付け足すように言う。
「未だにこの世界は、私の手の内を超えてはいない」

*****

 大きな思惑を知らず、真はただ、敵としてアーリマンと対する。
「そっちがボクの邪魔をすると言うなら、倒してでも先へ進むよ!」
『面白い、小さき物に何が出来るのか、見せてもらおう』
 アーリマンがグラグラと音を立てて構えだすのに対し、真たちも各々構える。
「ホルス、知り合いっぽかったけど、倒してもいいんだよね?」
「……ええ、今はその方が彼のためです。神に存在を食い尽くされる前に、アーリマン自身を倒せばあるいは助かるかもしれない」
「わかった。じゃあみんな、やるよ!」

 まずは素早いホルスが魔法の詠唱を終える。
「スクカジャ!」
 全員の身体が浮くように軽くなる。
 身軽になった補助魔法に加えて、更にミキが続く。
「行くの! マカカジャ!」
 普通、ジャックフロストが覚えない魔法も、彼女にとって見ればお構い無しの様だ。
 魔法を強化する魔法で力も増した後、満を持してイオリが動く。
「喰らいなさい、絶対零度!!」
 イオリの腕からほとばしる冷気が、周りの水分を巻き込んで氷結し始める。
 その氷塊はアーリマンに伸び、そのまま鋭い切っ先を向ける。
『甘いわ!』
 しかし、アーリマンの腕の一振りで、その氷塊は粉々に砕かれてしまった。
『氷の魔法とはこういうものだ! 喰らえ、マハブフダイン!!』
 詠唱と共に、真一行の足元から氷が生える。
 それは全員を飲み込む氷の棺となり、身動きを封じた。
『粉々にしてくれるッ!』
 更に、アーリマンはその背後から生える触手を振るい、真たちを一瞬にして砕かんと襲い掛かる。
 ……だが、
「そんなものじゃ、ボクたちは止まらないッ!」
 真の持っている剣、ヒノカグツチによって全ての氷は一瞬で水となり、更に触手を受け止めた。
「雪歩、今だ!」
「は、はい!」
 触手を受け止めた時の一瞬の隙。
 そこに、雪歩が練っていた魔法が発動する。
「行きます、リムドーラ!!」
 突き出した腕から凄まじい衝撃波が巻き起こる。それはアーリマンの巨大な身体を押し返すほどの物だった。
『ぐ、ぬうッ!?』
「怯んだ! 今ならッ!!」
 受け止めていた触手も勢いをなくした今が好機。
 真は地面を蹴って踏み込み、懐から管を取り出す。
「ヒビキ、出番だ!」
「待ちくたびれたさー!!」
 シジョウから貰った管から飛び出したのはヒビキ。
 飛び出した勢いのまま、アーリマンに突っ込み、その身体に爪を立てる。
『クズ悪魔が! 小賢しい!!』
「そんなモノ、自分には効かないぞ!」
 アーリマンは触手を操ってヒビキを叩き落しにかかるが、しかしその触手は見えない壁に阻まれる。
『物理攻撃が効かんのか……ッ!』
「それだけじゃ終わらないよ! マコト!」
「おう!」
 腹部に突き刺さるように攻撃していたヒビキ。
 それに気を取られていたアーリマンは頭上への警戒を怠っていた。
 飛び上がっていた真は、巨大なアーリマンよりも高い位置を取っていたのだ。
「これで、――」
 真の持つカグツチが吼える様に燃え盛り、その刀身を何倍にも伸ばす。
『そんなもので……ッ!』
 それに迎え撃つように、アーリマンは羽を広げて真よりも高く飛び上がろうと試みる。
 しかし、その瞬間にアーリマンの身体中にヒビが入る。
『ぬぅッ!?』
 恐らく、ゴズテンノウからの連戦で身体に無理が来たのだろう。
 本来のアーリマンの力ならば、こんな事態にはならなかったが、身体が完璧ではなかったのだ。
『こんな所で……我が野望が潰えるのかぁッ!!』
「――終わりだぁッ!!」
 カグツチの一閃がアーリマンを捉える。
 肩口に入ったカグツチの炎が、アーリマンの身体の至る所から吹き上がり、その身体は間もなくしてバラバラに崩れ落ちた。
 後に残ったのは初老の男性だけだった。

*****

「ホルス……」
 倒れ伏している初老の男性、高木を前にホルスが止まっていた。
「高木社長は君の知り合いなのか?」
「……ええ、私、実は人間だったんですよ」
 ここまで来て、驚くような事もなく、真は普通に頷いた。
「なんか、もう大抵の事じゃ驚かないよ」
「そうですか。ちょっと私的には衝撃のカミングアウトのつもりだったんですけどね」
 それでもホルスは笑って続ける。
「私にも何故悪魔になったのかはわからないんですが、気が付いた人間の身体はなくなって、今の身体になっていました」
「人間が悪魔になる事もあるのか……」
「アバタール・チューナーと同じ様なものだと思います。不安定な魂だけになって、悪魔に乗っ取られたのかもしれないし、逆に悪魔の身体を乗っ取っちゃったのかもしれませんね」
「それで、ホルスが人間の時の知り合いが、高木社長……」
「ええ、育ての親と言ったところです。しかも、彼は私を生き返す為にこんな事を……。全ては私の責任だったんです。どう謝ったところで、償いきれません」
 高木がボルテクス界を作ろうとしたのは義娘の小鳥の魂を取り戻すため。
 つまり、ホルスは小鳥の魂が乗り移った先、という事になるのだ。
「もう起きた事を悔やんでも仕方ないよ。これから創世で取り戻せるんだ。それのために頑張る事で、清算って事にしようよ」
「……そう……ですね」
 アーリマンを倒した事で、創世を行える存在は真だけとなった。
 あとはカグツチ塔を登りきり、カグツチに至り、創世を行うだけだ。
「行こう、みんな。やっと終わりだ」
 もうすぐ、この旅も終わる。

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真・菊地探偵事務所 三章 11

11 the path is open

 三つ巴の戦場。
 アーリマン、ゴズテンノウとその傍らに白い熾天使が二体、そして春香とモムノフとスパルナ。
 その勢力が真っ向から睨み合ってるこの場で、一人だけ俯瞰している存在があった。
 未だゴズテンノウの中で鳴りを潜めている千早だ。
「どうして、こうなったのだろう?」
 今まで勢いのままに走ってきた千早にとって、ゴズテンノウと同化した後は、こうして考える時間ができていた。
 ただがむしゃらに強さを求め、出口を求めていた千早にとって、久々の休息と言えよう。
 そしてそんな時間は、彼女に疑問を一つ落としていた。
「私は何がしたかったのだろう?」
 最初は弟の敵を討つ為に、高木の首を捜し求めた。
 それがいつしか、春香の裏切りによる怒りに突き動かされ、そして今は自分の求める世界を作るためにカグツチを目指している。
 ……本当だろうか?
 それは、本当に千早自身が望んだ事だろうか?
「わからない……」
 意識の深淵で一人うずくまり、千早は苦しみに奥歯をかんだ。

*****

 状況を見て、春香は唸る。
「ふぅん、ゴズテンノウとアーリマンね……」
「間違いない。ゴズテンノウのマガツヒの匂いは元マントラ悪魔である俺がよくわかってるし、あの気味の悪いデカブツにも見覚えがある」
「マントラとニヒロのトップが激突、というわけですな」
 締めをスパルナに持っていかれたが、この状況はつまりそういうことである。
 二柱の神はどちらも創世にたる器。それだけの力を有している。
 この戦況、どちらが勝ってもおかしくない。
 だがしかし、そこに春香と言うイレギュラーが混ざりこんでから話がおかしいのだ。
 彼女がどう動くのか、それによって力量差は著しく変わってくるだろう。
 何せ音に聞こえた人修羅。その力を持っている春香は一番のダークホースになり得る。
 だがそんな番狂わせは
「よし、ゴズテンノウに加勢しましょう」
 今夜の献立でも決めるように、そう言い放った。
「お、おい待てよ! この状況でそんな簡単に判断して良いのか?」
「アンタ、わかってないわね? 私の行動の指標を、ここまで来てまだ理解してないの?」
 春香の行動指標とは即ち、千早を助ける事。
 とすれば、その身体を借り受けているゴズテンノウを補佐するのは当然だろうか。
「いや待て。でもアイツはゴズテンノウであって、チハヤじゃねぇぞ?」
「いいえ、千早ちゃんは千早ちゃんだよ。今はゴズテンノウに身体を奪われているけど、それは変わらない。私にはわかる」
 ゴズテンノウの中に、弱いながらも胎動する別の魂がある。
 春香はそれが千早だと信じて疑わないのだ。
「くそっ、敵わねぇな、おめぇらにはよ」
「何?」
「何でもねぇよ。リーダーがそう決めたんなら、俺らはついていくだけだ。なぁ、鳥?」
「私にはスパルナという名前がございます。ですが、私もその意見については同意いたしましょう」
「じゃあ決まりね」
 しかし、そんな春香の出鼻をくじくように、ゴズテンノウが口を開く。
「手出しは無用。我らの宿命に終止符を打たんとするこの場に、貴様のような邪魔者が入る余地は無し。早々に消えろ」
 その言葉の後、音もなく熾天使が春香たちに立ちふさがった。
「何よ。折角助けてやるって言ってるのに、無下にするどころか攻撃までするわけ?」
「要らんと言っているだろう。そもそもその天使どもも、我らの戦いに邪魔が入らぬように召喚したまで。その役目を今、正に全うしているだけだ」
「なるほど、じゃあこいつらをぶちのめせば、私も混ざっていいわけね?」
「出来るものならやってみろ。その天使、他の悪魔とは格が違うぞ」
 それだけ言うと、ゴズテンノウはアーリマンに向き直った。
「というわけで、やるわよ、モムノフ、スパルナ!」
「合点!」「了解いたしました!」

*****

 息苦しかったのかもしれない。
 だから、千早は顔を上げたのかもしれない。
 意識の深淵に潜んだ彼女は、ふと周りを窺う。
 そこはもう、殺意の緊張に張り詰められた修羅の巷。
 正直に、怖いと思う。これは日常ではありえなかった世界。
「ここに……私の居場所はない」
 身体はもう、ゴズテンノウに渡した。後は千早の願いをヤツが叶えてくれるはず。
 だったらもう、千早は要らない。自分を手放す。
 これで良かったのだ。後はフルオートで自分の願いが叶う。
 敵も討てるし、騙した憎き友人も討てる。
 ……本当に?
 またも、その言葉が泡の様に浮き上がる。
 意識の深淵に現れた泡は、千早の身体にぶつかるぐらいでは砕けてくれなかった。
「私は本当にそれでいいの?」
 気が付くと、そこには人影があった。
 目を眇めてみると、その輪郭が見覚えのあるものだと気付く。
「……誰?」
「わからないの?」
「……わからない」
 意識は考える事を放棄し始めている。
 自分が要らないなら、考える必要もない。
 だったら、目の前の人物も、関係ない。
「どこか行って。私はもう、独りでいたいの」
「それが本当に貴女の願いなの?」
「そうよ。これが私の願い。だからもう構わないで」
 人影が千早に近づいてきた。
「来ないでって言ってるでしょ。どこかへ行ってよ……」
「どうしてそんなに独りでいようとするの?」
「成り行きよ。私は私なりに走ってきた。その結果、今の状況になってるだけ」
「じゃあ、独りになるのはイヤ?」
「……ぅ」
 答えられなかった。
 泡がまた浮く。
 千早の身体にぶつかる。
 お腹が押し上げられる。
 それがイヤだったので、千早は無理に答える。
「私は独りを望んだわ。だから、今もこうしている」
「独りでいたいのなら、何故関係を持とうとするの?」
 人影が手を差し出すと、そこにはカードが浮いていた。
 絵柄は見覚えのある少年。千早の弟だった。
「それは……」
「貴女の最初の行動動機は『弟の仇討ち』だった。それは他人、弟との関係に執着したから起きた気持ち」
 カードが一回転する。
 すると絵柄は春香になった。
「次は春香に裏切られた事の怒り。それも春香を大事に思うからこそ、彼女に裏切られた事がとても許せる事ではなかったから。これも他人との繋がり」
「だったらなんだって言うの? それが私の独りでいたい事の否定になるの?」
「……そうね」
 人影はカードを上下逆にひっくり返す。
「貴女は弟の仇討ちも独りでやろうとしたし、春香への報復も独りでやろうとした。それでいいかしら?」
「そうよ。私は独りでやる。何でも独りでやる」
「貴女が独りで全てをやってきたのは認めるわ。でもね」
 人影がカードを差し出すと、カードは千早の目の前にやってきた。
 それを見ると、絵柄は千早を映し出す。
 瞳の黄色に輝く、自分の姿を。
「貴女は独りで走ってきたけれど、それは独りでいる事ではない」
「意味がわからないわ」
「貴女の走った道を振り返りなさい」
 言われて、千早は振り返る。
 今までの自分の軌跡を。
 それは独りでいた学生時代、春香と一緒に友人として過ごした時、春香と離れても友人や弟や家族と一緒にいた時、そして町が変貌し、高木を討つと決意し、春香に裏切られ、ボルテクス界へやってくる。
「……振り返っても結果は変わらないわ。私は結果的に独りになっている」
「いいえ、今も貴女は独りじゃない」
 千早に向かって泡が浮く。
 また、身体が浮き上がりそうなほど、身体が突き上げられる。
 千早は焦って大声をあげる。浮くのはイヤだ。
「そんな事ないわ! 私は今も独りでしょ! 他に誰がいるって言うのよ!?」
「貴女が気付いていないだけよ。確かに、学生時代に春香に会うまでは孤立する事が多かったかもしれない。でもあの娘に会ってからは? 不幸な出来事があって、離れ離れにはなったけれど、あの娘はいつも手紙をくれた。あの娘のお陰で、私は友人を得たし、あの娘のお陰で変われた」
「……春香が私の転機になった事は認める。でも、あの娘は私を裏切った!」
「本当にそう思ってるの?」
 また浮いてきた大量の泡に押し上げられ、千早はたまらず起き上がる。
「だってそうじゃない! あの娘はあんな悪趣味な悪戯で私の気持ちを裏切ったのよ!?」
「真意を聞いたの?」
「聞かなくたってわかるわ! だってあの娘は……ッ!」
「私の親友だものね」
 今までぼやけていた人影が、今度はちゃんとはっきりと見える。
 それは千早だった。
 柔和に微笑む彼女は、今の千早とは酷く対照的である。
「あ、貴女は……」
「私は貴女、貴女は私、私は貴女の心の海より出でし者、とでも言いましょうか。ふふ、まさか私がこの言葉を言うなんてね」
「何物なの!?」
「言ったでしょう? 私は貴女。私は如月千早よ」
「そんなの……ッ!」
「信じられないかしらね。でも、こういう事もあるのよ」
 妙に落ち着いた声に、千早は何も言えなくなってしまった。
 でも、だとしたらあの千早は、どうして自分の目の前に現れたのだろう?
「混乱するのも無理はないわ。でもね、」
 千早が指をさすと、カードがまた上下逆になる。
 そこに映し出されたのは、今戦っている春香。
「春香の言葉を良く聞いて。今の私はあの娘の言葉を拒絶してばかり。何も聞かず、何も見ず、それでは何もわかりはしないわ」
「わかりあう必要なんか……」
「もう一度良く思い出してみて。貴女は本当に独りで走ってきたの? 本当はそれ、カラ元気なんじゃないの?」
 再び思い起こす。
 走ってきた道程に、誰かがいた気がする。
 それは弟であったり、友人であったり、春香であったり。
 過去からの想いが、倒れそうになる千早を必死に支えていた。
 だからこそ、ここまで走ってこれた。
「人は一人じゃ生きていけないわ。でも私が今まで生きてこれたのは、傍らに春香と言う太陽があったからなのよ。それを忘れないで」
「私は……」
「必死に突っ張ったって、いつか無理が来るわ。でもね、そんな時は誰かに頼ってもいいの。それが貴女のコミュ。それが貴女のアルカナ。太陽と寄り添う、月」
「私は……月?」
「そう、太陽へ至る道。それが貴女なのよ」

*****

 巨体がその本当の姿を現す。
『そろそろ遊戯をおしまいにしようか、ゴズテンノウ』
 アーリマンは胡坐をかいた状態から、四肢を伸ばし、四つん這いになってゴズテンノウを睥睨する。
『静寂の世界の前に、良い座興であった。しかし、最早これまで』
「痺れを切らしたか、アーリマンよ」
 ゴズテンノウは本性を現したアーリマンの前でも毅然としていた。
 両者の力量は互角。互いに一歩も譲らず、互いに消耗し合い、このままでは戦いが長引くと、アーリマンは踏んだのだろう。
 ゴズテンノウを相手に手間取っていては、他の創世の器に先を越される事を危惧したのだ。
「ならば良かろう。そちらが本気になるのならば、こちらも相応の手札を切らせてもらうまでよ」
『虚勢はよせ。貴様にこれ以上、どんな力があるというのだ?』
 アーリマンはゴズテンノウを見くびっていた。
 いや、ゴズテンノウというよりは、今ゴズテンノウが操っている身体を侮っていたのだ。
『そのこけおどし共々、粉砕してくれる!』
「出来るものならやってみろ!」
 ゴズテンノウはその手を前にかざすと、その掌にカードが浮いた。
 絵柄は破壊神。千早が持つ、最強のペルソナ。
 それを見ても、アーリマンは微塵も怯まず、己の最強の技を以って、ゴズテンノウを打ち倒さんと襲い掛かる。
『行くぞ、ゴズテンノウッ!』
「これで最後だ、アーリマンッ!」
 アーリマンがその身に生える羽で浮き上がり、それに呼応するかのように、ゴズテンノウの背後に青い肌の破壊神が現れる。
『末世破!』
「メギドラオン!!」
 二つの強大な力がぶつかり合い、部屋の中に轟音と強い衝撃が走った。

*****

「大丈夫か、お前ら」
 衝撃が去った後、煙のもうもうと立ち込める中、モムノフの声がした。
「私は大丈夫よ」
 春香が立ち上がって手を上げる。しかし、傍らにスパルナがいない。
「スパルナは?」
「……飛ばされたみたいね」
 凄まじい衝撃であった。これで春香とモムノフが生きているのが、半ば奇跡のようなもの。
 煙の中で目を凝らすと、先程まで春香たちの前に立ちふさがっていた、二人の熾天使の姿も無い。
「あいつら、敵味方もお構いなしかよ」
「これが神様同士の戦いってヤツ? ゾッとしないわね」
 次にあの衝撃が襲い掛かってきたら、幾ら二人でも平気ではいられないだろう。
 それまでに何か手を打たなければ、そう考えている内に煙がだんだんと晴れていく。
 煙の奥にいたのは、巨大な神の姿。
『くくく……やはり、この程度』
 その声はアーリマンだった。
『ゴズテンノウ、マントラ軍、どちらも我が道の障害にはならない。これは最早、世界が我を求めているという暗示か』
「アンタ……千早ちゃんはどうしたの!?」
『ん? まだそこに居たのか、人修羅よ。貴様の友人とやらは、大方、我が末世破を受けて消し飛んだだろうよ。所詮は人の身。神の力に耐えうるはずも無い』
 小さく笑った後、アーリマンはまた羽ばたいて浮き上がる。
 しかし、今度は攻撃ではなく、先へ進むためのもの。
『去ね、人修羅よ。貴様がここに居る理由も、最早あるまい。これ以上、我が創世の妨げとなるのならば、路傍の石とて捨て置かんぞ』
 アーリマンはそう言い残し、上階へと姿を消した。
 春香が追いかける隙も無かった。

*****

 アーリマンの羽ばたいた風で、煙は一瞬で消し飛ぶ。
 そこには倒れ伏す千早の姿があった。
「千早ちゃん!」
 慌てて、春香が駆け寄る。
 しかし、手が届く寸前に、千早が起き上がって距離を取った。
「ええい、近寄るな! ぐっ……深手を負ったか……」
「アンタ、ゴズテンノウ!? まだ、千早ちゃんの中にいるの!?」
「我はこの娘と契約を結んだのだ。約束を違えては我が名に傷がつくのでな」
 しぶといながら、ゴズテンノウはまだ生きていた。
 あの衝撃の中、何とか一命を取り留めていたのだ。
「しかし、二度もニヒロ機構にしてやられるとは……これほどの屈辱は味わった事がないッ! 憎きアーリマンめ……ッ!」
 ゴズテンノウは上階を睨み、憎々しげに言葉を吐く。
 しかし、ゴズテンノウと千早のペルソナを以ってしても、アーリマンを倒す事は敵わなかった。アレはゴズテンノウにとって紛れも無い全力。それで負けたのならば、既にゴズテンノウに勝ち目はなくなっていた。
「既に我が道は閉ざされたか……已む無し。せめて、器となった娘の願いだけでも聞き届けよう。人修羅よ、恨みはないが死んでもらおう」
「そんなボロボロの身体で、私と戦おうっての?」
「それは貴様も同じ事。余波を受けて満身創痍と見える。ならば我が傷など枷にはなりようもない」
 そう言って、ゴズテンノウはカードを取り出す。
 既に戦闘態勢というわけだ。彼女の後ろに破壊神が再び浮かび上がる。
「行け、シヴァよ!」
 三叉の戟が春香に向けて突き出される。
 だが、
「よぉ、俺の事を忘れてるんじゃねぇのか?」
 それを受け止めたのはモムノフの槍だった。
「貴様、木っ端の悪魔風情がしゃしゃり出てくるなど……」
「木っ端だろうと、その女に死なれちゃ困るんだから、アンタの邪魔するに理由は足る」
「ならば貴様も人修羅と共に死ぬがいい」
「出来るのかよ、今のアンタに?」
 俄かに空気が張り詰める。
 だがそこへ、どこからともなく声が聞こえる。
『もういいわ、ゴズテンノウ。ありがとう、そしてごめんなさい』
「千早ちゃん!?」
 響いてくる声は、千早の身体の内側から聞こえてくる様だった。
『私も貴方の力にはなれなかった。結局、アーリマンを倒す事は出来なかったものね』
「……それは我が力も及ばなかったという事。我が道、ヨスガのコトワリに則るのならば、ヤツが正しかったという事。最早、我が道は閉ざされた。貴様が気に病む必要はない」
『ありがとう。でも、だったら私との約束も守る必要はないわ。……ううん、そうでなくとも、私はもう、春香を恨んでなんかいない』
 千早の声はすごく穏やかで、余裕に満ちているようだった。
 何かを得たような、今までの不安定な彼女が嘘だったような、そんな声音。
 心なしか、微笑んでいる千早が幻視できるほどだった。
「貴様がそういうのならば、我は語る言葉も持ち合わせん。世話になったな、チハヤ」
『こちらこそ、ありがとう、ゴズテンノウ』
 挨拶が終わると同時、千早の身体から赤黒いマガツヒが溢れ出し、それはカグツチ塔の最上階へ向かう太陽の中に飲み込まれて消えていった。
「ち、千早ちゃん?」
「……春香」
 春香の目の前で、やっと千早が真っ向から相対する。
 千早は決めたのだ。春香の言葉を聞く、と。
「答えて、春香。貴女が何の為にあんな事をしたのか」
「……そう、だね」
 至極真剣な眼差しを向ける千早に、春香も覚悟を決めて腕を広げる。
「私は何でも答えるよ。千早ちゃんが聞いてくれるなら」
「聞くわ。その為に、私は戻ってきたの」
「じゃあ、どこから話そうか」
「……どうして、自分から死ぬような事をしたの?」
 それはあずさの家の前での事。春香が人修羅になる前に起きた事件についてだ。
「アレは人を殺す事の無意味さを教えたかったんだよ」
「無意味さ?」
「そう。人を殺したって何も変わらない。過去が清算されるわけでもないし、未来が明るくなるわけでもない。現状だって何も変わりはしない。意味なんかないんだよ」
「私にとって、高木への復讐は何よりも優先してなすべき事だった。それなのに?」
「千早ちゃんが優先すべき事は復讐なんかじゃなかったんだよ。弟さんの事は残念だったと思うけど、それでも独りで何でもやる事なんかなかったじゃない」
「復讐なんて、誰かに頼れるわけないじゃない」
「……じゃあ、例えば高木への復讐が叶ったとして、それで千早ちゃんは救われるの? 弟さんは喜ぶの? 何か変わる?」
 春香に言われて、千早は口篭る。
 想像してみて、すぐに答えが出たのだ。
 復讐が達成された時は、成し遂げた事自体に喜びこそすれ、しかしその他は何も変わらない。
 その時になれば千早の傍には誰もいないだろうし、弟だって生き返るわけでもない。
 それは酷く空しい事だ。
「でも……私にその事を教えようとしたんだって、何も死ぬ事なんて……それに、どうして今も生きているの? 私は本気で……」
「私も、今生きているのはちょっと驚いてるんだよ。あれは偶然。私は生き返るつもりなんてなかった。だから、今までずっとすれ違ってきちゃったんだと思う」
「生き返ったのが偶然……?」
「良くわかんないけど、『人修羅』なんて呼ばれて生き返ったのは、私の本意じゃない。誰かが勝手にやった事だよ。……それに、あの時の千早ちゃんは私の言葉に聞く耳なんて持ってくれてなかったよね」
「……それは、確かに」
 あの時点で既に、千早の耳は閉じられていた。
 心を閉じた千早に、どんな言葉を投げたところで弾かれる。ならば強引な手段だろうと理解させる必要があったのだ。
「私はね、千早ちゃん。出来れば千早ちゃんには普通の幸せを手に入れて欲しかった。私は母親があんなになっちゃったから、そんな事も叶わなかったけど、せめて親友の貴女には、幸せになってほしかったんだよ」
「……春香は今も、私を友達と呼んでくれるの?」
「千早ちゃんがどう思おうと、私は千早ちゃんの事が好きだよ。他の誰よりも」
「春香……」
 今までのわだかまりが、陽光に照らされた雪のように消えていく。
 なんだ、簡単だったじゃないか。
 話をすれば、こんなに簡単に、何もかも解決してしまう。
「千早ちゃん、お帰り」
「春香……ただいま」
 いつも春香が両手を広げて千早と対している意味がわかった。
 アレはいつでも受け入れるジェスチャーだったのだ。
 千早はやっと、その中に駆け込んだ。
 優しい、太陽の匂いがした。

 道は、開けた。

テーマ : 二次創作:小説 - ジャンル : 小説・文学

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